【交通事故】名古屋地裁令和3年1月13日判決(自保ジャーナル2090号65頁)

身体障がい者等級2級の認定を受ける聴覚障害者の死亡による逸失利益の基礎収入として、平成29年賃金センサス・男性・大卒・全年齢平均額の90%を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成30年5月9日午前3時10分頃
 イ 発生場所 茨城県つくば市内の路上(以下「本件事故現場」といい、本件事故現場を含む道路を「本件道路」という。)
 ウ 被告車 被告Aが所有し被告B(当時26歳)が運転する普通乗用自動車
 エ 歩行者 亡C(平成11年6月生まれ、本件事故当時18歳)
 オ 事故態様 本件道路の車道上でスケートボードに乗っていたC に、その後方から同一方向に直進してきた被告車が衝突し、平成30年5月10日(本件事故の翌日)、Cが死亡した。  

(2)Cの属性等
   Cは、感音性難聴による聴覚障がい者であり、本件事故当時、両耳の聴力レベルがそれぞれ100デシベル以上のもの(両耳全ろう)として、身体障がい者等級表2級であった。
   Cは、平成30年4月に、国立大学法人筑波技術大学(以下「本件大学」という。)に入学し、本件事故当時、本件大学の1年生であった。

(3)Cの母である原告D、Cの父である原告E、原告の祖父である原告F及びCの祖母である原告G(以下「原告ら」という。)は、本件訴えを提起して、被告Bについては民法709条、被告Aについては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき、損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた。


【争点】

(1)過失割合
(2)C及び原告らの損害
   以下、上記(2)のうち、逸失利益、Cの死亡慰謝料及び原告らの固有慰謝料についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、裁判所は、本件事故の過失割合は、被告B70%、C30%と認めるのが相当であると判示した。


【裁判所の判断】

(1)逸失利益について
 ア 原告らは、Cの基礎収入について、平成29年賃金センサス・男性・大卒・全年齢平均である年額690万6,600円が相当であると主張することから、これを検討する。
 イ Cは、本件事故当時、身体障がい者等級2級の認定を受ける聴覚障害者であった(以下、Cの聴覚障害を「本件聴覚障害」という。)。本件聴覚障害は、一般的には重度の身体障害と位置付けられ、自賠法施行令の定める後遺障害等級でいえば、同施行令別表第2第4級3号の「両耳の聴力を全く失ったもの」に相当し、その一般的な労働能力喪失率は92%とされている。
   また、身体障害者の就労状況等をみると、平成30年度障害者雇用実態調査結果によれば、同年6月時点において就労する身体障害者の平均賃金は月額21万5,000労働時間が通常の(月30時間以上)の者であっても24万8,000)にとどまっている。
   さらに、身体障害者のうち、聴覚・言語障害者の平成28年時点における就労状況に関する調査結果によれば、20歳〜69歳の聴覚・言語障害車の就労割合は平均39.6%であり、同年齢帯の総人口に占める就労割合の平均67.7%に比べ低い水準となっており、収入状況も、全労働者の年間収入額が405万円であるところ、就労する聴覚・言語障害者の年間収入額は309万円であって、全労働者の年間収入額の約76%にとどまるとの推計結果も示されている。
   そうすると、重度の本件聴覚障害を抱えていたCについて、平成29年賃金センサス・男性・大卒・全年齢平均である年額690万6,600円の年収を将来にわたって得る蓋然性があったものと直ちにいうことは困難である。
 ウ もっとも、Cについては、2歳の時点で難聴が発覚したことから、母である原告Dが、Cにでき得る限りの学習機会を与えるため、Dと共にa市内に転居して、Cが3歳頃から18歳頃までの間、CをHろう学校に通学させるなどし、その間、Cも本件大学への入学を目標に勉学に励んできたことが認められる。その結果、Cは、本件大学のI学科専攻への推薦入試で合格を果たし、適性検査である数学のテストはトップ、総合順位での3位と優秀な成績を収めていた。
   Cが在籍していた本件大学は、日本で唯一、聴覚障害者及び視覚障害者だけが入学できる国立大学であり、卒業生の就職率は極めて良好であり、Cが在籍していたI学科専攻の卒業生は、平成26年度から平成30年度にわたり、そのほとんどが、製造業、情報通信業等の大企業や公務員に就職するか、大学院に進学している。実際、本件大学においてCの担任であったJ教授も、Cの在籍期間が短かったことから一定の留保を付しつつも、Cが卒業後に優良企業のエンジニアとして就職していた可能性は高かったと考えられる旨を陳述しているところである。
   そうすると、Cについては、本件聴覚障害を抱えてはいたものの、母である原告Dと共に幼少期から自身の障害と向き合い、課せられた制約の中で最大限の能力を発揮しようと努力し、その成果が本件大学への優秀な成績での合格という形で現れていたということができるから、その労働能力については、若年の聴覚障害者の中では最良に近いものと評価することが相当である。
   他方で、損害の公平な分担の見地からは、前記のとおり、聴覚障害者の雇用情勢がいまだ障害のない者と同じ水準に達しているとはいえないこと、本件大学の卒業生が障害のない者と同程度の収入を得ていることを統計的に示す証拠はないことなどを考慮する必要があり、Cについても、適職を得ればその高い能力を発揮して相応の収入を得ていた可能性は高いものの、本件聴覚障害がある以上、就ける職種が限られるという意味で、職業選択の幅に一定の制約があったことを指摘せざるを得ない。
   もっとも、これらの点についても、障害者雇用政策や法改正等による障害者の雇用情勢の改善、I T機器の発達による聴覚障害者の就労状況の整備が徐々に期待される状況にあるから、将来の長期にわたる蓋然性を評価する上では、完全に捨象することはできないまでも、低減していく要素と考えられる。
 エ 以上の諸点を総合考慮すれば、Cの死亡による逸失利益の基礎収入として、原告が主張する平成29年賃金センサス・男性・大卒・全年齢平均である年額660万6,600円の90%に当たる594万5,940を認めるのが相当である。
   したがって、Cの逸失利益として、4,347万2,848円を認めるのが相当である。
  (計算式)
   6,606,600 × 0.9 ×(1 ― 0.5)× 14.6227 = 43,472,848(円)

