【交通事故】名古屋地裁令和5年6月28日判決(判例タイムズ1517号127頁)

立証という訴訟活動に伴う有形無形のコスト等を踏まえると、休車損害の額の立証が困難な事案であるとして、休車損害発生の有無を検討した上で、民訴法248条を適用して損害額を算定した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)原告(バス会社)の保有する自動車(中型観光バス。以下「本件観光バス」という。)と被告の運転する自動車との間で、平成30年9月頃、交通事故(以下「本件事故」という。)が発生し、本件観光バスが損傷した。
   原告は、バス乗務員10人を擁しており、本件事故当時における保有車両は13台である。そのうち、8台が大型車、2台が中型車、3台が小型車であった。また、2台の中型車のうち、喫煙可能な車両は本件観光バスのみであった。

(2)本件観光バスは、平成30年9月から平成31年2月までの間、修理のため稼働に供することができなかった。

(3)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、休車損害(交通事故により営業用車両が損傷を受けて修理や買替えを要することになった結果、その期間中、事故車両を事業の用に供することができなくなったことから生じる得べかりし営業利益)333万3913円及び弁護士費用並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めた。

(4)なお、本件では、下記のとおり休車損害の発生の有無及びその金額が争点となっているところ、その審理に際しては、原告が主張する休車機関の運行状況を子細に検討する必要があった。
   しかしながら、その分量は膨大であり、かつ、営業秘密にわたる記載が多く、多数の関係者が存することから、書証として提出し、主張立証を重ねることが困難であった。
   そこで、裁判所は、当事者間で資料を提供し、差支えのない範囲で書証化することで主張立証を重ねることとし、損害の発生が立証できた場合の損害額の算定については、本来であれば伝票等を子細に精査する必要があるが、その困難さやコスト等も踏まえ、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)248条を適用することを提案したところ、当事者は、この進行に同意した。


【争点】

(1)休車損害発生の有無
(2)損害額
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)民訴法248条の立証構造
   民訴法248条は、損害が生じたことが認められることを前提に、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所が、弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができるとするものであるが、これは、あくまでも原告が損害額の立証責任を負うことを否定するものではなく、同条が適用されない場合、たとえ損害の発生が認定できても損害額の主張立証不十分として請求を棄却すべきこととなる。
   一方、「立証することが極めて困難」というのは、損害の費目が何であるかはもちろん、立証という訴訟活動に伴う有形無形のコストも踏まえ、当事者に対し、詳細な立証を尽くさせることが困難であるかも踏まえて検討することが相当である。
   本件では、上記のような事情に加え、本件観光バスが、本件事故がなかったとしていつ運行の用に供されるかという仮定を置くこと自体の困難さを踏まえると、損害額の立証が困難な事案であるといえる。
   そこで、以下、損害の有無自体を検討したうえで、損害額については、民訴法248条を適用することとし、検討する。

(2)休車損害発生の有無
 ア 原告は、中型車を2台保有しているものの、
  ・本件観光バス修理期間における中型車の平均稼働率47.11%であったこと
  ・本件観光バス修理期間に応当する前年度(平成29年9月から平成30年2月)の原告全体の車両稼働率36.49%であったこと
  ・同時期における原告保有車両全体の稼働率と中型車の稼働率の相関係数0.9299であったこと(注:正の相関が強く認められる。)
  ・本件観光バスが、原告が保有する唯一の喫煙可能な中型観光バスであったこと
が認められる。
 イ 一般旅客自動車運送事業者は、運賃を公示し、届け出なければならないところ、その運賃は、観光バスの運行に伴うコストやリスクを踏まえ、道路交通法及びその関連法令に基づく国土交通大臣による規制を受けている。そのため、顧客のコスト増加を伴うことなく、中型車の代わりに大型車を使用することは困難である。
   一方、中型車の代わりに大型車を提案する場合、顧客の乗車スペースが小さくなるなど、顧客の要望を完全に充足できないことが容易に想定できることから、中型車の代替は中型車を以て行う必要がある。
 ウ しかしながら、
  ・原告の中型車の平均稼働率が50%に近いものの、それに満たないこと
  ・原告保有車両全体の稼働率と中型車の稼働率には高い相関関係があり、中型車のみに生じる収入増加要因が存するものとは認められないこと
  ・本件観光バス修理期間における原告保有車両全体における稼働率において、50%を超過したのは、平成30年10月のみで、53.49%であったこと
  ・前年度で検討しても平成29年10月のみで55.13%であったこと
  ・中型車に限定しても、前年度で、平成29年10月の58.06%及び同年11月の68.97%であったこと
  ・本件観光バスともう一台の中型車の売上高がほぼ等しいものの、むしろ、もう一台の中型車をやや下回っていたこと
を踏まえると、本件観光バス修理期間に発注が重複する可能性も認められるものの、基本的には、もう一台の中型車を使用することで賄えるものといえる。
   そうすると、発注が重複するときや喫煙車両でなければならないときに限り、本件観光バスの代替車両がないこととなり、原告の休車損害は、その範囲で認められる
 エ 以上の次第であり、本件事故により、原告には、中型車に対する発注依頼が重複し、複数存する場合及び喫煙車両を使用することが要請された場合に本件観光バスが使用できなくなった部分に関する休車損害が発生したものと認められる。

(3)損害額
   原告の休車損害は、①発注が重複する蓋然性が認められるときと②喫煙車両でなければならないときに限り認められるが、
  ・平均稼働率が50%に近いもののそれに満たないこと
  ・本件観光バス修理期間及びそれに応当する前年度の稼働率が50%を超えた時期及び程度を踏まえると、①については、本件観光バス修理期間中、5%程度に過ぎないものと認められる。
   また、②については、①と重複する可能性が否定できないし、昨今の社会情勢を踏まえると、喫煙車両に対するニーズと禁煙車両に対するニーズに有意な差を付けられないことを踏まえると、上記割合を有意に左右するものとはいえない
   そうすると、本件事故によって原告に生じた休車損害は、原告主張額の5%である16万6695円(=333万3913円×5%)とすることが相当である。

(4)結論
   原告の請求は、18万3364円(=休車損害16万6695円+弁護士費用1万6669円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、立証という訴訟活動に伴う有形無形のコスト等を踏まえると、休車損害の額の立証が困難な事案であるとして、休車損害発生の有無を検討した上で、民訴法248条を適用して損害額を算定した事例です。
   本裁判例は、本件観光バス修理期間における中型車の平均稼働率が47.11%に過ぎなかったことなどから、「基本的には、もう一台の中型車を使用することで賄える」との判断の下、休車損害の発生が認められる場合をかなり限定しており、その結果、損害額について、原告主張額の5%のみを認めるとの判断を導いています。

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