【交通事故】大阪地裁令和2年9月2日判決(自保ジャーナル2083号106頁)

交通事故により人的損害が生じ、かつ、後遺障害が残存しない場合には、傷害の治療が終了した時から消滅時効が進行するとして、被告の消滅時効の抗弁を否認した事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故の発生
   被告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)を起こした。
 ア 発生日時 平成26年3月9午前5時38分頃
 イ 発生場所 京都府綾部市内の路上(以下「本件事故現場」という。)
 ウ 加害車両 被告が運転し、A及びBが同乗する普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)

(2)本件事故に至る経緯等
 ア 互いに遊び仲間であるA、B及びCの3人は、平成26年3月8日夜、a駅前の居酒屋に入り、普段酒を飲まないCを除いたAとBが同店で酒を飲んだ。
 イ 上記の3人は、上記居酒屋を出た後、スナック「b」に入り、Cを除くAとBの2人が、更に同店で酒を飲んだところ、Bが被告を呼び出したことにより、被告が同店にて上記3人と合流し、被告も酒を飲んだ。同店はカウンター席のみであり、Aは、被告の酒の注文を知り得た。Aは、前の店から通じてビール5本以上に相当する酒を飲み、相応に酩酊した。Aは、被告が、スナック「b」で自分と同程度の量の酒を飲んだと認識していた。
 ウ A、B 、C及び被告の4人は、翌9日未明、スナック「b店」を出た後、カップラーメンを食べようという話が出て、A、B及び被告の3人は、帰宅するCとは駅前のコンビニエンスストア付近で別れて、同店でカップラーメンを購入し、被告が本件車両にAとBを同乗させて、付近の山まで移動し、車外でカップラーメンを食べた。
 エ 被告は、その後、Bを助手席に、Cを助手席側の後部座席にそれぞれ同乗させ、A及びBを家まで送る目的で本件車両を運転し、同日午前5時38分頃、本件事故現場付近の時速20km制限の道路(京都府道c線)を南から北に時速50kmで走行していたところ、被告は、考え事をし、呼気1Lにつき約0.3mgのアルコールを身体に保有する状態であった影響もあって前方左右を注視せず、ハンドル・ブレーキを的確に操作することなく漫然と走行したことにより、本件車両を右方路外に逸走させて付近駐車場に駐車してあった自動車に本件車両を衝突させた上、道路右端に設置された電柱に本件車両を衝突させた。
 オ 本件事故当時、Aは、シートベルトを着用していなかった。

(3)Aの治療の経過等
 ア Aは、本件事故により、上顎骨骨折、歯牙損傷、鼻出血症、頭蓋底骨折、両眼窩底骨折等の障害を負い、平成26年3月9日から平成28年3月11日(治療終了日)までの間、D病院その他の医療機関等で治療及び投薬を受けた。
 イ 健康保険法に基づき健康保険事業を営む組合である原告(注:Aは、本件事故当時、原告の営む健康保険の被保険者であった。)は、上記の治療及び通院に対し、計227万5,425円の療養の給付をした。

(4)本件訴訟の提起
   原告は、平成30年8月1、Aに対し、療養の給付をしたことにより健康保険法57条1項に基づき同人の被告に対する請求権に代位したとして、被告に対し、損害賠償金227万5,425円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。


【争点】

(1)損害賠償請求権の消滅時効(争点1)
(2)過失相殺の有無及び過失相殺率(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。

