書籍に他人のツイートを複製して掲載した行為が、①利用されるのが公表された著作物であること、②当該著作物の利用が引用に該当すること、③当該引用が公正な慣行に合致すること、④当該引用が報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであることの各要件を満たし、著作権法32条1項の適法な引用に当たる旨判示した事例(確定状況不明)
【事案の概要】
(1)原告は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス「Twitter」(以下「ツイッター」という。)において、ユーザー名「@○○」と使用して投稿等を行っている。
被告Yは、平成31年1月24日、ツイッターに、「職場でハイヒールやパンプスの着用を女性に義務付けることは許容されるべきでない」旨の投稿をし、「#KuToo」(クートゥー)と称する活動(以下「本件活動」という。)を行っている。
被告会社は、図書出版及び販売等を目的とする出版社である。
(2)ツイッターは、日本語の場合全角140文字の短文をインターネットに投稿(ツイート)することができる短文投稿サイトである。ツイートには、自由に設定できる表示名(以下「アカウント名」という。)、半角英数字等を用いたユーザー名(先頭に@が付される。)が表示される。
ツイッターに係る主な用語の定義は、以下のとおりである。
ア 「ツイート」とは、ユーザーから投稿される140文字以内の文章のことをいい、それぞれのツイートに固有のURLが割り当てられる。投稿を投稿者とそのフォロワーのみの限定公開とする設定(プロテクト)をしない限り、ツイートした内容は、全てのアカウントに公開される。
イ 「リプライ」とは、他のユーザーに宛てた投稿のことをいい、「@ユーザー名(投稿したい内容)」の書式で投稿すると、そのユーザー宛ての返信扱いとなる。
ウ 「リツイート」とは、他のユーザーの投稿を再投稿することをいう。単純な再投稿のほか、他のユーザーの投稿にリツイートするユーザーの独自のコメントを付けてのリツイートもできる。これは引用ツイート、引用リツイートなどといわれる。
エ 「ハッシュタグ」とは、ツイッターでキーワードやトピックを分類するために使われるもので、ツイートの関連キーワード又はフレーズの前にハッシュタグ記号(#)を付して投稿すると、ツイートが分類され、ツイッター検索に表示されやすくなる。
なお、ハッシュタグを付するキーワード等に大文字と小文字の区別や仕様上の差異はなく、例えば、「#KuToo」で検索すると、「#kutoo」も検索対象に含まれる。
(3)アカウント名「A○○」(以下「A」という。)は、令和元年6月6日、日経ビジネス電子版の「反パンプス運動『痛い靴で働くのは嫌』は当たり前」と題する記事にリンクを張った上で、「#KuTooに反発する人へ」と題する引用ツイートをツイッター上に掲載した。
これを端緒として、本件活動に批判的なアカウント名「B○○」及び原告(アカウント名「はるかちゃん○○」)並びに本件活動に賛同するアカウント名「ゴリラ○○」(以下「ゴリラ」という。)が参加し、別紙「スレッド上の投稿一覧」(略)記載のスレッド(以下「本件スレッド」という。)において、同別紙掲記の一連のツイートのやりとりが行われた。
原告は、令和元年6月7日午後1時3分、ゴリラのツイートに対する返信として、「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutooの賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」とのツイート(以下「本件ツイート」という。)をした。
被告Yは、同日午後1時14分、本件ツイートを引用し、「そんな話はしてないですね。もしも#KuTooが『女性に職場に水着で出勤する権利を!』ならば容認するかも知れませんが、#KuTooは『男性の履いている革靴も選択肢に入れて』なので。」とのツイートをした。
(4)被告会社は、令和元年11月20日、被告Yの執筆した「#KuToo(クーツー)靴から考える本気のフェミニズム」(以下「本件書籍」という。)を発行し、その販売を開始した。
本件書籍の第2章には、「2 #KuToo バックラッシュ実録 140文字の闘い」との表題の下、「2019年6月3日、Y’はChange.orgの#KuTooキャンペーンで集まった署名を厚生労働省に提出し、賛同者へツイッターとブログで報告した。それと同時に、彼女へのリプライや引用リツイート機能による誹謗中傷、#KuTooのハッシュタグをわざわざつけたパッシングツイート――いわゆる“クソリプ”が数えきれないほど投稿された。…ハンドルネームの見ず知らずの人びとは「たかが靴ごときで」「男性だって辛いんだ」などの言葉で女性の苦痛を蔑み、…彼女を傷つけた。…この章では、Yを攻撃したクソリプをツイッターの中から引っ張り出し、…「物言う女」に嫌悪を抱くメンタリティーの危うさを読者とともに考えていきたい。(編集部)」との記載がある(58~59頁。なお、本件書籍には、「クソリプ」との語句について、「クソみたいなリプライ(ツイッターの返信機能を使って、見当はずれな内容や中傷的な言葉を投稿すること)」と注記されている。)。
