【交通事故】東京地裁令和2年3月9日判決(自保ジャーナル2073号56頁)

交通事故の被害者であり、かつ、労働災害の被災労働者である者に対して支払われた労働総合災害保険金(法定の労災補償に一定の補償を上積みするもの)の額については、同人に生じた消極損害(休業損害、逸失利益)の額から控除することによって損益相殺的な調整を行うべきことを判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成22年3月8日午前9時42分頃
 イ 発生場所 北海道千歳市内の路上
 ウ 被告車  A運転、B同乗の事業用中型貨物自動車
   なお、Aは被告(注:A及びBの使用者である。)の従業員であり、本件事故当時、被告の事業の執行として被告車を運転していた。
 エ 事故態様 スリップした被告車が中央分離帯(コンクリート支柱)に衝突した。

(2)B(昭和54年9月生まれ。本件事故当時30歳)は、本件事故により、左肩甲骨骨折、左大腿骨開放骨折、左上腕骨顆部開放骨折等の傷害を負い、平成22年3月8日(本件事故日)から次のとおり複数の医療機関に入通院して治療を受け、平成27年2月24日をもって症状固定(当時35歳)と診断された。
 ア 入院 合計229日(事故日から平成22年6月26日までのほか、手術等のために5回にわたり入院)
 イ 通院 上記の入院期間を除く、平成27年2月24日まで(実通院日数358日)

(3)Bには、本件事故による受傷によって、①自賠法施行令別表第二(以下の等級につき同じ。)の10級8号に該当する左大腿骨開放骨折後の左下肢の短縮障害(ただし、下肢長差による腰痛を含む。)、②12級6号に該当する左肩甲骨骨折に伴う左肩関節の機能障害(ただし、左肩の拳上時、負荷時の痛みを含む。)、③12級13号に該当する左上腕骨開放骨折後の左肘の痛み、④12級13号に該当する左大腿骨開放骨折後の左大腿部の痛みの各症状が残存し、併合9に該当する後遺障害が残存した。

(4)Bは、本件事故により、労災保険給付(療養補償給付)を受けた治療費1,280万1.879のほか、少なくとも合計2,107万4,670人身損害を被った(注:これには休業損害1,046万2,740が含まれている。なお、これに含まれていない逸失利益の有無については争いがある。

(5)本件事故に関し、Bは、労災保険より、休業補償給付として618万3,885の、障害補償給付として787万8,849の各支払を受けた又は受けることが確実である(合計1,406万2,735)。

(6)本件事故当時、保険者として、Bを被保険者とする人身傷害条項を含んだ自動車保険契約を締結していた原告(注:保険会社)は、平成29年7月7までに、Bに対し、本件事故に関する人身傷害保険金として2,420万6,655円を支払った。
   上記の人身障害保険金の支払後、原告は、本件事故に関し、原告は、被告車に付されていた自賠責保険の保険会社から、自賠責保険金として736万円支払を受けた(注:判決文からは、その支払を受けた日は不明である。)

(7)被告は、C保険会社との間で労働災害総合保険契約を締結していた(以下「本件保険」という。)。しかし、本件事故に関し、平成30年1月23頃、同契約に基づく労働災害総合保険金(注:これは、いわゆる労災上積み補償である。)840万円(以下「本件労働総合災害保険金」という。)の支払を受けた。
   労使協定により、本件労働総合災害保険金は、Bから請求され次第、被告からBに支払われることになっていたが、原告の意向でその請求が留保されていたものであり、上記のとおり被告が支払を受けた後、平成30年2月5日にBへの支払がされた
   なお、Bは、本件事故後も引き続き被告に雇用されている。

