【個人情報】大阪地裁令和3年3月29日判決(労働判例1247号33頁)

地方公務員に対する、個人情報を含む業務データを個人で契約するレンタルサーバーに保存したことにより、約68万人の選挙有権者の個人情報等の流出を招いたこと等を理由とする懲戒免職処分及び退職手当全額を不支給とする退職手当支給制限処分が、いずれも適法と判断された事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告は、普通地方公共団体である。
   原告は、昭和56年4に被告に採用された地方公務員である。
   原告は、平成12年4、S市選挙管理委員会事務局に配属され、同市の選挙事務等の業務に従事した後、平成18年4、A区役所a課に配属となり、同区の選挙事務等の業務に従事した。
   その後、原告は、平成24年4、B部b課に配属されて公益財団法人S市Cセンター(以下「Cセンター」という。)に派遣された後、平成27年4、D室d課に配属され、同年12月14に懲戒免職処分を受けるまで同課に勤務した。

(2)原告は、S市選挙管理委員会事務局に在職中の平成12年頃、選挙の補助事務について事務処理を自動化するため、「D Bプロ」という市販のソフトウェア(以下「D Bプロ」という。)を用いてシステム(以下選挙補助システム」という。)を作成した。選挙補助システムは、同事務局において採用され、「○○(注:原告の姓)システム」などと呼ばれていた。

(3)被告は、平成18年4、政令指定都市となったものであるところ、従前、選挙管理委員会事務局で行っていた選挙事務を被告の7つの行政区で分担して行うこととした。これに伴い、選挙管理委員会事務局の当時の選挙課長であったEは、平成18年4月以降、原告に対し、同事務局で使用していた選挙補助システムを各区の選挙管理委員会でも使用できるように改良することを依頼した。
   原告は、平成18年11月頃から、上記依頼を受けて、選挙補助システムの改良作業を行うこととしたが、同作業を行うために選挙補助システム及び被告の全市域の選挙有権者のデータ(以下「有権者データ」という。)を自宅に持ち帰ったことがあった。
   原告による選挙補助システムの改良作業は、平成19年1月ないし2月頃に完了し、同年4月の統一地方選挙の際には、各区において選挙補助システムが導入・利用された。
   原告は、上記選挙の後も、平成24年4月にB部b課(Cセンターへ派遣)に異動となるまでの間に実施された選挙に関し、各選挙実施に向けて各区の選挙補助システムを改良する作業を行い、自宅において同作業を行う際には、これに必要な各選挙区における有権者データを自宅に持ち帰っていた。また、原告は、選挙の都度、持ち帰った有権者データを、私物であるパソコン用の外付けハードディスクに保存していた。なお、ほとんどの場合、前回選挙の有権者データは上書きされて消去されていた。
   その結果、平成24年4の上記異動時点では、原告の私物のポータブルハードディスクには、同異動前の最終の選挙である平成23年11月の大阪府知事選挙に用いられた約68万人分の有権者データ氏名、性別、年齢、生年月日、住所及び郵便番号等の個人情報を含むもの。以下「本件有権者データ」という。)が保存されており、原告は、同異動後も、同データを保有し続けた。

(4)原告は、Cセンター在籍中の平成25年頃、自宅にて、ファイルメーカーというソフトウェア(以下「ファイルメーカー」という。)を用いて、新たな選挙補助システム(以下「自作システム」という。)の開発を行なった。
   その後、原告は、試作した自作システムをF区選挙管理委員会事務局のパソコンに導入し、デモンストレーションを行なったことがあった。
   また、原告は、他の自治体や選挙関連のソフトウェア等を開発・販売している民間業者に対し、自作システムを紹介したり、提案したりしていた。

(5)原告は、平成26年4月頃、Cセンターから公益財団法人G事業団(以下「G事業団」という。)に異動になった元上司から、同事業団の実施する放課後児童対策事業に従事する職員らの出退勤管理システムの作成を依頼された。
   原告は、出退勤管理システムの作成に当たり、G事業団の行う放課後児童対策事業に従事する職員の個人情報を含むデータ(以下「本件職員らデータ」という。)の提供を受けて保有し、平成27年4月にD室d課に異動した後も、同データを保有し続けていた。

