【労働】東京地裁令和2年3月25日判決(労働判例1239号50頁)

原告は、被告から固定報酬を受ける一方で、月2回の定例会議における業務の進捗状況の確認を受けるなど、被告の業務上の指揮監督に従う関係が認められることなどから、労基法9条及び労契法2条1項の労働者に当たる旨判示した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)被告は、広告、広報に関する企画及び制作等を目的とする株式会社である。
   被告は、平成21年1月頃、被告の顧客であるA社のB氏の紹介で、原告に対してコピーライティング業務を委託するようになった。その際の委託報酬は、原被告間で案件ごとに協議して決めていた。原告は、被告から委託された案件があるときには被告事務所に出社し、案件がない期間は被告の事務所に出勤しなかった。

(2)原告及び被告は、平成22年3月頃、被告が、同年4月から、原告のコピーライティング業務に対して、月額43万円の固定額(以下「固定報酬」という。)を支払う内容の契約(以下「本件契約」という。ただし、雇用契約に基づく賃金であるか委任契約に基づく報酬であるかについては当事者間に争いがある。)を締結した。
   本件契約における原告の主な業務はコピーライティング業務であったが、窓口業務も担当していた。被告が顧客から仕事を受注する際には、原告が窓口となる場合、原告以外の社員が窓口となる場合及び被告代表者が窓口となる場合があった。
   原告を窓口として仕事の依頼が入る場合、基本的に全ての仕事を断ることなく受注し、デザインの担当者を決めて、作業を行なっていた。被告の他の社員が窓口として仕事の発注を受ける場合、原告に対してコピーライティング業務が割り振られるが、全てを原告に割り振るのではなく、外部のコピーライターに依頼する場合もあった。原告は、窓口となった他の社員からコピーライティング業務を割り振られた場合、基本的に断ることはなく、依頼を受けていた。

(3)原被告間において固定報酬制の本件契約へ移行後、原告は、他の社員と同様に、平日5日間出社するようになった。
   被告においては、月に2回程度、月曜日の朝9時30分から全社員が参加する程リエ会議が開催されていたが、原告は平成22年4月以降、定例会議にほぼ欠席することなく参加していた。
   原告は被告との間で本件契約を締結して以降、被告以外の会社の仕事をしたことはなかった。
   被告は、本件契約の締結に当たり、内定通知書及び採用通知書を交付しておらず、原告と被告は雇用契約書や業務委託契約書を作成していない。
   被告は、本件契約を締結して以降、原告の社会保険及び厚生年金等に加入していない。

(4)原告は、平成30年1月頃、被告代表者に対し、社会保険及び厚生年金に加入したい旨を伝えたところ、被告代表者は、本件契約は業務委託契約であるなどとしてこれを拒んだ。
   その後、原告が、同年6月1日、被告に対し、平成29年11月1日から平成30年5月31日までの未払賃金を請求したところ、被告代表者は、同年620日、原告に対し、原告と被告との間の業務委託契約を同月30日付で終了する旨を通知した(以下、この意思表示を「本件解雇」という。)。

(5)原告は、本件訴訟を提起して、原告と被告との間の契約は雇用契約であり、本件解雇は客観的合理的理由がなく無効である旨を主張して、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、雇用契約に基づく賃金支払請求として、本件解雇前の未払賃金223万5927円及びこれに対する遅延損害金並びに本件解雇日以降の月例賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
   なお、原告は、平成3081日に他社に再就職し、同月分以降の給与として一定額の収入を得た。


