【交通事故】名古屋地裁令和3年11月8日判決(自保ジャーナル2116号175頁)

事故が原告の故意によって発生したものであり、被告において、原告の故意による事故の発生まで予見することを求めることはできないことから、被告の過失を否認した事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成30年9月22日午後0時55分頃
 イ 発生場所 名古屋市内所在の南北に伸びるa線(以下「本件道路」という。)の西側歩道(以下「本件歩道」という。)上(以下「本件事故現場」という。)
 ウ 原告自転車 原告が所有し運転する自転車
 エ 被告車両 被告会社が所有し被告Aが運転する自動車
 オ 事故態様 原告自転車が本件歩道上を北進していたところ、本件道路から路外の駐車場に入るために、同駐車場への進入口(以下「本件進入口」という。)から被告車両が本件歩道上に左折進入してきた際、原告自転車が転倒した(この限度では争いがない。)。

(2)原告は、本件事故後、平成30年9月26日から平成31年1月28日までの間、B整形外科に通院した(注:原告は、平成30年12月1日から平成31年1月28日までは、自費で通院した。)。B整形外科は、頸椎捻挫、左肩挫傷、左肩鎖関節捻挫、左肘打撲傷と診断された。

(3)原告は、本件訴えを提起して、本件事故による人的損害について、被告Aに対して民法709及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3に基づき、被告会社に対して同法3条に基づき、損害賠償を請求し、本件事故による物的損害について、被告Aに対して民法709条に基づき、損害賠償を請求した(以下、物的損害については、省略する。)。

(4)原告は、本件事故前の平成17年7月27日から平成27年3月4日までの間に、10件の交通事故歴があり、そのうち9件は人と車両との事故である。原告は、上記10件の交通事故により、治療費を含む860万円を超える自賠責保険金を受領している(治療費、文書料などを除くと、原告が受領した自賠責保険金の金額は、481万3、803円である。)。
   そして、上記10件の交通事故のうち3件は、いずれも道路を左折又は路外施設に左折進入しようとした自動車と、当該車両の進行方向左側から、その進路上に進入した原告が運転する自転車が接触したという事案である。
   なお、原告は、本件事故に関する調査において、C会社に対しては、本件事故以前に当事者となった事故は1件のみと説明し、別の調査会社であるD会社に対しては、本件事故以前の事故は5件であると説明した(注:C会社及びD会社は、いずれも被告が加入する任意保険会社が依頼した調査会社である。)。


 【争点】

(1)被告Aの責任、原告の故意による免責(争点1)
(2)原告の損害(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、事故状況(争点1)に関する原告の主張の経過は、以下のとおりである。
 ア 本件事故に関する調査
   原告は、D会社から本件事故に関する調査を受け、その際、本件事故時、原告自転車の前かごか前輪が被告車両に当たったと説明し、接触箇所を指で示して具体的に説明した。
 イ 訴状等での主張
  a)原告は、本件の訴状(令和元年9月4日付)において、被告車両が歩道上に進行した際、その左前方に進行していた原告自転車と接触したため、または急接近したため、同地点で原告自転車は転倒した、また、転倒するまでの間、被告車両に気が付かなかったと主張した。
  b)原告は、原告準備書面(1)(令和2年4月13日付)において、原告は被告車両の先行車が駐車場に駐車上に進入したのを目撃してから歩道上を通行し、その際歩道上に進入する被告車両を確認し、被告車両を回避するため、ハンドルを左に切り、転倒した、また、被告車両が原告自転車に衝突したかどうかは、動転していたので覚えていないと主張した。
  c)原告は、原告準備書面(2)(令和2年8月13日付)において、原告は、転倒した際には被告車両と接触しなかったと主張した。
 ウ 本件訴訟の原告本人尋問での供述等
   原告は、本件訴訟の原告本人尋問手続において、初めて被告車両を確認した地点と危険を感じた地点が同じである(なお、尋問中には、両者の地点が異なると供述することもあった。)、被告車両と原告自転車が接触していない調査会社に対してどのような説明をしたかは覚えていないなどと供述した。


【裁判所の判断】

 (1)事故状況について
 ア 本件事故現場の状況
   本件事故現場は、本件道路から路外施設の駐車上に進入する際に横断する幅員約2.6mの本件歩道上である。車道外側線から本件歩道右端までの間(幅は約0.7m)には、植込みがあるが、本件歩道から本件道路方向の見通しは良い。本件道路から路外施設への本件進入口付近では植込みは途切れている。
 イ 事故状況
  a)被告Aは、被告車両を運転して本件道路を北上し、上記路外施設の駐車場に進行するため、本件進入口手前の本件道路上にできた車列に続いて、左折の方向指示器を点滅させて停車した。被告車両の前方の車両は、上記駐車場に入るために歩道に進入し、本件歩道上の駐車場に近い側で一旦停止した。被告Aは、前車に続いて本件歩道に進入するに当たり、左方を目視で確認したが、その方向には自転車や人は認識できなかった。被告車両は本件歩道に入り、被告車両の左前部が本件歩道の中央付近に来る位置で、前車に続き、本件歩道に対して斜めの向きで停車した
  b)30秒程度経過して前車が動き始めると、被告車両はこれに追従して走行しようとアクセルを踏んだ。そうしたところ、原告自転車を運転して本件歩道を北上していた原告が、被告車両の停止していた本件歩道付近まで走行してきた。被告車両の助手席に乗車していたEは、危ないと声を出し、被告Aブレーキを踏んで停止した原告被告車両の右斜め前付近に転倒した
  c)(以下、判決文では括弧書き中の記載である。)
   事故状況に関する上記事実は、主として被告Aの供述及び同人立会の実況見分によって認定した。被告Aの供述は実況見分における指示説明と基本的に一貫しており、内容自体も自然で合理的である。
   他方、事故状況に関する原告の供述は、重要な部分に関して変遷を重ねていることから、信用することができず、その主張は採用できない。

