【交通事故】最高裁令和4年3月24日判決(判例タイムズ1501号73頁)

人身傷害保険の被保険者が人傷社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任したものとは認められず、同人の損害賠償義務者に対する損害賠償請求権の額から、人傷社が自賠責保険から自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払として受領した金員に相当する額を全額控除することはできない旨判示した事例(破棄自判)


【事案の概要】

(1)交通事故の発生
 ア 発生日時 平成29年4月25日
 イ 事故態様 上告人が普通乗用自動車を運転中、交差点において、被上告人普通乗用自動車と衝突し、頸椎捻挫等の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)。

(2)過失相殺後の損害額
   本件事故により上告人に生じた損害の額(弁護士費用相当額を除く。以下同様。)は、合計341万1398円であるが、本件事故における上告人の過失は3割であることから、過失相殺をすると、上告人が被上告人に対して賠償請求することができる損害金の額は、238万7979円(注:賠償請求することができない損害金の額は102万3419円)となる。

(3)既払金の額
   上告人は、本件事故により生じた損害について、平成29年6月までに、被上告人が締結する対人賠償責任保険契約に基づく保険金23万8237円の支払を受け、平成30年3月12日には、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から後遺障害による損害賠償額の支払として75万円を受領した。

(4)人身傷害保険金の支払等
   上告人の夫は、本件事故当時、訴外保険会社との間で、人身傷害条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、上告人は上記条項に係る被保険者であった。
   上告人は、本件事故によって生じた損害について、訴外保険会社から、平成30年5月15日までに14万6683円、同月30日に96万3498円(注:合計111万0181。この額は、本件約款所定の算定基準に従い算定された本件事故によって生じた上告人の損害額209万8418円から、上告人が受領した上記(3)の既払額合計98万8237円を控除した額と同額である。)の各支払を受けた(以下、これらの金員を「本件支払金」という。)。
   訴外保険会社は、その後、本件事故について自賠責保険から上告人の傷害による損害賠償額の支払として83万5110(以下「本件自賠金」という。)を受領した(注:その経緯について、後記(6)参照)。

(5)損害賠償請求権の保険代位
   本件約款中の人身傷害条項及び基本条項には、要旨、次のような定めがあった。
 ア 訴外保険会社は、被保険車両の進行に起因する事故等に起因する事故等に該当する急激かつ偶発な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者等に生じた損害に対して、保険金(以下「人身傷害保険金」という。)を支払う。
 イ 訴外保険会社の支払う人身傷害保険金の額は、人身傷害保険金額を限度として、本件約款所定の算定基準に従い算定された損害額(その額が自賠責保険から支払われる金額を下回る場合には、自賠責保険によって支払われる金額となる。また、賠償義務者があり、かつ、判決又は裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が上記算定基準と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、その基準により算出された額のうち、訴訟費用等を除いた額(注:後記のとおり、過失相殺前の損害額である。)となる。)から、自賠責保険によって支払われた金員等の既払額を差し引いた額とする。
 ウ 上記アの損害が生じたことにより人身傷害保険金の請求権者が損害賠償請求権その他の債権(注:後記のとおり、過失相殺後の損害額である。)を取得し、その損害に対して訴外保険会社が支払った人身傷害保険金の額が上記イの損害額の全額に満たない場合には、上記債権の額から、人身傷害保険金が支払われていない損害の額を差し引いた額の限度で、上記債権が訴外保険会社に移転する(以下「本件代位条項」という。)。

(6)自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限の委任
 ア 上告人は、本件事故に関して、平成29年5月6日、訴外保険会社に対し、本件保険契約に基づき、対人賠償保険金(注:本件では、被上告人(加害者)側の保険会社も、訴外保険会社であったと思われる。)及び人身傷害保険金を請求した。その際、上告人が訴外保険会社に提出した請求書(以下「本件保険金請求書」という。)には、
  ①対人賠償保険金の請求で、自賠責保険金相当額との一括払いにより保険金を受領した場合は、自賠法に基づく保険金の請求受領に関する一切の権限を訴外保険会社に委任する旨
  ②人身傷害保険金を受領した場合は、その額を限度として上告人が有していた賠償義務者に対する損害賠償請求権及び自賠法に基づく損害賠償額の請求受領権が訴外保険会社に移転することを確認する旨
の各記載があった。
   上告人は、同月31日、訴外保険会社から、自ら自賠責保険に直接請求するという方法がある旨の説明を受けた上で、人身傷害保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払うことを承諾した。
 イ 上告人は、平成30年5月24日、訴外保険会社に対し、本件保険契約に基づく人身傷害保険金を受領するに当たり、「保険金のお支払いについての協定書」(以下「本件協定書」という。)を提出した。本件協定書には、上告人が、本件事故による上告人の被上告人に対する損害賠償請求権は、自賠責保険への請求権も含め、受領した人身傷害保険金の額を限度として訴外保険会社に移転することを承認する旨の記載があった。

(7)上告人(一審原告)が、本件訴訟を提起して、被上告人(一審被告)に対して、損害賠償を求めた。これに対して、被上告人は、訴外保険会社が、本件交通事故によって生じた上告人の損害について、自賠責保険から自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払として金員を受領していることから、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の額から上記金員に相当する額を全額控除することを主張した。
   原審(福岡高裁令和2年3月19日判決・判例タイムズ1478号52頁)は、上記の上告人の主張に対し、以下のとおり判示した。
  ①訴外保険会社は、上告人の委任に基づき本件自賠金の支払を受けたものである。
  ②上告人は、これに先立ち本件支払金を受領したことにより本件自賠金の支払を受けたことになる。
  ③したがって、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の額から本件自賠金に相当する額を全額控除することができる。
  これに対し、上告人が、上告受理の申立てをした。


