【労働】岐阜地裁令和4年8月30日判決(労働判例1297号138頁)

雇用主が、障害者である被用者の業務遂行能力の拡大に資すると考えて提案(支援、指導)した場合については、その提案の目的、提案内容が原告に与える影響などを総合考慮して、合理的配慮義務に違反するか否かを判断する旨判示した事例(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)原告(昭和55年○月○日生の女性。)は、平成5年11月の交通事故による脳外傷が原因で、高次脳機能障害を有するようになった。原告の高次脳機能障害の主な症状として、注意障害、遂行機能障害、言語機能障害、記憶障害がみられる。また、原告は、強迫性障害を併発しており、その症状として、不潔恐怖、縁起強迫がみられ、これとは別に、パニック障害がみられる。
   被告は、障害者の雇用促進、活躍の場の創出を前提とした事業として、ウエブ制作事業、行政受託事業及びデジタルアーカイブ(文書電子化)事業などを主な目的とする株式会社であり、障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)44条の規定するいわゆる特例子会社である。

(2)原告は、被告と、平成20年6月18日、期間の定めのある雇用契約を締結した。この雇用契約は、そのごも更新され、最終の雇用契約における契約期間は平成27年3月31日までであった。

(3)原告は、被告の入社に際して、被告に対し、上記(1)の障害の状況を伝え(なお、原告が入社時に被告に提出した履歴書には「腰を痛めているので、スニーカー等腰に負担のない履き物で仕事させて下さい。」と記載されている。)、
  ①指示は、1度に2つまでにしてほしいこと
  ②服装の自由を認めてほしいこと運動靴しか履けない、スーツやブラウスが着られない。)
  ③指示者を1人にしてほしいこと
  ④新しい仕事は1日1つまでにしてほしいこと
  ⑤強迫性障害のため、トイレに時間がかかることを了解してほしい
をし、被告は、これを了承した。

(4)平成25年3月ころ、それまで被告の経営を担ってきた取締役や従業員(健常者)が退職し、以後、被告の取締役であるAが経営の中心を担い、Bが、原告に対する指導を担うことになった。

(5)原告は、平成27年1月29日以降、被告を休職した。
   原告は、平成27年3月24日から平成28年7月28日までの間に、合計6回にわたり、被告の関係者(B、A)、臨床心理士のC(以下「C心理士」という。)、主治医、ハローワークの担当者、D障害者職業センターの担当者等と、原告の被告における処遇について話し合いを持ったが、まとまらず、原告は、平成28年9月20日退職届を提出し、同月30日に被告を退職した。

(6)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、被告が原告の障害についての合理的配慮義務に違反すると主張して債務不履行に基づき500万の損害賠償を求めた。


【争点】

   本件の争点は、以下のとおりである。
   被告が、原告に対し、障害のある労働者である原告に対し障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な援助等の措置を講じなければならない義務を怠ったか否か
   以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記の争点に関する原告の主張は、概要、以下のとおりである。  
 ア 被告は、障害のある原告を雇用するにあたり、【事案の概要】(3)記載の配慮をすることを約束したことや、原告の病状等及び障害者雇用促進法36条の5第1が求める合理的配慮の内容に照らせば、原告の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じる義務を負い、その具体的な内容は、以下のとおりである(なお、被告が下記の配慮義務を負っていたことについては、履物の点を除き、当事者間に争いはない。)。
  ①指示は一度に2つまでにすること
  ②服装の自由を認める運動靴しか履けないスーツやブラウスが着られないこと
  ③指示者を1人にすること
  ④新しい仕事は1日1つまでにすること
  ⑤原告に強迫性障害があるためトイレに時間がかかること
  ⑥一度に2つの情報を入れないこと
  ⑦一度に指示をする場合は、手順を番号で伝えること
  ⑧脳疲労を感じたら休憩させること
  ⑨オフィスルールのレイアウト替えや席替え、指示者の変更など、原告に関わることで原告の職場環境が変わることがあれば、事前に原告に連絡すること
 イ 被告の合理的義務違反の具体的内容(注:詳細は省略する。)は、次のとおりである。
  a)ブラウス着用の強要ア②の配慮違反
  b)くしゃみの際に手を当てることの強要(ア⑤の配慮違反)
  c)業務指示者の突然の変更(ア⑨の配慮違反)
  d)業務の突然の変更(ア⑨の配慮違反)
  e)スーツ着用の強要ア②の配慮違反
  f)ビニール手袋装着の禁止(ア⑤配慮違反)
  g)革靴使用の強要ア②配慮違反
  h)バスでの移動の強制(ア⑨配慮違反)


