【労働】横浜地裁川崎支部令和3年3月30日判決(労働判例1255号76頁)

契約締結当初より5年を超えないことを契約条件としている雇用契約において、雇用契約の満了時に、原告が本件雇用契約による雇用の継続を期待することについて合理的な理由があるとは認められない旨判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告は、自動車運送、鉄道利用運送・建設、特殊輸送等の物流事業全般及び関連事業を事業内容とする株式会社である。
   原告は、平成24年9月から、派遣元を訴外株式会社A(以下「A社」という。)とする派遣社員として、被告B支店(以下「B支店」という。)の管轄に属するオイル配送センターにおいて就労を開始し、平成25年6には、被告との間で配送センター業務を行う事務員として期間の定めのある雇用契約(以下「有期雇用契約」という。)を締結した者である。

(2)被告は、平成25年4月1日施行の改正労働契約法施行以前から、有期雇用労働者につき、おおよそ雇用期間3年目頃までに能力が高い者を正社員登用制度により正社員とする運用を行なっていたが、同改正労働契約法18条に基づく有期雇用労働者の無期転換申込権の発生等を踏まえ、同年2月頃から、被告における有期雇用労働者の取扱いについて運用基準に係る労使協議を始め、平成26年4月30日に開催された○○協議会における協議を経て、運用基準を決定した(以下「平成26年運用基準」という。)。
   平成26年運用基準の内容は、大要、
・技能等一定の資格を持つ者等については被告の本社承認により更新上限年数を設けず、雇用開始から5年が経過した時点で無期転換権を発生させること
・既存の有期雇用労働者については、勤続年数により区別を設けることとし、基準日である平成26年6月1において契約期間満了日が勤続3年以上となる有期雇用労働者については、以後の契約(次回更新時)において更新上限を設けないこととするが、
 同日において契約期間満了日が勤続3年未満の有期雇用労働者については、以後の契約(次回更新時)において更新上限を設け、更新上限は最長でも平成30年3月末とするなどといったものであった。 被告は、平成26年運用基準を踏まえ、原則として通算5年を超えない雇用管理を行なった。

(3)原告と被告は、平成25年6月28、雇用契約書を取り交わして、同日、以下の内容の有期雇用契約を締結した。
 ア 雇用期間
   平成25年7月1から平成26年6月30日まで
 イ 契約更新
   更新する場合があり得る。更新は契約期間満了時の業務量、勤務成績、態度、能力、支店の経営状況、従事している業務の進捗状況により判断する。   当社における最初の雇用契約開始日から通算して5年を超えて更新することはない。
 ウ 就業場所
   訴外C株式会社(以下「C社」という。)横浜事業所構内 B支店オイル配送センター(以下「オイル配送センター」という。)
 エ 雇用区分、勤務内容
   契約社員(営業・事務)、配送センター事務
 オ 賃金
   時給1,250円
   原告と被告は、この後4回にわたり雇用契約を更新し、いずれも期間満了の都度、新たな契約を締結する旨合意した(これらの有期雇用契約の全部あるいはその一部を「本件雇用契約」と総称する。)。これらの更新に係る各契約書においては、契約更新の記載については上記イと同様の記載であった。

(4)本件雇用契約は、平成29年6月29に原被告間で雇用契約書(以下「本件雇用契約書5」という。)を取り交わして、同年7月1日以降も雇用契約を継続する4回目の更新がされた。本件雇用契約書5においては、賃金額(時給額)は1,450円とされ、また、契約更新につき、更新はしない旨記載されていた(以下、当該不更新条項と、上記(3)の通り定められた従前の各更新上限条項を総称して「本件不更新条項等」という。)。

(5)被告は、原告に対し、平成30年6月1頃、同月30日をもって本件雇用契約を雇用期間満了とすることを書面により通知した(以下、これを「本件雇止め」という。)。当該通知書には、その理由として、本件雇用契約は契約締結当初より通算期間の上限を設けており、これ以上の更新は当該上限を超えるものであること、平成29年の契約更新時に本件雇用契約を更新しないことが合意されていたことが記載されていた。

(6)原告は、平成30年7月31日、本件訴えを提起して、被告に対し、本件雇止めについて、①本件不更新条項等は労働契約法18条の無期転換申込権を回避しようとするものであり無効であり、原告には雇用継続の合理的期待があった、本件雇止めには客観的合理性、社会通念上の相当性が認められないなどと主張し、被告による雇止めは許されないものであるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた。


