【知的財産】東京地裁平成27年4月28日判決(判例秘書L07030532)

本件小説の原作者と著作権管理契約を締結した被告が、本件小説を原作とした映像作品(テレビドラマ)の制作を開始できることを期待してその準備を進めていた原告に対し、本件小説の映像化を白紙に戻す旨を伝えたことは、契約締結上の過失による不法行為に該当しない旨判示した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)原告は、放送法に基づき設立された特殊法人であり、放送事業を営んでいる。
   被告は、出版事業を営む株式会社であり、平成21年9月14日、Aが執筆した小説「○○」(以下「本件小説」という。)を出版した。
   被告は、平成23年11月1日、Aとの間で、Aが本件小説の二次的利用等に係る権利の管理を被告に委託し、被告がAに代わってライセンシーと交渉してライセンシーに対して本件小説の二次的利用等に係る権利を許諾する旨の契約を被告の名において締結する等の業務を行うことなどを内容とする著作権管理委託契約を締結した。

(2)本件小説は、2章から構成されており、第1章では、主人公のOが母親殺しの容疑をかけられて行方不明になった旧友のPを探す様子が、過去の回想をはさみつつ、Oの視点から描写されており、第2章では、母親を刺してしまったPが逃避生活を続ける様子が、過去の回想をはさみつつ、Pの視点から描写されている。このように、本件小説は、第1章と第2章とで異なる場所で別々の人物の視点により叙述されているのであるが、回想シーンを多用しながら時系列を複雑に組み合わせ、それぞれのシーンが物語の結末に向けた伏線として巧妙に作り込まれており、Pと母親との間で何が起こったのか、また、題名「○○」は何を意味するのかについて、読者には、第2章の終盤まで分らないようになっていて、謎解きの要素を含んでいる。
   本件小説においては、第1章の終盤で、OがPの行方を探すために何度も地元山梨県に赴き旧友や恩師等を訪ねて情報収集をしながらも、実家には足を踏み入れることがなく、母親を避けてきた背景には、母親との間の深い確執があることを明らかにした上で、甲府市内の交差点にて、母親が見覚えのないレンタカーを運転する地元にいるはずのない娘を見つけ出してしまったことにより、Oと母親が久しぶりに偶然再会するという設定になっている(以下、この場面を「交差点のシーン」という。)。

(3)平成23年9月22日  
   原告は、平成23年9月22日までに、本件小説を映像化すること(以下「本件映像化」といい、本件映像化により制作される映像作品を「本件映像作品」という。)を企画し、原告の制作局第2制作センタードラマ番組部(以下「ドラマ部」という。)チーフプロデューサー本件映像化の制作統括となったBは、同日、本件小説の出版元である被告のC事業局C企画部所属Dに対し、本件映像化の可否について問い合わせるとともに、本件映像化に係る企画書をメールに添付して送信した。

(4)平成23年11月10日  
   Bは、平成23年11月10日、原告のドラマ部チーフディレクターであり本件映像作品の演出担当することとなったを伴って被告本社を訪れ、Dのほか、被告の文芸局文庫出版部所属Aの担当編集者である文芸局文芸図書第三出版部○○編集部所属Aの担当編集者であるとの間で、本件映像化に関する打合せ(以下「11月10日の打合せ」という。)を行った。
   Fは、この打合せにおいて、原作と映像作品は別物なので、原作に忠実にとは思っていないし、Aもアレンジには柔軟であると思われること、ただし、第2章のP目線の部分に救いがあることにはこだわりがあり、特にQの存在はO、Pに次いで重要であることなどを話すとともに、B及びFに対し、できるだけ早い時期に脚本が難しければプロットでも良いので、本件映像作品の全体像を見せるように依頼した。
   また、Fは、Eから、A本人に面会できないかとの打診をされたが、Aは出産直後で忙しいので時間を取るのが難しい旨を述べて、難色を示した。

(5)平成23年11月15日  
   Dは、平成23年11月15日、Bに対し、被告の社内の検討会議において承認が得られたので、ドラマ化に向けた作業を進めてよい旨を電話で伝えた。
   これを受けて、原告は、同日、脚本家のHに対し、本件映像作品の脚本執筆を正式に依頼し、出演者の選定や音楽、美術その他の本件映像作品の制作に必要な作業に入った。
   本件映像作品は、平成24年5月13日から6月3日まで、1回48分、全4回の放送予定で制作されることとされた。

