【労働】大阪高裁令和3年3月25日判決(労働判例1239号5頁)

出来高払制の賃金である能率手当について、賃金対象額から割増賃金である時間外手当Aを減額するとの計算方法が採られていることにつき、労働基準法37条の趣旨に反し、その実質において、能率手当として支払うことが予定されている賃金を時間外手当Aに置き換えて支払うものであると認めることはできない旨判示した事例(上告不受理により確定)


【事案の概要】

(1)被控訴人(一審被告)は、貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
   控訴人(一審原告)らは、いずれも、被控訴人との間で労働契約を締結し、平成26年6月~29年6月の期間、被控訴人において集配業務を行う「集配職」として就労していた者である。控訴人らは、いずれも正社員として就労していた。

(2)被控訴人は、平成26年12月16日に賃金規則及びその細則を改定し、被告の賃金制度は同日の前後で異なる(以下、併せて「本件賃金規則」という。)。
 ア 平成26年12月15日までの賃金制度(以下「旧賃金制度」という。) 略
 イ 平成26年12月16日以降の賃金制度(以下「新賃金制度」という。)
 a)新賃金制度における被控訴人正社員の集配職の賃金は、
 ・基準内賃金:職務給(13万円)、勤続年数手当、現業職地域手当、能率手当、独身手当及び配偶者手当
 ・基準外賃金:通勤手当、別居手当、時間外手当、宿日直手当、休暇手当、調整手当及び扶養手当
により構成されている。
  b)時間外手当は、時間外手当A、時間外手当B及び時間外手当Cにより構成され、それぞれ以下の計算式により算出される。
  ・時間外手当A
  =能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間
  ×(1.25×時間外労働時間+0.25×深夜労働時間+1.35×法定休日労働時間)
  ・時間外手当B
  =能率手当÷総労働時間
  ×(0.25×60時間までの時間外労働時間+0.5×60時間を超える時間外労働時間
  +0.25×深夜労働時間+0.35×法定休日労働時間)
  ・時間外手当C
  =能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間
  ×0.25×60時間までの時間外労働時間
  c)能率手当は、賃金対象額集配業務に係る取扱重量、伝票枚数、軒数及び走行距離等に基づき算出され、旧賃金制度における賃金対象額とはその構成要素が変更されている。)が時間外手当Aの額を上回る場合に支給され、次の計算式により算出される(両賃金制度において、新賃金制度では、能率手当の計算過程で賃金対象額と時間外手当Aの差額(以下「超過差額」という。)に対し係数(a)が乗じられなくなった点が変更されているが、超過差額基準とするという点については変更されていない。以下、両賃金制度を通じて、能率手当の計算方法を「本件計算方法」という。)。
   能率手当賃金対象額時間外手当A(=超過差額

(3)控訴人らは、本件訴えを提起して、被控訴人に対し、被控訴人は、控訴人らに支給する能率手当の計算に当たり、業務結果等により算出される出来高賃金対象額)から時間外手当に相当する額を控除しているため、労働基準法37条所定の割増賃金の一部が未払であるなどと主張して、労働契約に基づく賃金請求として、未払割増賃金及び労基法114条所定の付加金並びに遅延損害金の支払を求めた。

(4)原判決(大阪地裁平成31年3月20日判決・労働判例1239号19頁)は、控訴人らの請求をいずれも棄却した。そのため、控訴人が控訴した。


【争点】

(1)時間外手当Aが労働基準法37条の割増賃金として支払われたといえるか(集配職の賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか)(争点1)
(2)争点1において判別可能性がない場合に控訴人らに対して追加で支払われるべき割増賃金の額(争点2)
(3)被控訴人に対し付加金の支払が命じられるべきか否か(争点3)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)労働基準法37条の定める割増賃金の支払の有無等に関する判断基準
 ア 労働基準法37条は、時間外労働、深夜労働及び法定休日労働(以下「時間外労働等」という。)に対する割増賃金の支払義務を定めているところ、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を併せて「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているが、
   労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない(最高裁平成29年2月28日判決・国際自動車事件・労働判例1152号5頁、最高裁平成29年7月7日判決・医療社団法人康心会事件・労働判例1168号49頁、最高裁平成30年7月19日判決・日本ケミカル事件。労働判例1186号5頁参照)。
 イ 使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間に賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否か検討することになるところ、
   その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である(最高裁平成6年6月13日判決・高知県観光事件・労働判例653号12頁、最高裁平成24年3月8日判決・テックジャパン事件・労働判例1060号5頁、前掲最高裁平成29年2月28日判決、前掲最高裁平成30年7月19日判決参照)。
 ウ また、労働基準法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定していないから、労働契約において売上等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合でも、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものと解することはできず、前記判別をすることができるときは、割増賃金として支払われた金額が同条等に定められた方法により算定した割増賃金を下回らないか否か検討する必要がある(前掲最高裁平成29年2月28日判決参照)。
 エ そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払ったと主張している場合において、前記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、
   当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり(前掲最高裁平成30年7月19日判決参照)、
   その判断に際しては、当該手当の名称算定方法だけでなく、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである(最高裁令和2年3月30日判決・国際自動車(第二次上告審)事件・労働判例1220号5頁参照。以下「最高裁令和2年判決」という。)。

