【労働】東京地裁令和3年12月21日判決(労働判例1266号44頁)

雇用契約において固定した勤務日及び勤務時間を合意したのにもかかわらず、使用者が一方的にこれを削減するという労働条件の切下げをしたことは無効かつ違法であるとして、労働者の未払賃金請求を認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)原告は、医師である。原告は、平成30年12月から令和元年9月にかけて、日中は大学病院にて勤務していた。
   被告は、平成30年○月○日に設立された医療法人社団であり、Dクリニックを経営している。被告は、FD株式会社(以下「FD」という。)と共同して、医師が患者や患者家族から求めがあった際に車で往診する後産む(以下「本件業務」という。)を行っていた。
   FDの往診可能時間は、月曜日から金曜日までは19時から翌朝6時まで、土曜日は18時から翌朝6時まで、日祝日は終日であった。

(2)原告と被告とは、平成30年12月29日、雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。
   原告は、被告において、平成31年3月は27日間、同年4月は26日間、令和元年5月は30日間勤務したが、同年6月から勤務日が減少し、同月は9日間、同年7月は10日間、同年8月は8日間、同年9月は3日間勤務した。
   これに伴い、原告の被告からの給与は、平成31年3月は129万5000円、同年4月は118万5815円、令和元年5月は144万円であったところ、同年6月は49万円、同年7月は52万円、同年8月は37万円、同年9月は14万7800円と減少した。
   原告は、令和元年9月18日を最後に、被告における勤務を行っていない。

(3)ところで、原告は、平成31年1、「スポット」と称する、被告が募集をかける曜日及び時間帯に対してその都度応募するという方法で勤務していた。
   原告は、上記応募の手続が煩雑であったため、決まった曜日と時間帯に勤務することを希望し、平成31年1月24日、FDの担当者に対し、「FD様は定期で入ることは可能ですか?」というメッセージをLINEで送ったところ、FDの担当者は、原告に対し、「はい。大歓迎でございます!」と返信した。
   原告は、平成31年2月21日、FDの担当者に対し、「以前ご連絡させていただきました3月からのレギュラーの件ですが、下記でお願いできたら幸いです。(以下略)」というメッセージをLINE上で送ったところ、FDの担当者は、「3月からのレギュラーの件、(中略)承りました。」と返信した。
   原告は、平成31年3月4、FDの担当者に対し、「土曜日の深夜ですが、(中略)に変更することは可能でしょうか?」というメッセージをLINE上で送ったところ、FDの担当者は、「固定土曜日深夜から夜勤への変更、お時間は(中略)でお願い致します。」と返信した。
   原告は、平成31年3月以降、原則として、本件雇用契約に基づいたスケジュールに基づいて勤務していたが、差し支え等が生じた場合、事前にFDの担当者に連絡して了解を得てスケジュールを変更していた。

(4)FDの担当者は、令和元年5月2日、原告に対し、「6月1日から、平日20(19)~24時までのシフトについてレギュラー勤務を廃止することが決まりました。限られたシフト枠を多くの先生にご勤務いただくことを目的としています。(以下略)」というメッセージをLINE上で送ったところ、原告は、直ちに「今後もレギュラー枠で勤務したいのでレギュラー枠であいている曜日と時間を教えてください。」と返信した。
   この後、原告は、LINEによって、被告の理事であり、夜間の往信部門の責任者であったHに対し、固定勤務の削減には反対である旨伝え、令和元年5月までの労働条件と同年6月以降の労働条件を明確化した労働条件通知書の提出を求めた。
   Hは、令和元年5月15日、原告に対し、令和元年5月までの労働条件を明記した労働条件(ママ)書と同年6月からの労働条件を明記した雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)を送信した(本件雇用契約書は、標題が「雇用契約書(日雇:医師)」というものであり、始業及び終業の時刻について「始業20時00分、終業24時30分」、賃金は「時給(8000円)22時以降(10000円)」とあるのみであり、勤務日の記載はなかった。)。
   原告は、同日、Hに対し、「ご対応ありがとうございました。6月のシフトに着(ママ)きましてもご配慮宜しくお願いいたします。」、「勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。」というメッセージをLINE上で送った。
   Hは、令和元年5月16日、「応募数の中で全体の先生が満遍なく勤務出来るように判断致します。○○先生(注:原告)のみ特別扱いは難しく多くの先生が週2回程度の勤務になりますので、ご了承くださいませ。」というメッセージをLINE上で送り、原告は、「了解しました。よろしくお願いします。」と返信した。
   Hは、令和元年6月以降、原告に対し、再三、本件雇用契約書への押印を求めたが、原告は、これを拒否した。
   なお、被告において、平成30年12月の時点で登録した医師は、約50名であったが、和元年6月の時点で登録した医師は、約200名に増加した。

(5)原告は、本件訴えを提起して、被告から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後に違法に解雇されたと主張して、差額賃金369万9952円及びこれに対する遅延損害金などの支払を求めた。


【争点】

(1)原告と被告は、本件雇用契約において、原告につき固定の勤務日及び勤務時間を定めたかどうか。
(2)被告がした勤務日及び勤務時間の削減に原告が同意したか。
(3)被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)の有無
(4)中間収入控除
(5)被告が令和元年9月18日原告を解雇したかどうか。
   以下、上記(1)から(3)までについての裁判所の判断の概要を示す。 