(6)平成23年12月19
   原告は、平成23年12月19日、被告に対し、1話の脚本の準備稿(なお、原告の映像作品の脚本においては、原作者等の外部に示す最初の原稿を「準備稿」と呼んでいる。)を送付した。この準備稿では、Oが地元である山梨に帰ってきた際に実家を訪れてその母親と会い、ともに夕食をとる間にけんかになり、実家の2階にある自室に戻るという原作にはないシーン(以下、この場面を「Oが実家に立ち寄るシーン」という。)が組み込まれていた。
   Fは、平成23年12月20日、Aから電話を受け、第1話の脚本の準備稿の内容について打合せを行った。Aは、第1稿の準備稿を読んで、最初にすごく違和感があり、作品の中心テーマである母と娘の確執についての描かれ方が違ってしまっており、その後どういう展開になるか不安であることなどと述べた。AとFは、本件小説のテーマである母と娘の確執の描き方など物語全体の解釈を異にする改変について重点的に脚本の修正を求めるとともに、本件小説でOとその母親とが初めて出会う場面(交差点のシーン)が、本件映像作品においてどのように描かれるか不安であるため、4話までのプロットを文書化したものを提出するよう求めることとした。

(7)平成23年12月22
ア 原告及び被告は、平成23年12月22日、1話の脚本の準備稿についての打合せ(以下「12月22日の打合せ」という。)を行った。12月22日の打合せには、原告側からはBとEが、被告側からはD、F及びGが出席した。
  Fは、B及びEに対し、Oが実家に立ち寄るシーンについて、絶対に会わせるなとは言わないが、交差点のシーンでAが描きたかったことを尊重してほしい旨を述べるとともに、どうしてもこの脚本で行きたいということであれば、Aも何が何でもダメというわけではないと思うので、この脚本について第2話以降で納得できるような描写が出てくるのであればAも納得するかもしれず、第1話の脚本だけでは判断ができないことを述べ、全体のプロットを早く提出するよう促した。
 イ Dは、12月22日の打合せの終了後、Bに対し、本件映像化に係る映像化許諾契約書の文案(以下「本件契約書案」という。)をメールに添付して送信した。
   本件契約書案には、次の内容の条項が存在し、末尾に原告及び被告の名称が印字しれているが、その後、原告及び被告がこれに押印することはなかった
   第12条
   1項 原告は、本件映像作品のプロット及び脚本を直ちに被告に提出し、被告の確認及び承認を経て本件映像作品の制作を開始するものとする。
   2項 被告は、前項の本件映像作品のプロット及び脚本の確認において、原告に対し、合理的な事由がある場合、上記プロット及び脚本の修正を求めることができる。
   3項 原告は、第1項の承認が得られない場合、本件映像作品の制作を開始することができない(以下、同条1項から同条3項までを「本件条項」という。)。

(8)平成23年12月26
   Bは、平成23年12月26日、D、F及びGに対し、「○○」とのファイル名の付された書面(以下「12月26日付け説明資料」という。)をメールに添付して送信した。
   Aは、12月26日付け説明資料を読んで、Oが実家に立ち寄るシーンについて再検討された形跡が全くなく、また、3話及び第4話のあらすじが10項目の箇条書きで書かれているにすぎず全容が分かるものではなく、特に危惧していた交差点のシーンには全く言及されておらず、原作者に対して説明が求められる場面でBがこのようなメモ書きを作成してきたことについて、原作者である自分の立場が軽んじられているとの感想を持った。そこで、AとFは、これまでの強い言い方を避けるという方針を改め、できる限り意思を明確に伝えることとし、これを受けてFがBに対するメールの文案を作成した。
   この文面は、「以前にもお話しましたとおり、『母と娘』の箇所については扱いのご検討をお願いします。Aさん御自身、最後の『交差点での母との再会』のシーンは非常に重要なことだとお考えです。『交差点での母との再会』に含めた意図、状況については譲れないところです。それは何度も申し上げているとおり、母といつ会うかの扱いが重要になってくると思います。」などというものであった。
   Dは、同月28日、B及びEに対し、Fが作成した文書にDが「まずは、前回の打ち合せでもお話させていただきました件が解決できないことには、Aさんの著作権を預かるこちらとしては映像化の許諾はできかねますので、再度御社内でのご検討をお願いいたします。」などと加筆して作成したメール(以下「12月28日付けメール」という。)を送信した。

