【交通事故】大阪地裁令和2年6月26日判決(自保ジャーナル2078号152頁)

行政書士を受任者とし、自賠責保険の被害者請求を受任事項とする委任契約を、法的紛議の生じる蓋然性が高い事案に関するものであったこと等から、弁護士法72条に違反し、公序良俗に反して無効と判断した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件交通事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成28年7月30日
 イ 事故態様 被告が普通自動二輪車を運転して国道a号線を走行していたところ、路外の駐車場から同道路に進入してきた普通乗用自動車との接触を避けようとして、同車両と接触することなく転倒し、頚椎捻挫、腰椎捻挫、右大腿部打撲傷及び右頸骨円位端骨折の傷害を負った。

(2)被告は、平成28年11月12日、当時、行政書士の資格を有していた原告に対し、本件交通事故に関する自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の被害者請求(以下「本件被害者請求」という。)等を委任した(以下「本件委任契約」という。)。その際、原告は、同日付けで委任状(以下「本件委任状」という。)及び「報酬に関する確認書」と題する文書を作成し、被告に交付した。
   なお、被告は、本件委任契約当時、A保険会社との間で、被告を被保険者とする自動車損害保険契約を締結していた。同損害保険契約には、被保険者を被害者とする交通事故について、被保険者が賠償義務者に対して損害賠償請求を行う場合、A保険会社が、被保険者の負担する弁護士費用等(弁護士、司法書士又は行政書士に対する報酬)につき、保険金を支払う旨の特約(以下「弁護士費用等特約」という。)があった。

(3)原告は、本件委任契約に基づき、被告のために、B保険会社に対し、本件被害者請求を行った。B保険会社は、平成30年1月12日、被告の後遺障害等級を14級9号と認定し、被告に対し、自賠責保険金75万円を支払った。
   原告が、平成30年1月15日、A保険会社に対し、本件委任契約に基づく本件被害者請求の報酬金(着手金を含む。以下「本件報酬金」という。)として、27万円(=(着手金10万円+75万円×0.2)×1.08)の支払を求めたのに対し、A保険会社は、同年2月19日、3万円の限度で支払い、残額24万円については支払わなかった。
   被告及びA保険会社は、既払金を除く原告への本件報酬金の支払を拒んでいる。

(4)関係法令の定めは、以下のとおりである。  
 ア 弁護士法72条
   
   弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又はその他の法律に別段の定めがある場合には、この限りではない。
 イ 行政書士法1条の2
   第1項
   行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(その作成に代えて電磁的記録(注:定義について省略)を作成する場合における当該電磁的記録を含む。以下この条及び次条において同じ。)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。
   第2項
   行政書士は、前項の書類の作成であっても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができない。
 ウ 行政書士法1条の3第1項 略
 エ 旧日本弁護士連合会報酬等基準
   弁護士報酬として、簡易な自賠責保険の請求については、給付金額が150万円以下の場合、3万円、これを超える場合、給付金額の2%と定められている。


