TFCC損傷に基づく神経症状の後遺障害(後遺障害12級13号)を残す控訴人について、本件事故後も収入減少することがなかったこと等を考慮して、一定の労働能力喪失(9%、10年)を認めた事例(確定)
【事案の概要】
(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 発生日時 平成28年12月2日午後6時35分
イ 発生場所 福井県小浜市内(以下「本件事故現場」という。)
ウ 控訴人(一審原告)車 普通自動二輪車
エ 被控訴人(一審被告)車 普通乗用自動車
オ 事故態様 本件事故現場には、北西から南東に向けて走る道路(以下「本件道路」という。)と本件道路の北側に本件道路に沿うような形の側道(以下「本件側道」という。)があり、本件道路と本件側道の間には歩道がある。
控訴人が、控訴人車を運転して本件道路を北西から南東に向けて直進していたところ、被控訴人が運転する被控訴人車が、本件側道から本件道路に進入して右折しようとして、控訴人車と衝突した。
(2)控訴人は、本件事故後、以下のとおり通院治療を受けた。
ア C病院
平成28年12月2日から同月28日まで通院(実日数5日)
イ D整形外科
平成28年12月3日から平成29年4月25日まで通院(実日数9日)
ウ Eクリニック
平成29年5月23日から同年8月22日まで通院(実日数5日)
EクリニックのA医師は、同年5月30日頃、M R I検査の結果から、控訴人の左手の疼痛について、左T F C C損傷、関節包完全断裂なしと診断した。
ここで、T F C C(Triangular Fibrocartilage Complex:三角繊維軟骨複合体)とは、尺骨と手根骨の間にある関節円板と掌側・背側橈尺靱帯、尺側側副靱帯により構成されるハンモック様構造であり、手に加わる力を尺骨に伝達する際のクッション作用に加えて、尺骨を安定化させているものである。TFCCは、転倒による軸圧や過度の回内により損傷されることが多く、その断裂により
手関節尺側痛や回旋時痛を生じさせるものである。
(3)EクリニックのA医師が作成した平成29年8月22日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書によれば、控訴人の症状固定日(同日)における傷病名は、「左TFCC損傷、左外傷性手関節拘縮、左手関節捻挫」であり、自覚症状は、「左手関節痛あり、可動域制限」であり、手関節の可動域は、他動・自動とも以下のとおりであった。
背屈 右80度、左70度 掌屈 右80度、左70度
回外 右90度、左80度 回内 右90度、左80度
(4)損害保険料率算出機構は、控訴人の左手関節痛の症状について、後遺障害診断書上、傷病名は、「左TFCC損傷」とされており、左手部の画像上本件事故による骨折や脱臼等は認められないが、左TFCC損傷が認められることから、他覚的に神経系統の障害が証明されるものととらえられるとして、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級第12級13号に該当するものと判断した。
一方、左手関節及び左前腕(回内・回外)の機能障害については、後遺障害診断書上、左手関節においては、その可動域が健側(右手関節)の可動域角度の3/4以下には制限されていないこと、左前腕においては、その可動域が健側(右前腕)の可動域角度の1/2以下には制限されていないことから、自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断した。
(5)本件事故発生の前年から本件事故後の控訴人の収入は、以下のとおりであった。
平成27年 3,426,409円(固定給2,730,582円、賞与695,827円)
平成28年 3,488,607円(固定給2,688,660円、賞与799,947円)
平成29年 4,299,441円(固定給3,208,320円、賞与1.091,121円)
(6)原判決(神戸地裁令和元年7月9日判決・自保ジャーナル2066号49頁)は、控訴人の収入が、本件事故の前後で減収しておらず、むしろ増収が認められることなどを考慮すると、本件事故に基づく後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)の程度は、労働能力喪失率を5%、労働能力喪失率を5年とみるのが相当であると判断した上で、控訴人の本件請求につき、3,497,543円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。これに対して、控訴人は、本件控訴を提起した。
【争点】
(1)本件事故による後遺障害の有無・程度
(2)本件後遺障害による労働能力喪失の程度・期間
(3)損害額
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、控訴人の逸失利益に関する当事者の主張の概要は、以下のとおりである。
ア 控訴人の主張
控訴人の後遺障害による労働能力喪失期間は、少なくとも10年以上であり、自賠責による後遺障害認定において後遺障害等級12級と認定されているから、労働能力喪失率は14%と認定すべきである。
イ 被控訴人の主張
控訴人の本件後遺障害の内容・程度は、軽微な神経症状とわずかな可動域制限であり、障害の部位が利き手ではないことからすれば、控訴人の就労に与える影響は、極めて限定的である。さらに控訴人が、症状固定時に25歳と若年であり、可塑性があることを踏まえると、後遺障害が長期間残存すると評価することはできない。
控訴人は、本件事故後、減収が生じていないだけではなく、固定給及び賞与のいずれも増収していることに加えて、控訴人に逸失利益を認めるに足りる特段の事情につき、何らの立証もされていないから、控訴人の後遺障害による逸失利益そのものを否定することも十分にあり得る事案である(注:原審において、被控訴人は、仮に、控訴人に後遺障害逸失利益が認められるとしても、後遺障害の程度は後遺障害等級14級9号相当であり、後遺障害逸失利益の算定にあたっては、労働能力喪失率を3%、労働能力喪失期間を3年とするのが相当であると主張した。)。
