【労働】東京地裁令和3年12月23日判決(公刊物未登載)

人事権行使としての配置転換及び降格に伴う賃金の減額は、労働契約上の根拠がある場合には、労働者はこれに服する義務があるところ、就業規則の一部を構成し、周知性を有し、かつ、合理的な内容を定める年俸規程が、労働契約の内容となる旨判示した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)被告は、電子計算機のソフトウェアシステムの設計・開発の受託などを目的とする株式会社である。
   原告は、平成10年4月1日、被告との間で労働契約(以下「本件契約」という。)を締結した者である。原告は、金融第二事業部の部長などを経て、平成27年4月1日、金融第二事業部の副事業部長(主幹9級)に昇格した。

(2)原告は、平成27年10月から平成28年2月まで当時、副事業部長兼部長として、G社員の労働時間を管理する職務を担当していた。
   G社員は、平成27年10月から平成28年1月まで月平均120時間以上の時間外労働を行い、同月には不眠などを訴えるに至り、被告の産業医は、同月2月10日、G社員につき、同日から同年3月31日まで時間外労働・休日勤務を禁止する旨の意見書を被告に提出し、被告は、この意見書を原告に伝達した。しかし、G社員は、同年2月に260.50時間の時間外労働を行い、長時間労働により適応障害を発症して、労務提供不能となり休職した。
   原告は、G社員の前記の長時間労働を認識し、かつ、同月10日には、被告の人事部から、時間外労働を禁止する旨の産業医の意見書の送付を受け、また、同年12月、G社員と同じ作業場所に常駐するなどし、G社員の労働時間を調整できる立場にあったが、前記意見書が添付されたメールを確認せず、また、同月のG社員の業務を抑制せず、前記の長時間労働に至らせ、G社員は精神障害を発症するに至った。

(3)被告と被告の従業員代表者が締結した三六協定では、時間外労働を延長できる限度は1箇月80時間であるところ、これを超えそうなときは、被告の社員で構成する従業員協議会に事前に書面を通知すること、通知を受けたことの従業員協議会からの通知を受けることを条件として1年間(平成27年4月1日始期)に6回まで、1箇月150時間まで延長できることが定められていた。
   しかし、金融事業部に所属していたH社員は、平成28年1月に215.5時間、同年2月に167.25時間、同年3月に195.0時間の時間外労働を行い、延長できる上限150時間を超える時間外労働を行ったほか、平成27年度において月80時間を超える時間外労働の回数が8回となっといて、1年間で延長できる回数を超えていた上、月80時間を超える時間外労働の条件とされている従業員協議会への事前通知も行われていなかった。また、同じ頃、金融第二事業部においては、これに類する事例がH社員以外にも複数存在した。
   原告は、金融第二事業部において、所属する社員の労働時間管理を担当し、毎月の時間外労働を確認していたところ、従業員協議会への通知を怠り、また、前記三六協定で決めた回数以上、上限時間を超える時間外労働を抑制しなかった。

(4)平成28年11月11日、原告は、F事業部長と共に、ビット勤怠(注:金融第二事業部の勤怠管理システムである。)につき、ビット勤怠の入退室時刻が始業終業時刻として初期入力される仕様を改め、始業時刻は9時又は入室時刻のいずれか遅い時刻終業時刻はその8.5時間後の時刻が初期入力される仕様とし(所定休憩事件1時間を除くと7.5時間となる。)(注:この変更により、初期入力上、9時以前の勤務分及び始業時刻から8.5時間後の時刻からピット勤怠への退室時刻までの勤務分がカットされることとなる。)、社員は、被告が顧客から受注したプロジェクトの管理及び作業する社員の労務管理を行う管理者(以下「P M」という。)に対して、ピット勤怠における1日7.5時間を超える労働(以下「標準時間外労働」という。)の申請をして、その承認(ただし、月50時間を超える時はP MがF事業部長の許可を得ることとされた。)を得た範囲でのみ前記の始業終業時刻を変更して申告ができることとした。
   しかし、J社員は、平成28年11月13日から平成29年2月末日まで1日1〜2時間の標準時間外労働を行ったが、直接の上司がF事業部長の許可を得ようとせず、直接の上司からピット勤怠における承認を得られる見込みもなかったため、ピット勤怠における標準時間外労働の申請をせず、時間外労働を全く申告しなかった。また、K社員は、平成28年12月に標準時間外労働の合計が月50時間を超えていたが、直接の上司との相談の結果、月50時間を超えた場合に必要なF事業部長の許可を上司が得ることはせず、月50時間以内に収まるように標準時間外労働の申請を抑制することとした結果、申告しない時間外労働が4箇月で78.72時間に及んだ。そのほかにも、標準時間外労働をしたが、申請が面倒であるなどの理由で申請をせず、結果として標準時間外労働を申告しなかった社員がいた。
   原告は、金融第二事業部に所属する社員の労働時間の管理を行う者として、平成28年11月から平成29年2月まで当時、前記のピット勤怠の仕様変更やP Mに対する労働時間管理の指導を統括していたところ、I社員からのメールやN部長からの情報提供により、全く標準時間外労働の申請をしていない社員や標準時間外労働をしてもピット勤怠における申請を行わない社員がいることを知り得たにもかかわらず、これを放置し、その結果、J社員及びK社員に対する残業代が支払われないという事態を生じさせた。また、その他の社員についても、正確な人数及び時間は明らかではないが、時間外労働をしたが申請しなかったため、残業代が支払われないという事態を生じさせた。

