【交通事故】神戸地裁令和3年6月24日判決(自保ジャーナル2103号91頁)

原告のアルコール依存症及び糖尿病の既往症による症状、影響、愁訴が、入院期間長期化や症状固定時の症状の一因となっていたとして、民法722条2項を類推適用し、その損害の3割を素因減額した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成20年2月2午後1時25分頃
 イ 発生場所 神戸市内路上(以下「本件事故現場」という。)
 ウ 関係車両 被告車
    エ 関係人  原告(昭和23年生12月生、本件事故当時59歳、男性)
 オ 事故態様 原告が、本件事故現場の南北に走る片側2車線の道路(以下「本件道路」という。)を東から西へと横断歩行中、本件道路の南行車線を北から南方向に向かって直進進行してきた被告車と衝突し、原告は転倒した。
  なお、本件事故現場は、前記のとおり、本件道路の南行車線上であるところ、南行車線(幅員3m)と北行車線(幅員3m)との間には、幅約1.5mの中央分離帯がある。また、南行車線と接する東側の歩行側には、車道と歩道との間に植込みがある。本件事故現場付近には、本件道路を横断するための横断歩道は設置されていないが、歩道橋が設置されている。

(2)本件事故による治療経過等
 ア 治療経過
   原告は、本件事故後、以下の医療機関に、以下のとおり入通院した。
  a)B病院
  ・平成20年2月2日から同月19日まで入院18日間
  b)C病院
  ・平成20年2月19日から同年5月8日まで入院80日間
  ・平成20年5月9日から平成21年6月12日まで通院(実通院日数16日間)
  ・平成21年4月6日から同月22日まで入院17日間
  c)D病院
  ・平成20年5月8日から同年10月22日まで入院168日間
  d)E脳神経外科
  ・平成20年5月15日から平成21年1月6日まで通院(実通院日数7日間)
 ウ 症状固定
   C病院のH医師は、原告について、以下のとおり、症状固定と診断した。
  a)後遺障害診断書①
   症状固定日 平成21年6月12
   傷病名 右下肢開放骨折等
  b)後遺障害診断書②
   症状固定日 後遺障害診断①と同じ
   傷病名 後遺障害診断①の他に、「右腕神経叢損傷」及び「右肘部管症候群」
  c)後遺障害診断書③
   症状固定日 後遺障害診断①と同じ
   傷病名 後遺障害診断①と同じ
 エ 後遺障害等級認定
   原告は、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級認定手続において、後遺障害等級併合第10に該当すると判断された(詳細については、省略する。)。

(3)既往症に関する治療経過等
 ア 本件事故前の就労状況等
   原告は、平成10年頃、当時勤務していた会社を退職し、その後はスクールカウンセラーなどを行い、平成18年頃に個人事務所である「○○心療オフィス」を開業したものの、平成19年4月頃には就労をしておらず、同年11月28日は、上記○○心療オフィスがあった建物も解体された。
   原告は、平成17年分までは確定申告を行っていたが、平成18年及び平成19年には確定申告は行っておらず、平成20年には、不動産売却に係る申告をしたのみであった。
 イ アルコール依存症に関する治療経過等
  a)原告は、アルコールに依存しており、医師から度々、禁酒を指示されていたが、平成19年4月頃までに就労しなくなって以降は、自らの判断で病院に通院しなくなり、治療を止めた。
  b)原告のγG T P値は、①平成16年9月14日は339、②同年10月19日は236、③平成17年6月時点で1,2641、④同年9月13日でも1,007、⑤同年11月15日でも551、⑥平成19年5月8日でも411であった。
  c)原告は、本件事故による受傷の治療のために、平成20年2月2日にB病院に入院したが、アルコール多飲歴があるため、アルコール離脱せん妄が疑われる状態であった。原告は、同病院に入院中の同月18日に、同病院の精神神経科の診察を受けた。 
  d)原告は、C病院に転院後もせん妄状態が続いており、統合失調症と思えるくらいの症状もみられ、統合失調症の治療薬であるリスパダールが処方された。
   原告は、C病院に入院した時点で、狭心症、アルコール性肝疾患、2型糖尿病、高血圧、アルコール依存症と診断された。
  e)原告は、平成25年11月21日には、アルコール性認知症と診断された。
 ウ 糖尿病に関する治療経過等
  a)原告は、平成17年2月22日にC病院において、糖尿病性神経障害の診断を受けた。原告は、その頃、手足のしびれが続くと訴え、これに対しては末梢性神経障害の治療に用いられるメチコバールが処方され、これは、原告が通院を自ら止めた平成19年5月頃まで継続していた。
  b)原告は、糖尿病のため、本件事故による受傷前から両手、足に知覚の低下が見られたが、本件事故による受傷の治療のためにC病院に入院中である平成20年2月末頃の時点で、本件事故により受傷していない左手にしびれが生じていた。平成20年3月10日時点のC病院の医師の見解は、原告にはもともと糖尿病があり、特に左上肢にしびれがあるが、骨折によるものかは不明というものであった。さらに、本件事故後、しびれの症状は、改善するどころか悪化し、知覚低下やしびれだけでなく、痛みに変化していった。

