【交通事故】大阪地裁令和3年12月8日判決(自保ジャーナル2117号60頁)

低マグネシウム血症等の内科的な要因が痙攣発作及びこれに伴う意識障害の原因であった可能性も排斥し難いとして、本件事故と被害者の死亡との間の因果関係を否認した事例(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(本件事故)が発生した。
   日時 平成28年2月13午後7時48分頃、 
   態様 A(昭和18年2月生、当時73歳。)が運転する自転車(以下「本件自転車」という。)と被告の運転する自家用普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)が、十字路交差点において出会い頭に衝突し、Aが本件自転車もろとも転倒した。

(2)B病院における平成28年2月13(事故当日)の治療経過等
   Aは、同日、B脳神経外科病院(以下「B病院」という。)に救急搬送され、頭部打撲傷、外傷性脳出血疑い、右膝部挫創、右膝皮膚欠損、右肘部挫滅傷、右肘皮膚欠損の診断を受けた。
   医師は、頭部CT検査では明らかな出血や骨折を認めず右膝及び右肘に対する創傷処置をして、Aを帰宅させた。
   Aは、その後、平成28年3月5日に救急搬送されるまでの間、医療機関を受診することはなく、原告ら(原告の妻と子)はAを医療機関で受診させることもなかった。

(3)C病院における平成28年3月5日以降の治療経過や症状推移等
 ア 3月5
  a)Aは、同日午後0時15分頃、その経営する飲食店内で意識状態が悪い状態で左前頭部から出血しているところを発見され、C病院に救急搬送され、同病院に入院し、意識障害、痙攣発作、左前頭部挫創と診断された。
  b)医師が頭蓋内の精査を行ったところ、頭部CTの画像所見は、萎縮あり、両側硬膜下水腫又は血腫を疑うが、明らかな損傷、出血や骨折の所見を認めないというものであり、MRI検査の画像所見は、萎縮あり、新鮮梗塞巣はない、血管造影は正常範囲内というものであった。これらの画像所見を踏まえ、脳神経外科の医師は、有意な所見はないとして、左前額部の挫創の洗浄及び縫合を行った。
  c)血液検査の結果、E-アンモニアが113、E-LAが16.6と高値であった。
  d)F警察の警察官は、C病院に連絡し、Aは万引きをして保護されたことが何度かあったとの情報や元々コミュニケーションも取りづらく認知症があったとの情報を伝えた。
  e) C病院の看護師は、同日夕方、原告L(Aの妻)から、「普段から酒ばっかり飲んでほっちら歩いていたんですよ。」などと告げられた。
  f)原告M(Aの子)は、同日夜、電話で、医師に対し、Aが胃がんのために胃の全摘手術をしていること、6、7年前にG病院で膵臓の手術を受けたこと、それ以来日本酒を2日で1升飲んでいたことなどを告げた。
  g)Aは、同日午後9時頃、痙攣が持続する状態となり、ICU(集中治療室)に移された。
 イ 3月6日
   C病院の看護師は、同病院に来院した原告らから、Aの日常生活行動は自立していたとの情報を得た。
 ウ 3月7
   Aは、同日朝、経腸栄養剤の口腔内への逆流があったことなどから、誤嚥性肺炎と診断された。また、同日の検査の結果、血清マグネシウムの値0.9mg/dl(注:基準値は、1.8~2.6 mg/dl)であり、マグネシウムも適宜補充されることになった。
 エ 3月9 日
   Aは、挿管チューブで気管内挿管をしていたところ、痰の量が多く今後呼吸状態が悪化する可能性が見込まれたため、同日、気管切開がされた。
 オ 3月28日
   救急科の医師は、同日、これまでの経過からはマグネシウムの値が、Aの意識状態に1番反映されている印象であると分析した。
 カ 4月7
   Aの発熱が持続していたため、同日、頭部、胸部及び腹部のCT検査が実施された。頭部CT検査の結果は、「両側硬膜下液体貯留があり、脳表を圧排している、血性ではない。」「頭蓋内に腫瘤、新鮮梗塞、出血は認めない。」というものであり、腹部CT検査の結果は、腹膜水があるというものであった。
 キ 4月16日
   Aは、同日午後10時頃、脈拍が低下し、血圧の測定ができず、対光反射も消失するといった状況となった。
 ク 4月17日
   Aは、同日午後6時22分、死亡が確認された。
 ケ 死亡診断書
   救急科の医師は、死亡診断書に、病死及び自然死であり、Aの直接の死因誤嚥性肺炎(発病から死亡までの期間約1ヶ月)、直接の死因に関係しないが診療経過に影響を及ぼした傷病名として低マグネシウム血症(発病から死亡までの期間約1ヶ月)であると記載した。
   そして、同医師は、Aの「てんかん」が内因性か外因性かとの照会に対し、低マグネシウム血症原因とするものである旨回答した。