(5)被告代表者は、平成29年3月、原告に対し、一旦、原告を金融第二事業部の事業部長に昇格させる人事案を伝達した。しかし、被告は、平成29年4月1日、原告を、金融第二事業部の副事業部長職の主幹9級から、ビジネスイノベーション推進本部(以下「BI推進本部」という。)の役職なしの主幹9級に配置する旨の発令(以下「本件発令」という。)を行った。

(6)被告の就業規則には、社員の給与及び賞与につき、別に定める旨の定めがあり、その定めに基づく被告の給与規定では、「社員の年俸制度に関する取り扱いは、別に定める。」とされていた。そして、同条に基づき被告により別途定められた年俸に関する規程(以下「年俸規程」という。)では、年俸制度の対象者は、経営職層及び幹部職層の社員とすると定められていた。
   年俸規程によれば、年俸は、基本年俸、実績年俸、役割年俸及び事業部業績年俸の4項目によって構成される(10条)。また、年俸規程において、基本年俸額、実績年俸額及び役割年俸額については別に定めるとしているところ(11〜13条)、被告コーポレート本部人事部長(以下「人事部長」という。)は、年俸制対象者に対し、各年度の年俸支払基準を通知していた(以下、各年度の年俸支払基準を、「平成30年度支払基準」、「平成31年度支払基準」などという。)。

(7)原告の年俸は、以下のとおりに推移した。
 ア 平成28年度は1496万円であった。
 イ 本件発令後である平成29年度は1498万1000であった。
 ウ 平成30年度は925万2000となったが(以下「本件減額措置1」という。)、減額緩和措置として年額348万2000円が加算され、年俸総額は1273万4000円とされた。
 エ 平成31年度は924万9000となったが(以下「本件減額措置2」という。)、減額緩和措置として年額93万9000円が加算され、年俸総額は1018万8000円とされた。
 オ 令和2年度は929万3000と定められたが、前年度の加算額の控除が行われ、年俸総額は835万4000円となった。

(7)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、本件発令による降格・年俸減額前である平成29年度の年俸と平成30年度以降の年俸との差額等の支払を求めた。


【争点】

   多岐に渡るが、下記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。
(1)本件発令は、懲戒処分としてされたものか(争点1)
(2)本件発令の有効性(争点2)
(3)本件減額措置1及び本件減額措置2の有効性(争点3)


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件発令は、懲戒処分としてされたものか)について
   本件発令は、原告を金融第二事業部の副事業部長の主幹9級から、B I推進本部の役職無しの主幹9級に配置するものであるから、配置転換と共に副事業部長を解く降格を行うものであり、いずれも人事権の行使(業務命令)としてされたものと認められる。
   懲戒処分は、使用者による企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確なものをいうところ、本件発令は、原告に対し、配置転換と降格を命じる旨を伝達するものにすぎず、客観的にみて、制裁罰を与える趣旨を何ら含まないものであるから、懲戒処分と認めることはできない。

