【交通事故】大阪地裁令和3年2月25日判決(自保ジャーナル2093号32頁)

青信号に従って走行していた自動車の運転者に対し、赤信号を無視して横断歩道を横断していた歩行者の過失の程度は相当に大きいとして、歩行者の損害について7割の過失相殺がされた事例(確定)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成27年12月10日午後9時27分頃
 イ 発生場所 大阪市内路上(以下「本件事故現場」という。)
 ウ 被告車  被告が運転する普通乗用自動車
 エ 事故態様 原告A(昭和59年1月生の女性)が、対面信号機が赤色を表示している横断歩道を歩行横断中、右側から進行してきた被告車と衝突した。

(2)裁判所の認定した事故態様の詳細は、以下のとおりである。
 ア 本件事故現場は、商店街の中にある横断歩道であり、周囲には多数の店舗が存在している。被告車が走行していた北行き一方通行の道路(以下「本件道路」という。)は、両側に歩道が設けられた直線上の4車線道路(車道の幅員は約15.2m)であり、歩行者横断禁止の規制がされており、本件事故現場の南側にはその旨の標識も設定されていた。
 イ 本件事故当時の天候は雨であったが、視界を妨げるほどの降水量ではなかった。また、本件事故現場の周囲は明るかった。
 ウ 本件事故当時、本件事故現場である横断歩道の手前(南側)の第1車線上にはトラックが駐車されていた。
 エ 被告は、被告車を運転し、本件道路の第3車線を北進し、第4車線に車線変更した後、本件事故現場に差し掛かった。
 オ 原告Aは、本件事故現場の横断歩道の西側の歩道から東側の歩道に横断しようとしていたところ、本件道路を走行する自動車が少なかったため、赤信号で横断しても大丈夫だろうと思い、対面信号機が赤色を表示していたが、横断を開始した。原告Aは、横断歩道を渡る前に上記ウのトラック越しに右(南)側を、第1車線から第2車線に入ろうとする頃にもう1度右(南)側を確認して、小走りで横断歩道を横断したが、衝突するまで被告車の存在には気付かなかった。横断中、原告Aは傘をさしていた。
 カ 被告は、本件道路の第4車線を時速約50kmで走行中、原告Aが横断歩道上の第3車線から第4車線に入ろうとしていたとき、初めて横断歩道を横断している原告Aの存在に気付いた。その際の原告Aと被告車の間の距離は19.4mであった。被告は直ちに急ブレーキをかけたが間に合わず、横断歩道の第4車線上で被告車の左前部と原告Aが衝突し、被告車は衝突地点から約7.5m進んだ地点で停止した。被告車が本件事故現場の横断歩道を進行した際、その対面信号機は青色であった。

(3)原告は、本件事故当日、救急車でB病院に搬送され、C大学病院に転送された。その後の入通院状況は、以下のとおりである
 ア C大学病院
      平成27年12月11日から同月18日まで 入院
 イ B病院
   平成27年12月18日から平成28年1月29日まで 入院
        平成28年4月12日から平成29年3月3日まで 通院(実日数5日)
 ウ D病院
   平成28年1月29日から同年3月29日まで 入院
 エ Eクリニック
   平成28年12月24日から平成29年2月24日まで 通院(実日数4日)

(4)原告Aは、平成29年3月17日、B病院において、以下のとおり後遺障害診断を受けた。
 ア 症状固定日 平成29年3月17日
 イ 傷病名 骨盤骨折(両側恥骨、右腸骨、右仙骨、右白蓋)
 ウ 自覚症状 略
 エ 他覚症状及び検査結果等 
  ・独歩・下肢筋力低下なし
  ・右坐骨屈曲変形残存、恥骨結合離開残存(6mm)、右仙腸骨関節開大残存
 オ 関節機能障害(股関節・他動値)
  ・外転 右:20度、左:45度
  ・内転 右:20度、左:15度
  (外転及び内転の他動値の合計 右:40度、左:60度)
   なお、原告Aは、平成29年5月22日、Eクリニックにおいても、後遺障害診断(症状固定日:同年2月24日、傷病名:骨盤多発骨折)を受けた。

(5)損害保険料率算出機構は、平成29年9月26日、原告Aの後遺障害について、骨盤骨折に伴う右股関節の機能障害が「1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」として自賠責施行令別表第二の12級7号に該当すると認定した。

(6)原告Aは、平成30年7月24日、自賠責保険金として179万2,000円の支払を受けた。
   また、原告Aは、平成30年4月26日までの間に、原告Aの父との間で人身傷害補償条項が含まれている保険契約を締結していた保険会社(以下「原告会社」という。)から合計1,157万8,171円の人身傷害保険金の支払を受けた。

