【交通事故】名古屋高裁令和4年2月24日判決(自保ジャーナル2125号73頁)

控訴人の訴える神経症状は、糖尿病を中心とする控訴人の既存疾患によるものである疑いを払拭することができず、本件事故との相当因果関係を認めることはできない旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成26年8月22日午前6時55分頃
 イ 発生場所 愛知県豊橋市内の路上付近(以下「本件道路」という。)
 ウ 関係車両 被控訴人(一審被告)運転の普通乗用自動車(被控訴人車両)
 エ 事故態様 控訴人(一審原告。昭和28年2月生まれの女性で、本件事故当時61歳であった。)が、出勤のため自宅前の本件道路付近(車線区分がされていない。)に出たところ、南進してきた被控訴人車両と衝突した。なお、具体的な接触場所については、争いがある。

(2)控訴人は、本件事故以前糖尿病、高脂血症、甲状腺機能低下症などと診断されており、また、指先のしびれの自覚症状を有するとともに、腰椎部分に骨嚢胞(こつのうほう)の症状があり、痛みを感じることがあった。

(3)控訴人は、平成26年8月22日、C病院に救急搬送され、右上腕骨骨折、左大腿骨顆上骨折、仙骨骨折、右腸骨骨折、右恥座骨骨折、右腓骨骨折、右足関節内果骨折、両肋骨骨折、口唇挫創と診断された。
   控訴人は、同月26日、右上腕骨骨折、右大腿骨頸部骨折、右腓骨骨折に対し骨接合術を受け、手術した箇所をギブスで固定してリハビリテーションを開始した。控訴人は、C病院には、同年11月11日まで入院し、平成27年1月15日から同年9月30まで通院を継続した。控訴人のC病院における入院期間は82日、通院期間は239日、通院日数は14日であった。

(4)控訴人は、平成26年11月11日、D病院に転院し、平成27年1月9日に退院するまでの間、リハビリテーションを継続した。控訴人は、D病院を退院後、同月21日から同年9月17日まで、D病院に通院を継続した。控訴人のD病院における入院期間は60日、通院期間は240日、通院日数は42日であった。

(5)C病院の担当医(丙川三郎医師)は、平成27年9月10日頃控訴人の症状(当時の控訴人は、左膝関節及び右肩関節の可動域制限、右肩周囲の痛み、左膝周囲のしびれ並びに両手足のしびれを訴えていた。)が横ばいであり症状固定に至っていると考え、控訴人に対してその旨を伝えたが、控訴人は症状固定に納得せず、弁護士に勧められたとして、整形外科開業医におけるリハビリテーションの継続を強く希望した。そこで、同医師は、E整形外科クリニックに原告を紹介した。
   原告は、平成27年9月12日から平成29年2月28まで同クリニックにおいてリハビリテーションを行った(通院期間536日、通院日数232日)。

(6)控訴人は、本件事故によって後遺障害を負ったと主張し、B労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による保険給付を請求したところ、同監督署長は、控訴人に残存する障害の程度は、同法施行規則14条、別表第一の障害等級(以下「労災障害等級」と言い、自動車損害賠償保障法施行令別表第二の等級(以下「自賠責等級」という。)と区別せず、単に「14級」などということがある。)14に該当するとして、同等級に応ずる障害給付を支給する旨の決定をした。
   なお、C病院の丁山四郎医師は、令和元年6月9日付けで控訴人についての労災補償保険給付申請のための診断書(以下「令和元年6月9日付け診断書」という。)を作成したところ、同診断書の「傷害の状態の詳細」欄には、「本人の自覚症状(訴え)については別紙(略)参照、身体診察所見(MMT、関節可動域、深部腱反射、四肢周径)についても別紙に記載。しびれの所見につきNCV検査結果参照。」の記載がなされ、それぞれ別紙が添付されており、筋電図検査にかかるコメント欄には、下肢については両側とも浮腫が強く、激しい痛みを訴えたため検査が不能と判断したことなどが記載されていた。

(7)控訴人は、同決定を不服として、H労働者災害補償保険審査官に対し、審査請求を行ったが、同審査官は、令和3年3月31審査請求を棄却する旨の決定をした。
   なお、H労働災害補償保険審査官は、上記の審査請求の棄却決定において、原告が訴える多くの身体症状は、原告の多岐に存在する骨等の変形性の既存疾患に由来する不定愁訴であり、本件事故に起因する後遺障害とは認められず、労災障害等級14級に該当するとした原処分は失当であるが、原告に不利益となる取消決定はできないため、これ以上の言及は差し控えるとの趣旨の記載をした。 