(9)平成24年1月10
   Bは、平成24年1月10日、Dに対し、1話の脚本の修正原稿2稿)、2話の修正原稿2稿。なお、原告は、第2話の脚本の第1稿を被告に交付しなかった。)及び説明資料(以下「1月10日付け説明資料」という。)を送付した。
   Fらは、同月13日、Aと前記の各脚本の内容について打合せを行った。この打合せでは、第1話でOが実家を訪れてその母親と会うという設定が変更されておらず、依然として本件小説における母と娘の関係性について解釈が異なっているため、原告側にこの点について再検討を依頼することとし、個々のせりふについて代案を示すこととなった。
   Fは、この打合せにおいて出された第1話及び第2話の脚本の第2稿に対する意見を取りまとめた「大前提でご理解いただきたいこと」と題する書面(以下「1月18日付けAコメント」という。)を作成し、Aの了解を得た。
   Dは、同月19日、Bに対し、「A先生からのコメントがきましたので、添付します」などと記載したメールに、「○○」とのファイル名の付された書面(1月18日付けAコメント)を添付して送信した。

(10)平成24年1月22
   Bは、平成24年1月22日、D、F及びGに対し、1話の脚本の第3稿準備3稿)、2話の第3稿準備3稿)及び1月18日付けAコメントにBらの見解を追記した書面(以下「1月22日付けBコメント」という。)を添付したメールを送信した。
   上記第1話の脚本の第3稿においても、第2稿と同様に、Oが実家を訪れて母親と会い、夕食中にけんかをして実家を飛び出し、ビジネスホテルに行くという場面については、1月18日付けAコメントで問題点を指摘されたせりふを修正した上で、シーン自体は残されており、この点について、1月22日付けBコメントでは、単に「母との関係性についての以下のご指摘について、改訂台本をご覧ください。」と記載されているほかは、何らの説明も記載されていなかった。

(11)平成24年1月24
   Bは、平成24年1月24日、被告本社を訪れ、被告の文芸局文庫出版部長であり、Fの上司に当たる、D、F及びGとの間で打合せ(以下「1月24日の打合せ」という。)を行った。この打合せにおいて、Fが、Bに対し、第1話と第2話の脚本はずいぶん修正されたが、依然として気になるせりふがあり、まだ本件小説の根幹に関して理解されていないと感じられる旨を述べたのに対し、Bは、第1話と第2話の問題点を具体的に教えてほしいと求めたが、Fは、3話と第4話の脚本又詳細なプロットの提出がない限り返事ができない旨を述べた。
   また、I部長は、Bに対し、本件映像作品の撮影開始がいつになるのか尋ねたところ、Bは、同年2月6である旨を答えた。これに対し、被告側の出席者からは、驚きの声が上がるとともに、I部長は、Bに対し、どうしてもっと早く知らせなかったのかと述べるとともに、今すぐにすべきこととして、最後までの脚本を速やかに被告に提出することなどを要請した。

(12)平成24年1月25
   Bは、平成24年1月25日、D、F及びGに対し、3話の準備稿及び4話の準備稿を添付したメールを送信した。第4話の脚本では、交差点のシーンについて、単に、交差点でOが運転する実家の自動車に母親が気づいて声をかけ、Oの体をいたわり、Oはこれから静岡に行くと告げて車に乗り込むという場面が描かれているにすぎず、原作と比べて軽い扱いとなっており、本件小説に見られる、Oが母と娘の切っても切れない関係性に気づき、Pとその母親との間に何があったのかの真相に思い至るきっかけを与えられるといった仕掛けはない。

