【民事】仙台地裁平成30年7月9日判決(判例秘書L07350694)

掲示板サービスを管理・運営する被告が、原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されている投稿記事を削除しなかったことについて、プロバイダ責任制限法3条1項1号2号の要件を満たすことから、原告に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うと判示した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)原告は、株式会社A(以下「A社」という。)において常務取締役を務めていた者である。
   被告は、インターネット上でB(B。以下「本件サイト」という。)という掲示板サービスを管理・運営する株式会社である。
   本件サイトへの書き込みは、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)2条1号所定の「特定電気通信」に該当し、被告は、本件サイトへの書き込みの用に供される同条2号所定の「特定電気通信設備」を用いる者であり、同条3号所定の「特定電気通信役務提供者」及び同法3条1項所定の「関係役務提供者」に該当する。また、被告は、本件サイトに書き込まれた情報を技術的に削除することができる。

(2)原告は、昭和24年○月○日、日本国籍を有するC及びDの長男として、現在の福島県いわき市内で出生し、地元の小学校、中学校及び高校、東京の大学を経て、昭和47年4月、A社に入社し、平成20年3月、同社の取締役事業局長に就任し、その後、同社の常務取締役営業本部長等を務めて、平成26年3月、同社の取締役を退任した。
   原告の姓はX1であるところ、X1という姓は福島県いわき市南部に多い。

(3)平成28年2月11日午前11時30分頃、氏名不詳者によって、本件サイト上に「A元常務、通名X1こと、在日朝鮮人、E君を本社に呼び戻そう!」などと記載された投稿記事(以下「本件投稿記事」という。)が書き込まれた。

(4)原告は、原告訴訟代理人に対し、平成29年6月21日、被告を相手方とする侵害情報の通知・送信防止措置依頼を委任した。
   原告訴訟代理人は、被告に対し、同月22日付けで、本件投稿記事の送信防止措置を講じるよう求める書面を送付した。その際、原告訴訟代理人は、①A社の履歴事項全部証明書の写し、②原告の個人事項証明書(戸籍抄本)の写し、③原告の運転免許証の写し、④委任状の原本、⑤原告の印鑑登録証明書の写し(以下、上記①ないし⑤の書類を「本件添付書類」という。)を添付した。
   しかし、被告は、原告訴訟代理人に対し、同年9月15日付けで、社内にて慎重に検討したが、現在のところ削除等の措置が相当との判断には至っていないという書面を送付した。

(5)原告は、平成29年11月9日、本件訴訟を提起し、被告に対し、人格権に基づき、本件投稿記事の削除を求めるとともに、被告が本件投稿記事を削除しないのは不法行為に当たるとして、民法709条に基づき、平成29年7月1日(被告が本件投稿記事によって原告の人格権が侵害されていることを知った日)から平成30年5月10日(本件訴訟の口頭弁論終結日)まで1か月5万円の割合による慰謝料の支払を求めた。


【争点】

(1)原告の被告に対する人格権に基づく本件投稿記事の削除請求権の有無(削除請求権の有無)(争点1)
(2)原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の有無(損害賠償請求権の有無)(争点2)


【裁判所の判断】

(1)争点1(削除請求権の有無)について
 ア まず、原告は本件投稿記事のA元常務であるX1本人であると認められる。
 イ 次に、原告に人格権に基づく本件投稿記事の削除請求権が認められるか判断する。
   本件投稿記事の内容は、「A元常務、通名X1こと、在日朝鮮人、E君を本社に呼び戻そう!」というものである。本件投稿記事に記載された在日朝鮮人という言葉は多義的であるが、本件投稿記事には「通名X1ことE」と記載されているから、本件投稿記事において在日朝鮮人という言葉は、日本に居住している朝鮮又は韓国国籍を有する者(すなわち日本国籍を有しない者)という意味で使用されていると認められる。しかし、原告は日本国籍を有していて在日朝鮮人ではなく、原告の本名はX1であってEではないと認められるから、本件投稿記事には原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていると認められる。
   ところで、氏名は、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものとされている(最高裁昭和63年2月16日判決参照)。また、人の出自・国籍は、一般に、その人の人格形成に深く結びつくものとして理解されており、人は、氏名及び出自・国籍を第三者に正しく認識してもらう利益すなわち人格的利益を有しているというべきであり、そして、特定電気通信により氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が流通すると、それによって上記人格的利益が著しく侵害されるといえるから、特定電気通信により氏名及び出自・国籍について虚偽の事実を摘示された者は、特定電気通信役務提供者に対し、上記人格的利益が侵害されたことを理由に、人格権に基づき、当該虚偽の事実の削除を求めることができると解するのが相当である。
   したがって、原告は、特定電気通信役務提供者である被告に対し、人格権に基づき、原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実を摘示した本件投稿記事の削除を求めることができる。

