【交通事故】さいたま地裁令和4年9月16日判決(自保ジャーナル2140号56頁)

仮に、原告にR S Dが発症したとしても、その誘因は本件事故以外のものであった可能性を否定できないとして、同RSDと本件事故との相当因果関係を否認した事例(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成28年4月19午前9時45分頃
 イ 発生場所 さいたま市内路上(以下「本件現場」という。)
 ウ 被害者  原告(本件事故当時25歳の女性)
 エ 本件車両 被告会社が所有し被告Yが運転する事業用普通乗用自動車(タクシー)
        被告Yは、タクシーの運転者として、被告会社に勤務している者である。
 オ 事故態様 被告Yが運転する本件車両が、原告を乗客として、後部座席に乗車させた後、約300m進行したところで、進行方向左側に設置され、コンクリートブロックに支えられたガードポールに衝突した。
       本件事故の際、原告は、シートベルトを着用しておらず、事故の衝撃で、左腰と首を打った。

(2)原告は、平成29年5月22日、滑膜切除術の施行を受けた(以下「本件手術」という。)。

(3)平成29年6月20日付けの自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、原告に、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右手関節挫傷の後遺障害があり、症状固定日平成29年4月25である旨の記載がある。

(4)原告は、平成29年7月7日付けで、後遺障害等級に不該当と認定された。

(5)平成30年7月3日付けの自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、原告に、右手関節挫傷、CRPS、頸椎捻挫、腰椎捻挫等の後遺障害があり、平成30年6月26症状が固定した旨の記載がある。

(6)原告は、令和元年12月23日付けで、原告の右上腕痛、しびれ、右手関節痛、右前腕から手指にかけてしびれ等の症状後遺障害等級9級10に該当すると認定された。

(7)原告は、本件訴えを提起し、被告会社及び被告Yに対し、連帯して、民法709、715条又は自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

   多岐に渡るが、主な争点は、以下のとおりである。
  ・原告が本件事故によりCRPSタイプ1(以下「RSD」ということもある。)を発症したか
  ・原告の症状固定日
   以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)RSDについて
 ア 概要
   RSDの一般的な誘因外傷であり、そのなかには骨折、脱臼、捻挫、神経損傷、挫創、凍傷、咬傷などが含まれる。そのほかに心筋梗塞、脳血管障害、手術などの医療行為が誘因となることもある。さらに可動域訓練中に発症することもある。
   RSDの主な症状は、疼痛、痛覚過敏、皮膚や皮下の変化、骨萎縮である。疼痛が初発症状となることが多く、持続的な強い疼痛最も顕著で重要な症状である。
   外傷直後から出現する場合や、まれには数ヶ月後から発症する場合もあるが、多くは創傷が治癒したころから出現する。筋萎縮は、強いこともあり、間接及び周囲組織の組織化と相まって関節拘縮を来しやすい。骨萎縮は発症後3ないし4週頃から起きる。発症後6ないし8週頃より斑点状の骨透亮像が出現することがある。
   RSDの発病経過は、まず外傷などの疼痛病変が起こり、不動性が誘因となり浮腫が生じる、さらに、栄養障害は組織萎縮へと進展し、交感神経が過剰に興奮し、末梢血管収縮による血行障害と疼痛を助長するという悪循環を繰り返し機能障害が進行する。しかしながら、すべての外傷後に発生するわけではなく、その基盤には個人的な素質異常な交感神経反射があるとされている。
 イ 基本症状
   RSDの基本的症状としては、①四肢の疼痛と圧痛、②血管運動神経障害皮膚温、皮膚の色調の変化)、③腫脹、④皮膚栄養障害皮膚、皮下の萎縮)を挙げる見解がある。また、基本症状と2次的症状に分け、基本症状は、疼痛、腫脹、関節拘縮、色調不良であり、2次的症状は、骨萎縮、皮膚温の変化、皮膚の色調の変化、発汗の異常、皮膚や皮下の萎縮、手掌線維腫であるとする見解がある。