(2)争点2(本件発令の有効性)について
   本件発令は、人事権の行使としての配置転換及び降格であるところ、人事権の行使としての配置転換及び降格は、労働契約に基づく業務命令であって、使用者が労働契約に基づき当然に命じることができるものであるから、就業規則に定めがなければできないというものではない。
   もっとも、人事権ないし業務命令の範囲内のものであっても、これが権利の濫用に当たるものであれば、本件発令は無効となる。ただし、配転命令権は、業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が損する場合であっても不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の損する場合でない限りは、権利の濫用になるものではないと解すべきである(配転命令につて、最高裁昭和61年7月14日判決、最高裁平成12年1月28日判決参照)。
   これを本件発令についてみると、原告は、金融第二事業部の副事業部長として労働時間の管理を行う職務を担当していたところ、
  ・所属の社員のうち、長時間労働が継続していたため、時間外労働を禁止する意見書が提出されていた者について、送付された前記意見書を看過して、長時間労働を継続させて精神障害を発症するに至らせた。
  ・別の社員につき、三六協定に定める条件に反して、従業員協議会への通知を行わず、上限を超える回数及び上限の時間を超過する長時間労働をさせた。
  ・別の社員が、直接の上司の承認が得られないために時間外労働の一部を申請しなかったところ、原告は、そのことを知っていながら、これを是正せず、残業代の未払の事態を発生させた。
   そして、原告は、これらの事案について、反省することはなく、改善する意思を見せなかった。
   これらのことからすれば、原告を労働時間の管理を行う副事業部長の職から外し、金融第二事業部から別の部署に配置転換することには業務上の必要性があったといえる。そして、本件発令は、労働時間管理を適切に行えなかった管理職を、その地位から外すことによって、労働時間間を徹底し、かつその重要性を示すという趣旨があり、不当な動機・目的があることは窺えない。また、同じ事業所内での配置転換であり、転居を要したり、通勤に変化を発生させたりするものではなく、職務等級の引下げを伴うものでもなく、通常感受すべき程度を超えるとはいえない。
   原告は、本件発令に伴い賃金が減額されるので、本件発令は原告にとって不利益が大きい旨主張するが、人事権行使ないし業務命令としての配置転換及び降格は、賃金の減額を伴うものではなく、配置転換及び降格による担当の変更があった場合でも、賃金の減額は労働契約上の根拠がない限り行うことはできないものである。そして、人事権行使としての配置転換及び降格に伴う賃金の減額は、労働契約上の根拠がある場合には、当事者を拘束する労働契約に基づく措置であって、労働者はこれに服する義務があるといえる。