【争点】

   上告人が訴外保険会社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任し、訴外保険会社が自賠責保険から自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払として金員を受領していることから、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の額から上記金員に相当する額を全額控除することができるか否か
   以下、裁判所の判断の概要を述べる。
   なお、交通事故の発生につき過失がある被害者に人傷社が保険代位(保険法第25条又は保険約款に基づく請求権代位)する被害者の加害者に対する損害賠償請求権の範囲に関する裁判基準差額説によると、本件代位条項に基づき訴外保険会社が代位取得する上告人の債権の範囲は8万6762である(計算式略)。
   他方で、原審の認めた訴外保険会社が代位取得する上告人の債権の範囲は、本件自賠金に相当する額である83万5110である。


【裁判所の判断】

(1)原審の判断は是認することができない。その理由は以下のとおりである。
 ア 本件約款によれば、人身傷害条項の適用対象となる事故によって生じた損害について訴外保険会社が保険金請求権者に支払う人身傷害保険金の額は、保険金請求権者が同事故について自賠責保険から損害賠償額の支払を受けていないときには、上記損害賠償額を考慮することなく所定の基準に従って算定されるものとされている。
   このことからすれば、訴外保険会社保険金請求権者との間で、人身傷害保険金について、訴外保険会社が保険金請求権者に対して自賠責保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う旨の合意(以下「人傷一括支払合意」という。)をした場合であっても、本件のように訴外保険会社が人身傷害保険金として給付義務を負うとされている金額と同額を支払ったにすぎないときには、保険金請求権者としては人身傷害保険金のみが支払われたものと理解するのが通常であり、そこに自賠責保険による損害賠償額の支払分が含まれているとみるのは不自然、不合理である。
 イ 加えて、本件代位条項によれば、人身傷害保険金を支払った訴外保険会社は、人身傷害保険の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が、被害者について社会通念上妥当であると認められる判決等の基準により算出された過失相殺前の損害額に相当する額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の賠償義務者等に対する債権を代位取得するものとされているので、本件のように被害者の損害について過失相殺がされる場合には、訴外保険会社が人身傷害保険金の支払により代位取得することができる上記債権の範囲は保険金支払額を下回ることとなる。
   この場合において、人傷一括払合意により訴外保険会社が支払う金員の中に自賠責保険による損害賠償額の支払分が含まれるとして、当該支払分の全額について訴外保険会社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受けることができるものと解すると、訴外保険会社が、別途、人身傷害保険金を追加払しない限り、訴外保険会社が最終的に負担する額が減少し、被害者の損害の塡補に不足が生じることとなり得るが、このような事態が生ずる解釈は、本件約款が適用される自動車保険契約の当事者の合理的意思に合致しないものというべきである。
 ウ また、本件保険金請求書では、対人賠償保険金の請求において自賠責保険金相当額との一括払により保険金を受領した場合には、自賠法に基づく保険金の請求及び受領に関する一切の権限を訴外保険会社に委任するものとされているのに対し、人身傷害保険金を受領した場合には、その額を限度として上告人が有していた賠償義務者に対する損害賠償請求権及び自賠法に基づく損害賠償額の支払請求権が訴外保険会社に移転することを確認するものとされており、対人賠償保険金の受領の場合と人身傷害保険金の受領の場合とで異なる説明内容となっている。
   さらに、本件協定書においても、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権及び自賠責保険への請求権は、上告人が受領した人身傷害保険金の額を限度として訴外保険会社に移転することを承認するものとされている。
   人身障害保険金の受領に関する上記各書面の説明内容と本件代位条項を含む本件約款の内容とを併せ考慮すると、上記各書面の説明内容は、訴外保険会社が本件代位条項に基づき保健代位することができることについて確認あるいは承認する趣旨のものと解するのが相当であり、上告人が訴外保険会社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任する趣旨を含むものと解することはできない。人傷一括合意をしていたことは、上記の解釈を左右するものとは解し難く、そのほか、人身傷害保険金の支払を受けるに当たり、上告人が訴外保険会社に対し自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任したものと解すべき事情も存しない。
 エ 以上によれば、本件においては、上告人が訴外保険会社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任したと解することはできず、訴外保険会社が上告人に対して本件支払金を支払ったことにより自賠責保険による損害賠償額の支払がなされたことになると解することもできない。
  本件支払金は、その全額について、本件保険契約に基づく人身傷害保険金として支払われたものといえるから、訴外保険会社は、この支払により保険代位することができる範囲において、自賠責保険に対する請求額を含む上告人の債権を取得し、これにより上告人は被上告人に対する損害賠償請求権をその範囲で喪失したものと解すべきであり、その後に訴外保険会社が本件自賠金の支払を受けたことは、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の有無及び額に影響を及ぼすものではない。
   したがって、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の額から、訴外保険会社が本件支払金の支払により保険代位することができる範囲を超えて本件自賠金に相当する額を控除することはできないというべきである。

(2)結論
   以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある(破棄自判)。


【コメント】

   本判決は、本件約款が適用される自動車保険契約の当事者の合理的意思を解釈して、上告人の訴外保険会社に対する自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限の委任を否認し、その結果、上告人の被上告人に対する損害賠償請求権の額から、訴外保険会社が自賠責保険から自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払として受領した金員に相当する額を全額控除することはできない旨判示した事例です。
   対人賠償保険金の請求で、自賠責保険金相当額との一括払いにより保険金を受領した場合と、人身傷害保険金について、保険会社が保険金請求権者に対して自賠責保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う場合とでは、その支払により保険会社が保険代位することができる範囲が異なることから、上記の結論が導かれたものと考えられます。

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