(13)平成24年1月27日  
   Bは、平成24年1月27日、上司であり大河ドラマや連続テレビ小説以外のドラマを統括する「単発統括」のJチーフプロデューサー(以下「J統括」という。)及びEを伴い、被告のD及びその上司であるC事業部C企画部K部長(以下「K部長」という。)との間で打合せ(以下「1月27日の打合せ」という。)を行った。この打合せにおいて、K部長は、Aが本件映像作品の脚本についてOとその母親との関係性が理解されていないと感じており納得がいっていないこと、このままAが納得できなければ映像化は難しいと考えていることを告げたのに対し、Bは、原告側とAとの間で理解に食い違いがあるのだとすれば、これまでAと直接打ち合わせる機会がなかったことに原因があるため、Aと速やかに会わせてほしいと要求した。
   また、K部長が、2月6日からの撮影開始は難しいのではないかなどと述べたところ、Bは、1週間から10日程度の後倒しは可能なので、やむを得ない場には現実的な対応をすると述べた。
   Fは、同月18日、Aに対して、電話で、原告の担当者がA本人に会いたいと言っているので、一度会っていただいた方がいいのではないかと話した。しかし、Aが原告の担当者と直接会って打合せをすることに消極的な判断をしたことなどから、BらとAが直接会って本件映像化について話合いをする機会は設定されなかった。その代わり、Aの名義でFが原案を作成しAが一部修正を加えて完成させた書簡(以下「A書簡」という。)を交付することとなった。

(14)平成24年1月30
   原告のドラマ部L部長、J統括、B及びEは、平成24年1月30日、被告の文芸局M局長C事業局N局長、I部長、K部長、D、F及びGとの間で、打合せ(以下「1月30日の打合せ」という。)を行った。この打合せにおいて、L部長は、脚本の内容についてはAから指摘があれば真摯に対応するし、Aの了解が得られるまで撮影スケジュールを凍結するなど現実的に対応する旨を述べた。これに対し、K部長は、Aが納得していないとして、Aから預かったとするA書簡をL部長に交付した。同書簡には、「主人公を中心に物語の描き方について、依然としてご理解いただけていないのではなかという印象が拭い切れておりません。そしてこの状態で撮影スケジュールが決まってしまっている状況にも不安を覚えています。」とした上で、Aの思い入れが強く自身の代表作である本件小説が、Aの本意ではない形で世の中に広まってしまいかねない状態に強い抵抗を覚えており、「この不安がなくならないことには、このお話を承諾することがままなりません。(中略)この状態のまま進めるということであれば、今回のお話はお断りせざるをえません。」などと記載されていた。
   また、L部長が、脚本のどこに問題があるかを指摘するよう繰り返し求めたのに対し、被告側の出席者からは、脚本には、せりふのニュアンス、主人公の気持ち、母への微妙な感情のあや、登場人物のキャラクターのぶれなど問題がたくさんあるので、白紙にしてほしいとの発言が出された。これに対し、Bが、脚本はそこまで原作に縛られるのかとの発言をしたことから、被告側から、原作を何だと思っているのかとの反発が起きた。L部長は、指摘された点はすべて修正する旨を述べたが、M局長は、L部長に対し、一度白紙にできないか、このままでは継続できないでしょう、などと述べた
   その後、被告文芸局所属の出席者が退席し、原告と被告C事業局のみで簡単なやりとりをした。この日のやりとりの中で、L部長は、被告側に対し、第3話と第4話の脚本の準備稿に対する具体的な修正要望を出すように求めたところ、K部長は、2日後の2月1日までにFから修正要望を出す旨を回答した。

(15)平成24年1月31
   Bは、平成24年1月31日、Fに対し、EからAに宛てた書簡(以下「E書簡」という。)を添付したメールを送信した。このメールには、年末からの懸案であった冒頭のシーンを再考すること、原作者が違和感を覚えている項目についてその問題点の詳細を伝えてほしいこと、撮影スケジュールについては原作者の了解を得るまでは凍結することなどが記載されていた。
   また、E書簡には、自身やBはこれまで何度も小説やコミックの映像化を手がけており、Hも著名な作家の多くの小説の脚色を手がけていること、自分もBもAの納得できない形で撮影に突入するつもりは毛頭ないこと、O、P、T、U役の4人の俳優たちがこの物語を演じることを楽しみにしており、とてもいいアンサンブルの女性たちの物語になるのではないかと予感していること等が記載されていた。
   E書簡の転送を受けたAは、激しく怒り、同書簡が言葉こそ丁寧ではあるが、お金をかけて豪華な顔ぶれを集めて映像化してやろうというのに、A一人が妥協しないせいでこういうことになっている、不本意であってもこの脚本で妥協していただけないかといった趣旨を含むものであると感じ、4人の女性たちのアンサンブルとの記載についても、母と娘の物語であることを根本的に理解されていないと感じた。そして、Aは、Fに対し、この脚本のまま、この気持ちを持つスタッフに映像化をお願いすることはできない旨を伝えた。
   Fは、E書簡に対するAからの連絡を受けて、質問状(以下「2月2日付け質問状」という。)を作成した。この質問状では、1月30日の打合せにおけるM局長の本件映像化を白紙にする旨の申入れに対する明確な回答を求めるとともに、「原作の魅力、テーマ、内容を皆さんはどのように捉えていますか。詳しく判りやすく簡潔に説明してください。」等合計16項目の質問を記載していた。