【争点】

(1)原告が労働基準法(以下「労基法」という。)及び労働契約法(以下「労契法」という。)上の労働者であるか否か
(2)本件解雇の有効性
(3)雇用契約に基づく賃金支払請求の可否及び同請求が認められた場合の中間収入の控除の可否
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(原告が労基法及び労契法上の労働者であるか否か)について
 ア 判断枠組み
   労基法9条及び労契法2条1項の各規定によれば、労働者とは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、労働者に当たるか否かは、雇用、請負といった法形式のいかんにかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしい者であるかどうかによって判断すべきである。
   そして、実際の使用従属関係の有無については、
  a)指揮監督関係下の労働であるか否か具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、時間的場所的拘束性の有無・程度、業務提供の代替性の有無
  b)報酬の労務対償性に加え、
  c)事業性の有無事業用機材等機械・器具の負担関係、専属性の程度
  d)その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。
 イ 判断
   以下、原告が労基法及び労契法上の労働者といえるかを検討する。
  a)具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無
   原告は、被告においコピーライティング業務に主に従事したほか、被告が顧客から受注する際の窓口業務も担当していたところ、原告の担当する顧客から依頼があった場合、基本的に全ての業務を断ることなく受注していたと認められる。これらの依頼は被告に対するものであることからすれば、原告が窓口となる場合にこれを拒否する余地はなかったと推認される。
   また、原告以外の社員が窓口となり、原告に対してコピーライティング業務が割り振られた場合、原告は他の業務の状況から物理的に難しいことや期限を延ばしてもらえればできる旨を伝えることがあったが、基本的には断ることなく依頼を受けていたと認められるところ、本件契約においては業務量を定めることなく月額43万円の固定報酬とされていたことからすれば、原告がこれらの業務の依頼を拒否することは事実上困難であったと推認される。
   以上によれば、原告には具体的な仕事の依頼、指示について諾否の自由はなかったというべきである。
  b)業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容
   被告が受注した広告制作業務の過程において、コピーライティング業務については、被告代表者や被告の社員が原告に対して具体的な指示をすることはあまりなく、原告に相当程度任されていたと認められるが、これは、コピーライティングという業務の専門性によるところが大きいといえる。また、原告は、依頼者である顧客のディレクターの指示には従って修正を重ねていく必要があったものであり、その指示に従わずに自由に作成することなどは許されていなかった。
   そして、被告においては、月に2回の定例会議において、被告代表者が、原告を含む各社員に対し、担当業務の進捗状況や進行予定などを確認していたほか、前月の売上の数字を出して発破をかけるなどしていた。
   このように、コピーライティング業務自体についてはその業務の性質上、被告代表者や被告の社員から具体的な指示はあまりされていなかったものの、顧客のディレクターの指示には従って業務を進める必要があり、被告においても、原告の業務の進捗状況や進行予定については、毎月2回の定例会議で確認し、原告に対しても他の社員とともに前月の売上げの状況を踏まえた訓示がなされ、少なくとも既存の顧客との関係では売上げを増やすための努力を求められていたと推認されることからすると、これらの業務に対する指示の状況は、コピーライティング業務を委託する場合に通常注文者が行う程度の指示等に留まるものと評価することは困難である。
   なお、被告は、原告に対して、営業的な動きを命じたことはない旨主張するところ、原告が新規の顧客を開拓するための営業的な動きを求められていたとまでは認められないものの、被告代表者自身が月2回の定例会議において売上げに関して発破をかけることはある旨供述していることからすれば、少なくとも既存の顧客に対する限度では、売上げを増やす努力を求められていたと推認できる。
  c)時間的場所的拘束性の有無・程度
   原告は週5日、基本的に平日は毎日被告事務所に出勤し、他の社員と同様、8時間以上稼働していたこと、被告の勤務時間は基本的には午前10時から午後6時であるが、原告は午前12時頃に出社することが多く、被告においては前日の夜遅くまで勤務した場合には出社が遅くなることを被告代表者も許容しており、他の社員も60分から90分程度の遅刻であれば有給休暇の申請をすることなどは不要であったことからすると、原告は、被告の他の社員とほぼ同様の勤務時間、勤務形態で稼働していたと認められる。
   被告は、原告に対し、出社時間や退社時間について明示的には指示をしていなかったと認められるものの、原告は固定報酬制に移行したことから他の社員と同様に出勤するのは当然だと思っていたものであり、実際に毎日概ね8時間以上稼働していたと認められることに加え、
  ・平日はほぼ毎日出社することを前提に定期代を支給されていること
  ・外部のコピーライターと原告とで仕事の中身自体に違いはないが、スケジュールアプリケーションに原告の名前が登録されていたこと
  ・少なくとも平成28年1月ないし4月の4か月間及び平成29年の1年間についてはタイムカードの打刻を指示されていたこと
からすると、このような勤務時間及び勤務形態を、被告においても事実上求めていたことが推認される。
   また、毎月2回の定例会議については原告が欠席したことはほとんどなく、遅刻も数回しかなかったと認められることからすると、定例会議への出席も求められていたものであると推認される。
   以上によれば、業務に関し、時間的場所的な拘束が相当程度あったというべきである。
  d)業務提供の代替性の有無
   原告が基本的に平日は毎日被告事務所に出社して業務を行っており、原告以外の社員が窓口となる場合は原告に対して業務を割り振り、原告が窓口となる場合は原告自身が発注者と連絡を取り合っていることからすると、原告が被告から依頼された業務を、自由に第三者に代替させることは困難であったと推認される。このことは、指揮監督関係を肯定する要素の一つとなる。
  e)報酬の労務対償性
   原告は、固定報酬制の本件契約に移行する際、コピーライティング業務の業務量を定めることなく、月額43万円の固定報酬とされ、実際に原告が担当した業務の売上額にかかわらず毎月43万円を支払うものとされていた。
   また、原告は、コピーライティング業務だけでなく、窓口業務を行なっており、固定報酬にはこのような業務の対価も含まれていた。
   そして、原告は、基本的に週5日、1日8時間以上被告事務所において上記業務に従事していたことからすると、原告に対する固定報酬は、原告が一定時間労務を提供していることへの対価としての性格を有しているというべきである。
   f)事業用機材等機械・器具の負担関係
   被告は、原告専用のデスク及びパソコンを設置していたほか、本件契約を締結して以降、原告の被告事務所までの定期代を支給し、その他の交通費や経費についても被告が負担していたのであり、本件証拠上、原告について事業者性を認める要素は窺われない。
  g)専属性の程度
   被告において、原告が他の企業の依頼を受けることは禁止していなかったが、基本的に週5日、1日8時間以上被告事務所において稼働していたものであるから、事実上他の企業の依頼を個人として受けることは困難であると推認され、実際にも、原告が被告と本件契約を締結して移行、他の企業の依頼を受けていないことが認められる。そうすると、原告の被告に対する専属性がなかったとはいえない。
  h)その他諸般の事情
   原告については、被告において正社員を採用する際に作成される内定通知書、採用通知書及び雇用契約書は作成されておらず、原告からも履歴書や身元保証書等の提出がされていないこと、原告が社会保険及び厚生年金等に加入していなかったことが認められる。
   しかしながら、被告は平成21年1月頃、B氏の紹介で原告に対して案件ごとに報酬額を協議する形でコピーライティング業務を委託するようになった後、固定報酬制の本件契約を締結していることからすると、他の正社員と採用手続が異なることは労働者性を否定する要素とはいえないと解される。
   被告は、本件契約を締結後、原告に対し、固定報酬の支払について「給与明細」を発行し、源泉徴収を行い、毎年、源泉徴収票を発行していたこと、平成28年6月30日付で在職証明書を発行していたこと、被告が原告に対して固定報酬の支払が遅延することを連絡するに際し、固定報酬を「給料」と呼称していたことが認められるところ、これらは被告が原告を他の社員と同様に労働者として認識していたことを推認させる事情といえる。
  g)小括
   以上検討したところによれば、原告の業務については、具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく(a)、原告は、被告からの指示の下、顧客からの指示に従って業務を行っていたほか、月2回の定例会議における業務の進捗状況の確認を受けるなど、被告の業務上の指揮監督に従う関係が認められ(b)、時間的場所的拘束性も相当程度あり(c)、業務提供の代替性があったとはいえないこと(d)からすると、被告の指揮監督の下で労働していたものと推認される。
   これに、原告に支払われる固定報酬の実質は、労務提供の対価の性格を有していると評価できること(e)、原告には事業者性が認められず(f)、専属性がなかったとはいえないこと(g)、被告も原告を労働者として認識していたことが窺われること(h)等を総合して考えれば、原告は、被告との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当であって、原告は、労基法9条及び労契法2条1項の労働者に当たるというべきである。

