【民事】最高裁令和2年9月11日決定(判例タイムズ1484号61頁)

請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に、本訴原告が、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することが許されると判示した事例(破棄自判)


【事案の概要】

(1)上告人(注:請負人)は、建築物の設計、施工等を営む株式会社である。
   被上告人(注:注文者)は、平成25年9月、上告人との間で、請負代金額を750万円として自宅建物の増築工事(以下「本件増築部分」という。)の請負契約を締結した者である。
   被上告人は、その後、同年11月までの間に、上告人に対し、本件増築工事の追加変更工事を発注した(以下、追加変更工事を含めた契約を「本件請負契約」という。)。

(2)上告人は、平成25年12月までに、上記増築工事及び追加変更工事を完成させ、完成した本件増築部分を被上告人に引き渡した。しかし、本件増築部分には、瑕疵があった(注:瑕疵の具体的内容については、不明である。)。
   本件請負契約に基づく請負代金の額は829万1,756円である。他方、本件増築部分の瑕疵により被上告人が被った損害の額は266万9956円である。

(3)上告人は、平成26年3月、被上告人に対し、請負代金及びこれに対する平成25年12月4日からの遅延損害金の支払等を求める訴訟(以下「本件本訴」という。)を提起した。被上告人は、同年6月、上告人に対し、本件増築部分に瑕疵があるなどと主張し、瑕疵修補に代わる損害賠償金及びこれに対する平成26年7月2日からの遅延損害金の支払等を求める反訴(以下「本件反訴」という。)を提起した。
   上告人は、同年8月8の第1審口頭弁論期日において、被上告人に対し、本訴請求に係る請負代金債権を自働債権とし、反訴請求に係る瑕疵修補に代わる損害賠償債権を受働債権とする相殺の抗弁する旨の意思表示をし(以下「本件相殺」という。)、これを反訴請求についての抗弁(以下「本件相殺の抗弁」という。)として主張した。

(4)原審(広島高裁平成30年10月12日判決)は、要旨次のとおり判断した。
   係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自動債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されず、このことは、別訴が併合審理された場合であっても、既判力が抵触する可能性がある以上、異なることはない。
   本訴原告が、反訴において、本訴における請求債権を自働債権として相殺の抗弁を主張する場合にも、本訴と反訴の弁論を分離することは禁止されていないから、同様に許されないというべきである。
   したがって、上告人が本件相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反し、許されない。


【争点】

   請負契約に基づく請負代金債権同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に本訴原告が、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することの許否
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

   原審の判断は是認することはできない。その理由は、次のとおりである。

(1)争点について
 ア 請負契約における注文者の請負代金支払義務請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであるところ、瑕疵ある目的物の引渡しを受けた注文者が請負人に対して取得する瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は、上記の法律関係を前提とするものであって、実質的、経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するものである。
   しかも、請負人の注文者に対する請負代金債権注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は、同一の原因関係に基づく金銭債権である。
   このような関係に着目すると、上記両債権は、同時履行の関係にあるとはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとはいえず、両債権の間で相殺を認めても、相手方に不利益を与えることはなく、むしろ、相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明にするものであるといえる(最高裁昭和53年9月21日判決参照)。
 イ 上記のような請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償債権の関係に鑑みると、上記両債権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属している場合に、本訴原告から、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁が主張されたときは、上記相殺による清算的調整を図るべき要請が強いものといえる。
   それにもかかわらず、これらの本訴と反訴の弁論を分離すると、上記本訴請求債権の存否等に係る判断に矛盾抵触が生ずるおそれがあり、また、審理の重複によって訴訟上の不経済が生ずるため、このようなときには、両者の弁論を分離することは許されないというべきである。
   そして、本訴及び反訴が併合して審理判断される限り、上記相殺の抗弁について判断をしても、上記のおそれ等はないのであるから、上記相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反するものとはいえない。
 ウ したがって、請負契約に基づく請負代金債権同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の一方を本訴請求債権とし、他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に、本訴原告が、反訴において、上記本訴請求債権を自働債権とし、上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することは許されると解するのが相当である。

(2)結論
   本件相殺の抗弁を主張することは許されないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
   そして、請負人が、請負代金債権を自働債権として瑕疵修補請求に代わる損害賠償請求権と相殺する旨の意思表示をした場合、注文者は、請負人に対する相殺後の請負残代金債務について、相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負うと解される(最高裁平成9年7月15日判決参照)。
   以上によれば、本訴請求は、本件相殺後の請負残代金562万1800円(注:829万1,756円−266万9956円=562万1800円。なお、同時履行の関係に立つ本訴請求債権と反訴請求債権については、遅延損害金は発生しない。)及びこれに対する本件相殺の意思表示をした日の翌日である平成26年8月9日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例のような同一手続型(本訴反訴として審理されている場合や別訴提起されたとしてもその後併合審理がされているような場合)の「他の場合」における相殺の抗弁の許否については、「今後改めてその場面に応じた検討がなされるべき」と評されています(判例タイムズ1484号64頁)。
   この点、本訴反訴又は弁論が併合されて、交通事故の双方当事者からなされた物的損害についての損害賠償請求訴訟が係属している場合、①相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明にすること、②弁論を分離すると、過失割合についての判断が異なることなどから双方当事者の損害額に係る判断に矛盾抵触が生ずるおそれがあり、また、審理の重複によって訴訟上の不経済が生ずるため、両者の弁論を分離することは許されないと考えられることなどを考慮すると、双方当事者の義務の対価的牽連関係は否定されるものの、相殺の抗弁を主張することは許されるべきものと考えます。

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