(16)平成24年2月2
   K部長は、平成24年2月2日、原告の放送センターを訪れ、L部長と面談し、2月2日付け質問状を手渡すとともに、第3話と第4話の脚本に対する具体的な指摘は質問状への回答がないとできない旨を述べた。
   これに対し、L部長は、K部長に対し、上記質問状への速やかな回答を約束するとともに、Bが作成した「Oと母の関係シーンについての再考案」(以下「2月2日再考案」という。)と題する書面を交付した。同書面には、1において、Oは実家に帰らずその母親と会わない設定に修正し、母親との確執があることを視聴者に印象づけるため、Oが実家の前まで来るがビジネスホテルに宿泊するという設定に変更すること等の再考の方向性が記載されていた。しかし、K部長は、この再考案について、作品の理解が間違っている以上、小手先の訂正にすぎないとの理解をした。

(17)平成24年2月3
   Bは、平成24年2月3日、K部長に対し、L部長、B及びEの連名で作成された質問状に対する回答書(以下「2月3日付け回答書」という。)を送付した。同回答書は、1月30日のM局長からの「白紙にしたい」旨の申入れに対して、原告としては本件映像作品の制作を中止することはあり得ず、そのためにはいかなる努力も惜しまない旨を回答するとともに、2月2日付け質問状の16項目の全ての質問に対して回答をするものであった。その中では、「原作の魅力、テーマ、内容を皆さんはどのように捉えていますか。詳しく判りやすく簡潔に説明してください。」との質問に対し、「『普通に生きる女性たちの苦しみ、息苦しさ』を描くのと共に、『女性たちの再生の物語』だと感じています。(中略)そこに『母性~母になること、母であること』という普遍的なモチーフがあるのが、素晴らしいと思っています。」との回答がされていた。
   2月3日付け回答書を受領したFは、これをAに送付したが、特に、本件小説のテーマについての質問に対し、「女性たちの再生の物語」との回答がされたことについては、そのまま生きていくことを受け入れるのであって再生はしていないし、「母性~母になること、母であること」との回答がされたことについては、本件小説では母は母ではいつまでたっても娘であるということをテーマにしているので正反対に捉えられており、テーマの根幹からBらの解釈が間違っているとの感想を抱いた。そして、平成24年2月3日夜に、GがAと面会して2月2日付け再考案を踏まえた感触を探ったが、Aの原告に対する不信感は絶頂に達しており、このまま撮影スケジュール優先で進めることは絶対に避けてほしいとの強い要望が出された。 

(18)平成24年2月6
   被告は、平成24年2月6日、1月30日の打合せに出席したメンバーに担当役員らを加えて、緊急の社内ミーティングを開き、今後の対応について協議をした。その中で、出席者らは、撮影開始のタイムリミットがないならば、本件小説の解釈の問題に立ち戻り脚本の開発に時間をかけるのが相当であるが、現実には、撮影開始が無期延期になったわけではなく、当初の撮影開始予定日である2月6日から1週間程度延期するのが限度という状況であり、その間に、脚本における根本的な本件小説の解釈の問題を解決できる状況にはないとの認識で一致した。
   K部長は、平成24年2月6日夜、原告の放送センターを訪れ、L部長、J統括、B及びEに対し、被告の結論として、本件映像化の企画を一度白紙に戻すこと、新たな提案があれば優先的に検討することを告げた(以下「本件通告」という。)。
   K部長が本件通告をした後、原告において本件映像化を中止することが決定され、現在に至るまで本件映像化は実現していない。