(4)損害保険料率算出機構は、自賠責保険審査会の審議に基づき、本件事故とAの死亡との相当因果関係が認められないから、自賠責保険の認定対象外であると判断した。
   原告らは異議を申し立てたが、同機構は、同審査会の審議に基づき、異議申立てを採用することはできないとした。

(5)医学的知見及び意見
 ア 硬膜下水腫について
   硬膜下水腫は、硬膜下腔(硬膜とクモ膜とに囲まれた腔)に水様透明、淡赤調あるいは黄色調の液が貯留した状態と定義される。その発生原因としては、外傷によるもの、炎症によるものが主であるが、明らかな原因の認められないものも存在する。
   外傷性硬膜下水腫に関しては、保存的治療を主とする立場と外科的治療を主とする立場がある。保存的治療を主とする立場からは、経時的CT上大部分の硬膜下水腫は自然に縮小ないしは消失するため、大部分の症例は経過観察のみで十分と考えられ、水腫による症状が明らかでかつ重篤な症例頭蓋内圧亢進症状の強い例意識障害のある例)には手術的治療が必要であるとする見解が示されている。
   外傷性硬膜下水腫の予後は、文献により様々であり、その死亡率は0~36%と報告されている。
 イ I医師の診断
   B病院の同医師の診断内容は、以下のとおりである。
  a)Aは、本件事故で頭部を打撲しB病院を受診し頭部CTでは異常所見を認めず帰宅したが、以後徐々に見当識障害や歩行障害、尿失禁が出現し、平成28年3月5日に痙攣発作を起こして倒れているのを発見されてC病院へ救急搬送、入院となった。
  b)入院時の頭部CTはB病院で初診時に行ったCTとは全く異なり、両側前頭部硬膜下水腫が明らかに増大、脳溝はB病院CTより見えなくなっていることから、この時点で脳圧亢進があったことは間違いないと考えられ、今回のてんかんの一義的原因としては硬膜下水腫の進行以外は考え難い。
 ウ J医師の意見
   脳神経外科の専門医である同医師の意見の概要は、以下のとおりである。
  a)痙攣発作について、左共同偏視や右片麻痺を来していることから、左大脳半球の発作が考えられるが、画像上も硬膜下水腫は左優位となっており、症状と画像所見が一致する。硬膜下水腫平成28年3月5日の段階で手術が必要な状態ではないが、てんかん発作を起こす、あるいは意識障害が遷延し誤嚥性肺炎の重症化・長期化に影響を与える程度にはあったのではないかと思われる。
  b)今回のポイントは、御家族の話で「本件事故後より徐々に物忘れや見当識障害、尿失禁や脱糞、歩行困難等の症状を患うようになったこと」「万引きをして保護されたことが何度かある」「元々コミュニケーションも取りづらく認知症はあった」という症状が、本件事故の前では見られなかったかどうかである。3回の頭部画像検査が行われており、これだけを評価すれば、本件事故後に明らかに変化していると評価できる。症状の出現時期がこれに一致していれば、やはり本件事故が一因になっているのではないかと考えられる。
 オ K医師の意見
   Hセンター脳神経外科部長である同医師の意見の概要は、以下のとおりである。
  a)平成28年3月5日の頭部CT所見は、同年2月13日の頭部CT所見と比して若干の硬膜下水腫の増大を認めるものの、脳溝は明瞭に描出されており、神経症状を呈するまでの脳への圧迫所見は認められない。痙攣を呈するケースでは重症の範疇に入り手術を要するが、Aにおいて、同年3月5日の頭部CT所見他の頭蓋内病変は存在せず、水腫も軽度であることから、重傷の硬膜下水腫と考えるには医学的根拠が極めて乏しい。
  b)Aの痙攣発作の原因としては、その飲酒習慣からすると、肝性脳症、アルコール離脱症が考えられる。

(5)Aの法定相続人である原告Lと原告Mは、本件訴えを提起して、本件事故によってAが死亡し、Aの被った人的損害に係る損害賠償請求権を相続したなどと主張して、被告に対し、民法709条に基づき、それぞれ1,057万円余り支払を求めた。


