【労働】長崎地裁令和2年12月1日判決(労働判例1240号35頁)

労働審判の主文中に調停案として申立人が明確に拒絶した口外禁止条項を定めても、申立人が異議申立てをせずに消極的な合意に至ることは期待できなかったとして、口外禁止条項は労働審判法20条1項等に違反する旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、A(以下「本件会社」という。)との間で、平成28年4月20日から平成29年3月31日までの間を期間とする労働契約を締結し、同社にて勤務していた。
   本件会社は、平成29年3月2日付け契約期間満了通知書により、同月31日をもって雇用契約期間を満了する旨通知し、同月6日、これを受領した。
   原告は、平成29年11月2日、長崎地方裁判所に対し、本件会社を相手方として、地位確認等を求める労働審判手続を申し立てた(以下、同手続に係る事件を「本件労働審判事件」という。)。
   本件労働審判事件を行う労働審判委員会(以下「本件労働審判委員会」という。)は、A裁判官(以下「A 審判官」という。)及び2名の労働審判員で組織された。

(2)平成30年1月12日、第1回労働審判手続期日が行われた。
   本件労働審判委員会は、第1回労働審判手続期日終了直後、原告及び同代理人のB弁護士に対し、○万円による解決を打診し、原告は、「それで構わない。」旨を述べた。a
   A審判官は、本件会社に対し、本件会社が支払うべき解決金を○万円とすることを打診したところ、本件会社は、平成30年2月6日頃、金額には応じられるが、調停条項に、「申立人と相手方が、本調停の内容の一切を、正当な理由のない限り第三者に対し口外しないことを約束する。」旨の条項を設けることを要望した。
   A審判官は、平成30年2月6日、B弁護士に対し、上記の経緯を伝えた。同弁護士が、同日、原告に対し、上記の経緯を報告したところ、原告は、裁判への協力を約束してくれた同僚には和解が成立したことを報告したい旨を述べた。B弁護士は、同日、A審判官に対し、同僚については、口外禁止の範囲を解決金額とする方針を伝えた。

(3)平成30年2月8日、第2回労働審判手続期日が行われた。
   A審判官が、上記(2)の原告の方針を本件会社に伝えたところ、本件会社は、同僚との関係では、少しでも話してよいとしてしまうと、そこから話が具体化するおそれがあるので、口外禁止の対象の範囲を解決金額のみとすることについては譲れないと回答した。
   A審判官が、上記の本件会社の方針を原告及びB弁護士に伝えたところ、B弁護士は、「和解は断りたい。」旨を回答した。
   A審判官は、本件会社に対し原告の方針を伝え、再度説得を試みたが、本件会社はこれに応じなかった。
   そこで、A審判官は、口外禁止条項について調整ができなかったことから、本件労働審判委員会として、労働審判(以下「本件審判」という。)の主文を告知した。後に作成された第2回労働審判手続期日調書(労働審判)の「第2 主文」の第4項の口外禁止条項(以下「本件口外禁止条項」という。)には、次のとおり記載されている。
   申立人と相手方は、本件に関し、正当な理由のない限り、第三者に対して口外しないことを約束する。ただし、申立人は、申立人が本件に関する相談を行ったC(注:a市の市議会議員)及びD(注:労働組合関係者)に限り、本件が審判により終了したことのみを、口外することができる。

