労働者において契約期間満了後も雇用契約が継続されるものと期待することに合理性がなければ、契約更新拒絶の合理的理由の有無や社会的相当性を問うまでもなく、労働契約の更新拒絶(雇止め)を無効とすることはできない旨判示した事例(上告審係属中)
【事案の概要】
(1)控訴人(一審原告)は、平成25年6月28日、被控訴人(一審被告)との間で、雇用期間を平成25年7月1日から平成26年6月30日までとする有期雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。
控訴人は、被控訴人との間で、本件雇用契約につき4回の契約更新をなした。平成29年6月29日に4回目の更新に際して取り交わされた雇用契約書には、契約更新につき、更新はしない旨記載されていた(以下、当該不更新条項と従前の更新の際に取り交わされた雇用契約書に定められた各更新上限条項を総称して「本件不更新条項等」という。)。
控訴人は、当初の雇用契約から5年の期間満了に当たる平成30年6月30日付けで雇止め(以下「本件雇止め」という。)をされた。
控訴人は、本件訴えを提起して、被控訴人との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被控訴人に対し、有期雇用契約に基づく賃金請求権に基づき、本件雇止めの後である同年8月25日以降に発生する未払賃金及びこれらに対する遅延損害金の支払を求めた。
以上については、原判決(横浜地裁川崎支部令和3年3月30日判決・労働判例1225号76頁)の【事案の概要】参照。
(2)原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却した。そのため、控訴人が控訴した。
【争点】
(1)本件雇用契約の契約期間満了時において、控訴人に雇用継続の合理的期待があったといえるか(労働契約法19条2号)。
(2)本件雇止めが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないと認められるか(同条柱書き)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、控訴人は、控訴審において、以下の点について補充主張をした。
ア 無期転換申込権の発生を回避する目的による本件不更新条項等又は本件雇止めは無効であること(補充主張1)
イ 本件不更新条項等は、「自由な意思」の法理に照らして無効であること(補充主張2)
ウ 本件雇止めは労働契約法19条に違反し無効であること(補充主張3)
【裁判所の判断】
(1)控訴審における控訴人の補充主張に対する判断は、以下のとおりである。
ア 判断枠組み
a)労働契約法18条の規定は、有期労働契約が反復更新され、長期間にわたり雇用が継続する場合においては、雇止めの不安があることによって、年次有給休暇の取得など労働者の正当な権利行使が抑制される問題が生じることなどを踏まえ、有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合は、有期雇用労働者の申込みにより期間の定めのない労働契約に転換する仕組みを設けることによって、有期労働契約の濫用的な利用を抑止し、労働者の雇用の安定を図ることを目的とするものと解される。
b)他方で、同条の規定が導入された後も、5年を超える反復雇用を行わない限度において有期労働契約により短期雇用の労働力を利用することは許容されていると解されるから、その限度内で有期労働契約を締結し、雇止めをしたことのみをもって、同条の趣旨に反する濫用的な有期労働契約の利用であるとか、同条を潜脱する行為であるなどと評価されるものではない。
c)もっとも、5年を超える反復更新を行わない限度で有期労働契約を利用することが同条に反しないとしても、同法19条による雇止めの制限が排除されるわけではないから、有期労働契約の反復更新の過程で、同条各号の要件を満たす事情が存在し、かつ、最終の更新拒絶が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、同条により、労働者による契約更新の申込みに対し、使用者が従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で承諾したとみなされ、その結果、労働契約が通算5年を超えて更新されることとなる場合には、有期雇用労働者は、同法18条の無期転換申込権を取得することとなると解される。
d)そして、労働契約法19条2号は、最高裁昭和61年12月4日判決・日立メディコ事件(以下「昭和61年最判」という。)の法理を立法化したものであると解されているから、同号の要件(労働者において、有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること)に該当するか否かは、
・当該雇用の臨時性・常用性
・更新の回数
・雇用の通算期間
・契約期間管理の状況
・雇用継続の期待を持たせる使用者の言動の有無
等の客観的事情を総合考慮して判断すべきである。
e)この場合、使用者が、一定期間が満了した後に契約を更新する意思がないことを明示・説明して労働契約の申込みの意思表示をし、労働者がその旨を十分に認識した上で承諾の意思表示をして、使用者と労働者とが更新期間の上限を明示した労働契約を締結することは、これを禁止する明文の規定がなく、同法19条2号の適用を回避・潜脱するものであって許容されないと解する根拠もないというべきである上、
使用者と労働者とが更新期間の上限を明示した労働契約を締結したという事情は、上記にいう契約期間管理の状況、雇用継続の期待を持たせる使用者の言動の有無といった考慮事情と並んで、契約の更新への期待の合理的理由を否定する方向の事情として、当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められるか否かを判断する際の考慮要素となるというべきである。
イ 検討
a)補充主張1(無期転換申込権の発生を回避する目的による本件不更新条項等又は本件雇止めは無効であること)について
ⅰ)控訴人は、
①労働契約法18条の立法事実等を踏まえると、同法が規定する5年という期間は、有期雇用労働者が無期雇用労働者に移行するための試験期間的なものとして定められたものであって、使用者に更新しない自由を与えたものではないから、無期転換申込券の発生回避のための雇止め行為は許されないとの法規範が存在する上、
②本件不更新条項等は、雇止め制限の法理を法定化した同法19条を回避・潜脱する目的で定められたものであること、
契約更新の上限を定めることは、公序良俗違反とされる無期転換申込権の事前放棄と同視し得ること
