【会社】東京地裁令和2年7月9日決定(判例秘書L07530454)

全部取得条項付種類株式の取得価格の算定に当たり、債務総額の50%についての債務免除に対する期待利益を負債の時価評価に反映させた事例(抗告後抗告棄却)


【事案の概要】

(1)当事者等
 ア 第1事件申立人(以下「申立人」という。また、第2事件については、省略する。)は、利害関係参加人の発行する全部取得条項付種類株式(以下「本件株式」という。)の全株取得の日である平成28年10月25日(以下「本件株式取得の日」ということがある。)において、本件株式を5万5000有していた株主である。
 イ 利害関係参加人は、不動産の調査・鑑定及び運用等を目的とする株式会社であり、自ら事業を行っていない純粋持株会社である。利害関係参加人は、株券不発行会社であり、その発行済株式は1945万5339であり、そのうち1000株は自己株式である。利害関係参加人の会計年度は、4月1日から翌年の3月31日までである。
 ウ 株式会社A(以下「(株)A」という。)は、子会社の経営管理業等を目的として設立された株式会社である。(株)Aは、平成28年3月31日時点において、利害関係参加人の発行済株式総数の78.12%の株式を有する親会社であった。
 エ 株式会社B債権回収(以下「(株)B債権回収」という。)は、債権管理回収業に関する特別措置法に基づく債権管理回収業等を目的として設立された株式会社である。(株)B債権回収は、本件株式取得の日において、利害関係参加人が議決権の100%の株式を有する同社の完全子会社であり、会計上の連結子会社であった(利害関係参加人のその他の完全子会社については、省略する。)。
 オ C氏は、平成28年3月31日時点において利害関係人及び(株)A等の代表取締役の地位にあり、平成27年9月30日時点において(株)Aの発行済株式総数の89.52%を有する筆頭株主であった者である。

(2)利害関係参加人の発行する株式の上場廃止に至る経緯等
 ア 利害関係参加人は、昭和62年1月から、その発行する株式をJASDAQスタンダード市場(以下「ジャスダック」という。)に上場していた。
 イ 利害関係参加人は、平成27年6月30日、平成27年3月期に8100万円の債務超過になること、当該債務超過を理由として、東京証券取引所から上場廃止に係る猶予期間入り銘柄に指定された旨を公表した。
 ウ 利害関係参加人は、平成28年2月15日、6期連続で営業損失及び経常損失を計上し、債務超過となったことなどから、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が生じている旨を公表した。
 エ 利害関係参加人は、同年5月23日、平成28年3月期の連結業績において2期連続の債務超過となり、東京証券取引所の監理銘柄に指定される旨通知を受けた旨を公表し、翌24日、決算短信において、同年3月期において3億7000万円の債務超過となる旨を公表した。
 オ 利害関係参加人は、同年6月30、関東財務局長に対し、連結貸借対照表において3億7000万円の債務超過であることなどが記載された平成28年3月期の有価証券報告書を提出した。また、利害関係参加人は、同日、東京証券取引所から、平成27年3月期及び平成28年3月期決算において債務超過となったため、利害関係参加人の株式を同日付で整理銘柄に指定し、同年8月1日に上場廃止とする旨通知を受けたこと及び上場廃止後も事業を継続する予定である旨を公表した。
 カ 利害関係参加人の株式は、同年8月1日、上場廃止となった。

(3)利害関係参加人による本件株式の取得経緯等
 ア 利害関係参加人は、平成28年8月3、同月18日を基準日として、同年9月上旬に臨時株主総会及び利害関係参加人の普通株式を有する株主により構成される種類株主総会(以下「これらを併せて「本件株主総会」という。」を開催される旨を公告した。
 イ 利害関係参加人は、同年9月30日、本件株主総会を開催し、臨時株主総会において下記a)ないしc)の議案が提出され、普通株式を有する株主により構成される種類株主総会において下記b)の議案がそれぞれ提出され、これらを原案どおり可決する旨の決議(以下「本件決議」という。)が成立した。なお、本件株主総会の招集通知や株主参考書類には、本件株主総会の目的について、利害関係参加人を(株)Aの完全子会社とすることを目的とする旨が記載されていた。
  a)定款の一部を変更し、利害関係参加人においてA種類株式を発行することができる規定及びA種種類株式の1単元の数を1株とする規定を設ける。この変更の効力は、臨時株主総会においてこの議案を原案のとおりに可決する旨の決議が成立した時点となる。
  b)上記a)の一部を更に変更し、利害関係参加人の発行する全ての普通株式全部取得条項付種類株式とし、利害関係参加人が株主総会の特別決議によってこれを全部取得する場合、当該株式1株に対してA種種類株式420万分の1株を交付する旨の規定を新設する。この変更の効力は、臨時株主総会において上記a)及び下記c)の議案が原案どおりに承認可決されることを条件として、平成28年10月25日に生じる。
  c)前記a)及びb)による変更後の定款に基づき、利害関係参加人が本件株式の全部を取得し、これと引換えに、本件株式を有する株主に対し、1株につきA種種類株式420万分の1株を交付する。上記取得の効力発生日は、平成28年10月25日となる。当該交付により端数となるA種種類株式は、裁判所の許可を得てその合計数に相当する株式を(株)Aに対し売却し、本件株式の株主が有する同株式数に1円を乗じた金額に相当する売却代金を、同株主が有していた端数に応じて交付する。
 ウ 平成28年10月25日、前記イa)及び同b)の定款変更の効力が生じるとともに、利害関係参加人は、同日、本件株式の全部を取得した(以下「本件株式取得」という。)。