(19)原告は、本件訴えを提起して、本件映像化の過程において、①被告との間で、被告が原告による本件小説の映像化許諾すること等を内容とする契約(以下「本件映像化許諾契約」という。)が成立したいもかかわらず、被告が一方的に上記契約を解除(白紙撤回)したと主張して、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求として、6059万3844円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、②被告が原告に対し、本件小説の映像化について原作者であるAから許諾を確実に得ることができると信頼させたため、原告は映像化の準備行為をしたところ、被告が原告の映像化活動の遂行を不可能したと主張して、契約締結上の過失を理由とする不法行為に基づく損害賠償として、6059万3844円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)原告と被告との間に映像化許諾契約が成立し、被告に同契約上の義務違反があったか(争点1)
(2)被告が原告に対し本件映像化を白紙に戻す旨を伝えたことは契約締結上の過失による不法行為に該当するか(争点2)
(3)損害額(債務不履行責任及び不法行為責任に共通)(争点3)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(原告と被告との間に映像化許諾契約が成立し、被告に同契約上の義務違反があったか)について
   原告と被告との間で本件映像化許諾契約が成立したものと認めることはできず、被告は、原告に対し、本件映像化許諾契約に基づく債務を負うものではないから、原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求には理由がない(詳細については、省略する。)。

