【交通事故】岡山地裁令和3年3月25日判決(自保ジャーナル2099号26頁)

被害者のCRPS様の症状について、事故前からの被害者の症状の経緯や鑑定の結果から、事故前から発症していたものとして、事故との相当因果関係を否認した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成25年7月14日午後0時52分頃
 イ 発生場所 岡山市内路上
 ウ 原告車  Aが運転し、原告が助手席に同乗する普通乗用自動車
 エ 被告車  被告が運転する普通乗用自動車
 オ 事故態様 信号機により交通整理の行われている交差点において、赤信号のため停車していた原告車の後方にいた被告車が、青信号に変わったため原告車が動き出したと思い発進して、原告車に追突した。

(2)原告の治療経過等
 ア 原告は、F病院に救急搬送され、頸部捻挫の診断を受けた。頭部CTけんさ、頸部CT検査の結果は、いずれも異常が認められなかった。なお、本件事故により、原告車及び被告車のいずれも特段の損傷を受けなかった。
 イ 原告は、平成25年7月16日、頭痛、頸部痛、足が立たない等の症状があるとして精密加療目的でBセンターに入院した。原告は、同年8月31日、同センターを退院した。
   その後、原告は、平成25年9月9日から同月13日まで、C大学病院に、同月17日から同月29日までD大学病院に、同月30日から同年11月6日までE病院にそれぞれ入院した。
 ウ 原告は、E、病院の退院後も、D大学病院、G整形外科、Bセンター、H診断センター等の医療機関を受診した。なお、原告は、平成25年12月9日、E病院整形外科の医師より、自覚症状と他覚所見に解離がある旨の説明を受けた。
 エ 原告は、平成26年5月2日、D大学病院で症状固定の診断を受けた。なお、原告は、平成26年6月11日、Bセンター脳神経外科の医師より、両上肢機能障害、右下肢機能障害の障害名により、身体障害者福祉法別表に掲げる2級相当の障害に該当する旨の診断を受けた。

(3)原告の後遺障害認定
 ア 本件事故以前の後遺障害
   原告は、平成23年1月6日、自転車で走行中に軽四自動車と接触して、転倒した(以下「前回事故」という。)。
   その後、原告は、入通院治療を継続し、平成24年7月31日、頭部、嘔気、嘔吐、両上肢しびれ、脱力等の自覚症状があり、頸椎捻挫、両側胸郭出口症候群の傷病名で症状固定の診断を受けた。
   原告は、前回事故による障害について、「局部に神経症状を残すもの」として、自動車損害賠償法施行令別表第二の14級9(以下、後遺障害等級については「自動車損害賠償法施行令別表第二の」の記載を省略する。)に該当すると認定された。
 イ 本件事故による後遺傷害
   原告の右足部の骨萎縮、皮膚温異常等が認められることを踏まえれば、複合性局所疼痛症候群(以下「CRPS」という。)Ⅰ型による症状と捉えることができるとして、本件事故による障害について、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」であり、9級10に該当し、現存障害9級10号、既存障害14級9号の加重障害と認定された。