(4)利害関係参加人の株主構成
   平成28年3月31日時点における利害関係参加人の株主数は、合計3815名である。また、利害関係参加人の同日時点における筆頭株主は(株)A(持分比率78.12%)であり、その余の大株主の持株比率は、いずれも約1%以下である。

(5)利害関係参加人の株式の市場価格の推移
   利害関係参加人が上場廃止を公表した平成28年3月14日以降のジャスダックにおける同社の株価の終値の推移の概要は、別紙「株価推移表」(略)記載のとおりである。

(6)申立人による取得価格決定の申立て
   申立人は、本件株主総会に先立つ同年9月25日、利害関係参加人に対し、前記(3)イa)ないしc)の決議に反対する旨の議決権行使書を送付するとともに、同月28日、利害関係参加人に対し、前記(3)イc)に反対する旨の通知をした。
   申立人は、同年10月21日、東京地方裁判所に対し、申立人の有する5万5000株について、会社法172条1項に基づき、取得価格の決定を求めた。


【争点】

   本件株式の取得価格


【裁判所の判断】

(1)鑑定人による本株式の取得価格の評価について
   鑑定人は、概要以下のとおり、本件株式取得の日における本件株式の取得価格について、1株当たり25とするのが相当であるとした(以下、鑑定人の鑑定結果を「本件鑑定の結果」という。)。
 ア 本件株式の評価方法
   会社法172条1項により裁判所が定める取得価格は、公正な価格をいう。本件株式取得は、公開買付けを前提とするものではないから、上記の公正な価格は、投資家の立場に立って当該企業の資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績見通しを評価して求められる企業価値から、自己株式を除く発行済み株式数を除することにより算定すべきである。
   そして、利害関係参加人の企業価値は、原則として、本件株式取得の日に存在する諸要素に基づき、同社の資産内容及び財務状況により算出される資産価値と、対象会社の収益力及び将来の業績見通しにより算出される収益価値に基づいて評価されるべきである。
   また、上場株式と非上場株式とで取得価格として決定する価格が異なるものではないから、対象会社に市場価格が存在し、当該価格が対象会社の資産価値及び収益価値で構成される企業価値を反映していると評価できる限り、当該市場価格を参照することができる。なお、上記の評価方法は、本件株式取得により生じるシナジーを考慮するものでもある。
 イ 本件株式の資産価値の評価
   利害関係参加人は、平成28年3月期において継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が生じていたものの、本件株式取得の日においては事業を継続していることから、利害関係参加人の資産価値の評価は、事業の継続を前提として、上記時点の資産及び負債の簿価のうち、時価の存在するものを時価に修正したうえで評価する時価法(継続価値法)によるべきである。
   また、利害関係参加人は、自ら収益事業を行っていない純粋持株会社であり、完全子会社は当該会社の一部門とみることができるから、利害関係参加人に加え、同社の完全子会社である(株)B債権回収等を含めた連結財務諸表に基づき資産及び負債を評価するのが相当である。
   なお、評価に当たっては、利害関係参加人とその完全子会社の双方で計上されている債権及び債務は、連結会計を基礎とする評価と一致するから、簿価に基づき相殺処理して評価する。また、利害関係参加人と本件株式取得により利害関係参加人の完全子会社となる(株)Aとの取引も参照する。
   資産や負債の時価評価に当たっては、換金性があるか、収益獲得能力のある確実な財産に限り計上するのが相当である。したがって、期間損益計算のために会計上特有の評価勘定として計上されるにすぎず、財産性を有するとはいえない繰延資産や引当金等は、回収見込みがあるなど債権債務に準じるものといえない限り、資産及び負債の時価評価に当たり計上しない。
   また、(株)B債権回収の有する買取債権の評価については、同社の平成28年4月1日から平成29年3月末日までの1年間の債権の回収実績(1795万0286円)と同期間の貸倒実績(1億2115万7192円)に基づき算定した回収率12.9039%に買取債権の簿価47億7904万5435円を乗じた6億1668万3244円(1円未満を四捨五入)とするのが相当である。