(3)争点3(本件減額措置1及び本件減額措置2の有効性)について
 ア 年俸規程に基づく被告の年俸決定権
   原告は、年俸制の対象者であるところ、被告は、年俸規程において、年俸額の決定方法について定めている。
   年俸規程は、年俸は、①資格によって決定する基本年俸、②前年度の実績評価により決定する実績年俸、③当年度の役割・目標設定度により決定する役割年俸及び④前年度の事業部実績評価により決定する事業部年俸の4項目によって構成するとする(10条)。そして、当年度の役割・目標は、対象者がミッションシートにより当年度の目標設定を申告し、一時把握者から三次把握者までとの面接を経て、設定されること(4条〜7条)、また、前年度の実績は、対象者がミッションシートに記載された目標に基づき自己評価を申告し、一時把握者から三次把握者との面接などを経て、決定されること(4、5、8及び9条)を定めている。
   そして、被告の人事部長は、年俸規程第3章に基づき、毎年度、年俸制対象者に対し、基本年俸、実績年俸及び役割年俸の各支払基準を通知していた。平成30年度支払基準平成31年度支払基準によれば、
  ・基本年俸は、職能資格の等級の段階に対応して等級ごと一律の金額を定めている。これは、職能資格の等級によって示された職務遂行能力の水準によって賃金を定める合理的なものである。
  ・実績年俸は、労働者の申告及び評価者との面接を経て決定した前年度の職掌、実績評価及び役職の段階に対応して金額を定めており、労働者の前年度の目標・役割及び実績評価によって賃金を定める合理的なものである。
  ・役割年俸は、労働者の申告及び評価者との面接を経て決定した当年度の職掌及び役職の段階に対応して金額を定めており、当年度の役割・目標の重要性の程度などに基づき賃金を定める合理的なものである。
   さらに、
  ・事業部実績年俸は、所属する各事業部門の前年度実績評価に応じ、算出するものであるところ、各事業部の成績を、定量指標(労働生産性など)、働き方改革及び中長期的な成長という3指標により11段階で評価して総合評価を決定し、これにより各事業部の配分を定め、これをさらに、対象者の前年度評価及び当年度目標設定度により配分するものであるから、労働者が所属する事業部門の労働生産性や成長期待などに対する評価を、労働者個人の貢献度などに応じて反映させ、労働者の賃金を決定するものであり、合理的なものといえる。
   年俸規程は、就業規則の一部を構成し、周知性を有するものであるところ、前記の通り合理的な内容を定めるものであるから、原告と被告の労働契約の内容となる(労働契約法7条)。
   したがって、被告は、年俸規程に基づく限りにおいて、原告の年俸を決定することができるというべきである。
 イ 本件減額措置1について
   原告の平成30年度の年俸額の決定が、年俸規程に基づく決定といえるかについて、検討する。
   まず、基本年俸は、職能資格9に対応する平成30年度支払基準の金額であり、年俸規程に基づき人事部長が定めた支払基準によるものである。
   次に、実績年俸は、前年度の平成29年度の目標達成状況100%(B)との実績評価は原告の自己評価どおりであるところ、平成30年度支払基準の組織統括職掌の副事業部長のBに当たる333万円と決定されたものであり、これは、本来の技術職掌のBの金額より高額となり原告に有利であるから、年俸規程に基づく被告の権限の範囲内の決定であるといえる。
   また、役割年俸は、当年度である平成30年度の原告の目標設定がAであることには争いがなく、これに基づき、平成30年度支払基準の技術職掌の主幹のA評価に対応する238万円としたことは年俸規程に基づき人事部長が定めた支払基準に基づくものである。
   さらに、事業部実績年俸は、被告の各事業部の成績を、労働生産性、働き方改革及び中長期的な成長という3指標により11段階で評価して総合評価を決定し、この評価に応じて各事業部の配分を決めるものであり、B I推進本部については発足直後であることから2指標を評価して配分された金額を、原告の前年度評価及び当年度目標設定度により更に配分して80万2000円としたものであり、年俸規程に基づくものといえる。
 ウ 本件減額措置2について
   原告の平成31年度の年俸額の決定が、年俸規程に基づく決定といえるかについて、検討する。
   まず、基本年俸は、年俸規程に基づく支払基準により、原告の職能資格9に対応する金額を採用したものである。
   次に、実績年俸は、前年度の平成30年度の原告の実績はAであり、原告からもこれに異議はなく、平成31年度支払基準の技術職掌の主幹、評価Aに対応する年俸が定められたもので、年俸規程に基づくものである。
   また、役割年俸は、当年度である平成31年度の目標設定はAであり、原告もこれに異議はなく、平成31年度支払基準の技術職掌の主幹のA評価に対応する年俸が定められたもので、年俸規程に基づくものである。
   さらに、事業部実績年俸は、被告の各事業部の成績を、あらかじめ決められた指標により11段階で評価して、この評価に応じて各事業部の配分を決め、かつ、B I推進本部に配分された金額を、原告の前年度評価及び当年度目標設定度により更に配分して金額を決定したものであり、前年度と同様、年俸規程に基づくものといえる。
 エ 小括
   以上から、本件減額措置1及び2は、労働契約の内容となっている年俸規程に基づき、合理的に原告の役割・目標設定及び実績評価並びに事業部の指標評価を行い、合理的な支払基準を当てはめて決定されたものであるから、有効であると認められる。
   したって、原告の本件減額措置1及び2による減額に係る差額年俸(月報及び賞与時俸)の請求は、いずれも理由がない。

(4)結論
   原告の請求は、いずれも理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、本件減額措置1及び本件減額措置2の有効性(争点3)に関し、年俸規定が合理的な内容を定めるものかどうか、また、年俸額の決定が年俸規程に基づく決定といえるかどうかについて、いずれも肯定しています。なお、本件においては、本件発令の前後で原告の職能資格に変動がなく、それゆえ、本件発令は年俸の構成要素の一つである基本年俸に影響を与えるものではなかったことに留意が必要です。

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