(2)争点2(損害賠償請求権の有無)について
 ア 被告は、原告訴訟代理人から本件添付書類を送付された時点で、本件投稿記事には原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていることを知ったと推認され、この推認を覆す証拠はない。
   しかし、被告は、本件のような事案で過去に人格権侵害に基づいて投稿記事の削除を命じた裁判例が存在しなかったことを理由に、本件投稿記事を削除しなかったものと認められる。
 イ 以上の事実を前提に、被告が原告に対し本件投稿記事を削除しなかったことについて不法行為に基づく損害賠償責任を負うか判断する。
    被告の損害賠償責任が認められるためには、①民法709条の要件を満たすこと及び②プロバイダ責任制限法3条1項1号または2号の要件を満たすことが必要である。
  ①民法709条の要件を満たすか否かについて
   被告は、本件投稿記事に原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていることを知った時点で、本件投稿記事が原告の人格的利益を侵害するものであることを認識することができたというべきである。
   また、被告は、原告の送信防止措置依頼に応じて本件投稿記事を削除しても、本件投稿記事によって原告の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったこと(プロバイダ責任制限法3条2項1号参照)を理由に、本件投稿記事の発信者に対し損害賠償責任を負わないことも認識することができたというべきである。
   したがって、被告は、本件投稿記事に原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていることを知った時点で、たとえ本件のような事案で過去に人格権侵害に基づいて投稿記事の削除を命じた裁判例が存在しなかったとしても、本件投稿記事を削除する条理上の義務を負っていることを認識することができたというべきである。ところが、被告は本件投稿記事を削除しなかったというのであるから、被告がそのように判断したことには過失があったというべきである。したがって、本件投稿記事を削除しなかった被告の行為は民法709条の不法行為に該当する。
  ②プロバイダ責任制限法3条1項1号または2号の要件を満たすか否かについて
   本件のような事案で過去に人格権侵害に基づいて投稿記事の削除を命じた裁判例が存在しなかったことに照らすと、被告が、本件投稿記事に原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていることを知った時点で、直ちに原告の人格権が侵害されたことを知ったと認めることはできない。よって、プロバイダ責任制限法3条1項1号1号の要件を満たすとはいえない。
   しかし、被告には、その時点で、本件投稿記事によって原告の人格権が侵害されたことを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があったというべきである。よって、プロバイダ責任制限法3条1項1号2号の要件を満たすといえる。
   以上のとおりであるから、被告は原告に対し本件投稿記事を削除しなかったことについて不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
 ウ 被告は、本件投稿記事に原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていることを、本件添付書類が送付されてから約1週間後の平成29年7月1日までに知ったと推認され、この推認を覆す証拠はない。
   そして、前記被告の不法行為によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は1か月あたり1万5000円と認めるのが相当である。よって、平成29年7月1日から本件訴訟の口頭弁論終決日である平成30年5月10日までの原告の慰謝料は15万4838円となる(計算式:1万5000円×10か月+1万5000円÷31日×10日)。

(3)結論
   以上のとおりであるから、本件投稿記事の削除を求める原告の請求には理由があり、不法行為に基づく損害賠償を求める原告の請求は、上記の(2)ウの限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、被告が本件投稿記事を削除しなかったことについて、被告が本件投稿記事に原告の氏名及び出自・国籍について虚偽の事実が記載されていることを知った時点で、直ちに原告の人格権が侵害されたことを知ったことは認めず、他方で、その時点で、本件投稿記事によって原告の人格権が侵害されたことを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があったことを認めて、被告が原告に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うものと判示しました。プロバイダ責任制限法3条1項1号及び2号の要件に沿って、判断がなされています。

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