本件賃金規則における割増金は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいることから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないと判示した事例(原判決破棄・差戻し)
【事案の概要】
(1)被上告人は、一般旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
上告人らは、第1審判決別紙雇用等一覧表(略)の「雇用年月日」欄記載の年月日頃、被上告人との間で労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していた。
(2)被上告人の就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)には、本採用されているタクシー乗務員の賃金につき、おおむね次のとおり定めていた。
ア 基本給 1乗務(15時間00分)当たり1万2500円
イ 服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金) 略
ウ 割増金及び歩合給を求めるための対象額(以下「対象額A」という。)
対象額A=(所定内税抜揚高―所定内基礎控除額)×0.53
+(公出税抜揚高―公出基礎控除額)×0.62
・所定内基礎控除額:所定就労日の1乗務の控除額(例:平日は原則として2万9000円)に、平日・土曜日及び日曜日の各乗務日数を乗じた額
・公出基礎控除額:公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(例:平日は原則として2万4100円)に、平日・土曜日及び日曜日の各乗務日数を乗じた額
エ 深夜手当・残業手当・公出手当
・深夜手当 次の①と②の合計額とする。
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間}×1.25×深夜労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間
・残業手当 次の①と②の合計額とする。
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間}×1.25×残業時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×残業時間
・公出手当のうち、法定外休日(労働基準法において使用者が労働者に付与することが義務付けられている休日以外の労働契約に定められた休日)労働分は、次の①と②の合計額とする。
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間}×0.25×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×休日労働時間
・公出手当のうち、法定休日労働分は、次の①と②の合計額とする。
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間}×0.35×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.35×休日労働時間
(以下、深夜手当、残業手当及び公出手当のうち各①の部分を「基本給対応部分」、各②の部分を「歩合給対応部分」という。)。
オ 歩合給(1) 次のとおりとする。
対象額A
―{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}
カ 歩合給(2) 次のとおりとする。
(所定内税抜揚高―34万1000円)×0.05
(3)上告人らは、平成22年2月から同24年2月までの間、本件賃金規則上の本採用のタクシー乗務員として、第1審判決別紙個人別賃金計算書(略。以下、同じ)の各欄記載のとおり勤務した。 上記の期間における上告人らの揚高(税抜)は、第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定税抜揚高」及び「公出税抜揚高」の各欄記載のとおりであった。
これらに基づいて、被上告人は、上告人らに対し、本件賃金規則(ただし、平成22年3月支給分は同年4月改定前のもの」)の定めの額を計算し、同計算書の「残業手当」、「深夜手当」、「公出手当」、「通勤交通手当」及び「歩合給」(注:歩合給(1)及び平成22年3月支給分「歩合給」)の各欄記載の額の金員を支払った。 なお、被上告人は、歩合給(1)の算定に当たり、対象額Aから割増金及び交通費相当額を控除した金額がマイナスとなる場合には、歩合給(1)の支給額を0円とする取扱いをしており、実際に、上告人らに支払われた賃金について、対象額Aが上記の控除額を下回り、歩合給(1)の支給額が0円とされたこともあった。
(4)原審(東京高裁平成30年2月15日判決・労働判例1173号34頁)は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、上告人らの請求をいずれも棄却した。
タクシー乗務員に支給される賃金として本件賃金規則が定めるもののうち、基本給、服務手当、歩合給(1)及び歩合給(2)が通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金を構成する深夜手当、残業手当(法内時間外労働の部分を除く。)及び公出手当(法定外休日労働の部分を除く。)が労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分に該当することになるから、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区別されて定められているということができる。
そして、本件賃金規則において割増賃金として支払われた金額(割増金の額)は、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を併せて「労働基準法37条等」という。)に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、上告人らに支払われるべき未払賃金があるとは認められない。
【争点】
被上告人の上告人らに対する割増金の支払いにより、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということができるか否か。
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
アa)労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和47年4月6日判決・静岡県教職委事件、最高裁平成29年7月7日判決・医療社団法人康心会事件、最高裁平成30年7月19日判決・日本ケミカル事件参照)。
また、割増賃金の算定方法は、労働基準法37条等に具体的に定められているが、労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない(第1次上告審判決、前掲最高裁平成29年7月7日判決、前掲最高裁平成30年7月19日判決参照)。
b)他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である(最高裁平成6年6月13日判決・高知県観光事件、最高裁平成24年3月8日判決・テックジャパン事件、第1次上告審判決、前掲最高裁平成29年7月7日判決参照)。
そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり(前掲最高裁平成30年7月19日判決参照)、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記a)で説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。
イa)被上告人は、上告人らが行った時間外労働等に対する対価として、本件賃金規則に基づく割増賃金(深夜手当、残業手当及び公出手当)を支払い、これにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったものであると主張する。そこで、前記アで説示したところを前提として、上記主張の当否について検討する。
【事案の概要】ウからオまでのとおり、割増賃金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額Aから控除される数額としても用いられる。
対象額Aは、揚高に応じて算出されるものであるところ、この揚高を得るに当たり、 ①タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全額が歩合給(1)となるが、 ②時間外労働等をした場合には、その時間数に応じて割増金が発生し、その一方で、この割増金の額と同じ金額が対象額Aから控除されて、歩合給(1)が減額されることとなる。
そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は0円となることもあり、この場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全額が割増額となるというのである。
本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)及び歩合給(2)に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その金額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、前記アa)で説示した労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。
また、割増金の額が大きくなり歩合給(1)が0円となる場合には、出来高払制の通常の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われる労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。
b)結局、本件賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で本来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応分の割増金についても同様である。)。そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。
そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。
したがって、被上告人の上告人らに対する割増金の支払いにより、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
c)そうすると、本件においては、上記のとおり対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法により上告人らに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。
(2)結論
以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。被上告人が上告人らに対して支払うべき未払賃金の額等について更に審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻す(原判決破棄・差戻し)。
“【労働】最高裁令和2年3月30日判決(労働判例1220号5頁)” への3件の返信
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