【裁判所の判断】

(1)原告と被告は、本件雇用契約において、原告につき固定の勤務日及び勤務時間を定めたかどうか。
 ア 原告と被告は、本件雇用契約において、平成31年1月の時点で固定した勤務日及び勤務時間とすることを定め、同年3月4日、勤務日及び勤務時間を、月曜日、火曜日、木曜日、土曜日(第4土曜日除く。)の20時から24時30分まで、水曜日、金曜日(第1金曜日除く。)の19時から24時30分まで、日曜日14時から20時30分に修正したことが認められる。
 イ これに対し、飛行は、原告を始めとする医師との間で、1か月ごとのシフト制の雇用契約を締結しており、原告との間で固定の勤務日及び勤務時間について合意していない旨主張する。
   しかし、シフト制であることと一部の労働者に固定したシフトを割り当てることは何ら矛盾するものではない。
   したがって、被告の前記主張を採用することはできない。
 ウ また、被告は、原告が主張する固定の勤務日及び勤務時間と異なる勤務日や勤務時間に勤務していることをもって、原告との間で固定の勤務日及び勤務時間について合意していない旨主張する。
   しかし、原告は、差支え等が生じた場合、事前FDの担当者に連絡して了解を得てスケジュールを変更していたことからすれば、原告が固定の勤務日及び勤務時間と一部異なる日時に働いたことと固定の勤務日及び勤務時間の合意とは何ら矛盾するものではない。
   したがって、被告の前記主張を採用することはできない。

(2)被告がした勤務日及び勤務時間の削減に原告が同意したか。
 ア 被告は、原告が、令和元年5月16日、被告に対し、「了解しました。よろしくお願いします。」というLINE上のメッセージを送り、勤務日及び勤務時間の削減に同意したと主張する。
   しかし、原告は、勤務日及び勤務時間の削減に同意していない旨をLINE上で明確に伝え、本件雇用契約書への押印を拒否しているのであり、Hとの交渉の過程で発せられた上記メッセージを取り出してこれをもって原告が勤務日及び勤務時間の削減に同意したものと認めることはできない。
   したがって、被告の前記主張を採用することはできない。
イ 被告は、原告が、令和元年5月15日、被告に対し、「勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。」というLINE上のメッセージで送ったことにより、週3日の勤務とすることに合意した旨主張する。
   しかし、上記メッセージは、原告が被告と交渉する経緯の中での妥協案として提案したものと認められ、被告は、結局、この提案を受け容れたものとは認められないことに照らせば、上記メッセージをもって原告と被告が週3日の勤務日とする合意をしたものと認めることはできない。
   したがって、被告の前記主張を採用することはできない。

(3)被告の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)の有無
 ア 原告と被告は、本件雇用契約において、前記(1)アのような固定した勤務日及び勤務時間を合意していたところ、被告は、一方的にこれを削減するという労働条件の切下げをしたものであるが、これは無効かつ違法であるというべきであり、被告に「責めに帰すべき事由」があることは明らかである。
 イ これに対し、被告は、原告の勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、被告には「責めに帰すべき事由」はない旨主張する。
   しかし、被告は、前記(1)アのとおり、固定した勤務日及び勤務時間を合意していたものであるから、原告に割り当てる固定した勤務日及び勤務時間を除いてシフトを組めばよいのであって、原告の勤務日及び勤務時間の削減がやむを得ないとはいえない。
   そもそも被告は、平成30年12月の時点で登録していた医師が約50名にすぎず、FDの担当者の「はい。大歓迎でございます!」というメッセージからもうかがわれるようにシフトを埋めることに努力を要する状況にあったことが推認されるところ、令和元年6月の時点で登録する医師が約200名に増加したため、原告の固定する勤務日及び勤務時間が逆に業務の支障になったものであり、被告の都合で、それまで大幅にシフトを埋めていた原告の勤務日及び勤務時間を一方的に切り下げたものと認められる。
   したがって、被告の前記主張を採用することはできない。

(4)結論
 ア 原告の未払賃金請求は、令和元年6月1日から同年9月18日までに得られたであろう差額賃金から中間収入控除(略)をした残額である189万9833円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。
 イ 被告がした原告の勤務日及び勤務時間の削減は、前記(3)アのとおり、違法であるところ、これにより原告は、約67%(日額2万8729円÷日額4万2618円=0.674…)もの減収を受けて多大な精神的苦痛を受けたものと認められ、原告の精神的苦痛を慰謝するには30万円が相当である。原告の不法行為による損害賠償請求は、慰謝料30万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、主に原被告間のLINE上のメッセージの遣り取りから、本件雇用契約において、固定した勤務日及び勤務時間が定められたこと及びその内容が修正されたことを認定した上で、使用者の都合で、労働者の勤務日及び勤務時間を一方的に切り下げることは無効かつ違法となる旨判示した事例です。
   なお、シフト制労働契約(労働契約の締結時点では労働日や労働時間を確定的に定めず、一定期間ごとに作成される勤務割や勤務シフトなどにおいて初めて具体的な労働日や労働時間が確定するような勤務形態)は、柔軟に労働日労働時間を設定できるという労使双方にとってのメリットがある一方、使用者の都合により、労働日がほとんど設定されなかったり、労働者の希望を超える労働日数が設定されたりすることによって、トラブルが発生するリスクがあります。この点、厚生労働省は、令和4年1月7日付け「いわゆる『シフト制』により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」を公表して、適切な労務管理のあり方についての指針を示しています。

Verified by MonsterInsights