本件書籍の第2章は、見開きの左頁上段に本件活動に批判的な他人のツイート(アカウント名及びユーザー名と、ツイートのURLの記載を含む。)、同頁下段にこれに反論する被告Yのツイートを掲載し、見開きの右頁に、当該他人のツイートの分類名を表題として付した上で、その下に、同ツイートに対する被告Yの批判的なコメントを掲載する、という形で構成されている。
そして、本件書籍の72頁及び73頁から構成される見開き(以下、両頁の記載全体を「本件批評」という。)のうち、その左頁(72頁)上段には本件ツイートが原告のアカウント名、ユーザー名及びツイートのURLとともに掲載され、その下に被告Yの引用ツイートが掲載されている。また、同見開きの右頁(73頁)には、本件ツイートを「逆が全然逆じゃない系」と分類した上で、本件ツイートに関する被告Yの批判的な批評が掲載されている。
なお、被告らは、本件書籍に本件ツイートを掲載することにつき、原告の承諾を得ていない。
(5)原告は、本件訴えを提起して、被告Yが、本件ツイートの全文を複製した上で、これを批判する文章を執筆し、被告会社が本件書籍に同文書を掲載した行為が、原告の著作権(複製権又は翻案権)、著作者人格権(同一性保持権)及び名誉感情を侵害すると主張して、被告らに対し、①民法719条、709条、著作権法114条3項に基づく損害賠償として220万3300円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに、著作権法112条1項に基づく本件書籍の複製及び頒布の差止め及び同条2項に基づく本件書籍の廃棄を求めた。
【争点】
(1)本件批評における本件ツイートの複製が著作権法32条1項の引用に当たるか否か(争点1)
(2)同一性保持権侵害の成否(争点2)
(3)名誉感情毀損による不法行為の成否(争点3)
(4)原告の損害額(争点4)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(本件批評における本件ツイートの複製が著作権法32条1項の引用に当たるか否か)について
ア 判断枠組み
著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定する。
同項の規定によれば、著作物の全部又は一部を著作権者の承諾を得ることなく自己の著作物に含めて利用するためには、①利用されるのが公表された著作物であること、②当該著作物の利用が引用に該当すること、③当該引用が公正な慣行に合致すること、④当該引用が報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであることの各要件を満たすことが必要であると解するのが相当である。
本件ツイートは、ツイッター上に公開されたものであり、公開された著作物に当たると認められるので、上記要件①を満たす。
以下、上記要件②ないし④について検討する。
イ 検討
a)引用該当性(上記要件②)について
著作物が「引用」されたというためには、当該著作物に接した一般人が引用されている部分を特定し、判別し得ることが前提となるので、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とが明瞭に区別されることが必要である。
同様に、「引用」は他者の著作物の全部又は一部を自己の著作物に含めて利用する行為であるので、両著作物のうち、いずれが引用する側であり、いずれが引用される側であるかを一般人が判別し得ることが必要となる。そのためには、引用する側の著作物と引用される側の著作物に主従の関係があることを要するというべきである。
そうすると、①引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること、及び、②引用する著作物と引用される著作物の間に、引用する側が主、引用される側が従の関係があることは、「引用」の基本的な要件を構成すると解するのが相当である(最高裁昭和55年3月28日判決参照。なお、同判決は、旧著作権法30条1項2号(「自己の著作物中に正当の範囲内に於て節録引用すること」)に関する判断であるが、「引用」の概念は現行法下においても妥当すると解される。)。
本件ツイートは、本件書籍の72及び73頁から構成される見開きのうち、その左頁上段に、原告のアカウント名、ユーザー名及びツイートのURLとともにその全文が掲載され、その下の少し離れた位置に被告Yの引用ツイートが掲載されているものであり、その記載事項、掲載方式、外観からして、利用される側の本件ツイートと、その他の部分とを明瞭に区別して認識することができる。
また、本件ツイートに係る記載部分は見開き2頁のうちの左頁上段の5行(本文部分は3行)にすぎず、同頁の他の部分には、本件ツイートに反論する被告Yのツイート6行(本文部分5行)が、右頁には、その全体にわたって被告Yの批評が記載されていることからすれば、形式的にも内容的にも、被告Yのツイートやコメント部分が主であり、原告の本件ツイート部分が従であると認められる。