   以上を前提として、利害関係参加人及び連結子会社の純資産を評価すると、利害関係参加人単体の純資産の額は、-12億9808万5699円となり、(株)B債権回収の純資産の額は、23億7156万3826円となり(以下略)。
   そうすると、利害関係参加人の連結会計に基づく純資産の額は、上記の各純資産額の総和である2438万3406円ということになる。
   そして、利害関係参加人の発行済株式総数は1945万5339株であり、自己株式は1000株であるから、本件株式の1株当たりの資産価値は、1.253円である。
 ウ 本件株式の収益価値の評価
   利害関係参加人の収益価値は、1株当たりの当期利益を資本化率で割引く収益評価法により評価すべきである。そして、資本化率は、債権回収を主たる事業とする利害関係参加人と類似する上場会社の株式利益率の平均値である7.8325%を採用すべきである。
   同社及び同社の連結子会社の総勘定元帳や決算報告書等に基づき、利害関係参加人の本件取得の日における1株当たりの当期利益を現在価値に引き直して損益計算すると、利害関係参加人の経常利益が-5470万4261円、(株)B債権回収の経常利益が2944万3701円、(中略)となるから、連結会計に基づく利害関係参加人の経常利益は、上記各社の経常利益を合計した-2182万8168円となる。もっとも、株価がマイナスとなることはないから、利害関係参加人の1株当たりの当期利益は0円である。
   また、利害関係参加人は、事業計画を作成していないから、将来の業績見通しを収益価値として考慮することができない。
   したがって、利害関係参加人の収益価値は0円である。
 エ 債務免除益に対する期待利益の考慮
   対象会社の債権者が、債務者である対象会社の事業の継続を前提として、長期に渡り債権の回収を行っていない場合には、対象会社の有する当該債務の全部又は一部に債務免除に対する期待利益が存在するといえ、これを対象会社の将来の業績の見通しに関する事情として考慮し、利害関係参加人の資産価値のうち負債の時価評価に反映させることができる。利害関係参加人及びその連結子会社間における債権債務は相殺処理されることとなるから、上記の評価の対象は、第三者の利害関係参加人及び連結子会社に対する負債となる。
   本件株式取得の日における利害関係参加人の負担する第三者名義の債務は、合計10億5900万4939円である。そして、鑑定人の利害関係参加人に対するヒアリングの結果、会社四季報に記載された利害関係参加人の業績の見通しの内容及び利害関係参加人がジャスダックに上場していた平成28年3月14日から本件株式取得の日までの間の株価の推移を踏まえれば、本件株式の資産価値や収益価値に加え、債務に対する免除益も将来の業績見通しとして本件株式の価値に反映されているといえる。また、利害関係参加人の大口債権者Dは、有価証券報告書において、利害関係参加人に対する債権に関し、貸倒引当金とこれに対応する繰延税金資産を計上しつつ、回収の見通しは不確定と記載して、利害関係参加人に対する債務について一部の回収可能性があると認識しているといえる。これらの事情を踏まえれば、利害関係参加人は、本件株式取得の日において、債務免除に向けた努力を行っており、上記債務総額の50%の債務免除に対する期待利益が存在すると評価でき、これを負債の時価評価に反映させるのが相当である。
   以上からすると、期待利益の現在値の総額は5億2950万2470円となるから、本件株式の1株当たりの債務免除に対する期待利益は、上記の値を利害関係参加人の自己株式を除く発行済株式総数で除した27.218円といえる。
 オ 本件株式の1株当たりの企業価値について
   したがって、本件株式取得の日における本件株式の1株当たりの企業価値は、28.471円(計算式:1.253+27.218)と評価することができる。
 カ 利害関係参加人の株式の上場廃止前の市場価格の評価について
   本件株式の公正な価格として、利害関係参加人の株式の上場廃止前の最終の市場価格である1株当たり25円を採用できるというべきである(注:詳細については、省略する。)。
 キ プレミアム又はディスカウントの考慮の有無
   前記カのとおり、利害関係参加人の上場廃止直前の市場価格が利害関係参加人の企業価値を適切に反映しているといえるから、プレミアムやディスカウントを考慮する必要はない。
 ク 鑑定の結論
   以上より、本件株式の公正な価格は、1株当たり25円である。

