【交通事故】広島高裁令和2年10月7日判決(自保ジャーナル2095号124頁)

被害者の受傷が手術以外に治療の効果が望めない状態であったにもかかわらず、被害者の意思により手術を受けずに対症療法を続けていたことから、その対症療法による治療も中止とされた時点で被害者の受傷は症状固定に至っていたと判示した事例(上告審にて確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成24年7月31日午前7時30分頃
 イ 発生場所 広島市内の信号機による交通整理のされた交差点(以下「本件交差点」という。)
 ウ 事故態様 1審原告が、普通乗用自動車(以下「1審原告車両」という。)を運転し、対面信号機の青色灯火に従い本件交差点を直進通過しようとしたところ、1審被告A運転の普通乗用自動車(以下「1審被告車」という。)が対向車線から右折してきたため、これを避けるべく、左に急ハンドルを切るとともに急ブレーキをかけて、1審原告車両との衝突を回避した。

なお、1審原告は、本件事故の際に回避動作を取ったはずみで、頭部を1審原告車両の運転席右側窓ガラスに強打するなどしたことにより、頭部打撲、頸椎捻挫及び右上肢しびれ感の傷害(以下、この受傷を「本件受傷」という。)を負った  

(2)治療の経過等
 ア 1審原告は、本件事故当日である平成24年7月31Dクリニックを受診し、右後頭部の痛み、頸部の痛みを訴えた。1審原告は、その後も、頭部打撲、頸椎捻挫、右上肢痺れ傷病名で、Dクリニックに通院したが、同年11月までの療法は消炎鎮痛処置を中心にするものであり、症状の悪化も特に認められなかった。
 イ 1審原告は、平成24年11月13、C病院で頸椎M R I検査を受け、C5/6に正中型の椎間板ヘルニアが見られ、脊柱管を狭窄しており、C7/Th1、Th1/2に椎間板膨隆が見られ、脊柱管を軽度狭窄しているとして、変形性脊椎症、C5/6椎間板ヘルニアと診断された。1審原告は、同年12月18にも、C病院に通院し、同病院のT医師から、手術適応と診断されたが、1審原告が手術を受けることを迷ったため経過観察とされた。
   1審原告は、その後、平成25年5月7日まで、C病院には通院しておらず、Dクリニックへ主に通院していた。
 ウ 1審原告は、本件事故当時、介護施設を運営する社会福祉法人F(以下「F法人」という。)に、介護施設における生活相談員として勤務していた。1審原告は、本件事故による痛みが増強したことを理由に、平成24年12月10日から同法人を休職し、平成25年2月7日退職した。
 エ 1審原告は、平成25年3月1日、労働基準監督署に対して労災の申請をしており、その際、労災申請手続において医療記録を検討した医師は、本件事故による受傷について、傷病名頭部打撲、頸椎捻挫、頸椎椎間板ヘルニアと判断した上で、本件事故から4ヶ月程度経過した後の休業と本件事故との因果関係について次のとおり述べている。
   1審原告の傷病の状態は、負傷直後から椎間板ヘルニアによると思われる症状が発現していたが、症状がしびれ程度であったため、仕事はできており休業しなかったものであるが、傷病状態が椎間板ヘルニアであるにもかかわらず、治療内容が対症療法的な治療であったことから、症状は軽快せず、痛み等を我慢しながら就労を続け症状は増悪し、前記イのとおり、手術適応との診断を受けた。
 オ 1審原告は、平成25年5月7日、C病院において診察を受けたが、前記イのとおりの診断と同じであった。C病院での傷病名は、この時点では、右頸部痛、左手指のしびれ、C5/6頸部脊柱管狭窄症であったが、同年8月9日には、頸椎症性脊髄症傷病名が記載されることもあった。
 カ 1審原告は、平成25年6月1日、株式会社E(以下「E会社」という。)に就職して介護施設で施設長として勤務を開始した。
   1審原告は、この頃、Dクリニックに通院していたが、通院頻度は減少していた。
   他方で、1審原告は、同年8月頃、C病院において、手術を受ける準備を進めていた。しかし、1審原告は、仕事の都合を理由に手術を延期することを希望し、手術は一旦取り止めとなり、手術を受けるか否かを再検討することとなった。