【裁判所の判断】
(1)本件事故による後遺障害の有無・程度について
ア 控訴人は、平成28年12月2日、本件事故直後に救急搬送されたC病院では右肩や右膝の強い痛みを訴えていたのであるが、平成29年1月13日以降に通院治療を受けたD整形外科においては、左手関節痛を訴えるようになり、G医師から専門医による診察を勧められ、同年5月23日に受診したEクリニックにおいて、MRI検査等により、左手首につきTFCC損傷と診断され、関節注射やリハビリテーションが行われたものの、同年8月22日に症状固定と診断され、左手関節痛の自覚症状とわずかな可動域制限が認められ、損害保険料率算出機構においても、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として12級13号と認定されたものである。
以上によれば、控訴人は、本件事故により、左手首につき、後遺障害12級13号に該当する神経症状が後遺障害として残存したものと認められる。
イ これに対し、被控訴人は、控訴人が、通院治療を受けている間に、ゴルフを行っていることや、痛みが軽減して、ストレッチを行っていること等から、後遺障害等級14級9号の神経症状に相当すると主張し、独立行政法人F病院整形外科のH医師作成の意見書(以下「H意見書」という。)には、控訴人の後遺障害につき、日常生活に及び労務に及ぼす影響は極めて限定的で、控訴人が右利きであることから、日常生活及び労務に支障を伴うことはほとんどないと思われる旨の記載がある。
しかしながら、H意見書は、作成者であるH医師自身が「当該患者の診察及び検査は直接施行していない」ため、その見解は、「提供された諸資料の範囲と、現時点での医学知識の範囲を超えるものではない」と言及しているから、その記載内容をもって、直ちに控訴人の本件後遺障害の程度を認めるに足りるものではないというべきである
また、控訴人は、D整形外科を受診するようになってから、一貫して左手関節の痛みを訴えているところ、H意見書においても、「左手TFCC損傷の発症を否定することはできない。」とされ、本件全証拠によっても、TFCC損傷が治癒したと認めるに足りる証拠はなく、かえって、Eクリニックにおいて、控訴人を診察していたA医師は、控訴人の症状(左手関節痛、可動域制限)につき、10年を超えて残存する可能性が高いとの意見を述べていることを考え合わせれば、控訴人の後遺障害は、TFCC損傷に基づく神経症状であり、後遺障害等級14級9号相当の神経症状に止まると認めることはできない。したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
(2)本件後遺障害による労働能力喪失の程度・期間について
ア 控訴人は、陳述書や原審本人尋問において、本件後遺障害による労働等への影響につき、左手の痛みのために、左手で重い荷物を持つことができないこと、パソコン作業時に痛むこと、左手で傘をさすことが困難であること、瓶の蓋を開けることができないこと等を訴えている。他方、Eクリニックにおける診察状況によれば、概ね月1回程度の通院治療であり、主に回旋時や屈曲時等の動作時の痛みを訴えているものの、治療のために手首が固定されたことはなく、湿布の処方も希望されず、リハビリテーションには積極的に取り組むことによって、症状の改善傾向が認められていた経過であり、痛みによる就労や日常生活への影響は、比較的限定的なものであると認められる。
そして、控訴人は、本件事故当時勤務していたB会社において、本件事故後も収入減少することがなかったこと、その他諸般の事情を考え合わせると、控訴人の本件後遺障害による労働能力の喪失率は、9%と認めるのが相当である。
また、上記のとおり、控訴人のTFCC損傷による症状は、Eクリニックにおける治療中、リハビリ等により改善傾向にあったことに加えて、控訴人が、症状固定時(平成29年8月22日)25歳と若年であることをも考え合わせれば、後遺障害による労働能力喪失期間は、10年と認められる。
イ これに対し、被控訴人は、控訴人が、本件事故後、減収が生じていないだけではなく、固定給及び賞与のいずれも増収していることに加えて、控訴人に逸失利益を認めるに足りる特段の事情につき、何らの立証もされていなから、控訴人の後遺障害による逸失利益を否定することも十分にあり得る旨主張する。
しかしながら、上記(1)で認定した控訴人の本件後遺障害の内容によれば、控訴人は、左手首の神経症状を継続的に訴えており、TFCC損傷に起因するものと認められるところ、本件全証拠によっても、TFCC損傷が治癒したと認めることはできないから、控訴人の収入が本件事故後に減少していないことを考慮しても、その労働能力を一定程度低下させているものと認められる。したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
(3)損害額について
ア 逸失利益
控訴人が、本件事故当時、B会社に勤務し、3,426,409円の収入を得ていたことは、当事者間に争いがない。
よって、本件事故の後遺障害による逸失利益は、労働能力喪失率を9%、労働能力喪失期間を10年として、ライブニッツ方式(対応する係数は7.7217)により算定すると、2,381,193(=3,426,409×0.09×7.7217)円となる(円未満切捨て)。
イ 後遺障害慰謝料 2,900,000円
ウ 過失相殺 10%
エ その他の項目 略
(4)結論
以上によれば、控訴人の本件請求は、被控訴人に対し、5,228,074円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(原判決変更)。
【コメント】
事故後の減収がない場合でも、後遺障害の裏付けとなる客観的所見がある場合には、逸失利益の喪失という損害発生の有無が将来の蓋然性の評価である以上、ある程度の労働能力喪失を認めたものと考えられます。