【争点】

(1)本件事故と相当因果関係のある症状及び原告が本件事故により9級10号に該当する後遺障害を負ったか(争点1)
(2)原告の損害及び額(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   被告は、原告の既存障害等に関して、以下のとおり主張した。
 ア 原告は、本件事故前の平成24年7月13日、「頭痛、頸部痛。両上肢痺れ~脱力などが続いており、日常生活に著しい制限がある。介護休暇取得による夫の援助の必要。」との診断書が作成され、同年11月7日には、改善したとされつつも、右杖歩行、右上肢拘縮が確認されるほどであった。およそ、14級9号の症状ではない。
 イ 原告は、本件事故前より胸郭出口症候群と診断されているが、原告の訴えは、胸郭出口症候群の症状として整合性が無く、胸郭出口症候群の手術も効果がなかった。げんこくについては、電気生理検査もなく、神経圧迫があれば起こる筋萎縮の所見もないから、そもそも、胸郭出口症候群の診断は妥当性を欠くと言わざるを得ない。
   本件事故後の原告の症状は、長年にわたる精神科の既往や診療経過に照らせば、CRPSでも胸郭出口症候群でもない。機能性不随意運動、機能性脱力感と診断すると医学的に整合するもので、機能性神経症状、すなわち、非器質的な症状、心因性の症状である。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件事故と相当因果関係のある症状及び原告が本件事故により9級10号に該当する後遺障害を負ったか)について
 ア 鑑定の結果
  a)本件事故前に原告に認められた症状、所見の原因となる疾患に関し、前回事故後の外傷性頸部症候群等、心身反応等が加味されたことによる疼痛過敏な病態がその症状に関与していたと考えられる。
  b)本件事故後に原告に認められる症状、所見に関し、カルテ上に記載されているとおり、頭部、頸部痛、右上肢の異常知覚と脱力、歩けない等のADL障害が認められるが、MRI等画像診断、電気生理学的検査において客観的な異常所見は認められない。
  c)原告の現在の症状は、本件事故前からの症状の増悪と考えられ、本件事故時の写真からは、頸部をはじめ外傷による外力があまりに軽微であると推定され、事故後の症状と比較するとあまりにかけ離れがある。外傷による症状としては医学的には説明できない。外力による身体への影響と考えるのではなく、事故というイベントが心身反応を助長させた結果、自覚的な強い上下肢麻痺のような症状を引き起こし、不安感や恐怖心を助長させたことで不動化に陥り、結果的にCRPS判定指標を満たす結果に至ったと考えられる。
  d)CRPS様の症状は、本件事故前から発症していたものであるが、本件事故により増悪しているものと考えられる。
 イ 検討
  a)原告は、本件事故により、頸部痛、右下肢痛等の傷害を負い、歩行困難となった旨主張する。
   しかし、鑑定の結果によれば、本件事故後に原告に認められる病態は、本件事故の態様に照らしても外傷による症状としては医学的に説明し得ず、本件事故というイベントが心身反応を助長させた結果、自覚的な強い上下肢麻痺のような症状を引き起こし、不安感や恐怖心を助長させたことで不動化に陥り、結果的にCRPS判定指標を満たす結果に至ったものであり、また、CRPS様の症状は、本件事故前から発症していたとされている。
   そうすると、原告の歩けない程のADL障害等が本件事故と相当因果関係のある症状であるとは認められない。
   本件事故の態様、事故直後の検査結果、診断内容、診療経過を総合考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある受傷は、頸椎捻挫による受傷に留まると解するのが相当である。
  b)原告は、本件事故による障害について、CRPSⅠ型による症状と捉えることができるとして、後遺障害等級9級10号に該当し、現存障害9級10号、既存障害14級9号の加重障害と認定されている。
   しかし、本件事故前からの原告の症状の経緯や鑑定の結果によれば、CRPS様の症状は、本件事故前から発症していたもので、本件事故により生じたものではない。
   したがって、本件事故により後遺障害等級9級10号に相当する後遺障害を負ったとは認められない。

(2)争点2(原告の損害及び額)について
   原告は、本件事故と相当因果関係のある損害の填補を既に受けており、本件訴訟においてさらに損害の賠償を請求することはできないと言わざるを得ない(注:詳細については,省略する。)。

(3)結論
   原告の請求は理由がない(請求棄却)。


【コメント】

   本裁判例は、自賠責保険が後遺障害等級9級10号に該当するものと認定した原告のCRPS様の症状について、本件事故との相当因果関係は認められない旨判示しました。軽微な衝突という事故態様に加えて、別件事故以降の治療経過や症状の経緯、さらに原告のCRPS様の症状と本件事故との相当因果関係を否認する内容の鑑定結果から、上記の判断が導かれたものと考えられます。

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