【知的財産】知財高裁令和3年3月18日判決(裁判所ウェブサイト)

音学教室における生徒の演奏の主体は当該生徒であるから、生徒の演奏によっては、音楽教室の運営者は、音楽著作物の著作権等を管理する著作権管理事業者に対し、演奏権侵害に基づく損害賠償債務等を負わない旨判示した事例(上告審係属中)


【事案の概要】

(1)控訴人ら(1審原告ら)は、音楽を教授する契約及び楽器の演奏技術・歌唱技術(以下「演奏技術等」という。)を享受する契約(以下「本件受講契約」という。)を締結した生徒に対して、音楽及び演奏技術等を教授することを目的として、雇用契約又は準委任契約を締結した教師をして、または個人事業主である原告については自らが上記の教授を行うレッスンを実施する音楽教室を運営する者である。
   被控訴人(1審被告)は、著作権等管理事業法に基づく文化庁長官の登録を受けた著作権管理事業者であり、作詞者、作曲家及び音楽出版社等の著作権者から著作権等につき信託を受けるなどしてこれを管理し、各種の分野における音楽の利用者に対して、被告が管理する音楽著作物(以下「被告管理楽曲」という。)の利用を許諾し、その対価として著作物使用料を徴収するともに、これを著作権者に分配することを主たる目的とする一般社団法人である。

(2)被控訴人は、被告管理楽曲の演奏利用につき、利用者団体との協議を経て、昭和46年から社交ダンス教授所、昭和 60年からY音楽教室の発表会、平成23年4月からフィットネスクラブ、平成24年4月からカルチャーセンター、平成27年4月から社交ダンス教授所以外のダンス教授所、平成28年4月からカラオケ教室及びボーカルレッスンを含む歌謡教室の管理を開始した。

(3)被控訴人は、平成29年2月9日頃、控訴人Yに対し、音楽教室において被告管理楽曲を演奏、上映又は伝達する際の使用料として、被控訴人が定める使用料規程に「音楽教室における演奏等」の項目を新設し(以下、使用料規程のうち当該項目の部分を「本件使用料規程」という。)、同規程に基づき、平成30年1月1日から使用料徴収を開始する予定である旨通知し、平成29年6月7日、文化庁長官に対し、本件使用料規程の新設等に係る変更の届出をした。
   本件使用料規程に定められた使用料の算定方法は複数あるが、例えば、年間の包括的利用料許諾契約を結ぶ場合の1施設あたりの年額使用料は、受講料収入算定基準額の2.5/100の額である。ここにいう「受講料収入算定基準額」とは、前年度に当該施設で行われた被告管理楽曲を利用した講座の受講料収入(講座ごとの受講料の合計)の合計額をいい、被告管理楽曲を利用した講座が特定できない場合は、音楽を利用した全ての講座の受講料収入の合計額の50/100の額である。

(4)控訴人らは、本件訴訟を提起して、控訴人らの音楽教室における楽曲の使用(教師及び生徒の演奏並びに録音物の再生)は、「公衆に直接‥聞かせることを目的」とした演奏(著作権法22条)に当たらないことなどから、被控訴人は、控訴人らの音楽教室における
   被告管理楽曲の使用にかかわる請求権(著作権侵害に基づく損害賠償請求権又は不当利得返還請求権)を有しないと主張して、被控訴人に対し、同請求の不存在確認を求めた。

(5)原判決(東京地裁令和2年2月28日)は、
 ア (教師による演奏行為及び生徒による演奏行為において音楽教室事業者である控訴人らは、音楽著作物である被告管理楽曲の利用主体である。
 イ 教室内にいる生徒は「公衆」である。
 ウ 教師は、著作権法22条にいう「公衆」である生徒に対し、生徒は、「公衆」である他の生徒又は演奏している自分自身に対し、「直接(中略)聞かせることを目的」として演奏をしている。
 エ 2小節以内の演奏であっても音楽著作物の利用である
として、控訴人らの、演奏権の消尽、実質的違法性阻却事由及び権利濫用の主張をいずれも排斥し、
   被控訴人の控訴人らに対する著作権侵害に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権のいずれの存在も認めて、控訴人らの請求を棄却した。
   控訴人らは、原判決を不服として、本件控訴を提起した。