 キ 1審原告は、平成25年12月18、E会社事務所内で転倒し、頭部、頸部、左肩部、背中、腰部及び臀部をキャビネット等で強打した(以下「本件転倒事故」という。)。
   1審原告は、本件転倒事故により、従前から訴えていた痛みが増悪したため、同月19日から休職した。
 ク 1審原告は、平成26年2月4日、C病院で受診し、これまでの頸椎のM R I検査から左肩のM R I検査を受けたが、異常はなかった。1審原告は、同年3月11の受診では、頸椎症性脊髄症、左肩関節打撲症の診断を受け、4月15日まで休業加療を要する見込みとされた。
   1審原告は、同年4月15、C病院で受診し、頸椎M R I検査を受けた。同頸椎M R I検査では、前記イの頸椎M R I検査と比較し、著変なしとされた。また、1審原告は、同日の受診の際、夏頃に手術を希望し、また、休業診断書の延長を希望した。T医師は、既に期間が長くなっており、復職の時期ではないかと思うと説明したが、1審原告は、あと1ヶ月休業が必要である旨証明してほしいと強く希望した。そのため、T医師は、頸椎症性脊髄症の診断名で、「H25年12月18日転倒受傷 以後左肩から上腕にかけて疼痛があり、肩、頸椎について加療している状態である。本日より1ヶ月の休業加療の後、復職予定である。」との平成26年4月15日付け診断書を作成した。
   1審原告は、平成26年5月31日、E会社を退職した。
   1審原告は、この頃、Dクリニックに通院していたが、同クリニックは、同年7月18日、治療効果が認められないとして、1審原告に対する治療を中止した。
 ケ 1審原告は、平成26年7月29日、C病院で受診したが、前記イの症状は変わらず、うつ病の訴えがあった。なお、1審原告は、同病院精神科において、平成25年10月頃発症の適応障害と診断されていた。
   1審原告は、その後も、C病院で受診したが、経過観察と診断されるのみであった。1審原告は、平成27年2月17日の時点で、C病院のT医師から、本件受傷については、そろそろ症状固定を考えるべきであるとの説明を受け、同年3月31日の診察において、一旦は同年7月末で症状固定とする旨のT医師の方針に同意したことがあったが、上記のとおり通院を継続した。
 コ 1審原告は、平成28年3月1日に受診した際、C病院のT医師から、本件受傷について、傷病名頸椎捻挫、頸椎症性脊髄症、左肩関節打撲傷とし、自覚症状を両前腕ないし手のしびれ、頸部痛、左肩甲部痛として、平成27年12月31日に遡って症状固定とする旨の診断書(以下「本件症状固定診断書」という。)を交付された。
   他方で、労働基準監督署は、平成28年3月22日の時点で、T医師に対し、本件転倒事故による受傷について症状固定の目処について照会をしていたことがうかがわれ、同日の診療記録によれば、「症状固定については本人の了承が得られれば可能」との記載がある。

(3)1審原告は、本件訴えを提起して、1審被告らに対し、損害賠償請求をした。なお、1審原告委任の1審原告訴訟代理人は、1審被告A委任の1審被告ら訴訟代理人に対して平成30年2月27に本件事故につき不法行為に基づく損害賠償請求の支払を催告し、同催告から6ヶ月以内の同年8月24本件訴えを提起した。
   1審被告らは、1審原告の請求に対し、1審原告の症状固定日は遅くとも平成27年2月17であって、原告が本件訴えを提起した平成30年8月24日までに、消滅時効期間3年が経過しているとして、平成30年10月18日の原審第1回口頭弁論期日において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
   原審(広島地裁平成2年3月19日判決・自保ジャーナル2095号133頁)は、1審原告の症状固定日について、C病院のT医師が、平成27年2月17日時点で症状固定の段階に至りつつあると判断していたことに照らし、遅くとも平成27年2月28と認めるのが相当であると判断した上で、1審原告の1審被告Aらに対する請求の一部を認容した。
   これに対し、当事者双方が、それぞれ控訴した。