(6)原告は、Cセンターの総務部長から、I Cカードを活用した出退勤管理システムの開発・構築の話を持ち掛けられており、同システムの開発のための作業を平成27年4月にD室d課に異動した後も継続する必要があると考えた。
   原告は、平成27年4月にCセンターからD室d課に異動する際、Cセンターで使用していたパソコンのデスクトップ上の個人フォルダに保存していた全ファイルを私物のポータブルハードディスク等にコピーして持ち帰り、D室に異動した後も保有し続けた。同ファイルの中には、Cセンターの事業に参加した者の個人情報(以下「本件参加者データ」という。)が含まれていた。

(7)原告は、平成27年4月下旬頃平成27年10月にK市で開催される全国政令指定都市会計室会議へ参加することが決まり、同市に出張する予定となった。
   原告は、上記K市への出張時に、K市選挙管理委員会を訪れて、自作システムを提案しようと考えた。そこで、原告は、平成27年4月下旬頃、同提案に向けて、私物のポータブルハードディスクに保存していたデータを、個人で契約するS社のレンタルサーバー(以下「本件レンタルサーバー」という。)にアップロードする作業を行なった。その時点で、本件レンタルサーバ内には、有権者情報のダミーデータのほかに、本件有権者データ、本件職員らデータ及び本件参加者データ(以下、これらをまとめて「本件個人情報等」という。)等も保存されていた。
   原告は、平成27年6月23日、本件レンタルサーバーの契約先であるS社から、本件レンタルサーバー上で、個人情報を含むデータが外部向けに公開されている旨の連絡を受け、その頃、本件レンタルサーバー内に保存されていたデータを全て削除した。また、原告は、同年7月頃、本件レンタルサーバーの契約を解約した。
   原告は、平成27年4月ないし同年6月当時、本件レンタルサーバーにおいて、「○○」というU R Lのホームページを作成し、同ホームページを記録媒体として用いていたが、上記U R Lにアクセスすると、ディレクトリに保存されているファイル(フォルダを含む。)の一覧が表示され、各配下のディレクトリを更に辿ることで、全てのファイルにアクセスすることができ、各ファイルをクリックすることで、その内容を閲覧することができる状態になっていた。

(8)被告は、平成27年6月頃、匿名の者から被告の業務関連データ等のキャッシュがインターネット上に残っているとの投書を受けるなどしたことを契機に、原告に対して人事課等を通じて口頭での事情聴取(以下「ヒアリング」という。)をしたほか、データやアクセスの分析・照合等の各種調査を行なった。
   被告による調査の結果、原告が本件レンタルサーバーに保存していたファイルは約1万4,000ファイルであり、個人情報を含む184のファイルのうち15ファイルについて、2つのI Pアドレスと検索ロボットからアクセスがあったことが判明した。
   なお、被告は、平成27年9月2日の4回目のヒアリングにおいて、原告から私物のパソコン及びポータブルハードディスクの提供を受けた。ただし、原告は、同年8月上旬頃に、私物のパソコン及びポータブルハードディスクを初期化してデータを全て削除していた。

(9)S市長(以下「処分行政庁」という。)は、平成27年12月14日、原告に対し、以下の理由により、懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)を行なった。
 ア 処分事由①から④まで 略
 イ 処分事由⑤
   被処分者は、平成27年4月、D室に異動となった際、Cセンターの個人情報を含む業務関連データを無断で被処分所有者のポータブルハードディスクに際し、個人で契約していた民間のレンタルサーバーに保存した。その際、ポータブルディスク内には選挙有権者の個人情報を含む様々なデータも交じっており、これらデータが平成27年4月から6月までの間、インターネット上で閲覧可能な状態にあったもの。
 ウ 処分事由⑥及び⑦ 略
   また、処分行政庁は、同日、原告に対し、以下の理由により、退職手当全額を不支給とする退職手当支給制限処分(以下「本件支給制限処分」という。)を行なった。
 ア 処分事由①及び② 略 
 イ 処分事由③
   個人情報を含む業務データを、民間のレンタルサーバーに保存し、約68万人の選挙有権者の個人情報、Cセンターの事業に参加した方の個人情報、G事業団の従業員の個人情報等の流出を招いたこと
 ウ 処分事由④及び⑤ 略