 【争点】

(1)本件事故とAの死亡との間の因果関係の有無
(2)過失及び過失割合
(3)損害額
   以下、裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(1)に関して、被告は、「Aに生じた痙攣原因は、肝性脳症、アルコール離脱症状、あるいは低マグネシウム血症である可能性が十分にある」と主張した。


【裁判所の判断】

 (1)争点1(本件事故とAの死亡との間の因果関係の有無)について
 ア 頭部CT画像の読影に基づく各医師の所見ついて
   原告らは、
  ・平成28年2月13日(本件事故の直後)、同年3月5日(同日の救急搬送直後)、同年4月7日(死亡10日前)にそれぞれ撮影されたAの頭部CTの画像を比較すると、硬膜下水腫がほぼ一定の割合で増大・進行しており、この増大・進行は、本件事故による外傷に由来する症候性のものである
  ・同年3月5日の頭部CT画像を見ると、両側前頭部硬膜下水腫が明らかに増大し、脳溝が見えなくなっていることから、この時点で脳圧亢進があり、てんかん発作の原因になった可能性が高い
旨主張し、I医師及びJ医師はこれに沿う意見を述べる。
   そして、同年2月13日より同年3月5日に撮影された頭部CTの画像の方が、硬膜下水腫増大している。
   しかし、
  ・K医師は、同日の頭部CT画像上、神経症状を呈するまでの脳への圧迫所見は認められないとの意見を示している。
   そして、
  ・硬膜下水腫が意識障害の原因となっている場合には手術の適応があるところ、J医師同日の段階では手術が必要な状態ではないと指摘していること
  ・C病院の脳神経外科の医師は、同日、有意な所見はないと判断し、硬膜下水腫に対する処置を執っていないが、これは、画像検査で認められた硬膜下水腫が意識障害の原因になっておらず、これに対する処置を要する程度のものではないと判断したからであると考えられ、この判断は上記のK医師の意見と整合的であること
からすると、K医師の意見を直ちに排斥することはできず、他方、原告らの上記主張に沿う医師の意見を採用することは躊躇されるところである。
 イ 本件事故後にAの硬膜下水腫の症状(社会行動能力の低下)が発症したかどうかについて
   原告らは、
  ・Aが痙攣発作を起こして救急搬送されたのは、本件事故から1ヶ月足らずと近接した時期である
  ・Aが本件事故から痙攣発作を起こすまでの間に、これまでになかった尿失禁や脱糞、物忘れや見当識障害、万引きなどの社会行動能力の低下精神症状)が確認されており、これは、硬膜下水腫の症状を呈しているものである
旨主張し、原告Mの陳述及び供述にはこれに沿う部分がある。
   しかし、
  a)本件事故後にAに物忘れだけではなく、見当識障害が見られ、複数回にわたる尿失禁や脱糞を起こし、自宅内でも複数回転倒し、転倒してもなかなか立ち上がることができないという異常な状態が突如現れるに至ったというのであれば、妻である原告Lや子である原告Mにおいて、Aを医療機関で受診させてもよさそうなものであるが、原告らは、平成28年3月5日に救急搬送させるまで、Aを医療機関受診させることはしておらず、Aもこのような異常な状態となったのに医療機関受診していない。
  b)原告らは、Aの入院後、C病院の医師や看護師と幾度となく話をしているところ、Aに上記のような数々の異常な状態が発生していたのであれば、医師らにその話をしてもよさそうなものであるが、医療記録にはAの状態につき格別の記載はなく、かえって、日常生活行動は自立していたとの内容を家族から聞き取った旨の記載がなされている。
  c)原告Mは、Aの仕事の状況につき、昼間は食道(屋号はD店)を、夕方からは居酒屋(屋号はE店)を1人で切り盛りし、調理、卸、接客、配膳、後片付け、洗浄なども全て1人で担当しており、本件事故後もC病院に入院するまで仕事を続け、原告Mが2、3日に1回程度、店の様子を見に行っていた限りにおいて、これらの店の経営に影響が出ている様子には気付かなかったと供述するのであるが、他方、原告Mは、Aは段差のない自宅内を歩くのにもふらつき、共同玄関や自宅で尿失禁や脱糞をするなどしていたとも供述しており、Aの身体の状況に関する原告Mの供述整合的に理解することは困難である。
  d)原告Mは、Aが万引きを疑われる事件を起こしたのは本件事故後の1回だけである旨供述するものの、C病院の診療記録には、警察からAは万引きをして保護されたことが何度かある旨の記載があり、上記の供述とは必ずしも整合しない上、上記の記載のとおりであるとすると、Aの見当識障害や社会行動の能力低下等の症状は、本件事故より前から生じていた可能性を否定することができない。
  e)原告Mは、本件事故当日、Aが額にガーゼをしているのを見たと供述するが、本件事故後に治療を受けたB病院において創傷処置がされたのは右肘及び右膝であって、上記後述にも疑問がある。
  f)上記a)~e)からすれば、原告Mの陳述及び供述には種々の疑問を差し挟む余地があり、的確な裏付けのないまま、原告Mの陳述及び供述を採用することはできず、他に、尿失禁や脱糞、物忘れや見当識障害、万引きなどの社会行動能力の低下(精神状態)が本件事故後に生じるようになったと認めるに足りる証拠はない。
   そして、
   上記のI医師の診断内容やJ医師の意見は、尿失禁や脱糞、物忘れや見当識障害、万引きなどの社会行動能力の低下(精神状態)本件事故後に生じるようになったことを前提とするものであるところ、この前提となる事実を認めるに足りないから、これらの診断内容や意見を採用することはできない
 ウ 本件事故以外に可能性のある意識障害の原因について
  ・Aは、平成28年3月5日にC病院に入院したところ、同月7時点での血清マグネシウムの値0.9mg/dlであり、C病院救急科の医師において、診療の経過の中でマグネシウムの値意識状態に1番反映されているとの印象を抱き、低マグネシウムてんかんの原因であると回答していること
  ・低マグネシウム血症痙攣発作を来すことがあること
からすると、低マグネシウム血症痙攣発作及びこれに伴う意識障害原因であった可能性も排斥し難い。
 エ 小括
  a)以上によれば、I医師の診断内容及びJ医師の意見によって、本件事故とAの死亡との間に因果関係があると認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
  b)(以下、判決文では括弧書き中の記載である。)
  ・死亡診断書において、Aの直接の死因誤嚥性肺炎とされ、死因の種類病死及び自然死であるとされていること
  ・本件事故による外傷については、救急搬送されたB病院において、頭部CT検査では明らかな出血や骨折等は認められず、Aは、創傷処置を受け帰宅することになったこと
  ・その後、平成28年3月5に意識消失の状態でC病院に入院するまでの間、医療機関を受診していないこと
  ・Aが意識消失をして救急搬送されたのは同日であるが、同日に撮影されたCT画像では、硬膜下水腫意識消失を引き起こすほどの進行状況であったということはできないこと
  ・本件事故から上記意識消失時までの間に、Aにこれまでになかった尿失禁や脱糞、物忘れや見当識障害、万引きなどの社会行動能力の低下精神症状)が生じていたと認めることができないこと
  ・低マグネシウム血症痙攣発作意識障害原因であった可能性を排斥し難いこと
からすれば、低マグネシウム血症等内科的な要因によって、Aに痙攣発作や意識障害が生じ、誤嚥性肺炎を引き起こして死亡するに至った可能性は十分にある。