(2)判断基準
 ア 国際疼痛学会の診断基準
   国際疼痛学会によるRSDの診断基準は、①きっかけとなった侵襲的な出来事安静のための外固定の原因となるものがあること、②持続する疼痛があるが、異痛症又は痛覚異常があり、疼痛の始まりとなった出来事とは矛盾すること、③経過中に疼痛のある部位に浮腫、皮膚血流の変化、発汗異常のいずれかがあることであり、④疼痛や機能障害の程度を説明可能な他の病態がある場合には本症の診断は当てはまらないとされている。
 イ 後遺障害等級認定基準
   他方、厚生労働省基準局長通達「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について(平成15年8月8日基発第0808002号)」(以下「後遺障害等級認定基準」という。)は、RSDCRPSタイプ1)は、関節拘縮、骨萎縮、皮膚の変化という慢性期の主要な3つのいずれの症状も健側と比較して明らかに認められる場合に限り、カウザルスキー(CRPSタイプ2)と同様の基準によりそれぞれ、7級、9級、12級に認定することとなる旨規定されている。
 ウ 基準についての検討
   このように、国際疼痛学会等の診断基準と後遺障害等級認定基準は一致しない部分があるところ、医療分野における診断基準は、治療方針を決定していく場面を想定した基準であり、治療効果のあり得る治療方法を決定する場合に適用されるのに対し、交通事故を理由とする損害賠償でRSDの発症の有無が問題となるのは、症状が固定し、それ以上の治療効果が期待できない状態において、損害の公平な分担の観点から、加害者の賠償すべき金額を算定する場合であり、両者は適用される場面が異なると考えられるから、以下は、上記エの知見を参照しつつ、後遺傷害等級認定基準を踏まえ検討することとする。

(3)症状固定日についての検討
 ア 自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、原告は、平成30年7月3日の診断において、右手関節挫傷、CRPS、頸椎捻挫、腰椎捻挫等の後遺障害があり、平成30年6月26に症状が固定したとする記載がある。
   そして、原告は、令和元年12月23日付けで、右上腕痛、しびれ、右手関節痛、右前腕から手指にかけてしびれ等の症状について、提出の手関節部X線画像上、右手部に骨萎縮が認められ、両手部カラー写真上も、右手の明らかな腫脹等が認められることから、本件事故に起因してCRPSを来したものと捉えられ、右上肢の関節機能障害の程度や骨萎縮、腫脹等の所見を踏まえ、右肩、肘関節痛や頚椎捻挫後の後頸部痛、腰椎捻挫後の腰痛も含めて総合的に評価し、後遺障害等級9級10に該当するものとされた、頸椎部の運動障害、下肢の短縮障害については、後遺障害等級に該当しないものとされたことが認められる。
 イ しかしながら、平成29年12月29のX線検査の結果、軽度の骨萎縮があるとされ、平成30年6月5の診療録には、X線検査の結果、萎縮は改善しているように見える旨の記載があるものの、その間の平成30年1月9のX線検査の結果では、萎縮なしとされたことが認められ、令和元年12月23日付けの後遺障害等級認定が認定した骨萎縮の有無が医療記録上、必ずしも明らかといえない
 ウ また、平成29年6月20日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、原告に、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右手関節挫傷の後遺障害があり、症状固定日平成29年4月25(注:本件事故日の約1年後)である旨の記載がある。
   そして、①原告は、平成28年4月19、本件事故に遭った後、頸椎捻挫、背部挫傷、腰椎捻挫、右手関節捻挫、左足関節捻挫等で診療を受けていたこと、②平成29年5月22、本件手術を受けていたところ、三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷や軟骨の障害は認められなかったが、滑膜増生が認められたため、その切除を受けたこと、③平成29年6月20日付けで、原告は、上記のとおり、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右手関節挫傷の後遺障害の症状平成29年4月25固定されたと診断され、原告がRSDを疑われるようになったのは、その後であることが認められる一方、④上記症状固定日以降の治療行為によって治療効果が上がった形跡がうかがわれない(例えば、証拠(略)に、平成29年10月10日から同月25日までは、E大学病院ペインクリニックで入院の上、内服、ブリック、リハビリテーションを施行し、その後は外来通院で経過観察中とする旨の記載があることは、これに沿うものと考えられる。)。
   これらの事情からすると、本件事故による傷害については、上記症状固定日(注:平成29年4月25日)までに治癒したと考えるのが自然である