【争点】

   主な争点は、本件委任契約が公序良俗(民法90条)に反して無効であるか否かである。
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)本件委任契約が公序良俗に反するか否かについて
 ア 弁護士法72条は、弁護士が、基本的人権の擁護と社会的正義の実現を使命とし、広く法律事務を行うことを職務とするものであり、そのために弁護士法は、厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講じられているにもかかわらず、このような資格を有さず、何らに規律にも服しない者が、自らの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とする例があり、このような行為を放置すれば、当事者その他の関係人らの利益を損ね、法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるから、このような行為を禁圧することを趣旨とするものである(最高裁昭和46年7月14日判決)。
   以上のような弁護士法72条の立法趣旨に鑑みれば、同条にいう「その他一般の法律事件」とは、同条例示の事件以外であって、少なくとも、法律上の権利義務関係についての紛争(以下「法的紛議」ということがある。)の生じる蓋然性が高い場合を含むものであって、同条の「その他の法律事務」とは、同条例示の事務以外の、権利義務に関する法律上の効果を発生変更するための事務をいうものと解すべきである。
 イ これを本件について見ると、一般に、自賠責保険の被害者請求は、交通事故において、加害車両の保有者の損害賠償の責任が発生したときに、被害者が自賠責保険会社に対して損害賠償額の支払を請求できる制度であるが、請求可能な損害賠償額は、①被害者の傷害の内容・程度、②通院状況・期間、③後遺障害の内容・程度その他の損害状況のほか、④被害者の過失の有無・程度等によっても異なるものであって、そのため、被害者請求に関する事務は、法律上の権利義務関係について紛争に発展する可能性のある事項を数多く含むところである。
   そして、本件委任状の委任事項は、「損害賠償(保険金)請求・受領手続の調査・相談」等に関する「一切の権限」に加えて「上記に附帯する一切の権限」と記載される一方で、行政書士の権限内の業務に限定する旨の記載は一切見られない。    
   このような本件委任状の文言に照らせば、本件委任契約は、行政書士である原告に対し、本件被害者請求について、法律上権利義務に関する紛争に発展する可能性のある事項を含めて、一般的かつ包括的に権限を委任するものであると認めるのが相当であり、権利義務に関する法律上の効果を発生変更するための事務(法律事務)を委任するものとして、弁護士法72条に抵触する契約であることが合理的に推認される。  
 ウ ④
本件交通事故の状況及び①被告の受傷状況等を客観的に見ると、本件交通事故は、被告が路外から進入してきた車両との衝突を避けようとして転倒して受傷した、いわゆる非接触の事故であるから、類型的に見ても、被告の過失の有無・程度を巡って争いが生じる可能性は相当高い事案であった。
   また、被告は、当初から整形外科と整骨院の両方を受診しているから、自賠責保険の請求において、②整骨院の治療の必要性や相当性が問題となる蓋然性が高かった。
   しかも、被告の後遺障害の原因である外傷性右距骨壊死症は、本件交通事故の1年後初めて診断されたものであって、本件委任契約当時は見られなかった障害であるから、少なくとも当時、後遺障害の発生は不確定的であったといわざるを得ず、③後遺障害の内容・程度、事故との因果関係の有無を巡って争いが生じる余地は十分にあったといえる。
   これらの事情からすれば、本件被害者請求は、法的紛議の生じる蓋然性の高い事案に関するものであったといえる。そして、原告は、本件委任契約において、柔道整復師や被告から事情を聴いて、このように法的紛議の生じる蓋然性が高い事案であることを認識していたと認めるのが相当である。
 エ 原告が実際に行った業務の内容を見ても、原告は、柔道整復師から、整形外科と整骨院が併用されている場合の自賠責保険の取扱いについて相談を受け、整形外科の主治医から同意書を取得すれば整骨院の費用請求も可能である旨の助言を行い、これを被告への報酬請求の根拠としている。整形外科と整骨院の併用時には、自賠責保険の被害者請求において整骨院の治療の必要性や相当性が問題になり得ることは前記のとおりであり、原告の助言は、正に権利義務に関する法律上の効果を左右する事務といえる。なお、助言の相手は柔道整復師であって、行政書士が作成すべき書類の作成について、依頼者である被告の相談に応じるものでもない。
   また、原告が、本件被害者請求に当たり、一般的な必要種類とは別に、被告の受傷後の通院・生活状況等に関する被告作成の申述書(以下「本件申述書」という。)を作成・提出している。被告については、後遺障害の内容・程度、事故との因果関係の有無を巡って法的紛議が生じる余地が十分あったことは前記のとおりであり、原告も、後遺障害等級が被告に不利に認定されるおそれがあると認識していたため、本件申述書を作成したというのである。原告は、着手金10万円のほか、自賠責保険から獲得できた後遺障害の慰謝料の20%をもって本件報酬とする旨の合意をしたと主張し、現にその計算方法について27万円(=(10万円+(75万円×0.2)×1.08)の報酬を請求している。これは、成功報酬を請求していることと実質的に等しい上に、同種・同等の自賠責保険の請求における弁護士報酬の一般的な水準を明らかに上回る金額である。
   そうすると、原告は、後遺障害の程度等を巡って法的紛議が生じる蓋然性が高い事案であることを認識しつつ、自賠責保険金の額に影響する後遺障害等級が被告に不利に認定されないように本件申述書を作成し、その結果に基づいて成功報酬を請求しているのであって、この点においても、権利義務に関する法律上の効果を左右する事務を行ったと評することができる。
 オ 以上のとおり、本件委任状は、本件被害者請求について、法的紛議に発展し得る事項を含めて、一般的かつ包括的に権限を委任する内容となっていること、本件被害者請求は、本件交通事故の状況や被告の受傷状況に照らして、法的紛議の生じる蓋然性が高い事案に関するものであったこと、現に、原告は、自賠責保険に係る権利義務に関する法律上の効果を左右するような助言をしたり、書面を作成したりした上、これに基づいて、弁護士報酬の一般的水準を超える成功報酬に相当する金員の支払を求めていること等が指摘できるのであって、これらの事情を総合的に考慮すれば、本件委任契約は、「その他一般の法律事件」に関して「その他の法律事務」を委任するものであるというべきであるから、弁護士法72条に違反しており、公序良俗に反して無効である。

(2)結論
   原告の被告に対する本件委任契約に基づく報酬請求は理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   弁護士以外の者が代理人として行う自賠責の被害者請求については、一般に、事案の難易度が高くなればなるほど、弁護士法違反となる可能性が高くなると思われます。
   なお、最高裁平成22年7月20日判決・判例タイムズ1333号115頁は、「その他一般の法律事務」の意味ついて、「法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るもの」がこれに当たる旨判示しています。

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