(2)争点2(本件解雇の有効性)について
   被告が原告に対してした本件契約の解除は、労働者である原告に対する解雇であるところ、前記【事案の概要】(4)の本件契約の解除に至る経緯からは、客観的合理的理由があるとは認められず、当該解雇は権利の濫用に当たり無効である(労働契約法16条)。
   したがって、原告の被告に対する労働契約上の地位の確認請求には理由がある。

(3)争点3(雇用契約に基づく賃金支払請求の可否及び同請求が認められた場合の中間収入の控除の可否)について
 ア 本件解雇前の賃金
   被告は、平成29年1月以降平成30年6月30日までの原告の固定報酬について、別紙1(略)のとおり、合計223万5927円を支払っていないから、原告の被告に対する労働契約に基づく同金額の賃金支払請求には理由がある。
 イ 本件解雇後の賃金
   前記(2)のとおり、被告の原告に対する解雇は無効であるところ、平成30年7月以降、被告の責めに帰すべき事由によって原告の労務の提供が不能になったと認められ、原告は被告に対して同月以降の賃金請求権を有する(民法536条2項)。
   被告は、原告が平成30年7月以降に得た中間収入について、平均賃金の6割を超える部分について控除すべき旨主張するところ、使用者の責めに帰すべき事由により解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて賃金(中間収入)を得たときは、使用者は、当該労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり中間収入の額を賃金額から控除することができるが(民法536条2項後段)、労基法26条の趣旨を勘案し、上記賃金額のうち労基法12条1項所定の平均賃金の6割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である(最高裁昭和37年7月20日判決、最高裁昭和62年4月2日判決参照。以下略)。

(4)結論
   以上によれば、原告の請求は、①雇用契約上の権利を有する地位の確認、雇用契約に基づく賃金支払請求として、②223万5927円及びこれに対する遅延損害金、③本件解雇日以降の月例賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、労働者性の判断枠組みの構成要素に対応する事実を拾い上げた上で、総合的に判断しており、その判断過程が参考になります。
   本件では、被告が、原告に対して、案件ごとに報酬額を協議する形でコピーライティング業務を委託するようになった後、固定報酬制の本件契約を締結しており、この段階で、原告の就労に関する契約の法的性質に変更があったと考えるのが自然と思われます。よって、原告の労働者性を認めた本裁判例の結論も妥当と考えます。

 

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