(2)争点2(被告が原告に対し本件映像化を白紙に戻す旨を伝えたことは契約締結上の過失による不法行為に該当するか)について
 ア 判断枠組み
  a)本件契約書案の送付を受けた平成23年12月22日の時点において、被告が本件契約書案どおりの内容であれば映像化許諾契約を締結する意思があり、特に、脚本の確認については、本件条項に従い、原告から脚本が提出された場合には、被告は合理的な事由があるときはその修正を求めるものの、そのような合理的な事由がない限り脚本の承認をすることとなり、その脚本承認をもって原告と被告との間に映像化許諾契約が成立し、原告は映像制作を開始することができるであろうとの期待を有するに至ったものと認めることができる。
   そして、このような期待は、原告において最終的に脚本の承認が得られずに企画が頓挫した例が少なくとも最近では存在しないこと、被告のDは、原告に対してドラマ化に向けた作業を進めてもよい旨を伝えたことにより、原告において本件映像作品の制作開始を前提にした準備が進められることを認識しており、その後、原告が実際に準備を進めていることを認識していたことに照らすと、法的保護に値するものであるというべきである。
  b)しかしながら、原作者は、その著作物についてその意に反して改変を受けないものとする同一性保持権(著作権法20条1項)を有するのであるから、原作者であるAから著作権の管理委託を受けた被告としては、原告に対し、Aの同一性保持権を踏まえ、その意向を尊重した対応を行うことが許容され、その反面、原告は、原則として、本件小説にAの意向に反するような改変を加えた脚本を制作することは許されないものというべきであって、上記の原告の期待はその限度でのみ法的保護を受けるものと解すべきである。
   したがって、前記のとおり、原告が被告との間で脚本の修正を要請される合理的な事由がない限り脚本の承認を得て映像制作を開始することができるとの期待を有するとはいっても、ここにいう「合理的な事由」には、原則として、Aが当該脚本による映像化を認めないとする意向を有していることが含まれるのは当然であって、Aが承認することができるような脚本を制作することは、基本的に原告側の責務であるというべきである。
  c)もっとも、映像作品は、文芸作品と比較して、視覚や聴覚に訴えるような場面では強みを発揮する一方で、読者が時に読み返しながらじっくり考えることが求められるような複雑なストーリーには向かない面があり、文芸作品を映像化する際には、このような映像作品の特徴に即した脚色をすることが不可欠となるのであって、こうした脚色なくして優れた映像作品は生まれないということができる。
   このような点をも考慮するならば、文芸作品を映像化するに際し、例えば、原作者が合理性に欠けるような些細な点にこだわっており、このような原作者の意向を尊重したのでは映像作品としておよそ成り立たなくなるような例外的な場合には、同一性保持権の濫用となり得るものである。
   そうすると、本件においても、Aが本件映像作品の脚本を承認しないことが同一性保持権の濫用と認められるような場合には、被告が原告の提出した脚本を承認しないことは、合理的な事由によらない承諾の拒絶として原告の上記期待を不当に損なうものといわざるを得ない。
  d)また、被告は、Aから著作権の管理委託を受けて、原告との交渉の主体となったことにより、原告との関係で、脚本に関するAの意向を原告に正確に伝え、原告の脚本の意図をAに正確に伝えることにより、Aと原告との意思疎通の円滑を図るとともに、誠実に交渉をすべき信義則上の注意義務を負うものであり、原告の制作した脚本がAの意向に沿わないものである場合であっても、それが主として被告において意思疎通の円滑を図ったり誠実に交渉したりするのを怠ったことに起因するときは、被告は直ちに脚本を承認する義務を負うことになるわけではないものの、原告の上記脚本の承認と映像作品の制作開始に対する期待を不当に損なうものということができる。
  e)そして、以上のように原告の期待を不当に損なうような場合には、被告は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
 イ 検討
   以下、本件において被告が原告の期待を不当に損なったといえるかについて検討する。
  a) Aが本件映像作品の脚本を承認しないことが同一性保持権の濫用と認められるか
   Aは、一貫して、本件小説においてテーマとした母と娘の関係性及びこのテーマを第1章の最終盤で浮かび上がらせてPの事件の真相に思い至るきっかけとなる交差点のシーンの描かれ方を特に重視していたのであり、1月25日に提示された第4話の脚本において交差点のシーンが原作と比べて軽いものとして描かれており、2月6日の撮影開始日の延期が可能であるのも1週間から10日程度にすぎないと言われていた中で、このまま映像化の話を進めるとすると、結局、意に沿わない脚本のまま映像化がされてしまうのではないかとの危惧を有したとしても無理もないところであった。
   他方で、原告が本件映像作品をより優れたものにするとの観点から重視していたOが実家に立ち寄るシーンについては、これがないと映像化が成り立たなくなるようなものではなかったものといえる。
   したがって、Aが本件映像作品の脚本を承認しなかったことが同一性保持権の濫用にわたるとまではいえない
  b) 被告がAと原告との意思疎通の円滑を図るとともに、誠実に交渉をすべき信義則上の注意義務に違反したといえるか
   被告側が原告側に当初伝えた脚本を承認するために譲れない条件は、そもそもAが真に重視していたポイントを外しており、その後の被告側から原告側に伝えられた脚本に対する意見についても、いささか緩慢で分りにくい言い回しにとどまっていた感があり、こうした事情が原告の判断を誤らせた一因になっていたこと、被告担当者が、原告に対し、Aと直接打ち合わせる機会を設けなかったことは適切さを欠く面があったことは否定できない。
   しかしながら、本件映像化が頓挫するに至った主たる要因は、12月28日付けメール以降、Aが交差点のシーンを特に重視しており、このシーンが出てくることが予想される第4話までの脚本又は詳細なプロットを見ないことには脚本の承認をすることができない立場であったことが容易にうかがわれたにもかかわらず、その提出が1月25までずれ込んだこと、撮影開始日が被告側に伝わったのが1月24日の打合せの時点と遅かったこと、おおむねAの意向に沿う内容となっている2月2日付け再考案が出されるまで、原告側の本件小説の主題に関する理解が十分ではなかったきらいがあり2月2日付け再考案はAの原告に対する信頼が崩れた後に提出されたものであったことによるものというべきである。
   そうすると、被告において、原告に対する配慮に欠ける面があったことは否定できないものの、原告側の問題との対比において、Aと原告との意思疎通の円滑を図るとともに、誠実に交渉をすべき信義則上の義務に違反したとまではいえない
  c)小括
   被告が原告の期待を不当に損なったとまではいえないから、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

(3)結論
   原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、原告と被告との間に映像化許諾契約が成立していないことを前提に、被告が、本件小説を原作とした映像作品(テレビドラマ)の制作を開始できることを期待してその準備を進めていた原告に対し、本件小説の映像化を白紙に戻す旨を伝えたことは、契約締結上の過失による不法行為に該当しない旨判示した事例です。
   本裁判例は、原告が被告との間で脚本の修正を要請される合理的な事由がない限り脚本の承認を得て映像制作を開始することができるとの期待を有するところ、原作者は、その著作物についてその意に反して改変を受けないものとする同一性保持権(著作権法20条1項)を有することから、上記の 「合理的な事由」には、原則として、Aが当該脚本による映像化を認めないとする意向を有していることが含まれる旨判示しており、その結果、被告が原告の期待を不当に損なったといえる場合を、例外的な場合のみに限定している点に特徴があるといえます。

Verified by MonsterInsights