(4)原告は、本件訴えを提起して、被告に対し、不法行為(民法709条)による損害賠償請求権等に基づき、損害金3,368万8,748円及び遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)本件事故の態様及び過失割合(争点1)
(2)受傷内容、後遺障害及び原告の既往症等(争点2)
(3)素因減額の可否(争点3)
(4)原告の損害及びその額(争点4)
   以下、主に上記(2)及び(3)並びに上記(4)のうち①休業損害及び②後遺障害逸失利益についての裁判所の判断の概要を示す。
   なお、上記(1)について、裁判所は、原告の過失割合60%と判断した。


【裁判所の判断】

(1)争点2(受傷内容、後遺障害及び原告の既往症等)について
 ア 受傷内容
  a)原告は、本件事故により、右下腿解放骨折(中略)の傷害を負ったものである。
  b)これに対し、原告は、上記傷害の他に、右腕神経叢損傷及び右肘部管症候群の傷害を負ったと主張する。
   しかし、右腕神経叢損傷の根拠とされている筋電図は、長母指外転筋、上腕三頭筋に検査が認められるのみであり、右肩関節及び右手指の可動域角度が、他動値と自動値が同値であることからすると、右手のしびれが本件事故による右腕神経叢損傷によるものかは明らかではない旨の意見が自賠責における後遺障害等級認定の際にも述べられており、これを覆すに足りる客観的な証拠はない。
   また、右肘部管症候群については、同傷病名の記載のある後遺障害診断書②が作成されるまでに右肘部の受傷の事実やそれに対する愁訴や所見については診療録上はなく、本件事故に起因するものかは明らかではない。
   したがって、これらは、本件事故と因果関係のある傷害と認めることはできない。
 イ 後遺障害
   原告は、右肩関節の可動域制限については後遺障害等級12級6号相当の、右膝関節の可動域制限については後遺障害等級12級7号相当の、右足関節の可動域制限については後遺障害等級12級7号相当の、左足関節の可動域制限については後遺障害等級12級7号相当の後遺障害が残存したものであり、これらを併合して、自賠責後遺障害等級併合10級相当の後遺障害が残存したものと認められる。
 ウ 既往症
  a)本件事故当時、原告にはアルコール依存症及び糖尿病の既往症があり、これが本件事故による治療や後遺障害の残存に影響を与えたものということができる。
  b)この点、原告は、本件事故当時の既往症やその影響を否定する。
   しかし、
  ・γG T Pの数値や原告が本件事故前から医師に禁酒を指示されていたこと、それにもかかわらず、失職を契機に通院を自ら止めていたこと
  ・平成20年2月20日の時点で、原告はアルコール依存症であると明確に診断されており、C病院においても、同年3月10日の時点で、アルコール依存症によるせん妄が認められていること
  ・原告は、本件事故の入院時から糖尿病であることが指摘されているが、メチコバールを2年以上にわたって処方されており、抹消性神経症状が慢性化していたと認められるところ、糖尿病についても、本件事故時点において治療は中断されていること
  ・原告は、本件事故後には、重篤な症状を起こしおり、原告に本件事故による右手や右手指の骨折や直接的な打撲、捻挫もなく、末梢神経のしびれなどについても、糖尿病によるものであると認められること
からすれば、このような疾病に伴う症状が、本件事故による治療や症状固定時の症状に影響を与えたことは否定できないというべきである。