(2)争点1(被告Aの責任、原告の故意による免責)について
 ア 検討
   被告らは、本件事故は原告の故意により発生したものであるから、被告らは責任を負わないと主張するので、検討する。
  a)事故状況は、上記(1)のとおり、駐車場に入るため、前車に続いて本件歩道上の駐車場に近い側で一旦停止している被告車両が、前車が進行したことに伴い発進しようとしたところ、原告が運転する自転車が被告車両の直前に進入し、原告自転車が左側に転倒したというものである。
   被告車両は、その左前部が本件歩道の中央付近に来る位置左の方向指示器を出して停止しており、南方から本件歩道を北進する原告からは、被告車両の状況はよく見通せるし、被告車両の停止状況からすると、同車が駐車場に進行するために一時停止していること、前車の進行次第で被告車両も発進することを予測するのは容易であり、原告が自転車を運転して発進することが見込まれる被告車両の直前付近を通過しようとしたことは、原告が故意に被告車両との接触を誘引したことを推認させる事情といえる。
   また、原告は、本件事故の約5年前から4年前という比較的最近の時期に、3件もの同種事故(左折中の自動車と原告運転の自転車との間の事故)に遭遇していることは、そうした経験がない人と比較すると、上記予見の程度を高め、故意による接触であるとの推認を強める事情といえる。
  b)また、事故状況に関する原告の説明は、本件歩道を北進中のどの時点で被告車両の存在を認識したか、回避行動を採ったか、被告車両と原告自転車は接触したかという本件事故に関する基本的な状況(とりわけ、車両と自転車が接触したかどうかは、転倒の原因そのものであることやその衝撃の有無の点で、特に記憶に残りやすい事情といえる。)について、一貫しておらず、原告本人尋問中でも、危険を認識した地点等について二転三転する供述をしている。
   また、事故状況について原告が過去に調査会社に対して行った説明等については覚えていないと供述するなど、過去の説明との齟齬の理由を十分に供述することもない。
   加えて、事故状況に関する供述の内容自体、上記のとおり見通しの良い本件歩道を進行しており、被告車両は原告の進行方向先の本件歩道上を一時停止しているにも関わらず、被告車両を確認した地点と危険を感じた地点が同じというものであって合理性がない
   したがって、事故状況に関する原告の供述は信用することができない。
   上記の事故状況に関する原告の供述自体の不合理性。説明の変遷の内容及び程度は、一般に交通事故の被害者が被害状況について、必ずしも正確に認識し、陳述できるものではないといえることを踏まえてもなお、本件事故が真正なものであることを強く疑わせる事情といえ、本件事故が原告の故意によるものであることを推認させる。
  c)これらの事情に加え、
  ・原告は本件事故当時就業していないこと
  ・定期的な収入があるとは認められないこと
  ・多数のカードローンの返済をしていること
  ・預金残高の状況
からしても、原告は経済的に困窮していたと認められる。
   また、原告は就労状況について、保険会社の調査に対しては、本件事故当時は無職であったにも関わらず、ホームセンターで勤務し、収入があり、休業もしていると述べるなど、経済状況について虚偽の事実を述べている。
   そして、原告は本件事故以前の10回の交通事故により、治療費、文書料などを除き、480万円以上の金員を受領していることからすると、原告は交通事故により人身傷害を負うことで、治療費等以外の経済的な利得を得られることを認識しているといえる。
   これらの事情も、本件事故が原告の故意により生じたものであることを推認させる。
 イ 原告の主張について
   この点、原告は、本件の事故態様は一般的に起こり得るもので、不自然さはないと主張する。
   しかし、上記アa)のとおり、事故状況に照らして原告の故意が推認できるところ、原告が一般的に起こり得る事故状況であることを認識して本件事故を惹起したともいえ、本件事故が原告の故意によって発生したこととは両立するのであって、上記推認を妨げるものではない。
 ウ 小括
   以上によれば、本件事故は原告の故意によって発生したものと認められる。
   そして、被告Aにおいて、原告の故意による事故の発生まで予見することを求めることはできないというべきであるから、被告Aには本件事故の発生について過失があるとは認められない
   したがって、被告らは、原告に対し、本件事故による原告の損害を賠償する責任を負わない。

(3)結論
   本件事故による原告の損害について検討するまでもなく、原告の請求は理由がない(請求棄却)。


【コメント】

  本裁判例は、本件事故が原告の故意によるものであることを推認させる間接事実を積み上げて、本件事故は原告の故意によって発生したものと認定し、その上で、被告Aにおいて原告の故意による事故の発生まで予見することを求めることはできないことを理由として、被告Aの過失を否認した事例です。
  原告の主張するとおり、本件事故の事故態様自体は一般的に起こり得るもので、不自然さはないともいえるところ、自賠法3条に基づく損害賠償責任まで否認したところに、本裁判例の特徴があるといえます。

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