を踏まえると、本件不更新条項等は、公序良俗に反し無効というべきであると主張する。
ⅱ)しかし、労働契約法18条の趣旨は上記アにおいて説示したとおりであって、5年を超える反復更新を行わない限度において有期労働契約を利用することは許容されており、上記の限度内で有期労働契約を締結し、その契約内容に従い、期間満了により契約が終了したものと扱う(更新を拒絶する)ことが、そのことのみをもって制限されているわけではないから、
同条所定の5年の期間は試用期間的なものとして定められたものであって使用者に更新しない自由を与えたものではないとか、同条所定の無期転換申込権の発生回避のための雇止めは許されないとの法規範が存在するとまでいうことはできず、
控訴人の上記①の主張は、採用することができない。
ⅲ)そして、有期労働契約において、往診の上限を明記し、それ以降は更新しない旨の不更新条項を定めること自体について、労働契約法19条2号の適用を回避・潜脱するものであって許容されないと解すべき根拠がないことは上記アのとおりである。
また、5年を超える反復更新を行わない限度で有期労働契約の締結及び更新をする場合には、労働者は、同法18条に基づく無期転換申込権を取得することはない(同法19条が適用される事情がある場合に、同条に基づき5年を超えて労働契約が更新される結果、18条が適用されてこれを取得する場合があるにすぎない。)ことは上記アのとおりであるから、
有期労働契約中に更新上限の定めをすることが、無期転換申込権の事前放棄に当たるとか、それと同視し得るという控訴人の主張も、前提を欠くものというべきである。
したがって、これらの事情から本件不更新条項等が公序良俗に反する旨の控訴人の上記②の主張も、採用することができない。
b)補充主張2(本件不更新条項等は、「自由な意思」の法理に照らして無効であること)について
ⅰ)控訴人は、労働条件の変更に対する労働者の同意が、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものとした最高裁平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件の法理は、労働契約締結時における更新上限の合意についても妥当する旨を主張した。
ⅱ)この点、労働者は、労働契約上、使用者の指揮命令に服すべき立場におかれ、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力も限られるため、自らに不利益な内容の合意も受け入れざるを得ない状況に置かれる場合がある。したがって、例えば、有期労働契約が反復して更新される間に、労働者が既に契約更新への合理的期待を有するに至った場合において、新たに更新上限を定めた更新契約を締結するようなときは、上記の観点から、労働者が新たに更新上限を導入することを自由な意思をもって受け入れ、既に有していた合理的期待が消滅したといえるかどうかについて、単に労働者の承諾の意思表示の有無のみに着目するにとどまらず、慎重に判断すべき場合があると解される。
しかし、本件不更新条項等は、控訴人が労働条件や契約更新について何らかの期待を形成する以前である、本件雇用契約の締結当初から明示されていたものであり、しかも、本件雇用契約書及び説明内容確認票の各記載内容によれば、本件雇用契約の雇用期間は5年を超えない条件であることは一義的に明確であること、G課長(注:B支店の管理課長)はB支店において控訴人と面談し、控訴人に対し、そのことを明示・説明したこと、控訴人も本件不更新条項等の存在を十分に認識して契約締結に至ったものであるから、その限りにおいて、本件雇用契約の締結に際し、契約の更新に関して控訴人の正当な信頼・期待に反する条件を押し付けられたとの事情があったとはいい難いし、ましてや、控訴人に、契約更新についての合理的期待が生じていたと認めるに足りる証拠はない。
c)補充主張3(本件雇止めは労働契約法19条に違反し無効であること)について
控訴人は、昭和61年最判及びその法理を実定化した労働契約法19条2号の解釈上、労働者の契約更新(雇用継続)への期待が全くない場合(要保護性がないことを使用者側が主張立証した場合)でない限り、労働者の契約更新への期待の程度と、雇止めについての客観的合理的な理由及び社会通念上の相当性(同条柱書き)の有無・程度の相関関係において雇止めの有効性を判断すべきであると主張する。
しかしながら、5年を超える反復更新を行わない限度において有期労働契約を利用することが法律上許容されていることは前記アのとおりであり、その場合は、本来、当事者の合意に従い、労働契約所定の期間満了により契約が終了するのが原則であるのに対し、
労働契約法19条2号は、その条文の構造(同条が、第2号の要件と、同条柱書きの要件とを並列的なものとして定めている規定振り)からいっても、労働者において、その期間満了後も雇用契約が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合に、更新拒絶について期間の定めのない労働契約における解雇権濫用法理を類推し、当該更新拒絶が客観的に合理的な理由を備え、社会通念上相当性があることを要求するものとする判例法理(昭和61年最判参照)を立法化したという経緯からしても、労働者において契約期間満了後も雇用契約が継続されるものと期待することに合理性が認められることは、更新拒絶を制限する解雇権濫用法理の類推の前提をなす事情であって、上記期待に合理性がなければ、契約更新拒絶の合理的理由の有無や社会的相当性を問うまでもなく、労働契約の更新拒絶(本件雇止め)を無効とすることはできないというべきである。
したがって、これに反する控訴人の上記主張は、採用することができない。
(2)結論
控訴人の請求はいずれも理由がない。よって、本件控訴は理由がない(控訴棄却)。
【コメント】
本裁判例は、労働契約法19条2号の条文の構造(同条が、第2号の要件と、同条柱書きの要件とを並列的なものとして定めている規定振り)を重視して、労働者において契約期間満了後も雇用契約が継続されるものと期待することに合理性が認められることは、更新拒絶を制限する解雇権濫用法理の類推の前提をなす事情であると判示しています。
とすれば、本件のように使用者と労働者とが更新期間の上限を明示した労働契約を締結した場合には、通常、労働者において契約期間満了後も雇用契約が継続されるものと期待することに合理性は認められないことから、契約更新拒絶の合理的理由の有無や社会的相当性は問題とされずに、雇止め有効の結論が導かれることとなると思われます。
本件は、現在上告中であり、最高裁の判断が注目されます。