(2)争点3(素因減額の可否)について
   原告には、アルコール依存症、糖尿病の既往症があったところ、これらの既往症による症状、影響、愁訴が入院期間長期化や症状固定時の症状の一因となっていたものである。実際に、D病院の推定される入院期間は、2ヶ月から3ヶ月間の予定であったにもかかわらず、同病院には結果として約5ヶ月半もの間入院しており、本件事故日から同病院を退院するまで全体で8ヶ月間以上もの長期入院になっている。
   したがって、損害の公平な分担の観点からすれば、本件においては、原告の既往症を考慮し、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した原告の上記事情を斟酌すべきであり、その事情からすれば、3割の減額をするのが相当である。

(3)争点4(原告の損害及びその額)について
 ア 休業損害
  a)原告は、平成10年頃に当時勤務していた会社を退職し、その後はスクールカウンセラーの仕事で収入を得て、平成18年に個人事務所を開業したが、少なくとも、本件事故前の平成19年4月以前に失職し、その後就労することはなく、また、就労予定もなく、本件事故当時も無職で収入がなかった。
   したがって、本件事故により原告に休業損害が発生したと認めることはできない。
  b)これに対し、原告は、本件事故当時は新たに個人事務所を開設して就労する予定であった旨主張し、証人H子(注:原告の配偶者)もこれに沿った証言をする。
   しかし、
  ・原告は平成19年10月26日に新たにマンションを購入しているところ、原告は、ここで新たな心療オフィスを開業する予定であった旨主張するが、同マンションは、ファミリー向けの分譲マンションで、管理規約によれば住宅専用となっているし、マンションを購入した一方、原告が従前営んでいた○○心療オフィスは、本件事故前の平成19年11月28日に取り壊されていたにもかかわらず、また、開業にあたって特別な工事も必要なかったにもかかわらず、本件事故当日(注:平成20年2月2日)まで3ヶ月間以上、心療オフィスが開業されることはなかった。
   加えて、
  ・H子も、原告が平成18年から仕事をしていなかった旨証言しており、原告自身も病院において自ら無職である旨述べていること
  ・平成18年及び平成19年には確定申告を行なっておらず、平成20年の確定申告の書類は、就業による収入がないことを前提に作成されていること
  ・原告夫婦には、株式の配当金や預貯金の他、約1億円もの不動産売却代金もあり、原告に収入がなくても生活を維持することが可能な状況であった。
   このようなことに、前記(1)で説示した原告の既往症による心身の状況、本件事故当時の原告の年齢(59歳)を考慮すれば、原告には就労復帰予定やその蓋然性もなかったといわざるを得ない。
   したがって、休業損害は認めない。
 イ 後遺障害逸失利益
   前記(1)で説示したとおり、原告には、本件事故により併合10級相当の後遺障害が残存したところ、上記(1)及び上記(3)で説示したとおり、原告は、本件事故前から無職で収入はなく、これまでの説示からすれば、就労の蓋然性を認められないから、そもそも後遺障害逸失利益はない。
   したがって、後遺障害逸失利益は認めない。

(4)結論
   本件事故により原告に生じた損害についてはすべて填補済みであるから、その余の判断をするまでもなく、原告の請求には理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、原告のアルコール依存症及び糖尿病の既往症による症状、影響、愁訴が、入院期間長期化(本件事故日からD病院を退院するまで全体で8ヶ月間以上もの長期入院となっていること)や症状固定時の症状(左上肢のしびれ等)の一因となっていたとして、その損害の3割を減額しました。また、本裁判例は、原告の就労の蓋然性を否定して、その休業損害及び後遺障害逸失利益の発生を否認しました。いずれも認定された具体的な事実関係に基づいて結論を導いています。

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