(10)原告は、平成29年10月27日、本件訴訟を提起して、本件懲戒免職処分を受けるとともに、本件支給制限処分を受けたことにつき、各処分は裁量権を逸脱・濫用した違法なものであるなどと主張して、各取消しを求めた(なお、被告は、原告に対し、民法709条に基づき、各種調査に係る費用相当額の損害金合計359万7,000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたが、以下においては、省略する。)。


【争点】

(1)本件懲戒免職処分の適法性(事実誤認、手続違反及び処分の相当性に係る裁量権逸脱・濫用の有無)
(2)本件支給制限処分の適法性(処分の内容を決する際の考慮要素及びその評価に関する裁量権逸脱・濫用の有無)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件懲戒免職処分の適法性)について
 ア 判断枠組み
   地方公務員につき、地方公務員法所定の懲戒事由がある場合には、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられるところ、その判断は、上記のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる者の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないものといわなければならない。
   そうすると、懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合にでない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである(最高裁昭和52年12月20日判決・神戸税関事件・労働判例288号24頁参照)。
 イ 懲戒事由該当性について
   処分事由①ないし⑦について事実誤認はなく(注:詳細については、省略する、)、同①ないし⑤は、地方公務員法30条、被告の個人情報保護条例及びその関連諸規定等に違反するとともに、全体として地方公務員法33条(信用失墜行為の禁止)に反するものと言える。
   処分事由①ないし⑤は、それぞれ、S市職員の懲戒処分の基準に関する規則2条に定められた非違行為ないし3条で定める準じる行為に該当することが認められる。
   以上によれば、処分事由①ないし⑤につき、原告は、地方公務員の懲戒を定める地方公務員法29条1項1号ないし3号に該当するものと認められる。
 ウ 処分の相当性について
   処分事由①ないし⑤に係る非違行為やこれに関連する事実である処分事由⑥及び⑦について検討する。本件では、
  ・被告において原告が個人的に開発した選挙補助システムを採用し、その後の改良作業を一時任せていたことや、CセンターからG事業団へ異動した元上司が個人的関係から原告にシステムの開発依頼をしたことが、上記の事態に結びついた側面もあること
  ・有権者データの流出の範囲に関し、多数の者が閲覧したような事実や悪用された事実は現在のところ確認されていないこと
  ・原告は約30年以上にわたり懲戒処分等を受けることなく被告にて勤務し、その中で作成した選挙補助システムが被告に一定の利便をもたらしたといい得ること
等、原告の主張する諸事情も存するところではある。
   しかしながら、原告は、本件個人情報等を無断で自宅に持ち帰って長期間にわたって保有し続け、本件有権者情報を私的に行なっていた自作システムの開発のために利用した上、自作システムの販売等のために、少なくとも重大な過失により、本件有権者データや本件参加者データ等の極めて高度かつ多量の個人情報を第三者から閲覧可能な状態にあった本件レンタルサーバー上に保管した結果、これらがインターネット上に流出する事態を招いたものである。
   また、原告は平成21年2月から平成24年3月31日までの間、A区における情報セキュリティに関する知識普及・啓発等の役割を担う情報化推進員に選任されていたものであり、情報セキュリティについて高い意識を持つべき立場にあったところ、長期間にわたり被告の情報セキュリティに関する諸規定に反する行動をとった上、流出の事態を招いたものであって、原告の個人情報の適切な管理に対する意識の乏しさは明らかというほかない。
   さらに、かかる事態そのものによる社会的影響は大きく、被告の調査等に係る人的物的負担及び被告に対する信頼低下等の支障も軽視できないものがある(現に本件有権者データの流出に関して、被告の選挙有権者等約1,000人が被告に対して損害賠償請求訴訟を提起するに至っている。)。
   加えて、ポータブルディスクやパソコンの保存データ等の消去など、原告の事後の行動は、当時の原告の健康状態等を踏まえたとしても、不適切で、被告の損害を増大させたものといわざるを得ないものである。
   S市職員の懲戒処分の基準に関する規則4条(注:上記アで述べた判断枠組みと同旨の考慮事情を定めている。)に照らし、処分行政庁が原告に対する懲戒処分として免職処分を選択したことが、社会通念に照らして著しく妥当を欠くものであったということはできない。
 エ 適正手続違反の主張について
   原告に対しては、本件懲戒処分をするのに先立ち、実質的な弁明の機会も与えられていたといえ(注:詳細については、省略する。)、この点に関する原告の主張は採用できない。
 オ まとめ
   本件懲戒免職処分は、社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものとは認められず、同処分は違法であるとはいえない。