(2)Cの死亡慰謝料について
   本件事故は、Cが念願の本件大学に入学して間もない時期に発生したものであり、若くして将来を突然絶たれてしまったCの無念さは想像に余りある。
   また、本件事故当時、被告Bは飲酒運転していたものであり、本件事故当時もCを救護することなく逃走している。本件事故について、Cに一定の過失が認められることを踏まえても、被告Bの本件事故前後の態度は悪質といわざるを得ず、慰謝料の増額事由に当たるというべきである。
   以上の点及び後記原告らの固有慰謝料も考慮し、Cの死亡慰謝料として2,000万円を認める。

(3)原告らの固有慰謝料について
   原告Dは、原告Eとの離婚後、本件聴覚障害を抱えるCを18歳まで母子家庭で育ててきたものであり、Cを本件大学に送り出し、これからの活躍を見守ろうとしていた矢先にCを突然失った原告Dの悲しみを言葉で言い尽くすことはできない。
   Cの父であるEは、離婚後もCとの精神的交流を重ねていたことがうかがわれ、原告Eが、Cの突然の死について、今も喪失感に苛まれていることは当然である。
   原告F及び原告Gは、Cの祖父母であって、民法711条の定める者に該当しないが、母子家庭である原告D及びCを物心両面から支えてきたとうかがわれることに照らすと、同条の類推適用により、固有慰謝料の発生を認めることが相当である。
   これらの事情に加え、前記(3)のとおり被告Bに慰謝料増額事由が認められることや原告らの請求金額にも鑑み、原告ら固有の慰謝料として、原告D及び原告Eについて300万円ずつ、原告F及び原告Gについて100万円ずつを認めるのが相当である。

(4)結論 略


【コメント】

   障害者雇用促進法により、43.5人以上雇用している事業主は、民間企業では2.3%、国、地方公共団体では2.6%以上の障害者を雇用する義務を負い、この率を達成していない事業主は、不足人数に応じた納付金を徴収されることとなります。また、亡Cは、本件事故当時、聴覚・視覚障害者だけが入学できる国立大学の工学系学科に在籍していました。それゆえ、亡Cが、卒業後に優良企業等に就職していた可能性は非常に高かったものと考えられます。他方で、本裁判例が、「本件大学の卒業生が障害のない者と同程度の収入を得ていることを統計的に示す証拠はない」と述べていることから、聴覚・言語障害者が新卒で就職した後の賃金上昇カーブを示唆する統計的データのないことが窺われます。
   このような状況下で、本裁判例は、亡C の逸失利益の基礎収入として、平成29年賃金センサス・男性・大卒・全年齢平均額の90%を認めました。これは、若年で亡くなったCの可能性を最大限評価したものと考えられます。

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