【裁判所の判断】

(1)判断枠組み
 ア 被告が、前記「原告の主張」ア記載の配慮義務を負っていたことについては、履物の点を除き、当事者間に争いはない。
   障害者雇用促進法にいう障害者とは「身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制約を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。」(同法2条)とされている。原告の場合「「身体障害、知的障害、精神障害、その他の心身の機能の障害」は、高次脳機能障害及び強迫性障害をいうと解されるところ、「腰を痛めている」ことは、高次脳機能障害及び強迫性障害によりもたらされたものとは直ちに認められないから、腰を痛めていることにより履物に関して配慮を求めることが、障害者雇用促進法の求める合理的配慮の対象になるとは直ちに解されない
  もっとも、原告は、入社当初から、履歴書にも履物に関する配慮を求める旨を記載し、運動靴しか履けない旨を申し出ており、被告も、これを認識して原告を雇用したと認められるから、本件においては、履物に対する配慮は、障害者雇用促進法の求める合理的配慮に準じるものとして扱うのが相当である。
 イ 障害者雇用促進法が、「障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。」(同法4条)、「すべて事業者は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するのであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の機会を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない」(同法5条)と規定していることに照らせば、
   原告の雇用主である被告が障害者である原告に対して自立した業務遂行ができるように相応の支援、指導を行うことは、許容されているというべきであり、このような支援、指導があった場合は、原告は、業務遂行能力の向上に努力すべき立場にあるというべきである。
   よって、被告が、原告の業務遂行能力の拡大に資すると考えて提案(支援、指導)した場合については、その提案(支援、指導)が、配慮が求められている事項と抵触する場合であっても、形式的に配慮が求められている事項と抵触することのみをもって配慮義務に違反すると判断することは相当ではなく、その提案の目的、提案内容が原告に与える影響などを総合考慮して、配慮義務に違反するか否かを判断するのが相当である。