(2)争点2(過失及び過失割合)について
  ・本件事故は、普通乗用自動車である被告車両と自転車である本件自転車との事故であること
  ・夜間の事故であること
  ・本件事故当時、Aが高齢であったこと
  ・本件事故はAによる飲酒後の事故であり、救急搬送先であるB病院において、一種の酩酊状態であったといえること
などの事情を考慮すると、Aに30パーセントの過失がある(詳細については、省略する。なお、別冊判例タイムズ38号【240】の基本過失割合は、自転車:自動車=20:80である。)。

(3)争点3(損害額)について 略

(4)結論
   原告らの請求は、それぞれ1万4,868円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

  本裁判例は、「今回のてんかんの一義的原因としては硬膜下水腫の進行以外は考え難い」とするB病院のI医師の診断内容や、「症状の出現時期がこれ(注:本件事故後の頭部画像の変化)に一致していれば、やはり本件事故が一因になっているのではないかと考えられる」とするJ医師の意見にもかかわらず、K医師の意見にも依拠して、低マグネシウム血症等の内科的な要因が痙攣発作及びこれに伴う意識障害の原因であった可能性も排斥し難いとして、本件事故とAの死亡との間の因果関係を否認した事例です。
  I医師の診断内容及びJ医師の意見が、いずれもAの社会行動能力の低下(精神症状)が本件事故後に生じるようになったとの同人の家族(原告ら)の説明を前提とするところ、裁判所において、上記説明に係る原告Mの供述の信用性を否定したことから、上記の判断に至ったものと考えられます。

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