【交通事故】横浜地裁令和3年10月25日判決(自保ジャーナル2111号46頁)

被告車両がクリープ現象により発進して時速5km未満で原告車両に追突したことなどから、原告らが頸部等を負傷することはあり得ないとの被告の主張を採用せずに、原告らは本件事故により上記傷害を負ったと認定した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
 ア 発生日時 平成29年10月15午後2時10分頃
 イ 発生場所 長野県松本市内
 ウ 原告車両 原告Aが運転し、原告Bが助手席に乗車する自家用普通乗用自動車
 エ 被告車両 被告が運転する自家用普通乗用自動車
 オ 事故態様 停車していた原告車両に被告車両が後方から追突した。

(2)原告Aの通院経過
   原告A(昭和54年3月生まれ・本件事故当時38歳)は、本件事故後、以下のとおり整形外科及び整骨院に通院した。
 ア B整形外科
   傷病名 左肩挫傷、腰部挫傷、左膝挫傷、背部打撲傷
   通院期間 平成29年10月17から同年11月11日まで(実通院日数6日)
 イ C整骨院 略
 ウ E整形外科 
   傷病名 背部打撲、腰部打撲、腰背部挫傷
   通院期間 平成29年11月13日
 エ Fクリニック 
   傷病名 腰部挫傷、左肩挫傷、左膝挫傷、背部挫傷
   通院期間 平成29年11月30日から平成30年4月12日まで(実通院日数7日)
 オ G整骨院 略

(3)原告Bの通院経過 略

(4)原告らは、本件訴えを提起して、原告らが、被告に対し、本件事故により受傷したと主張して、民法709条に基づき、人身損害に係る損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)原告Aの受傷の有無及び程度(争点1)
(2)原告Bの受傷の有無及び程度(争点2)
(3)原告Aの損害額(争点3)
(4)原告Bの損害額(争点4)
(5)原告Bに関する素因減額の可否(争点5)
   以下、上記(1)及び(3)についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(1)についての各当事者の主張は、以下のとおりである。
 ア 被告の主張
   以下の事情によれば、本件事故によって原告Aが受傷したとは考え難い。
  a)事故態様が軽微であること
   本件事故は、渋滞中に、被告車両がいわゆるクリープ現象により発進して間もなく、時速5km未満原告車両に追突したものである。本件事故による原告車両の損傷は、リアバンパーに判然としないほど軽微な損傷があるに過ぎない。被告車両の損傷外装にとどまっており、軽微である。過去の衝突実験の結果に照らしても、このような軽微な事故によって原告らが頸部等を負傷することはあり得ない。
  b)原告Aの症状が本件事故によるものとして説明困難であること
   本件事故によって最も負傷しやすい頸部ではなく、左肩、腰部又は左膝を負傷することは考え難い。
   また、原告Aの腰部及び背部の症状は遷延化しており、外傷起因の症状は継時的に消失又は軽減するという医学的知見に照らして、本件事故という外傷に起因するものとはいえない。
   さらに、原告Aは本件事故の2日後に実際に症状が出現したというが、受傷機転から2日後に症状を自覚するというのは通常ない。特に背部痛は事故の9日後に初めて出現したものであり、外傷起因の症状は1週間後に出そろうという医学的知見に照らしても相当因果関係を欠く。
  c)本件事故以外の原因が考えられること 略
 イ 原告らの主張
   本件事故は、赤信号で停車していた原告車両の後ろから被告車両が衝突したものであって、被告が主張するような軽微な事故ではない。被告はクリープ現象により時速5km以下の低速で衝突したと主張するが、その時速の根拠が不明であるし、本件訴訟の初期には被告はクリープ現象との主張はしていなかった。


【裁判所の判断】

(1)本件事故についての認定事実
 ア 事故当日
   平成29年10月15日、本件事故が発生し、原告車両のリアバンパー及び被告車両のフロントバンパーに損傷が生じた。原告車両の修理見積費用は税込23万9,522円、被告車両の修理見積費用は税込5万7,660であった。
   原告Aは、本件事故後、被告と話し合うために原告車両を付近の駐車場へと移動させたが、その際に原告車両のタイヤを縁石に接触させた。この接触によって、原告車両の左前輪のタイヤ側面が一部剥離した。
   本件事故後、被告が原告らにけがをしたか尋ねたところ、原告らは被告に1 度病院に行く旨伝えた。
 イ 実況見分
   平成29年11月15日、被告立会の下、本件事故に関する実況見分が行われた。この際に作成された現場の見聞調書には、本件事故による衝突後、原告車両及び被告車両が前方に30cm程度移動した旨の記載がある。

