【労働】札幌地裁令和5年3月31日判決(労働判例1302号5頁)

売上の10%に相当する額を「残業手当」の名目で支払われていた賃金は、通常の労働時間によって得られる売上によって算定される部分と時間外労働等によって得られた売上に対応する部分との区別ができないとして、時間外労働等に対する対価として支払われるものとは認められない旨判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告は、一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社である。
   原告は、平成26年12月11日、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、同日から大型車両の運転業務に従事した。

(2)被告において運転手として勤務する労働者には、①北海道から出発し、本州で貨物を運送する業務(以下「本州便」という。)に従事する長距離運転手、②北海道内で貨物を運送する業務(以下「道内便」という。)に従事する短距離運転手の2種類が存在したが、原告は、本州便を担当していた。

(3)原告は、平成26年12月11日、被告の採用面接を受けた際、被告の統括部長であるBから、本州便は時期によっては忙しく、休みはなくなる旨の説明を受けたが、給与の算定方法、残業代の有無等について説明はなく、また、給与の一部が歩合給である旨の説明も受けなかった。
   原告は、同日、被告との間で雇用契約を締結し、雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)に署名押印した。
   この雇用契約書の給与の欄には、基本給月給15万7500円と記載されているが、各種手当欄に具体的な金額の記載はなく、当社規定により支給される旨の不動文字での注意書きのみであった。また、雇用契約締結の際、原告はBから給与について細かい説明は受けなかった。

(4)被告の就業規則の一部である賃金規程(以下「本件賃金規程」という。)は、被告の従業員の賃金につき、おおむね次のとおり定めていた。
  ・賃金の構成は、①基本給、②安全皆勤手当、③残業手当、④管理手当、⑤営業手当、⑥通勤手当、⑦その他とする(13条)
  ・勤務時間を延長し又は変更し、若しくは休日勤務を行った者に対し、次のとおり計算した残業手当を支給する(16条、21条)。
  ①時間外労働割増賃金
   (基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×1.25×時間外労働時間
  ②休日労働割増賃金
   (基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×1.35×休日労働時間
  ③深夜勤務手当
   (基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×0.25×深夜労働時間

(5)被告は、道内便の運転手に対しては、おおむね基本給として21万円程度(日額8000円から8500円)を支給し、労働基準法に従って計算した時間外割増賃金を支払っていたが、本州便の運転手に対しては、基本給15万7500円を支給し、売上の10%に相当する額を、「残業手当」の名目で支払っていた(以下、この残業手当の名目で支払われていた賃金を「本件残業手当」という。)。
   原告は、被告に入社後、本州便を担当し、本件残業手当を毎月受給していたが、本件残業手当を含む賃金の計算方法や本件残業手当の趣旨について、被告の担当者に質問をしたことはなく、また、被告から説明を受けたこともなかった。もっとも、原告は、同僚の本州便の運転手からは、基本給に加えて売上の10%を支給されている旨を聞いていた。

(6)原告は、平成30年8月30日、被告を退職した。

(7)原告は、本件訴えを提起して、被告に対して未払賃金1263万0408円及び確定遅延損害金75万6221円並びに未払賃金元本に対する退職日後の給与支払日の翌日である平成30年9月11日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)第6条1項所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を求めた。
   なお、本件訴訟で原告が未払賃金を請求する対象期間は、平成28年9月1日から平成30年8月30日の約2年間である。