【争点】

   多岐に渡るが、主な争点は、
(1)音楽教室における演奏が「公衆」に対するものであるか(争点1)
(2)音楽教室における演奏が「聞かせることを目的」とするものであるか(争点2)
である。
   以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、被控訴人は、上記の各争点に関係する演奏権の主体に関し、以下のとおり主張した(以下「演奏権の主体に関する被控訴人の主張」という。)。
   規範的に音楽著作物の利用主体を判定するに当たり、実際の演奏者との関係においてその演奏の場にその演奏を聞く「公衆」が存在し、実際の演奏者との関係においてその演奏権の侵害が生じていなければならないという従属説(2段階説)を前提にする必要はない。控訴人らの主張する判断枠組みによると、カラオケ店における客の歌唱につき、歌唱する客が当該店舗に一人しかいないか又はその関係者しかいない場合のものであるか、歌唱する客とは関係のない客がいる場合のものであるかによって、演奏権が及ぶかどうかという法律効果に差異が生ずることになるが、そのような結論に合理性はない。また、歌唱する客とその関係者しか演奏の場にいないカラオケボックスにおける客の歌唱にも演奏権が及ぶとする考え方は裁判上確立しているが、控訴人らの主張は、著作権管理の実務においても定着しているこの考え方と整合しない。