(7)原告A及び原告会社は、本件事故に関して、それぞれ訴えを提起して、被告に対し、原告Aは、民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づき、損害元金644万2,784円及び遅延損害金の支払を求め、原告会社は、保険法25条に基づき、121万1,694円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)本件事故態様、過失割合(争点1)
(2)原告Aに残存した後遺障害の有無、程度(争点2)
(3)原告Aの損害額(争点3)
(4)原告会社の代位額(争点4)
   以下、上記(1)及び(3)のうち逸失利益についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件事故態様、過失割合)について
 ア 本件事故は、信号機の設置されている横断歩道上において、赤信号のうちに徒歩で横断していた原告Aと、青信号で横断歩道に進入した被告車の間で生じた事故である。
   被告は、道路を横断しようとする歩行者がいることを認識できたのであるから、交通の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、前方不注視により原告Aが横断歩道上にいることに気付くのが遅れ、自車を同人に衝突させたのであるから、一定の過失が認められる(被告に過失があることに争いはない。)。
   もっとも、被告は青信号に従って走行していたのに対し、原告Aは、赤信号であるにもかかわらず、あえてこれを無視して横断歩道を横断していたのであるから、原告Aの過失の程度は相当に大きいというべきである。そうすると、本件事故について、原告Aの損害につき7割の過失相殺をするのが相当である。
 イ 原告Aは、①本件事故現場付近が商店街であること、②被告の前方不注視の程度が重大であることなどから、原告の過失割合は5割を下らないと主張する。
   しかし、①について、確かに、本件事故現場は商店街の中にあるが、本件道路の幅員(注:約15.2m)、歩行者横断禁止規制やその旨の標識の存在等に照らせば、本件事故現場が人の横断を頻繁に予測すべき場所であるとはいえないから、これを理由に被告の過失の程度を大きく評価することはできない。
   また、②について、確かに、原告Aは、第1車線から第4車線まで横断したところで被告車と衝突しており、一定期間横断歩道上にいたと認められる上、原告Aが傘をさしていたことに照らせば、被告が原告Aの存在を発見することは比較的容易であったと認められる。他方で、原告Aが横断歩道上を横断していた具体的時間は本件全証拠によっても明らかではないし、本件事故当時弱いながらも雨が降っていたことも考慮すると、被告の前方不注視の程度がこの種の事案の中で特に重大であったと認めるには足りない。
   したがって、原告らの上記主張はいずれも採用できない。
 ウ 被告は、原告Aは衝突時点に至るまで被告車に気付いておらず、その過失の程度は重大であるから、原告Aに8割の過失相殺がされるべきであると主張する。
   しかし、原告Aは、結果として被告車に気付くことができなかったものの、横断歩道を横断するに当たって一応の安全確認をしたと認められるし、原告Aが西側の歩道から横断を開始し、第4車線まで横断したところで被告車と衝突していることに照らせば、原告Aが被告車の直前で飛び出したと評価することもできない。そして、本件全証拠を精査しても、原告Aの過失の程度がこの種の事故態様の中で特に大きいと評価すべき事情は見当たらない。  
   したがって、被告の上記主張は採用できない。
 エ 以上によれば、本件事故について、原告Aの損害につきその7割の過失相殺をするのが相当である。

(2)原告Aの逸失利益について
 ア 原告Aは、a市役所に勤務する公務員であり、平成27年の給与は475万3,856円である。
   原告Aは保健師の仕事をしており、主な業務内容の1つに特定保健指導がある。特定保健指導の中には体操教室での運動指導があり、運動の指導や参加者のサポートをする必要がある。また、乳児健診を担当することもあり、床に置いた体重計に乳児を乗せたり抱きかかえたりする必要がある。
   原告Aは、本件事故後、体操教室での運動指導の担当を外してもらい、現在は体を使うことのない事務作業に従事している。また、近隣への自宅訪問時には通常認められない自動車の使用を許可してもらうなど、原告Aは、職場から職務遂行に当たっての配慮を受けている。
   原告Aは、保健師として採用されているが、保育園に配属される可能性がある。保育園に配属された場合、保育園の保育士と同じ仕事をすることがあり得る。
 イ 原告Aの後遺障害は12級7に該当するものである。
   もっとも、原告Aは、公務員であり、本件事故後も継続して仕事をしており、具体的な減収があったことは窺われない。
   しかし、仮に原告Aに減収がなかったとしても、それは、業務内容等についての職場からの配慮や原告A本人の努力によるものであるというべきであるし、原告Aの職種(保健師)に照らし、今後の職務や異動の範囲が制限される可能性もある(特に、原告Aは、保育園に配属された場合、子どもたちの安全のことを考えると、仕事が続けられるか不安である旨述べている。)こと等にも鑑みると、一定の逸失利益を認めるのが相当である。
   そこで、以上の諸事情を考慮し、原告Aは、本年事故による後遺障害のため、症状固定時から67歳に達するまでの34年間(ライプニッツ係数16.1929)、10%の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
 ウ そこで、原告Aの事故前の年収475万3,856円を基礎収入として逸失利益を計算すると、以下の計算式のとおり、769万7,861 円となる。
  (計算式)475万3,856 × 0.1 × 16.1929 ≒ 769万7,861(円)

(3)結論
   原告のAの請求は、被告に対し、民法709条に基づき、203万3,443円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。
   また、原告会社の請求は、被告に対し、保険法25条に基づき、26万0,406円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、過失割合について、いわゆる緑の本の事故類型【5】の基本過失割合のとおりに認定しましたが、双方の主張するそれぞれの修正事由の有無について丁寧に検討しています。
   また、本裁判例は、後遺障害逸失利益の労働能力喪失率について、裁判における12級の標準的な労働能力喪失率が14%であるのに対し、10%と認定しています。これは、原告Aが、公務員として、本件事故後も継続して仕事をしており、具体的な減収がないこと(将来の減収の可能性についても、配転等を契機に原告Aが退職するなどしない限り、現実化しないと思われます。)などを評価したものと考えられます。

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