(2)争点2(本件支給制限処分の適法性)について
 ア 判断枠組み
   S市職員退職手当支給条例(以下「本件退職手当条例」という。)では、退職手当管理機関は当該退職をした者が占めていた職務及び責任、勤務状況、非違行為の内容及び程度、非違行為に至る経緯、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度、非違行為が公務に対する信頼の及ぼす影響等を勘案して退職手当の全部又は一部を支払わないことができると定められている。
   かかる文言に照らすと、退職手当支給制限処分をするか否か、処分をするとしてどの程度の処分を行うかについては、退職手当管理機関において広範な事情を総合的に検討することとなるから、その判断は、退職手当管理機関の裁量に任されているものと解することができる。
   そうすると、同機関がその裁量権の行使としてした処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないというべきである。
 イ 検討
   退職手当の性質は、勤続報償的要素のほか、生活保障的要素、賃金後払い的要素が含まれると解されるものの、本件懲戒免職処分の各処分事由に係る原告の非違行為の内容は悪質といわざるを得ないものであり、原告が占めていた職の職務及び責任、その勤務の状況を踏まえても、公務に対する信頼に消極的影響を及ぼし、原告の継続勤務の功を抹消するものであるといわざるを得ない。
   なお、本件退職手当条例は、国家公務員退職手当法とほぼ同様の文言を用いた規定となっているところ、国家公務員退職手当法12条に関する運用方針においては、懲戒免職処分がされた場合、退職手当を全部不支給とすることを原則とし、例外的に退職手当一部不支給処分とすることができるとする4項目(略。なお、同運用方針2条ハは、「懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合であって、特に参酌すべき情状のある場合」と定める。)を定めるが、本件は、このいずれにも該当しない。
   また、本件退職手当条例には、処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しないところ、原告に対して実質的な弁明の機会も与えられていたことは、上記(1)エで説示したところと同様である。
   原告が約30年にわたり被告に勤務してきたことのほか、配属先で様々なコンピュータシステムを開発して業務の効率化に寄与してきたこと、とりわけ選挙補助システムによる予算削減を含めた功績があるといった原告の主張内容を踏まえても、退職手当の全部を不支給とした被告の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるとまではいうことはできない。
 ウ まとめ
   本件支給制限処分は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものとは認められず、同処分は違法であるとはいえない。

 (3)結論
   原告の被告に対する請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、原告が、約68万人の選挙有権者の個人情報を含む極めて高度かつ多量の個人情報を第三者から閲覧可能な状態にあった本件レンタルサーバー上に保管した結果、これらがインターネット上に流出する事態を招いたことについて、少なくとも重大な過失があるものと判断しています。その結果、懲戒免職処分のみならず、退職手当全額を不支給とする退職手当支給制限処分についても、適法との判断が導かれています。
   この点、原告が、本件個人情報等をレンタルサーバーにアップロードして、I D・パスワードその他の認証機能が設定されてないウェブサイトから閲覧できる状態としたことから、上記の裁判所の判断は妥当と考えます。

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