【争点】

(1)本件雇用契約の契約期間の満了時において、原告に雇用継続の合理的期待があったといえるか(労働契約法19条2号、争点1)
(2)本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないと認められるか(同条柱書、争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件雇用契約の契約期間の満了時において、原告に雇用継続の合理的期待があったといえるか(労働契約法19条2号、争点1)
 ア 労働契約法19条2号は、最高裁昭和61年12月4日判決(日立メディコ事件・労働判例486号6頁)の判例法理を実定法としたものであると解されており、同号の要件に該当するか否かは、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無等の客観的事実を総合考慮して判断すべきである。
   そして、同号の「満了時」は、最初の有期雇用契約の締結時から雇止めされた雇用契約の満了時までの間の全ての事情が総合的に勘案されることを示すものと解されるから、上記満了時までにいったん労働者が雇用継続への合理的期待を抱いたにもかかわらず、当該有期雇用契約期間満了前に使用者が更新年数の上限を一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性は否定されないと解される。

 イ これを本件についてみると、以下の各事情が認められる。
  a)本件雇用契約は、契約締結当初から期間1年の有期雇用契約として締結されたものであるところ、その内容となる本件雇用契約書には、契約期間の更新限度が平成30年6月30日までの5年である旨が明確に定められており、原告は、本件雇用契約締結時において、契約内容を十分に認識していた上で本件雇用契約を締結した。
   その後の原告と被告の間の本件雇用契約の契約期間は、本件雇止め時点で通算5年であり、有期雇用契約の更新回数は4回であったが、各更新時にいずれも原告が署名押印した契約書が作成され、次が更新上限となる4回目の契約更新に際しては、管理職が更新上限又は契約の更新をしない旨等、本件雇用契約の重要事項を読み上げて確認する手続が取られ、原告において当該説明を受けたことを確認する内容が記載された説明内容確認書を作成し、被告に提出していた。
  b)オイル配送センターの主な業務は、顧客であるC社の潤滑油を東日本地域で配送する業務であり、原告は、平成28年6月30日にK(注:同人は、被告の子会社であるE株式会社に正社員として入社した後、平成12年4月1日から被告に雇用され、本件雇用契約締結当時、オイル配送センターにおいて稼働していた有期雇用労働者である。)が退職した後は、主にトラックの配車の手配をしていた。原告の当該担当業務は、J(注:同人は、平成13年1月1日から被告に契約社員として雇用され、本件雇用契約締結当時、オイル配送センターにおいて稼働していたものである。)や他の契約社員が代替できるものであった。
   オイル配送センターは本件雇止め時点で17年以上事業を継続しており、上記の時点で事業所の廃止等の話は出ていなかったが、同センターの経営状況は、原告と被告が本件雇用契約を締結した平成25年当時は赤字であった。
   そして、本件雇用契約書上、「・契約期間  満了時の業務量 ・勤務成績、態度 ・能力 ・支店の経営状況 ・従事している業務の進捗状況」を更新の判断基準とすることや、事業所が消滅・縮小した場合は、契約を終了する場合があることが一貫して明記されていた。
  c)原告が本件雇用契約を締結した当時、有期雇用労働者として配属されていたJ及びKや、Kの退職後である平成29年7月にオイル配送センターに配属されたL(注:同人は、平成20年3月1日から被告に雇用された者である。)は、いずれも5年以上被告に就労していたが、上記3名は、当初に締結された有期雇用契約において更新上限が設定されていなかった有期雇用労働者であり、原告とは契約上限が異なっていた。
  d)上記a)ないしc)のとおり、本件においては、通常は労働者において未だ更新に対する合理的期待が形成される以前である本件雇用契約締結当初から、更新上限があることが明確に示され、原告もそれを認識の上本件雇用契約を締結しており、その後も更新に係る条件には特段の変更もなく更新が重ねられ、4回目の更新時に、当初から更新上限として予定されたとおりに更新をしないものとされている。
   また、原告の業務はある程度長期的な継続は見込まれるものであるとしても、オイル配送センターの事業内容や従前の経営状況に加え、原告の担当業務の内容や本件雇用契約上の更新の判断基準等に照らせば、原告の業務は、顧客の事情により業務量の減少・契約終了があることが想定されていたこと、原告の業務内容自体は高度なものではなく代替可能であったことからすれば、恒常的とまではいえないものであった。
   加えて、オイル配送センターにおいて就労していた他の有期雇用労働者は原告とは契約条件の異なる者らであった。
   その他、被告N支店(注:被告B支店の上部機関である。)において本件不更新条項等が約定通りに運用されていない実情はうかがわれない。
   このような状況の下では、原告に、本件雇用契約締結から雇用期間が満了した平成30年6月30日までの間に、更新に対する合理的な期待を生じさせる事情があったとは認め難い。