したがって、被告Yが本件批評に本件ツイートを複製して掲載した行為(以下「本件引用」という。)は、著作権法32条1項の「引用」に該当する。
b)公正な慣行と合致するかどうか(上記要件③)について
著作権法32条1項は、引用が「公正な慣行に合致すること」を要件としている。
ここにいう「公正な慣行」は、著作物の属する分野や公表される媒体等によって異なり得るものであり、証拠に照らして、当該分野や公表媒体等における引用に関する公正な慣行の存否を認定した上で、引用が当該慣行に合致するかを認定・判断することとなると考えられる。
そして、当該著作物の属する分野や公表される媒体等において引用に関する公正な慣行が確立していない場合であっても、当該引用が社会通念上相当と認められる方法等によると認められるときは「公正な慣行に合致する」というべきである。
書籍において他人のツイートを引用する場合については、特に確立した慣行が存在するとは認められないが、本件批評は、原告のアカウント名、ユーザー名及びツイートのURLとともに、その全文を掲載されているものであり、その掲載形式や外観からしても、一見して他人のツイートを引用していると看取することができる。
また、掲載された本件ツイートの本文は3行であり、読者がその趣旨を理解するためにはその全文を掲載することが必要であったと認められる。
したがって、本件ツイートの引用方法は社会通念上相当であり、「公正な慣行に合致する」ということができる。
c)引用の目的上正当な範囲内であるかどうか(上記要件④)について
著作権法32条1項は、引用が「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるもの」であることを要件としている。
同要件は、引用部分を明瞭に区分し得ることを前提とした上で、当該引用部分が、認定された「引用の目的」との関係において「正当な範囲内」であることを求めるものである。
そして、引用が「正当な範囲内」行われたかどうかは、(1)引用の目的の内容及び正当性、(2)引用の目的と引用された著作物との関連性、(3)引用された著作物の範囲及び分量、(4)引用の方法及び態様、(5)引用により著作権者が得る利益及び引用された側が被る不利益の程度などを総合的に考慮して判断するのが相当である。
(1)引用の目的の内容及び正当性について
本件批評の目的は、本件書籍の第2章序文の記載によれば、被告Yのツイートに対する返信リプライ、同被告のツイートを引用するリツイート、「#KuToo」のハッシュタグをわざわざ付したツイートなど、様々な形で投稿される本件活動を非難、中傷等するツイートに対し、実際のツイートを個別に引用し、これを批評することにより、本件活動の意義や真意について読者に伝えることにあると認められる。
そして、本件批評における「なんで女性の靴問題が水着になるんだょ…。女性のみ水着の勤務が許されていて、男性はサウナスーツです、という状況だったら「俺たちにも水着を着る権利を!」ってなるんじゃないかな。…#KuTooっていうのはそういう感じの運動です。」との記載によれば、本件批評の目的も、本件ツイートを批評することにより、本件活動の意義や真意について読者に伝えることにあり、上記序文に記載された目的に沿うものであるということができる。 そうすると、本件引用の目的は、本件活動を非難、中傷等するツイートを批評するという点にあり、その目的に不相当・不適切な点はないというべきである。
(2)引用の目的と引用された著作物との関連性について
本件ツイートは、Aが「#KuTooに反発する人へ」と題する引用ツイートをツイッター上に投稿したことから始まった本件活動に関する一連のやりとりの中において、本件活動に賛同する旨を表明するゴリラの主張に対する原告の批判、反論として行われたものであると認められる。
そして、本件ツイートの「男性が海パンで出勤しても#kutooの賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」との記載は、「本件活動の賛同者の主張によれば、男性が海水パンツで出勤することを容認するという非常識な結論に至ることになる」という主張を含意するものと理解することができるが、これは本件活動に対する批判、非難にほかならない。
以上のとおりの本件スレッドにおいてやりとりが開始された経緯、本件スレッドにおける一連のやりとりの状況、本件ツイートの内容等に照らすと、本件ツイートは本件活動への批判等をその内容とするものであって、同ツイートは本件引用の目的の対象となる「本件活動を非難、中傷等するツイート」に該当するものである。
そうすると、引用された著作物である本件ツイートは、本件引用の目的と関連するものであるということができる。
(3)引用された著作物の範囲及び分量について