(4)原告のRSDと本件事故との相当因果関係についての検討
 ア RSDの発症については、前記のとおり、骨萎縮は発症後3ないし4週頃から起きるとする知見があるところ、平成29626及び同年725の診療録には、X線検査の結果骨萎縮はない等の記載がある一方で、平成29712の診療録には、CPRSの初期の可能性がある旨の記載があり、これによれば、原告のRSDは平成296月以降に発症した可能性が否定できない
   このことに加え、①前記のとおり、RSDは、手術などの医療行為誘因となることもあること、②平成29年10月12日のカンファレンスにおいては、原告は、疼痛強く、メンタル面が痛みにかぶっており、生活背景に痛みを増強させるような背景があるからなかなか痛みから抜け出せないとされたこと及び③平成29年11月21日高診依頼/回答には、CPRSの原因不動であり、治療は痛みがあってとしても動かしていくことが第一であり、不動によって新たな痛みが出現することがあることから、装具は時間がかかっても外し、活動量を増やしていく方針である旨の記載があり、同日の診療録にも、装具を取る時間を増やすように指導した旨の記載があることに照らすと、仮に、原告にRSDが発症したとしても、その誘因は、本件事故以外のものであった可能性を否定できず、同RSDが本件事故によって生じたものであると直ちに認めることは困難である
 イ なお、前記のとおり、本件手術において、滑膜の存在が認められ、これが切除されたが、同手術は、①本人の希望により行われたものであり、②関節鏡を挿入し、観察することを目的とし、増生した滑膜があればデブリードマンし、靭帯損傷があれば、縫合することが想定された一方で、症状が改善しない可能性についても複数回説明されており、③手術当日の平成29年5月23(注:裁判所が認定した上記症状固定日の約1か月後の日である。)にも、原告の体調に鑑み手術を延期することも含めて相談されており、本件手術が、当時の原告の症状の治療のため必要であったとまで認めることは困難である。
   これに対し、原告本人の供述には、担当医から上記手術を提案されたとする部分があり、証拠(略)には、平成28年11月25、右手関節MRIの結果、三角繊維複合体損傷が軽微に疑われる旨の記載があることは、これに沿うものということができる。
   しかしながら、本件手術当日にも、医師は、原告の当日の体調に鑑み、本件手術を延期することを含め相談したが、結局、原告の意思により、本件手術が予定通り実施されたことや、前記のとおり、本件手術は観察を目的とするものとされたこと等に照らすと、仮に、担当医が、原告の疼痛の原因を究明するために本件手術が考えられる旨述べたとしても、その治療効果に関する上記検討結果を覆すに足りない
 ウ また、原告は、滑膜炎の増生が本件事故に起因するものである旨主張するが、滑膜炎は、関節リウマチの代表的病変であり、その発症機序は、免疫系の異常を起こして自己寛容を破壊するような遺伝、環境、免疫学的因子の複雑な相互作用であるところ、原告は、平成28年1月24(注:本件事故日の約3か月前の日である。)、電車で吊革につかまり、急停止で右手首捻挫及び腱鞘炎の傷害を負い、本件事故当時もテーピングで固定していたことや、原告はもともと下橈骨関節がゆるく、不安定であるとされていたことに鑑みると、上記滑膜炎が、本件事故に起因するものと直ちに認めることも困難である
 エ 以上によれば、原告のRSDは、本件手術後に発症した可能性が否定できず、ほかに、前記の検討結果を覆すに足りる証拠はないから、本件事故と相当因果関係のある傷害は、平成29年4月25日に症状が固定したものの限度で認められると言わざるを得ない。

(5)結論
   原告が本件事故により被った既払金を控除する前の損害は、合計559万8,448円となる。
   上記の小計から既払金884万3,979円を控除した残金は、0を下回るから、被告らが原告に対して賠償すべき損害はないことになる。
   そうすると、原告の請求はいずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、本件事故による傷害については、当初の後遺障害診断書記載の症状固定日である平成29年4月25日までに治癒したとする一方で、仮に、原告にR S Dが発症したとしても、その誘因は本件事故以外のものであった可能性を否定できず、また、同RSDは、本件手術後に発症した可能性が否定できないとして、同RSDと本件事故との相当因果関係を否認した事例です。
   原告がRSDを発症した本件事故以外の誘因として、本件手術の存在を示唆している点が注目されます。

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