【争点】

(1)損害の発生及び額(争点1)
(2)消滅時効(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、各当事者は、争点2について以下のとおり主張した。
  (1審被告らの主張)
   1審原告の症状固定日は、遅くともC病院のT医師が症状固定を勧めた平成27年2月17日であって、1審原告が本件訴えを提起した平成30年8月24日までに、消滅時効期間3年が経過した。
  (1審原告の主張)
   1審原告の症状固定日は、C病院のT医師から症状固定の診断を受けた平成27年12月31日であって、本件訴え提起時までに消滅時効期間3年が経過していない。


【裁判所の判断】

(1)争点2(消滅時効)について
 ア 判断枠組み
   症状固定の時期の判断については、症状固定日における医師の判断を踏まえ、その合理性を、
  ①傷害及び症状の内容
  ②症状の推移(治療による改善の有無)
  ③治療・処置の内容(対処療法的なものか、治療内容に変化があるか。)
  ④治療経過(治療による改善の有無、治療中断の有無)
  ⑤検査結果の推移(他覚的所見の有無)
  ⑥当該症状について症状固定に要する通常の期間
  ⑦本件事故の態様(衝撃の程度)
などの観点から検討するのが相当である。
 イ T医師は、本件受傷の症状固定日について、本件症状固定診断書をもって、平成27年12月31日と判断している。
   しかし、本件症状固定診断書には、本件受傷と異なる部位である左肩関節打撲傷も傷病名に記載されており、左肩関節打撲傷は、本件転倒事故によるものであることからすると、本件症状固定診断書の症状固定日をもって本件受傷の症状固定日と直ちにみなすことはできない。
   また本件受傷の治療経過を見ると、平成24年11月13日の時点で本件受傷について既に手術適応と認められたにもかかわらず、その後は3年以上、手術を受けないまま対処療法的な治療が継続しており、経過観察にとどまっている。一般に、手術によって改善する余地があるにもかかわらず、患者の意思により手術がされずに長期に治療が継続する場合には、医師が症状固定日を判断する際、患者本人の医師が尊重されることがあるところ、本件においても、本件症状固定診断書を作成したT医師は、本件受傷の症状固定日について1審原告の了承を踏まえたことを医療記録に記載しており、本件症状固定診断書の症状固定日の判断については、1審原告の意向による影響が大きかったものと認められる(なお、T医師は、本件転倒事故による受傷の症状固定の判断について本人の了承が必要との見解を労働基準監督署に対し、回答している。)。
   そうすると、本件症状固定診断書のみをもって、本件受傷の症状固定日を平成27年12月31日と認めることはできないといわざるを得ない。
 ウ そこで、更に前記ア①ないし⑦の観点から本件受傷の症状固定日について検討する。
   ①(傷害及び症状の内容)の観点から考察すると、1審原告は、本件受傷により、本件事故直後(平成24年7月31日)からDクリニックにおいて頭部打撲、頸椎捻挫、右上肢しびれ感の傷病名で通院することとなり、同年11月13、C病院で頸椎M R I検査を受け、C5/6に正中型の椎間板ヘルニアが見られ、脊柱管を狭窄しており、C7/Th1、Th1/2に椎間板膨隆が見られ、脊柱管を軽度狭窄しているとして、変形性脊椎症、C5/6椎間板ヘルニアと診断され、これが本件受傷の具体的内容となっていることが認められる。そして、同日の時点で、本件受傷の軽快を図るには手術が必要であると判断されている。
   ②(症状の推移)、③(治療・処置の内容)、④(治療経過)及び⑤(検査結果の推移)の観点からするに、1審原告は、本件事故当日から平成26年7月18日における治療が中止されるまでの間、途中、C病院では本件受傷について手術を受けることを念頭に診察を受けたことがあったほかは、Dクリニックにおいて、本件受傷について消炎鎮痛処置を受けるという対症療法を受けるのみであった。
   1審原告は、平成24年11月13日、C病院のT医師から手術を勧められたが、自らの判断により先延ばしにし、結局その後も手術を受けることはなかった。
   この間、1審原告は、本件事故から同年12月10日頃まで稼働し、その後症状が増悪したとして休業したが、平成25年6月1日には、E会社に就職して稼働しており、症状も軽快したとしてDクリニックへの通院も減少し、同年8月頃手術を受ける準備も進めていたが、1審原告の判断で止めた経緯がある。