(4)原告は、本件審判に対して異議申立てをすることはなく、本件審判は、異議申立ての期限である平成30年2月22日の経過により、確定した。
   原告は、本件労働審判委員会が、原告から拒否されたにもかかわらず、労働審判法(以下「法」という。)20条1項及び2項に違反して、口外禁止条項を含む本件労働審判を行ったことにより、原告の表現の自由(憲法20条)等を侵害し、原告に精神的損害を生じさせたと主張して、被告(国)に対し、慰謝料140万円及び弁護士費用10万円の合計150万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)本件口外禁止条項を付した本件審判が、国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為といえるか否か
 ア 本件口外禁止条項に相当性が認められるか否か(本件口外禁止条項は、労働審判法20条1項及び第2項に違反するか否か)(争点1−1)
 イ 国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるために必要な特別の事情が認められるか否か(争点1―2)
(2)原告の損害(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1−1(本件口外禁止条項に相当性が認められるか否か)について
 ア 争点1全体の判断枠組み
   労働審判委員会の審判に異議申立てに基づく労働審判法等所定の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、国家賠償法1条1の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該労働審判委員会又はその構成する労働審判官や労働審判員が違法又は不当な目的をもって審判したなど、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることが必要であると解するのが相当である(注:最高裁昭和57年3月12日判決参照)。
 イ 争点1−1の判断枠組み
   労働審判は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえてされるものであるから(20条1)、その内容は事案の解決のために相当なものでなければならないという相当性の要件を満たす必要があると考えられる。そして、上記条文の定めや、労働審判手続には、権利関係の判定作用という側面のみならず、当事者間の利害を調整するという作用が内包されていることからすれば、相当性の要件を具備しているか否かを判断するに当たっては、申立ての対象である労働関係に係る権利関係と合理的関連性があるか、手続の経過において、当事者にとって、受容可能性及び予想可能性があるかといった観点によるのが相当である。
   もっとも、労働審判は、権利関係及び手続の経過を「踏まえて」なされるものであるし(法20条1項)、個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる上(法20条2項)、当事者の異議により、その理由を問わず、その効力を失うものとされていることからすると(法21条3項)、必ずしも実体法上の権利を実現するものには限られず、労働審判委員会において柔軟に定めることができるといえるから、相当性の判断に当たっても、上記の合理的関連性等を厳格にみるべきではなく、事案の実情に即した解決に資するかという点も考慮に入れてなされるべきものといえる。
 ウ 検討
   以下、本件口外禁止条項に相当性が認められるか否かを検討する。
  a)権利関係との合理的関連性
   地位確認等の申立てがなされた場合に、雇止めを無効として雇用関係を継続させるという解決は、労働関係を巡り紛争解決となった当事者にとって必ずしも望ましいものではないことは容易に想定できるのであるから、雇用関係の終了を確認する代わりに雇用主が解決金を支払うという労働審判をすることは、地位確認等の申立てと合理的関連性を有するというべきである。
   これに加えて、当事者間に存した紛争が労働審判手続を経ることで契約関係の終了及び金銭の支払という新たな権利関係の形成に変容しており、その経過及び結果について、本件会社関係者等の第三者に口外されることで、例えば不正確な情報が伝わることにより、原告及び本件会社双方が無用な紛争等に巻き込まれることがあり得る。口外禁止条項は、このような事態に陥ることを未然に防ぐという側面を有しており、紛争の実情に即した解決に資するといえるから、これに一定の合理性を見出すことができるというべきである。
   したがって、本件口外禁止条項は、本件審判の対象となった地位確認等との合理的な関連性がないとはいえず、相当性を欠くとはいえない。
  b)手続の経過
  ①予測可能性
   本件口外禁止条項は、当事者にとって不意打ちであったと評価することは困難であり、予測可能性はあったといえる。
  ②受容可能性
   原告は、本件口外禁止条項と同旨の条項を設けた調停案を明確に拒絶している。このような場合に、労働審判委員会は、同調停案と同趣旨の労働審判をなし得るか検討する。
   労働審判委員会が成立に向けて調整を図った調停案について、当事者の一方が明確にこれを拒絶したとしても、上記アのとおり、事案の実情に即した解決に資するかという点も考慮に入れてなされるべきであるし、また、その審判の内容によっては、当事者において、調停による解決はできないとしても、労働審判委員会による労働審判に対して異議申立てまではしないという意味での消極的合意に至る可能性もあり得るところである。したがって、調停案と同趣旨の労働審判をすることが一概に否定されるものではない。
   もっとも、当事者に過大な負担となるなど、消極的な合意さえも期待できないような場合には、当事者が明確に拒絶した調停案と同趣旨の労働審判は、受容可能性はないというべきであるから、手続の過程を踏まえた労働審判とは認められないものとして、相当性の要件を欠くといわざるを得ない。
   本件についてみると、本件労働審判事件が解決したということだけでも伝えたいという原告の思いは、ごく自然な感情によるものであって尊重されるべきであるし、本件労働審判委員会も原告の心情を十分に認識していたといえる。
   また、C及びDには審判を終了したことを口外できるとの例外を除けば、本件口外禁止条項は、審判で終了したことさえも第三者に口外できない内容であること、本件審判が確定すれば、事情の変更等がなされない限り、原告は、将来にわたって、本件口外禁止条項に基づく義務を負い続けることからすれば、その内容は、上記の原告の心情と併せてみれば、原告に過大な負担を強いるものといわざるを得ない。なお、正当な理由がある場合が除外されているが一義的に明確でなく、これによって原告の負担が軽減されるものではない。
   これらからすれば、本件審判において、調停案として原告が明確に拒絶した口外禁止条項を定めても、消極的な合意に至ることは期待できなかったというべきであって、本件口外禁止条項に受容可能性はないといわざるを得ない。したがって、同条項は、手続の経過を踏まえたものとはいえず、相当性を欠くというべきである。
   なお、原告は本件審判に適法な異議申立てをせず、本件審判は確定しているが、これは本件審判がなされた後の事情であって、同審判の相当性判断を左右するものではない。
  ③小括
   よって、本件口外禁止条項は、法20条1項及び第2項に違反すると認められる。

(2)争点1−2(国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるために必要な特別の事情が認められるか否か)について
 ア 本件審判には、労働審判法等所定の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在するから、上記(1)アに判示のとおり、国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が肯定されるために必要な特別の事情が認められるかについて検討する。
 イ 本件口外禁止条項は双方に口外禁止の約束を求めて負担を課すものである上、実際上原告の負担が大きいとしても、本件口外禁止条項があるからといって本件会社に与したとは認められず、本件審判に違法又は不当な目的があったとはいえない(注:その他の原告の主張に対する検討については、省略する。)。
   かえって、本件労働審判委員会は、原告の請求には理由があると認めた上で。原告の希望を確認し、合意退職と解決金支払による解決が相当であるとして、期日のみならず期日間においても、当事者間の調整を図っており、口外禁止に関する部分については原告の思いへの配慮に欠けた部分があったことは否定できないとしても(だからこそ、上記(1)ウb)③のとおり、相当性の要件を欠くといわざるを得ない。)、専門的な知識経験を踏まえ、情理を尽くして、原告及び本件会社双方にとって望ましい内容での早期解決の道を探っていたというべきであり、本件審判に違法又は不当な目的があったなどと認めることはできない。
 ウ 以上のとおり、原告の主張はいずれも採用できず、他に、上記アの特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

(3)結論
   その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない(請求棄却)。


【コメント】

  労働審判委員会が、審判の告知をする時点において、調停案として申立人が明確に拒絶した口外禁止条項を定めても、同人が異議申立てをせずに消極的合意に至ることが期待できないかどうかを判断することは、事柄が他人の内心の事情に係るものであり、かつ、将来の予測に関するものである以上、通常、困難です。実際、本件においても、原告(申立人)が審判に適法な異議申立てをしなかったため、審判は確定しています。そのため、仮に、本裁判例の判断枠組みによったとしても、相当性の要件中の「受容可能性」についての評価が分かれるものと思われます。

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