(2)争点1(時間外手当Aが労働基準法37条の割増賃金として支払われたといえるか(集配職の賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか))について
 ア 被控訴人は、控訴人らが行った時間外労働等に対する対価として、本件賃金規則に基づく時間外手当A、B及びCを支払い、これにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったものであると主張する。そこで、前記(1)の判断基準を前提として検討する。
 イ 本件賃金規則は、控訴人らと被控訴人との労働契約の内容となっており、本件賃金規則においては、能率手当を含む基準内賃金通常の労働時間の賃金に当たる部分時間外手当A、B及びC労働基準法37条の定める割増賃金であり、当該割増賃金は他の賃金と明確に区別して支給されていると認めることができる。
 ウ 次に、前記各時間外手当が時間外労働等に対する対価として支給されたと評価できるかについて検討する(時間外手当Cの対価性は争われていないから、争いのある時間外手当A及びBについてのみ検討する。)。
  a)時間外手当A及びBは、その名称及び計算方法から見ると、時間外労働等に対する対価であると評価することができる。
  b)控訴人らは、
   出来高払制の賃金である能率手当について、賃金対象額から割増賃金である時間外手当Aを減額するとの本件計算方法が採られていることは、揚高を得るためにあたり生ずる割増賃金をその経費と見た上で、その全額を労働者に負担させているに等しいものであるから、労働基準法37条の趣旨に添うとは言い難く、時間外手当Aには、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が含まれている
旨主張する。
   この点、本件賃金制度における時間外手当A及び能率手当の仕組みのもとにおいて、時間外手当Aが時間外労働等に対する対価として支払われているものと評価することができるか本来は出来高払制の賃金として支払うことが予定されている賃金の一部を名目上割増金に置き換えて支払っているにすぎないものではないかという点については、労働契約の定める賃金体系全体における手当の位置付け等にも留意し、諸般の事情を考慮して判断する必要がある(最高裁令和2年判決参照)。
  c)まず、本件賃金制度における能率手当は、出来高払制の賃金に関する賃金制度の設計において「時間的効率向上」を考慮要素とすることとして、賃金対象額が時間外手当Aの額を超える場合にのみ、超過差額基準として能率手当支給することにしたものである。
   本件においては、集配すべき荷物の延着や客先の都合等により集配職の労働者に時間外労働等が生じるおそれがあることを考慮しても、事業所外で行われ、業務遂行に当たり一定の裁量が認められる集配職の業務の効率化を図る趣旨目的で、出来高払制の賃金として能率手当を設けることには合理的理由があり、被控訴人が割増賃金の支払を免れる目的で能率手当を導入したと認めることはできない。
  d)次に、労働基準法27は、出来高払制の賃金の場合に、労働時間に応じた賃金の保障をすべきものとしているが、本件賃金制度は、固定給と出来高払制の賃金を併用するものであって、かつ、控訴人らの実収賃金の概ね半分から6割以上は固定給及び時間外手当Aであって、固定給及び時間外手当Aにより、同条の定める労働時間に応じた賃金の保障がされているものと認められる。
   また、労働基準法施行規則19条1項7は、出来高払制の賃金の場合における労働基準法37条1項の規定による通常の労働時間の賃金の計算方法について定めているところ、本件賃金制度における時間外手当Bは、能率手当部分についての割増賃金を、労働基準法施行規則19条1項7号に従って算定したものである。したがって、時間外手当Bについては、最高裁令和2年判決の事案とは異なり、能率手当が発生しない場合に時間外手当Bだけが支払われるという事態が発生することはなく、割増賃金として支払われるものの中に通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が含まれ、労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とそれ以外の部分を判別することができないという問題は生じない。
   したがって、本件賃金制度における賃金体系のもとで、出来高払制の賃金部分である能率手当及び時間外手当Bは、労働基準法令に適合する形で定められており、時間外手当Bは、時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められる。
  e)他方、控訴人らが、時間外手当Aには通常の労働時間の賃金として支払われるべきものが含まれている旨主張するのは、
   本件計算方法のように、時間外手当Aが増加しても、その分能率手当が減少するのであれば、業務量が同じときは、時間外手当Aが賃金対象額を超過しない限り、支払われる賃金総額が変わらないことになり、使用者に割増賃金を支払わせることによって時間外労働等を抑制しようとする労働基準法37条の趣旨に反するという理由で、
   時間外手当Aが賃金対象額から控除される限り、同手当は適法な割増賃金の支払といえず、現に支払われていたものはすべて通常の賃金である(すなわち、時間外手当Aを控除する前の賃金対象額全部出来高払制の通常の賃金である)との考え方によると解される(この考え方によれば、時間外手当Aとして支払われた金員は、それが賃金対象額に達するまでは通常の賃金として支払われたことになり、賃金対象額を超える部分のみが時間外手当として支払われたことになる。)。
   しかしながら、賃金対象額は、本件賃金規則上、能率手当を算出する前提として業務量に基づき計算される数値とされているにすぎず、このような賃金対象額が当然に労働契約上の出来高払制の通常の賃金になると解することはできない。
   出来高払制の賃金を定めるに当たり、売上高等の一定割合に相当する金額から労働基準法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする定めが当然に同条の趣旨に反するものと解することができないのは、前掲最高裁平成29年2月28日判決の判示するところであり、時間外労働等が増加しても賃金総額が変わらないという現象自体は、いわゆる固定残業代が有効と認められる場合にも同様に生ずることであるから、それだけで本件賃金制度における能率手当が同条の趣旨を逸脱するものであると評価することはできない。
   そして、本件賃金制度のもとでは、時間外手当Aは、賃金対象額の多寡(したがって、能率手当の有無)にかかわらず、必ず支払われることになるのであり、時間外手当Aが賃金対象額を超過する場合には、能率手当は支給されず、時間外手当Aのみが支給される。そして、能率手当が支給される場合においても、時間外労働等があれば、時間外手当B及び時間外労働が60時間を超える場合の時間外手当Cも支給されることからすれば、本件賃金制度において、被控訴人は、労働基準法37条等の定める時間外労働等に対する割増賃金の支払を負担しており、能率手当自体は、集配業務の効率化のための出来高払制の賃金として、対象賃金額を上限として時間外手当Aを含む固定給部分に追加して支給されるという性質を有するものというべきである。したがって、本件における能率手当が、実質的にみて、本件計算方法を採ることにより、売上高等を得るに当たり生ずる経費としての割増賃金の全額を集配職の労働者に負担させているに等しいと評価することはできない。
   これらに照らせば、本件賃金規則の定める本件計算方法が、前記(1)記載の労働基準法37条の趣旨に反し、その実質において、能率手当として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合に、その一部について名目のみを時間外手当Aに置き換えて支払うものであると認めることはできないというべきであり、時間外手当Aは、実質的にみても、時間外労働等の対価として支給されるものというべきである。したがって、控訴人らの前記主張は採用することができない。
  f)以上で検討したところによれば、本件賃金規則に基づき支給される時間外手当A、B及びCは、いずれも時間外労働等に対する対価として支給されたと評価することができる。
 エ 小括
   本件賃金規則に基づき割増賃金として支払われた各時間外手当については、時間外労働等に対する対価性及び他の賃金との判別性が認められるところ、その支給額についても、それぞれ対象とする通常の労働時間の賃金を基礎として、労働基準法37条等の定める方法により算出された額が全額支給されていると認められる。
   したがって、被控訴人が控訴人らに対し労働基準法37条の定める割増賃金として支払った賃金の額は、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないから、被控訴人が控訴人らに対し、未払割増賃金の支払義務を負うことはない。