 ウ 原告は、本件不更新条項等が無期転換権申込権の事前放棄の効果を生ずることにつき本件雇用契約締結時において説明されなかったことや、相当の熟慮期間が設けられていなかったこと等を理由として、労働者が契約するかどうかの自由意思を阻害するものであるとして、雇用継続に対する合理的期待の判断において考慮すべきではない旨主張し、立正大学法学部准教授T教授の意見書(甲20)にはこれに沿った部分がある。
   しかし、本件雇用契約においては、当初の契約締結時に不更新条項が明示的に付されており(したがって、労働条件の変更に対する労働者の同意の有無についての判断の方法につき判示した最高裁平成28年2月19日判決山梨県民信用組合事件・労働判例1136号6頁)の射程には入らない。)、このような場合、通常は、まだ更新に対する合理的期待が形成される以前であり、労働者において、労働者が契約するかどうかの自由意思を阻害するような事情はない。
   本件についてみると、確かに本件雇用契約締結時において、5年を超える有期雇用契約を締結する場合には無期転換申込権が発生することを説明したことはなく、本件雇用契約締結前に雇用期間等の条件が示された形跡はない。
   しかし、本件雇用契約書及び説明内容確認票(注:当初はN支店管内で独自に作成されていたひな形であり、雇用契約締結時に作成される契約書の記載内容のうち特に重要な事項につき説明をし、労働者にも確認してもらうという目的のものである。)の各記載内容によれば、原被告間の雇用期間は5年を超えない条件であることは一義的に明確であり(したがって、もとより労働契約法18条の適用を受ける余地はない。)、原告自身、当該条件自体については認識した上で契約締結の手続を行なっており、原告は本件雇用契約締結時において、G課長(注:本件雇用契約締結の際に原告と面談した、B支店の課長である。)に対し、特段説明を求めておらず、契約締結後も異議を述べていない。
   また、本件雇用契約締結の打診から契約の締結まで1か月程度の期間があったが、原告は、その間に、A社を通じて、あるいはオイル配送センターの当時の事業所長であったH事業所長を通じて、有期雇用であるかなどの雇用期間に係る契約条件について確認することもしていない。
   さらに、原告は、本人尋問において、当時の生活状況から、家族を養うために1日でも収入が途切れることをなくしたい状況であった旨供述している。
   そうすると、原告が被告の直接雇用を受けなかった場合は失業に直結する可能性があったとしても、原告はそもそも詳細な雇用条件を確認するまでもなく、自らの生活状況等を踏まえて登録型派遣による就労と比較し、より安定して就労できる被告との雇用契約を締結することとしたものと認めることができるから、本件において自由意思を阻害する事情は認められない。
   そのほか、原告が本件不更新条項等を明示的に付した本件雇用契約の締結の意思を形成する上で、その自由意思を阻害する状況があったことをうかがわせる事情は認められない。これに反する甲20は独自の見解であって、当裁判所の採用するところではない。したがって、原告の上記主張には理由がない。
 エ 原告は、本件不更新条項等は労働契約法18条の適用を免れる目的で設けられたものであり、公序良俗に反し無効である旨も主張する。
   しかし、労働契約法18条は、有期契約の利用自体は許容しつつ、5年を超えたときに有期雇用契約を無期雇用契約へ移行させることで有期契約の濫用的利用を抑制し、もって労働者の雇用の安定を図る趣旨の規定である。このような趣旨に照らすと、使用者が5年を超えて労働者を雇用する意図がない場合に、当初から更新上限を定めることが直ちに違法に当たるものではない。5年到来の直前に、有期契約労働者を使用する経営理念を示さないまま、次期更新時で雇止めをするような、無期転換阻止のみを狙ったものとしかいい難い不自然な態様で行われる雇止めが行われた場合であれば格別、有期雇用の管理に関し、労働協約には至らずとも労使協議を経た一定の社内ルールを定めて、これに従って契約締結当初より5年を超えないことを契約条件としている本件雇用契約について、労働契約法18条の潜脱に当たるとはいえない。したがって、同法の潜脱を前提とする公序良俗違反の原告の上記主張には理由がない。
 オ 小括
   以上によれば、本件雇用契約の満了時において、原告が本件雇用契約による雇用の継続を期待することについて合理的な理由があるとは認められない。
   したがって、本件雇用契約は、その期間満了日である平成30年6月30日の経過をもって終了したものと認めるのが相当であり、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(2)結論
   以上によれば、原告の請求はいずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本件において、原告は、大学の研究者の意見書にも依拠して、本件不更新条項等に係る同意が原告の真に自由な意思に基づいてなされたものであるとはいえないなどと主張しました。
   しかし、本件雇用契約は、本件雇用契約書及び説明内容確認票の各記載内容等から、雇用期間が5年を超えない条件であることが明確であり、その締結時において、無期転換申込権が発生していないことはもちろん、その期待権も生じていないものと解されます。それゆえ、上記のような自由意思を阻害するとの主張には無理があるように思われます。

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