(8)控訴人は、本件訴えを提起して、被控訴人に対して、2、458万1、219円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
   原審(名古屋地裁岡崎支部令和3年9月13日判決・自保ジャーナル2125号79頁)が、控訴人の上記請求を、95万2、166円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容したところ、控訴人が控訴した。
   なお、原審は、症状固定日を平成27年9月30日と判示し、本件事故と後遺障害との間の因果関係を否認した。


 【争点】

(1)本件事故の態様、原告の過失の有無及び過失割合(争点1)
(2)原告の後遺障害(争点2)
(3)原告の損害(争点3)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、原審は、上記(1)について、以下のとおり判示した。
 ア 被告は、原告が路側帯内にはおらず、路上に出ていたことからすれば、原告にも一定の過失があると主張する。
 イ しかしながら、本件道路の路側帯の幅は約1.2mと一定の幅があることからすれば、原告と被告車両は、路側帯かその付近で衝突したと推認するのが相当であり、他方で原告が自宅を出た後、車道に飛び出した際に事故が発生したと認めることはできない。
 ウ したがって、原告に本件事故についての過失を認めることはできない。


(1)争点1(本件事故の態様、原告の過失の有無及び過失割合)について  
   原判決のとおりである。

(2)争点2(原告の後遺障害)について
 ア 左右母指可動域制限について
  a)令和元年6月9日付け診断書及び弁論の全趣旨によれば、令和元年5月23日の検査時において、控訴人の左右母指の伸展及び屈曲の可動域に一定の制限が生じていたことはうかがわれる。
  b)しかしながら、平成27年5月21にC病院において控訴人の各手指の屈曲・伸展の状況が具体的に検査・記録されているところ、そこでは、示指・中指・環指のみが記録され、母指は記録されていない。
   また、J労働局の労災協力医が、令和3年2月22、H労働者災害補償保険審査官に対し、控訴人の誘発筋電図検査の結果は手根管症候群を示すものである旨、手根管症候群は手の使い過ぎなどで中年女性に頻発する旨、上腕に異常所見がなく手関節にだけ異常があることからすれば、手指の障害は外傷とは、無関係であるといわざるを得ない旨の意見を述べている。
  c)これらの事情を踏まえれば、本件事故によって控訴人の左右母指の可動域制限が生じたと認めることはできない。
 イ 右股関節及び右足の可動域制限について
  a)令和元年6月9日付け診断書及び弁論の全趣旨によれば、令和元年5月23日の検査時において、控訴人の右股関節の外転及び内転並びに右足の背屈及び底屈の各可動域に一定の制限が生じていたことはうかがわれる。
  b)しかしながら、控訴人がリハビリテーションのために通院したD病院のチームカルテの冒頭(平成26年11月13の項)には、「現状:左膝関節、右肩関節可動域制限あり」と記載される一方、右股関節や右足の可動域制限に関する指摘はない。
   C病院の医師平成27年9月10日に作成した診療情報提供書においても、控訴人の愁訴のうち関節可動域制限に関するものとしては、「左膝」及び「右肩」のみが挙げられている。
   また、上記検査時における右股関節の外転及び内転並びに右足の背屈及び底屈の各可動域は、左股関節の外転及び内転並びに左足の背屈及び底屈の各可動域の4分の3を下回るものではない。
  c)これらの事情も踏まえれば、本件事故によって控訴人の右股関節及び右足の可動域制限が生じたと認めることはできない。
 ウ 両上肢、下肢の神経障害について
  a)控訴人に対しては、令和元年5月23日、誘発筋電図検査が実施され、その結果、左右の正中神経などに一定の異常所見があったことが認められ、控訴人は、本件事故後、継続的に両下肢のしびれ、両上肢のしびれ、感覚減退、痛みを訴え、また、両下肢には浮腫が存在していたことが認められる。
  b)しかしながら、控訴人には、元々糖尿病の影響等で手足のしびれが本件事故以前から存在していたことが認められ、控訴人自身、本件事故後、しびれについて新しいものはないと医師に申告しており、浮腫や感覚減退についても、糖尿病神経障害による影響が相当程度あったことがうかがわれる
   以上に加え、
  ・控訴人には頸椎・腰椎椎間板症、脊柱管狭窄症、手根管症候群、手指屈筋腱腱鞘炎、両変形性膝関節症等多くの既存疾患があったものであり、E整形外科クリニックの医師が、B労働基準監督署長に対する労災保険法による保険給付請求手続の関係で作成・提出した平成28年4月28日付け意見書において、理学所見及び画像所見に基づき、控訴人の現症状は上記の既存疾患によるものと考える旨の意見を述べていること
  ・上記の誘発筋電図検査の結果についても、J労働局の労災協力医が、上記アb)のとおり、外傷とは無関係の手根管症候群を示すものである旨の意見を述べていること
を踏まえると、控訴人の訴える神経症状は、糖尿病を中心とする控訴人の既存疾患によるものである疑いを払拭することができず、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。
  c)なお、上記クリニックの医師の意見書それ自体は本件訴訟には証拠提出されていないが、H労働者災害補償保険審査官の決定書における引用等について不適切な点があるとの指摘等はないから、上記認定判断は左右されない。
   また、控訴人は、上記クリニックの医師の意見書には「治療は既に不要」との記載もあるところ、同医師は、実際には、平成28年4月28日以降も約10ヶ月間にわたって控訴人の治療を行っているから、同意見書の内容は信用できない旨主張する。
   しかしながら、医師が医学的には「治療は既に不要」である(症状固定に至っている)と判断する場合においても、患者の希望等に応じて疼痛緩和、リハビリテーション等の処置をとることは十分あり得るから、上記主張は採用することができない。
   さらに、控訴人は、仮に両上肢・下肢の神経障害について糖尿病の影響があるとしても、本件事故後の寝たきり状態や身体的不自由状態の継続により糖尿病の症状が増悪したものであり、D病院の医師もそのように述べている旨主張する。
   しかしながら、本件事故後に控訴人の糖尿病症状が実際に増悪したことを認めるに足りる証拠はない。当該医師のコメントは、具体的には「交通事故にて不活発状態がつづき、また、食事量をコントロールできないなど糖尿病の増悪する要因があり、状態改善のための薬剤のみでは不十分とかんがえ再度外来栄養食事指導を実施した」というものであって、増悪の「要因がある」という一般論を述べるものにすぎない上、他の要因(食事量をコントロールできない)も挙げており、これをもって、本件事故による寝たきり状態等によって糖尿病が増悪したとまで認定することはできない。