(3)結論
   本件控訴はいずれも理由がない(控訴棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、出来高払制の賃金である能率手当について、賃金対象額から割増賃金である時間外手当Aを減額するとの本件計算方法が採られていることについて、労働基準法37条の趣旨に反し、その実質において、能率手当として支払うことが予定されている賃金を時間外手当Aに置き換えて支払うものであると認めることはできない旨判示した事例です。賃金対象額は、本件賃金規則上、能率手当を算出する前提として業務量に基づき計算される数値とされているにすぎず、このような賃金対象額が当然に労働契約上の出来高払制の通常の賃金になると解することはできないとの理解を前提として、上記の結論を導いています。
   なお、本裁判例は、時間外手当Bについて、労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とそれ以外の部分を判別できることから、時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められる旨判示しています。しかし、賃金対象額は、集配業務に係る取扱重量、伝票枚数、軒数及び走行距離等に基づき算出されることから、基本的に出来高としての性格を有すると考えられるところ、本件計算方法によれば、時間外労働等が増加すると、出来高払制の通常の賃金(能率手当)が減少することに伴い、時間外手当Bも減少し、支給されない場合もあります。このような特殊性を有する時間外手当Bを、一般的な出来高払制の賃金についての割増賃金と同列に語ることは困難と考えます。

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