(2)本件株式の評価方法についての検討
   まず、鑑定人の採用した前記(1)アの評価方法が本件株式の取得価格の評価に当たり相当であるかを検討する。
 ア 会社法172条1項による全部取得条項付種類株式の取得価格決定の制度が、取得日においてその保有株式を強制的に取得されることになる反対株主等の有する経済的価値を補償するものであることや、同項が取得価格の判断基準を格別に規定していないことなどを踏まえると、取得価格決定の申立てがされた場合に裁判所が定める価格は、裁判所の合理的な裁量により定められる公正な価格をいうと解するのが相当である(最高裁昭和48年3月1日決定)。
   そして、全部取得条項付種類株式の取得が当該会社の筆頭株主の完全子会社かを目的として行われる場合には、完全子会社化のために業務執行を行う当該会社の取締役と、当該会社の株式を継続して保有していた場合に株価が上昇することについての期待を有する当該会社の少数株主との間に利益相反関係が生じ、本来株式の譲渡が自由であるはずの少数株主が当該株式を強制的に取得されることにより、上記の期待を奪われるおそれが生じるというべきである。したがって、裁判所が上記の公正な価格を算定するにあたっては、少数株主の上記期待を保護する観点から、①取得日における当該株式の客観的価値に加えて、②強制的な株式の取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価した部分についても考慮することとするのが相当である。
   これを本件についてみると、上記①については、本件株式取得が行われなかったならば株主が享受しうる価値であり、上記②は、本件株式取得によりシナジーが生じることなどによって増大が期待される価値のうち、既存株主が享受してしかるべき部分といえる。そして、上記①の価値は、本件株式取得の日における利害関係参加人の企業価値を指すと解されるところ、企業価値は、当該企業の資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績見通しなどの様々な事情により構成されるものといえるから、鑑定人が本件株式取得の日において存在する上記の諸事情を考慮して利害関係参加人の企業価値を個別に評価し、公正な価格を算定することとした点は相当であるといえる。また、利害関係参加人の上場廃止の時点における企業価値の構成要素と本件取得の日における企業価値の構成要素が同一又は近似している場合もありうるから、そのような場合に上場廃止の時点における市場価格を公正な価格として採用することも、その評価内容が相当ではないと認められる事情がない限り、専門的知見を有する鑑定人の裁量の範囲内であるというべきである。
   また、鑑定人の採用した評価方法は、本件株式取得により生じるシナジーを考慮するものであるから、上記②について既存株主が享受してしかるべき部分が存在する場合には、これを公正な価格に反映させることができるものと解される。
   したがって、鑑定人が採用した方法により本件株式の取得価格を評価することは相当であるといえる。