   なお、各当事者は、争点1(特に消滅時効の起算点)について、以下のとおり主張した。
(被告の主張)
 ア 交通事故の場合、被害者は自身が交通事故に遭ったことを認識した時点において、具体的な損害の程度や数値はともかくとして、損害の発生を現実に認識したといえるから、交通事故の発生時点消滅時効の起算点となる。
 イ Aが被告に対して有する損害賠償請求権は、不法行為を発生原因とするものであるから、事故から3年が経過した時点において時効により消滅する(平成29年法律第44号による改正前の民法724条前段)。本件事故は、平成26年3月9に生じたもので、それから3年経過後、本件訴訟は、平成30年8月1日に提起されているから、被告は、消滅時効を援用する。
(原告の主張)
 ア 平成29年法律第44号による改正前の民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味し、被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解するのが相当である。
   そして、交通事故による人身損害のうち、治療費等傷害関係の損害については、傷害自体の治療が終了する(傷害が治癒する)か、症状固定となった時から消滅時効が進行すると解すべきである。
 イ 原告の請求権の消滅時効の起算点は、本件事故の日(平成26年3月9日)ではなく、Aの治療が終了し、症状固定した平成28年3月11であり、同日から3年が経過する前に本件訴訟が提起されているので、消滅時効は完成していない。


【裁判所の判断】

(1)争点1(損害賠償請求権の消滅時効)について
 ア 交通事故により人的損害が生じた場合、受傷後の治療が症状の経過を確認しながら行われるものであること、後遺障害の有無・内容も治療状況と関連していること、損害額の算定において後遺障害の有無・内容及び症状固定日が密接に関係していることからすれば、
  a)後遺障害が残存しない場合には傷害の治療が終了した時から、
  b)後遺障害が残存する場合には症状固定日から、
それぞれ消滅時効が進行するというべきである。
 イ Aは、最終的には、D病院に平成28年3月11まで通院して治療を終了し、後遺障害診断には至っていないことが認められる。そうすると、本件では、後遺障害が残存していない前提で、治療が終了した同日から消滅時効が進行するというべきであり、本件訴訟を提起した平成30年8月1日時点では、未だ消滅時効期間である3年を経過していない。
 ウ なお、本件請求では、Aの治療費及び薬剤費に関し療養の給付をした原告が、請求権代位によりその給付の限度で被告に対し損害賠償を請求しているため、本件訴訟上は、Aの後遺障害が審理対象になっていない。
   しかし、Aは、6本の歯を失いインプラント治療をしたことがうかがわれるから、5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの(自動車損害賠償保障法施行令別表第二第13号5号)、あるいは、3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの(同第二第14号2号)として、Aに後遺障害が残存した事案とみる余地がある。
   その場合、症状固定から消滅時効期間が進行するところ、症状固定日を上記治療終了日とみれば、消滅時効期間を経過していないとした上記の判断と同様の結論となる。
 エ したがって、いずれにしても被告の消滅時効の主張(抗弁)は理由がない。

(2)争点2(過失相殺の有無及び過失相殺率)
   Aは、被告が相応の量の飲酒をして酩酊していることを十分認識していたにもかかわらず、被告の運転する本件車両に危険を承知で同乗したものというべきである。
   また、Aは、後部座席同乗中にシートベルトを着用していなかったことにより、本件事故の衝撃でその顔面を強打したのであって、シートベルト不着用は、Aに生じた人的損害発生の原因となったか、または、その損害を拡大させたものというべきである。
   そうであれば、以上の点を考慮し、本件でAの損害額の3割を過失相殺するのが相当である(計算式:2,275,425×(1―0.3)=1,592,797(円未満切捨て))。

(3)結論
   原告の請求は、159万2,797円及びこれに対する遅延損害金の限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   交通事故の被害者が一定期間の入通院治療を行った場合、治療終了日と症状固定日は、通常、同日又は相互に近接した日となります。それゆえ、本裁判例の判示によれば、交通事故により人的損害が生じた場合、傷害分についても、消滅時効の起算点が事故日から3年ないし5年を超えた日となることもあります。
   ただし、事故態様、傷害の程度及び治療経過等から、治療期間の一部について事故との相当因果関係が否認される場合には、事故との相当因果関係の認められる治療期間の末日から消滅時効期間が進行すると解される可能性のあることに、留意が必要です。

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