   1審原告は、その後、再び長期間にわたって休業をすることになったのは、同年12月18日の本件転倒事故により、本件受傷を増悪させ、加えて左肩関節打撲症の診断を受けるに至ったことによるものであったが、本件受傷については、平成26年4月15、C病院において頸椎M R I検査を受けた結果、平成24年11 月13日の状況と著変なしと診断されている。その際、T医師は、1審原告に対し、平成26年4月15日の時点で、復職を勧告している。
   なお、1審原告は、Dクリニックでの治療の中止をした同月以降も休業をしているが、この休業は、本件転倒事故による受傷によるものとして別途労災給付を受けており(注:詳細については、省略する。)、本件受傷によるものとは認め難い。1審原告は、Dクリニックでの治療の中止をした同月以降も本件受傷のためにC病院へ通院しているものの、その経過はそれまでのDクリニックへの頻回かつ継続的な通院と異なり、1ヶ月1回の割合に満たない断続的なものであり、治療内容も経過観察にとどまっていた上、通院の原因には精神症状による影響も指摘されている。
   また、上記⑥(当該症状について症状固定に要する通常の期間)の観点から検討するに、本件受傷は、器質的損傷と解されることから、手術する以外に急激に軽快ないし治癒することはなく、対症療法のみでは当該症状が継続するものと解される。
   さらに、上記⑦(本件事故の態様)から検討すると、本件事故の太陽は、回避動作の際に頭部を車内で強打するなどしたことにとどまる上、もともと、本件受傷には既往症(注:詳細については、省略する。)も指摘されていた。
 エ 以上検討したところを踏まえると、
  ・1審原告は、本件受傷について、本件事故後約3ヶ月半経過した平成24年11月13日の時点で、手術適応と診断されたが、自らの意思でその後も手術を受けることなく、長期間にわたり、継続的にDクリニックにおいて対症療法を受けていたこと
 ・同年12月の時点で一旦症状が増悪したものの、その後軽快し、平成25年6月からはE会社に再就職して稼働を開始し、Dクリニックへの通院の頻度も減っていたこと
 ・同年12月以降に症状は悪化し、再度休業を余儀なくされ、Dクリニックへの通院頻度も増加したが、本件転倒事故による受傷の影響によるものであって、本件受傷自体にはその前後において著変は認められていないこと
などの事情が認められる。
   そして、そうした経過をたどった後、平成26年7月18日には、本件事故を契機として最も通院回数の多いDクリニックの治療も中止となっている。
   そうすると、本件受傷については、かなり早い段階(平成24年11月時点)で手術による以外に治療の効果が望めず、それ以上の治療の効果が望めない状態であったにもかかわらず、その後も1審原告の意思により手術を受けないまま長期間にわたりDクリニックを中心とした対症療法を受けていたのみであったというべきであり、遅くとも、その対症療法による治療も中止とされた平成26年7月18日の時点では、本件受傷は症状固定に至っていたものと解するのが相当である。

(2)結論
   1審原告が本件において請求する損害は、後遺障害を含む人身傷害を原因とするものであるから、上記(1)で認定説示したところによると、1審原告主張の損害賠償請求権はその全額について遅くとも症状固定時である平成26年7月18日から消滅時効が進行し、同日から3年後の平成29年7月18日の経過をもって、時効消滅したものと解するのが相当である。
   そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、1審原告の本件請求については、いずれも理由がないこととなる(1審被告ら敗訴部分取消し・請求棄却)。


【コメント】

    本裁判例は、Dクリニックでの対症療法による治療も中止とされた平成26年7月18日の時点で、本件受傷は症状固定に至っていたと判示しました。
   これは、本件受傷について、手術以外に治療の効果が望めないのにもかかわらず、手術を念頭に通院治療を受けていたC病院のT医師による症状固定時期の判断が、1審原告の意向に大きく影響されていたことから、対症療法を受けていたDクリニックでの治療経過に着目して、1審被告らの責任の及ぶ範囲を限定した(消滅時効の完成を認めた)ものと考えられます。

Verified by MonsterInsights