【裁判所の判断】

(1)争点1(音楽教室における演奏が「公衆」に対するものであるか)及び争点2(音楽教室における演奏が「聞かせることを目的」とするものであるか)について
 ア 判断枠組み
  a)著作物の利用主体について
   控訴人らの運営する音楽教室事業は、控訴人らが設営した教室において、控訴人らと雇用契約又は準委任契約を締結した教師が、控訴人らと本件受講契約を結んだ生徒に対し、演奏技術等を教授し、その過程において、必然的に教師又は生徒による課題曲の演奏が行われるというものである。
   このように、控訴人らの音楽教室のレッスンにおける教師又は生徒の演奏は、営利を目的とする音楽教室事業の遂行の過程において、その一環として行われるものであるが、音楽教室事業の上記内容や性質に照らすと、音楽教室における演奏の主体については、単に個々の教室における演奏行為を物理的・自然的に観察するのみではなく、音楽教室事業の実態を踏まえ、その社会的、経済的側面からの観察も含めて総合的に判断されるべきであると考えられる。
   このような観点からすると、音楽教室における演奏の主体の判断に当たっては、演奏の対象、方法、演奏への関与の内容、程度等の諸要素を考慮し、誰が当該音楽著作物の演奏をしているのかを判断するのが相当である(最高裁平成23年1月20日判決・ロクラクⅡ事件参照)
  b)「公衆直接」について
   著作権法22条は、演奏権の行使となる場合を「不特定又は多数の者」に聞かせることを目的として演奏することに限定しており、「特定かつ少数の者」に聞かせることを目的として演奏する場合には演奏権の行使には当たらないとしているところ、このうち、「特定」とは、演奏権者の保護と著作物利用者の便宜を調整して演奏権の及ぶ範囲を合目的な領域に設定しようとする同条の趣旨からみると、演奏権の主体と演奏を聞かせようとする目的の相手方との間に個人的な結合関係があることをいうものと解される。
   また、著作権法22条は、演奏権の行使となる場合を、演奏行為が相手方に「直接」聞かせることを目的とすることに限定しており、演奏者は面前にいる相手方に聞かせることを目的として演奏することを求めている。
   さらに、自分自身が演奏主体である場合、演奏する自分自身は、演奏主体たる自分自身との関係において不特定者にも多数者にもなり得るはずはないから、著作権法22条の「公衆」は、その文理からしても、演奏主体とは別の者を指すと解することができる。
  c)「聞かせることを目的」について
   著作権法22条は、「聞かせることを目的」として演奏することを要件としている。「聞かせることを目的」とは、演奏が行われる外形的・客観的な状況に照らし、演奏者に「公衆」に演奏を聞かせる目的意思があったと認められる場合をいい、かつ、それを超える要件を求めるものではないと解するのが相当である。
  d)前記b)及びc)によると、演奏権の行使となるのは、演奏者が、①面前にいる個人的な人的結合関係のない者に対して、又は、面前にいる個人的な結合関係のある多数の者に対して、②演奏が行われる外形的・客観的な状況に照らして演奏者に上記①の者に演奏を聞かせる目的意思があったと認められる状況で演奏をした場合と解される。
  e)以下、前記の基本的考え方を前提に、教師による演奏行為及び生徒による演奏行為がそれぞれ「公衆直接(略)聞かせることを目的として」行われたものに当たるかについて検討する。
 イ 教師による演奏行為について 略
  a)教師による演奏行為の本質について 略
  b)演奏主体について 略
  c) 「公衆に直接(略)聞かせることを目的として」について 略
  d)小括
   以上によれば、教師による演奏については、その行為の本質に照らし、本件受講行為に基づき教授義務を負う音楽行為事業者が行為主体となり、不特定の者として「公衆」に該当する生徒に対し、「聞かせることを目的」として行われるものというべきである。
 ウ 生徒による演奏行為について
  a)生徒による演奏行為の本質について
   控訴人らは、音楽を教授する契約及び楽器の演奏技術等を教授する契約である本件受講契約を締結した生徒に対して、音楽及び演奏技術等を教授することを目的として、雇用契約又は準委任契約を締結した教師をして、その教授を行うレッスンを実施している。
   そうすると、音楽教室における生徒の演奏行為の本質は、本件受講契約に基づく音楽及び演奏技術等の教授を受けるため、教師に聞かせようとして行われるものと解するのが相当である。なお、個別具体の受講契約においては、充実した設備環境や、音楽教室事業者が提供する楽器等の下で演奏することがその内容に含まれることもあり得るが、これらは音楽及び演奏技術等の教授を受けるために必須のものとはいえず、個別の取決めに基づく副次的な準備行為や環境整備にすぎないというべきであるから、音楽教室における生徒の演奏の本質は、あくまで教師に演奏を聞かせ、指導を受けることにあるというべきである。
   また、音学教室においては、生徒の演奏は、教師の指導を仰ぐために専ら教師に向けてされているのであり、他の生徒に向けてされているとはいえないから、当該演奏をする生徒は他の生徒に「聞かせる目的」で演奏しているのではないというべきであるし、自らに「聞かせる目的」のものともいえないことは明らかである(自らに聞かせるためであれば、ことさら音楽教室で演奏する必要はない。)。被控訴人は、生徒の演奏技術の向上のために生徒自身が自らの又は他の生徒の演奏を注意深く聞く必要があると、書証(略)や証言(略)を援用するが、自らの又は他の生徒の演奏を聴くことの必要性、有用性と、誰に「聞かせる目的」で演奏するかという点を混同するものといわざるを得ず、採用し得ない。
  b)演奏主体について
   生徒は、控訴人らとの間で締結した本件受講契約に基づく給付としての楽器の演奏技術等の教授を受けるためレッスンに参加しているのであるから、教授を受ける権利を有し、これに対して受講料を支払う義務はあるが、所定水準以上の演奏を行う義務や演奏技術等を向上させる義務を教師又は控訴人らのいずれに対しても負ってはおらず、その演奏は、専ら、自らの演奏技術等の向上を目的として自らのために行うものであるし、また、生徒の任意かつ自主的な姿勢に任されているものであって、音楽教室事業者である控訴人らが、任意の促しを超えて、その演奏を法律上も事実上も強制することはできない。
   確かに、生徒の演奏する課題曲は生徒に事前に購入させた楽器の中から選定され、当該楽譜に被告管理楽曲が含まれるからこそ生徒によって被告管理楽曲が演奏されることとなり、また、生徒の演奏は、本件使用態様4(略)の場合を除けば、控訴人らが設営した教室で行われ、教室には、通常は、控訴人らの費用負担の下に設置されて、控訴人らが占有管理するピアノ、エレクトーン等の持ち運び可能ではない楽器のほかに、音響設備、録音物の再生装置等の設備がある。
   しかしながら、前記a)において判示したとおり、音楽教室におけ生徒の演奏の本質は、あくまで教師に演奏を聞かせ、指導を受けること自体にあるというべきであり、控訴人らによる楽曲の選定、楽器、設備等の提供、設置は、個別の取決めに基づく副次的な準備行為、環境整備にすぎず、教師が控訴人らの管理支配下にあることの考慮事情の一つにはなるとしても、控訴人らの顧客たる生徒が控訴人らの管理支配下にあることを示すものではなく、いわんや生徒の演奏それ自体に対する直接的な関与を示す事情とはいえない。このことは、現に音楽教室における生徒の演奏が、本件使用態様4(略)の場合のように、生徒の自宅でも実施可能であることからも裏付けられるものである。
   以上によれば、生徒は、専ら自らの演奏技術等の向上のために任意かつ自主的に演奏を行っており、控訴人らは、その演奏の対象、方法について一定の準備行為や環境整備をしているとはいえても、授業を受けるための演奏行為の本質からみて、生徒がした演奏を控訴人らがした演奏とみることは困難といわざるを得ず生徒がした演奏の主体は、生徒であるというべきである。
   なお、被控訴人は、前記「演奏権の主体に関する被控訴人の主張」のとおり、カラオケ店における客の歌唱の場合と同一視すべきである旨主張するが、その法的位置付けについてはさておくにしても、カラオケ店における客の歌唱においては、同店によるカラオケ室の設営やカラオケ設備の設置は、一般的な歌唱のための単なる準備行為や環境設備にとどまらず、カラオケ歌唱という行為の本質からみて、これなくしてはカラオケ店における歌唱自体が成り立ち得ないものであるから、本件とはその性質を大きく異にするものというべきである。
  c)小括
   以上のとおり、音学教室における生徒の演奏の主体は当該生徒であるから、その余の点について判断するまでもなく、生徒の演奏によっては、控訴人らは、被控訴人に対し、演奏権侵害に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務のいずれも負わない(生徒の演奏は、本件受講契約に基づき特定の音楽教室事業の教師に聞かせる目的で自ら受講料を支払って行われるものであるから、「公衆に直接(略)聞かせることを目的」とするものとはいえず、生徒に演奏権侵害が成立する余地もないと解される。)。
   なお、念のために付言すると、仮に、音楽教室における生徒の演奏の主体は音楽事業者であると仮定しても、この場合は、前記a)のとおり、音楽教室における生徒の演奏の本質は、あくまで教師に演奏を聞かせ、指導を受けることにある以上、演奏行為の相手方は教師ということになり、演奏主体である音楽事業者が自らと同視されるべきである教師に聞かせることを目的として演奏することになるから、「公衆に直接(略)聞かせることを目的」で演奏されたものとはいえないというべきである(生徒の演奏について教師が「公衆」に該当しないことは当事者間に争いがない。また、他の生徒や自らに聞かせる目的で演奏されたものとはいえないことについては前記a)で説示したとおりであり、同じく事業者を演奏の主体としつつも、他の同室者や客自らに聞かせる目的で歌唱がされるカラオケ店(ボックス)における歌唱等とは、この点において大きく異なる。)。