本件批評には、一つのツイートである本件ツイートの全文が掲載されているが、本件ツイートは50字程度の一文から成るものであり、その内容を理解するためには、その全部を掲載することが必要かつ相当であるので、本件引用により利用された著作物の範囲及び分量は相当であったということができる。
(4)引用の方法及び態様について
本件ツイートの引用部分には、本件ツイートにおける「#kutoo」との表記が「#KuToo」と表記されているが、これは誤記であると認めるのが相当であり、これをもって引用の方法又は態様が不適切であるということはできない。
(5)引用により著作権者が得る利益及び引用された側が被る不利益の程度について
本件批評は、公開された本件ツイートに対する批評であるが、原告は、これに対してツイッター上で反論・批評することは容易であり、原告が本件批評により経済的利益を被ったと認める証拠もない。
以上によれば、本件引用は、「引用の目的上正当な範囲内で行わるもの」であると認められる。
d)小括
以上のとおり、本件引用は、上記要件①~④の各要件を満たし、著作権法32条1項の適法な引用に当たるというべきである。
したがって、被告Yの著作権(複製権又は翻案権)侵害に基づく原告の請求は、いずれも理由がない。
(2)争点2(同一性保持権侵害の成否)について
被告Yが原告の同一性保持権を侵害したと認めることはできない(詳細については、省略する。)。
(3)争点3(名誉感情毀損による不法行為の成否)について
ア 判断枠組み
侮辱的な表現が、人の人格的価値に関し、具体的事実を摘示してその社会的評価を低下させるものではなく、同人の名誉感情を侵害するにとどまるものである場合には、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に初めて人の人格的利益の侵害が認められ得るものと解される(最高裁平成22年4月13日判決参照)。
イ 検討
原告は、本件批評の「#KuTooを男性が海パンで出勤する話に繋げるこの人の思考回路、どうなっているんだろう。この人が海パンで出勤したい願望あるのかな?」、「こういう人たちって、リアルな会話はどうなってるんだろうか…。リアルでもこんなに会話が噛み合わないのかなぁ。でもさすがに対面でこんなへんてこりんな人に会ったことないしな…。Twitterになると急にバグるとか?」などの表現が、社会通念上許容される範囲を超えて、原告の名誉感情を侵害すると主張する。
しかし、上記記載は、具体的事実を摘示して原告の社会的評価を低下させるものには該当しないところ、「へんてこりんな人」、「Twitterになると急にバグる」などの表現が原告の名誉感情を侵害するものに当たるとしても、これらの記載の趣旨は、本件活動が女性の靴問題にあるにもかかわらず、本件ツイートが海水パンツで男性が出勤するという女性の靴問題とはかけ離れた極端な状況を例として本件活動を批判していることについて、「逆に」という表現の使い方も含め、その趣旨が通常人の感覚や認識と乖離しており、その発想が理解し難いという点にあるものと考えられる。
そうすると、上記記載には、原告の名誉感情を侵害する部分があるとしても、これらの表現が社会通念上許される限度を超える侮辱行為に該当するということはできない。
ウ 小括
したがって、被告Yに原告の名誉感情侵害による不法行為が成立するとは認められず、これに基づく原告の損害賠償請求は理由がない。
(4)結論
原告の請求は、その余の争点について検討するまでもなく、全て理由がない(請求棄却)。
【コメント】
本裁判例は、被告Yが本件批評に本件ツイートを複製して掲載した行為(本件引用)が著作権法32条1項の適法な引用に当たるか否かについて、①利用されるのが公表された著作物であること、②当該著作物の利用が引用に該当すること、③当該引用が公正な慣行に合致すること、④当該引用が報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであることの4つの要件を提示した上で、検討の結果、本件引用が上記の適法な引用に当たる旨判示した事例です。
本裁判例は、本件書籍の本件ツイートに係る記載部分(本件批評)は、見開き2頁のうちの左頁上段の5行(本文部分は3行)にすぎず、同頁の他の部分には、本件ツイートに反論する被告Yのツイート6行(本文部分5行)が、右頁には、その全体にわたって被告Yの批評が記載されたものであったことから、形式的にも内容的にも、被告Yのツイートやコメント部分が主であり、原告の本件ツイート部分が従であったと認定しました。この点、他人のツイートをスクリーンショット画像でそのまま複製してツイートした行為について、「スクリーンショット画像が量的にも質的にも、明らかに主たる部分を構成するといえるから、これを引用することが、引用の目的上正当な範囲内であると認めることもできない。」と判示した東京地裁令和3年12月10日判決・裁判所ウェブサイトとは、事案を異にします。
“【知的財産】東京地裁令和3年5月26日判決(裁判所ウェブサイト)” への1件の返信
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