(8)原告は、本件訴訟を提起して、上記(6)の支払により、被告に対する損害賠償請求権を代位取得したとして、被告に対し、民法715条に基づき、人身損害の賠償金1,677万2,299円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)Bの逸失利益の額(争点1)
(2)本件労働総合災害保険金に関する損益相殺的調整の可否(争点2)
   以下、上記(2)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、裁判所は、上記(1)について、Bの逸失利益の発生を認めたが、その労働能力喪失率については、被告により、給与等の待遇面において本件事故以前と概ね変わらない雇用条件が確保されていることなどを斟酌して、原告の主張する労働能力喪失期間である25年間を平準化して、12%(注:自賠責保険の後遺障害等級9級の労働能力喪失率は、35%である。)と認定した(注:裁判所は、逸失利益として547万3,804を認定した。)。
   また、各当事者は、争点に関して以下のとおり主張した。
  (原告の主張)
 ア Bは、本件事故により、①療養補償給付を受けた治療費1,280万1.879と、②上記【事案の概要】(4)の合計2,107万4,670のほか、③逸失利益1,817万3,380(注:計算式略)の損害を受けた。
 イ 上記ア②及び③の合計額3,924万8,050円のから、上記【事案の概要】(5)の労災保険給付1,406万2,735円を控除する(ただし、休業損害1,046万2,740円及び逸失利益1,817万3,380円の合計額2,863万6,120円から控除する。)と、その残額は2,518万5,315円になる。
   原告は、上記【事案の概要】(6)のとおり2,420万6,655円の人身傷害保険金をBから支払っているから、保険代位により、被告に対する同額の損害賠償請求権を取得したところ、上記【事案の概要】(6)のとおり自賠責保険として736万円を回収したから、これを控除すると、その残額1,684万6,655円(注:本件労働総合災害保険金は控除しないとの趣旨である。なお、上記の金額は、訴状記載の請求の趣旨の金額1,677万2,299円とは異なるが、訴えの変更等は行われなかった。)となる。
(被告の主張)
 ア Bは、本件事件後も従前の待遇と変わらない条件で被告に雇用されており、その処遇上、将来に置いて不利益を受けるおそれもないから、逸失利益は発生していない。
 イ 上記【事案の概要】(4)の人身損害額2,107万4,670から、上記【事案の概要】(5)の労災保険給付1,406万2,735休業損害1,046万2,740円に充当するほか、Bに対して支払われた上記【事案の概要】(7)の本件労働総合災害保険金840万円を控除すると、その残額は221万1,930円となる。そして、原告は既に自賠責保険金736万円を回収しているのであるから、被告が原告に更に賠償しなければならない金額はない。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件労働総合災害保険金に関する損益相殺的調整の可否)について
 ア 本件保険は、法定の労災補償に一定の補償を上積みする、いわゆる上乗せ保険(労災上積み補償のための保険)であり、被告が、労働災害を受けた組合員たる被用者に、Bが組合員である労働組合との間で締結していた、「労働者災害補償法定外給付」に関する協定(以下「本件労使協定」という。)で定められた障害補償法定外給付等を行うために締結されたものである。
   そして、本件労働総合災害保険金は、本件事故を原因としてBに残存した後遺障害に応じ、その法定外補償給付のために支払われたものあるから、Bが同給付として保険金の支払を受けたことで、本件事故によりBに生じた消極損害(休業損害、逸失利益)については、その支払を受けた限度で填補されたものとみることができる。
   そうすると、Bは、本件事故によって損害を被ると同時に、同一の事故によって利益を受けたものであり、かつ、その損害と利益との間に同質性があるということができるから、公平の見地から、本件労働総合災害保険金の額を消極損害(休業損害、逸失利益)の額(注:休業損害1,046万2,740逸失利益547万3,804であり、合計1,553万6,544である。)から控除することによって損益相殺的な調整を行うのが相当である。
   以上に反して、損益相殺的な調整を行うべきでない旨を言う原告の主張(注:判決文からは、その理由の詳細は不明である。)は採用することができない。
 イ 被告は、消極損害に限らず、Bの損害のすべてから保険金の額を控除すべき旨を主張する。
   しかし、上記のとおり、本件労働総合災害保険金は、障害補償法定外給付を行うために被告に支払われ、被告から同給付としてBに支払われたものである。そして、本件保険は、約款上、いわゆる重複保険があった場合には、保険金の支払額を按分比例により減額するとされており、あくまで支払われる保険金は障害補償法定外給付を行うための金額に限られていて、それ以外の損害を填補することは予定されていない。
   また、本件労使協定上も、被告が民法による損害補償の責めを免れるのは「同一の事由について」と限定されているのであるから、これらの事情に照らしても、被告の上記主張を採用することはできない。
 ウ 原告は、仮に、本件労働総合災害保険金の額が控除されるとしても、それは遅延損害金から控除される冪であるとの主張もする。
   しかし、本件保険に基づき支払われる保険金は、法定の労災補償給付と同様に、損害が現実化するのに対応して被保険者に支給され、その後、速やかに被害者たる被用者に支払われることが予定されたものであるから、原則として消極損害の元金から充当されると解するのが相当である。
   なお、本件労働総合災害保険金については、その請求が遅れ、被告からBに対する支払も遅れてはいるが、これは原告の意向によるものであるから、少なくとも原告と被告との間においては、原告が遅延損害金から充当されるべきである旨の主張をするのは信義則上許されないというべきであり、原告の上記主張を採用することはできない。

(2)認容額
   以上によれば、認容額は次のとおりとなる。
 ア Bの損害額 2,614万8,474
   ただし、2,107万4,670円に、逸失利益507万3,804円を加算した額
   なお、そのうち消極損害は1,553万6,544円(=1,046万2,740円+547万3,804円)
  イ 損益相殺的調整 1,553万6,544
   ただし、労災保険金(休業補償給付、障害補償給付)の支払額1,406万2,735円と本件労働総合災害保険金840万円の合計額2,246万2,735円を、消極損害1,553万6,544円から控除。
 ウ 自賠責保険金の回収 736万円
 エ 残額 325万1,930

(3)結論
       以上によれば、原告の請求は、被告に対し、民法715条(保険代位)に基づき、325万1,930円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

  本裁判例では、任意保険会社である原告の意向で、被告からC保険会社への労働災害総合保険金の請求が留保されていました。そして、原告は、上記の労働災害総合保険金の請求に先立って、Bに対して人身傷害保険金を支払いました。
  しかし、仮に、上記の人身傷害保険金の支払が、上記の労働災害総合保険金の請求(さらにはBへの支払)の後であったならば、約款上、原告は、人身障害保険金の額の算定に際して、Bが受け取った労働災害総合保険金の額を控除することができたと思われます。

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