(2)結論
   控訴人らの請求は、以下の限度で理由がある(原判決変更・一部認容)。
 ア 各控訴人と被控訴人との間において、被控訴人は、各控訴人が生徒との間で締結した音楽の教授及び演奏(歌唱を含む。)技術の教授に係る契約に基づき行われる、教師と10名程度以下の生徒との間のレッスンにおける別紙著作物使用目録(略)1記載の生徒の演奏について、被控訴人が著作権者から著作物の使用料の徴収を目的として著作権の信託譲渡又は徴収の委任を受けて有するところの著作物(令和3年1月14日時点で被控訴人が管理する全ての楽曲をいう。)の使用に係る請求権を有しないことを確認する。
 イ 略


【コメント】

   本裁判例は、①演奏権の主体に関し、「音楽教室における生徒の演奏の本質は、あくまで教師に演奏を聞かせ、指導を受けること自体にある」ことを強調して、「控訴人らによる楽曲の選定、楽器、設備等の提供、設置は、個別の取決めに基づく副次的な準備行為、環境整備にすぎず、(中略)控訴人らの顧客たる生徒が控訴人らの管理支配下にあることを示すものではな」いとして、カラオケ店との差異を述べています。また、②生徒の演奏は、「本件受講契約に基づき特定の音楽教室事業の教師に聞かせる目的で自ら受講料を支払って行われるものであるから、『公衆に直接(略)聞かせることを目的』とするものとはいえ」ないとして、この点からも、「生徒に演奏権侵害が成立する余地もない」とも述べています。
   しかし、①少なくとも自宅に楽器のない生徒や、防音設備等の関係で自宅での演奏が事実上困難な生徒にとっては、音楽教室における楽器、設備等の提供、設置は、「個別の取決めに基づく副次的な準備行為、環境整備」に留まるとはいえません。また、②音楽教室における生徒は、他の生徒又は自らの演奏からも学ぶこともある以上、生徒の演奏に際して、当該生徒に、他の生徒や自らに聞かせる目的がないまでは言い切れません。
   この点、音楽教室における生徒の演奏について、控訴人らの主張する従属説(2段階説)を前提として、著作権法22条の「公衆」は、その文理からしても、演奏主体とは別の者を指すと解することができることから、少なくとも個人レッスンを行う場合における生徒の演奏については、生徒は「公衆」当たらないと判示することにより、同一の結論を導くこともできたものと思われます。

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