(2)検討
 ア ブラウス着用の強要 
  a)被告の従業員であるEは、平成25年10月6日、原告に対して、ブラウスを着てくることを勧め、原告は、翌日、ブラウスを着て出勤したことが認められる。
   しかし、それ以降、原告は、ブラウスを着て出勤しておらず、これについて被告から指導などを受けていないことに照らせば、被告が原告に対して、ブラウス着用を強要したとまでは認められない
  b)なお、ブラウスを着用しての仕事が広く社会で行われていることに照らせば、原告がブラウスを着用して就労することができるようになれば、原告の社会人(職業人)としての業務遂行能力の向上(就労の機会の拡大)につながるものといえるから、Eが原告にブラウス着用を強要しておらず、単に勧めた事が、配慮義務に違反するとまでは認めることはできない
 イ くしゃみの際に手を当てることの強要 略
 ウ 業務指示者の突然の変更 略
 エ 業務の突然の変更 略
 オ スーツ着用の強要
  a)原告は、平成26年3月27日、Eから、J事業所へ行く際にはスーツを着用するよう指示され、その後スーツ等の購入を強要された、また、Aから、入社式にはスーツを着用するよう指示されたと主張する。
  b)原告のmixiには、以下の記載がある。
  ・「(Gの発言として)今回も、あなたがスーツを着ているのは無理だとみんなに話したけど、理解してもらえなかった」との記載。
  ・「(Gの発言として)普通の服にジャケットを羽織るだけってのでは一部から文句が出るだろう。だからここは、Aさんに、今日はスーツを着てくるよう言われたけど私はスーツを着てこれません、なので本日はお休みをいただきます、でも○○の一員として新卒くんの入社式に参加させてください、と言って」との記載
  ・「(原告がAに)『今日はスーツを着て出勤する日だと聞いていますが私にはできませんので、お休みをいただこうと』私の話を遮って『居ればいい!』と、Aさん。『では、こんな格好ですが会社の一員として参加してもいいでしょうか』『あったりまえだ!』『では、終わったらすぐ帰り…』『居ればいい!俺がいいって言うんだから、いい!』との記載
  ・「『想定外の発作が出た入社式だった』みたいな話を同僚にメールしたら、その返事に、『少しずつやっていけばいい』とあり、」との記載
   これらの記載を前提とすれば、被告(A、G)は、原告に対し、スーツの着用を強要したとは認められないし、他の社員に対して、原告はスーツを着ることができない旨を周知しようとしていたと認められる。
  c)確かに、原告は、スーツを購入しており、入社式にスーツを着用して出席したことは認められる。
   しかし、上記mixiの記載や、その後原告はスーツを着用して職場に行っていたとは認められないことに照らせば、原告の主張のとおりのEの発言があったとしても、これは原告にスーツなどを購入することを勧めたものにすぎないものと認められる。
   そして、一般にスーツを着用することは、社会人としての活動範囲を広げることにつながることに照らせば、Eが原告にスーツ購入を勧めたこと自体は、原告に対する配慮義務に違反するものとは認められない
 カ ビニール手袋装着の禁止 略
 キ 革靴使用の強要
  a)原告は、スニーカーではなく革靴に似た外観の靴を履くことを指示された旨主張し、これに沿う供述をする。被告は、このような指示を否定しているところ、確かに、原告は、このような外観の靴を購入し、実際に、しばらくの間これを履いて通勤したことが認められる。
  b)しかし、AやGが、原告に対してスーツやブラウスを着用することを強制したとは認められないことに照らせば、被告は、その方針として、原告に対して、職業人として一般に着用が推奨されている服装をすることを勧めてはいるが、これらの着用を強制しているとは認め難い
   そうすると、原告の上記証言は直ちには信用できない。
  c)仮に、被告の従業員(E)が、原告に対して、革靴に近い外観を有する靴を履くよう勧めたとしても、これは、社会人としての活動範囲を広げることにつながることに照らせば、このように勧めたこと自体は、原告に対する配慮義務に違反するものとは認められない
 ク バスでの移動の強制 略

(3)結論
   原告の請求は理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、被告が、障害のある労働者である原告に対し障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な援助等の措置を講じなければならない義務を怠ったか否かを判断するに当たり、「被告が、原告の業務遂行能力の拡大に資すると考えて提案(支援、指導)した場合については、その提案(支援、指導)が、配慮が求められている事項と抵触する場合であっても、形式的に配慮が求められている事項と抵触することのみをもって配慮義務に違反すると判断することは相当ではなく、その提案の目的、提案内容が原告に与える影響などを総合考慮して、配慮義務に違反するか否かを判断する」との基準を示した上で、原告の各主張を否認した事例です。
   上記の基準によれば、雇用主の被用者に対する働きかけが、提案(支援、指導)に留まり、強要に当たらないことを前提として、当該提案が被用者の社会人(職業人)としての業務遂行能力の向上(就労の機会の拡大)につながるものといえるか否かにより、配慮義務違反の有無が判断されるところ、本裁判例は、被告による各提案が原告の就労の機会の拡大につながることをやや緩やかに認めている点に特徴があると思われます。

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