(2)争点1(原告Aの受傷の有無及び程度)について
 ア 治療経過の検討
   原告Aは、本件事故の2日後にB整形外科に通院し、左肩甲部の強い痛みや左肩、腰及び左膝の怠さを訴え、左肩挫傷・腰部挫傷・左膝挫傷と診断されたことが認められるところ、この医師の診断について、その判断過程や前提事実の把握に誤りがあったことをうかがわせる事情はない。
   また、原告Aは、その後も、左上肢から腰の怠さや、頸部及び背部の痛みを訴えるなどして通院を継続しており、その主訴に不合理な変遷は認められない。
   さらに、原告Aは、本件事故前には整形外科や整骨院に通院してはいなかったところ、本件事故の2日後に通院を開始していることからすると、この通院が本件事故以外の原因によるものと考えることも困難である。
   以上のとおり、原告Aの治療経過を検討しても、原告Aが本件事故により上記傷害を負った旨の医師の診断について、その信用性を疑うべき事情は見当たらない。
 イ 事故態様の検討
   次に、事故態様を検討すると、本件事故において追突時の被告車両の速度を認定するに足りる客観的な証拠はないものの、本件事故後に被告は原告らにけがをしたか尋ね、原告らは被告に1度病院に行く旨伝えたことが認められるのであって、本件事故によって、当事者双方が原告らに受傷の可能性があると認識する程度の衝撃が生じていたものと考えられる。
   また、被告立会いの下で作成された現場の見分状況書には衝突時に両車両が前方に30cm程度移動した旨の記載があることも考慮すると、「衝突時には身体が浮き上がるような感じがした」、「身体が前のめりになった」などの原告らの供述が被害を殊更に誇張したものであるということはできない。
   さらに、本件事故後の原告車両のリアバンパー及び被告車両のフロントバンパーの画像からは両車両に大きな変形等が生じなかったことが確認できるものの、同画像は鮮明でないし、両車両が修理を要する状態になっていることも考慮すれば、これを根拠に、原告らが受傷することが考え難い程に衝撃が軽微であったと認定することもできない。
   これに加え、被告提出の文献によっても、クリープ状態の時速6km程度の追突で症状が出ないとは断定できないとの医師の意見があることも考慮すると、本件事故によって原告らを受傷させ得る程度の衝撃が生じたと考えるのが合理的である。
 ウ 小括
   以上によれば、原告Aの治療経過は原告Aの受傷の事実を推認させるものであり、事故態様もこれと矛盾するものではないから、原告Aは本件事故により上記傷害を負ったものと認めることができる。
 エ 被告の主張について
   これに対し、被告は、①原告Aの受傷部位が交通事故によって最も負傷しやすい頸部ではないこと、②症状が遷延化していること、③症状出現時期が遅いこと等を指摘し、原告Aの症状は本件事故によるものではないと主張する。
   しかしながら、原告Aの受傷部位(左肩、腰部及び左膝)は本件交通事故によって生じたものと不自然であるとはいえないし(①)、原告Aが約6ヶ月にわたって症状の残存を訴えたこと治療期間の相当性という観点から検討を要するとしても受傷の事実自体を否定すべき事情とはいえない(②)。また、症状の発現時期については、原告Aが事故の2日後に整形外科を受診して左肩甲部等の痛みを訴え、さらに事故の9日後に背部の痛みを訴えたという経緯が認められるから、その症状の出現時期が遅すぎるであるとか部位に連続性がないということはできない(③)。被告の上記主張は採用できない。

(3)争点3(原告Aの損害額)について
 ア 治療期間の相当性
   原告Aは、診断書上の症状固定日(平成30年4月12日)までが必要な治療期間であると主張する。
   しかしながら、原告Aについて、本件事故による外傷性の変化や脱臼、骨折は確認されていないし、既に説示したとおり、本件事故後の両車両の損傷状況からすれば、本件事故による衝撃が特に強いものであったとは考え難いのであって、原告Aの傷害が特に重篤なものであったとはいえない。
   これに加え、むち打ち損傷の平均回復期間は31日であり、その治療が長期化することは少なく、1ヶ月以内で治療を終了する例が約80%を占め、6ヶ月以上要するものは約3%であるとの報告が多いとされていること、原告Aの診療録等においても平成30年1月24日頃には症状の改善を示す記載があること等を考慮し、本件では、事故後3ヶ月が経過する時点までを相当な治療期間として認める。
 イ 整骨院への通院の必要性等
   整骨院への通院については、医師の指示又は同意の有無等を踏まえ、その必要性及び相当性を検討する必要があるが、原告AのC整骨院への通院について医師に相談したかははっきりした記憶がない旨供述しており、診療録等を精査しても、整骨院への通院について、医師が指示又は同意したことを示す記載はない。
   原告Aは、G整骨院への通院についてFクリニックのH医師の同意を得ていたと主張するが、原告AはE整形外科に通院した際に医師から整骨院への治療は認められない旨告げられて同病院への通院を中止し、G整骨院の通院を開始した後に同整骨院の紹介を受けてFクリニックへの通院を開始したという経緯が認められるから、原告Aが医師の指示によりG整骨院に通院を開始したということもできない。
   以上によれば、本件における原告A の整骨院への通院は、医師の指示又は同意に基づくものということはできず、むしろE整形外科の医師は明確に整骨院への通院に反対していたことが認められるのであって、この医師の意見が不相当というべき事情も見当たらない。したがって、原告Aの整骨院における通院費及び通院交通費については、本件事故と相当因果関係がある損害として認めることはできない。
 ウ 治療費の相当性 略
 エ 小括
  a)治療費       13,710円
  b)通院交費          615円                      
  c)傷害慰謝料 530,000円
  d)既払金      ‑156,913円
  e)小計          387,412円
  f)弁護士費用   38,741円
  g)合計          426,153円

(4)結論
   原告Aの請求は、42万6,153円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で、原告Bの請求は、40万9,585円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、被告車両がクリープ現象により発進して時速5km未満で原告車両に追突したことなどから、原告らが頸部等を負傷することはあり得ないとの被告の主張を採用せずに、原告らは本件事故により上記傷害を負ったと認定した事例です(ただし、被告車両がクリープ現象により発進して時速5km未満で原告車両に追突したことを認定したものではありません。)。
   他方で、本裁判例は、原告A について、事故後3ヶ月が経過する時点までのみを相当な治療期間として認めました。これは、本件事故後の両車両の損傷状況から本件事故による衝撃が特に強いものであったとは考え難いことに加えて、当初診断書の傷病名が、「左肩挫傷、腰部挫傷、左膝挫傷、背部打撲傷」であることも影響しているものと思われます。

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