(3)争点3(原告の損害)について
 ア 症状固定時期について
  a)C病院の担当医は、平成27年9月10日時点で、症状が横ばいでそろそろ症状固定と考えていたこと、同月30日には、上記病院としての治療は終了したことなどが認められ、これらの経緯を踏まえると、控訴人が本件事故によって受けた傷害については、遅くとも平成27年9月30日に症状が固定したと認められる。
  b)控訴人は、症状固定時期が平成28年2月28日であると主張するが、担当医が症状固定について複数回に渡って説明するも、控訴人が納得せずに治療が継続されていたという経緯が認められるのであり、同時期を本件事故の症状固定時期とすることはできない。
   これに対し、控訴人は、平成27年9月10日当時のC病院の医師が、控訴人の申出を受け、E整形外科クリニックを紹介していること、その後、平成29年2月28日まで、同クリニックにおいて頻繁にリハビリテーションが行われたことを指摘する。
   しかしながら、前記(2)ウc)のとおり、医師が、医学的には症状固定に至っていると判断する場合においても、患者の希望等に応じてリハビリテーション等の処置をとることは十分にあり得るから、上記主張は採用することができない。
 イ 損害額について
  a)治療費、休業損害、傷害慰謝料 略
  b)後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益 
   本件事故によって控訴人主張の各障害が生じたものと認めることができない。

(4)結論
   原判決は相当であって、本件控訴は理由がない(控訴棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、控訴人の両上肢、下肢の神経障害について、原判決と同様に、控訴人の訴える神経症状が、糖尿病を中心とする控訴人の既存疾患によるものである疑いを払拭することができず、本件事故との相当因果関係を認めることはできないことなどを判示して、控訴を棄却した事例です。
   (原判決でいずれもその存在が示唆されていた)E整形外科クリニックの医師が、B労働基準監督署長に対する労災保険法による保険給付請求手続の関係で作成・提出した平成28年4月28日付け意見書、及びJ労働局の労災協力医が、令和3年2月22、H労働者災害補償保険審査官に対して述べた、手指の障害は外傷とは、無関係であるといわざるを得ない旨の意見などから、上記の結論が導かれています。

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