【争点】

   多岐にわたるが、主な争点は、以下のとおりである。
(1)本件残業手当時間外労働、深夜労働、休日労働(これらを併せて、以下「時間外労働等」という。)の対価として支払われたものと認められるか(争点1)
(2)仮に、本件残業手当が時間外労働等の対価として支払われたものとは認められないとしても、労働基準法施行規則19条1項6号の「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」(以下「出来高払制の賃金」という。)に当たるか(争点2)
(3)退職日以降の遅延損害金について、賃確法6条1項所定の利率は適用されるか(争点3)
   以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件残業手当が時間外労働等の対価として支払われたものと認められるか)について
 ア 被告の主張
   被告は、売上の10%を本件残業手当として支給しており、本件残業手当は時間外労働等の対価であるから、基礎となる賃金には算定されないし、時間外労働等割増賃金の既払額として控除されるべき旨主張する。
 イ 判断枠組み
  a)使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、
   その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。
  b)そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、
   当該手当がそのような趣旨で支払われているものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、
   その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである(国際自動車(第二次上告審)事件・最高裁令和2年3月30日判決参照)。
 ウ 検討
  a)これを本件についてみると、本件残業手当は、賃金支給の際に基本給その他の手当とは区別されて支給されていたことから、形式的には通常の労働時間の賃金に当たる部分と判別されていたといえ、また、その名称からすると被告は、時間外労働等に対する対価とする意図で支払っていたものと推認される。
  b)しかし、
  ・本件雇用契約書には時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法についての記載はなく、本件残業手当の算出方法は、本件賃金規程に記載されている残業手当の算出方法と全く異なるものであること
  ・採用面接やその後の賃金の支給の際に、被告から原告に対して、時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法について説明しているものとは認められないこと
からすると、本件残業手当の名称や被告の意図を考慮しても、原告と被告との間に、本件残業手当を時間外労働等に対する対価として支払う旨の合意があったと直ちに推認することはできない
  c)また、本件残業手当は、運転手に対して、売上の10%に相当する金額を支払うものであるから、労働時間の長短に関わらず、一定額の支払が行われるものであるし、本件残業手当として支給される金額の中には通常の労働時間によって得られる売上によって算定される部分も含まれることから、当該部分と時間外労働等によって得られた売上に対応する部分との区別ができないものである。
  d)また、労働者の売上に基づくものであるから、労働者の時間外労働時間の有無や程度を把握せずとも算定可能なものであり、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させようとする労働基準法37条の趣旨に反するものであるといわざるをえない。
  e)したがって、本件残業手当は、時間外労働等に対する対価として支払われるものとは認められない

(2)争点2(本件残業手当が出来高払制の賃金に当たるか)について
 ア 被告の主張
   被告は、本件残業手当が時間外労働等の対価として支払われたものとは認められない場合であっても、出来高払制の賃金に当たる旨主張する。
 イ 判断枠組み
   実態として、労働者の売上に応じて本件残業手当の額が増減するものであったとしても、出来高払制の賃金といえるためには、賃金の一定部分を出来高払制の賃金とすることや、当該出来高部分の算定方法等が当事者間で合意されている必要があるものと解される。
 ウ 検討
  ・原告が被告に入社する際に、賃金の一定部分を出来高払いとすることや、当該出来高部分の算定方法等について説明を受けていたものとは認められこと
  ・本件賃金規程にも被告の従業員のうち特定の職務に従事する者に対して、出来高払制の賃金を支給する旨の記載はないこと
  ・本件雇用契約書にも基本給に関する記載のほかは、諸手当が当社規定により支給される旨の不動文字による注意書が記載されているのみであること
   そして、
  ・本件全証拠を検討しても、被告が本件残業手当の支払の際に、本件残業手当の算定根拠となる各運転手の売上や、本件残業手当の算定方法を開示していたとは認められないこと
からすれば、原告と被告との間で賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等を合意していたものとは認められないから、本件残業手当が出来高払制の賃金に該当するということはできない
   したがって、本件残業手当は、その全部が通常の労働時間によって得られる賃金として、基礎賃金に算定される

(3)争点3(退職日以降の遅延損害金について、賃確法6条1項所定の利率は適用されるか)について
   被告は、本件には賃確法6条1項所定の遅延損害金の利率は適用されない旨主張するが、
   本件残業手当の支払をもって時間外労働等に対する割増賃金を支払っていたと認めることはできないこと、本件残業手当が出来高払制の賃金とは認められないことは前記判示のとおりであるところ、
   本件残業手当が本件賃金規程や本件雇用契約書にも定められていないこと等、本件の一切の事情に照らせば、被告による賃金の不払が賃確法施行規則6条4号及び5号に定める「不合理な理由」またはこれに準じる事由があるものとは認められない。
   したがって、原告の退職の翌日以降の遅延損害金の利率は年14.6%が適用される。

(4)結論
   原告の請求は、1156万5621円(=未払賃金元本1092万2102円+確定遅延損害金64万3519円)及びうち1092万2102円に対する平成30年9月11日から支払済みまで年14.6%の割合による金員の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

  本裁判例は、売上の10%に相当する額を「残業手当」の名目で支払われていた賃金(本件残業手当)は、通常の労働時間によって得られる売上によって算定される部分と時間外労働等によって得られた売上に対応する部分との区別ができないことなどから、時間外労働等に対する対価として支払われるものとは認められない旨判示した事例です。
  本裁判例は、本件残業手当は、売上の10%に相当する金額を支払うものであり、労働時間との関連性が希薄であることから、上記の結論が導かれたものと考えられます。また、原告と被告との間で賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等を合意していたものとは認められないから、本件残業手当が出来高払制の賃金に該当しない旨判示した点も、注目に値します。

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