(3)本件株式の客観的価値の検討
 ア 資産価値に関する本件鑑定の結果の検討
   鑑定人は、前記(1)イのとおり、時価法(継続価値法)を採用し、利害関係参加人の完全子会社である(株)B債権回収等を利害関係参加人の一部門であるとして、これらの会社を含めた連結財務諸表に基づき、資産及び負債のうち本件株式取得の日における時価に換算する必要があるものを時価評価し、利害関係参加人の1株当たりの資産価値を1.253円と評価する。かかる資産価値は、本件株式の客観的価値を構成するものといえるところ、上記の鑑定人の評価内容は、専門的知見を有する鑑定人の判断として不合理なものとはいえないから、採用できるというべきである。
   これに対し、利害関係参加人は、同社が平成27年3月期及び平成28年3月期の2期連続に渡り債務超過に陥っていたことから、債務超過会社の企業価値を算定する方法として一般的に用いられている修正時価純資産法に基づき本件株式を評価すると、1株当たり0円となるから、本件株式の取得価格は備忘価格の1円である旨主張し、これに沿う公認会計士作成の株式価値鑑定書が存在する。
   しかしながら、鑑定人は、前記(1)イのとおり、時価法(継続価値法)を採用し、利害関係参加人及びその100%子会社の財務諸表のうち、資産及び負債の簿価を修正すべきものについては本件株式取得の日の時価に修正した上で利害関係参加人の連結会計に基づく純資産額が2438万3406円であるとし、利害関係参加人は本件株式取得の日において債務超過ではないと評価しているところ、本件鑑定の結果が専門的知見を有する鑑定人の判断として不合理であるとはいえないことは上記の説示のとおりである。したがって、これに反する利害関係参加人の主張は採用できない。
 イ 本件株式の収益価値に関する本件鑑定の結果の検討
   鑑定人は、前記(1)ウのとおり、収益価値法を適用し、利害関係参加人及びその100%子会社の連結会計に基づいて利害関係参加人の本件株式取得の日における収益価値を0円であると評価しているところ、その内容は、専門的知見を有する鑑定人の判断として合理的なものであるといえるから、採用できるというべきである。
 ウ 債務免除に対する期待利益の考慮に関する本件鑑定の結果の検討
   鑑定人は、前記(1)エのとおり、利害関係参加人の債権者が当該債権の回収行為を行っていない場合には、当該債権の全部又は一部について債務免除に関する期待利益が存在し、当該利益は負債の時価評価に影響し、資産価値の一部を構成するところ、鑑定人の利害関係参加人に対するヒアリング調査等の事情から、利害関係参加人において債務免除に向けた活動がなされており、本件株式取得の時点における第三者の利害関係参加人に対する債務の総額の50%について債務免除に対する期待利益が存在し、負債の時価評価に反映できると評価して、1株当たり27.218円の期待利益を考慮する。
   これに対し、利害関係参加人は、
  ・鑑定人の指摘する会計学の文献においても債務免除の合意がない場合に債務免除に対する期待利益を考慮することが認められない旨記載されていること
  ・債権者はその有する債権を1円でも多く回収することを志向しているから、債務免除に対する期待利益は極めて低い数値となるものであること
  ・利害関係参加人は、債権者との間で債務免除の交渉を行ったが、いずれの債権者もこれを受け入れなかったこと
  ・現に利害関係参加人に対する債権の80%を有する債権者であるDは、利害関係参加人に対し差押えを行い、債権回収の姿勢を明らかにしていること
などから、本件株式の評価に当たり債務免除に対する期待利益を考慮することは許されない旨主張する。
   そこで検討するに、本件鑑定の結果及び尋問の全趣旨によれば、利害関係参加人において会計学上債務免除に対する期待利益の考慮が許容されていない根拠として指摘する文献は、財務的な危機に瀕した会社に対する債権放棄や債権の減額の合意がないまま、自社の負債を切り下げて利益を認識することに対し懸念を指摘する意見が多いことを指摘し、自社の信用リスク変動に起因する利得及び損失を、純利益等ではなく、退職給付に係る調整額やその他有価証券評価差額金と同様の勘定項目であるその他包括利益に計上する扱いとされることとなった旨を指摘している。上記文献の見解は、その内容からすれば、債権放棄や債権の減額の合意がない場合に会計上の利益を認識することに懸念を示すものとはいえるが、鑑定人も令和元年10月意見書において指摘するとおり、鑑定人の採用した債務免除に対する期待利益を会計上考慮すること自体を否定するものとはいえない。
   また、利害関係参加人は、担当記者が独自の取材により分析した上場企業の業績予測等が掲載された雑誌である会社四季報において、平成28年3月に利害関係参加人が債務免除特益を見込み、債務超過であるものの債務免除の内諾により上場維持方針と評価され、同年6月に発行された同雑誌においても債務免除に関する交渉が奏功しなかったとはされていないことが認められる。そして、当該雑誌に記載された業績予測等の評価内容は、上記の作成過程を踏まえれば、一般投資家の視点に立って利害関係参加人の企業価値を評価するにあたり一定の信頼を置くことができるものであるといえる。したがって、鑑定人が会社四季報の記載内容を債務免除に対する期待利益を考慮する際の一事情として参照することは、不合理とはいえないというべきである。
   さらに、利害関係参加人において経理及び総務の業務を行っていたE氏は、平成26年10月以降、Dに対し債務免除の交渉を行ったが、同社はこれを受け入れないことを明言した旨陳述書において陳述するほか、Dは、平成30年3月13日、利害関係参加人に対し債務名義の基づく差押えを行っていることが認められる。しかし、前記(1)エのとおり、鑑定人は、鑑定を実施するに当たり、上記のE氏を含めた利害関係参加人の関係者に対しヒアリングを行い、Dが利害関係参加人との間で具体的に債務免除の交渉を行っていないことを前提としつつ、ヒアリングにおいて聴取した内容や会社四季報の記載内容、本件株式の市場価格の推移、自ら行った本件株式の客観的価値の評価結果等の諸事情を考慮して、Dの有価証券報告書の記載等から利害関係参加人に対する債権の現実的な回収可能性を評価し、投資家の立場に立った場合に、本件株式取得の日における本件株式の評価に当たり債務総額の50%について債務免除に対する期待利益を考慮できると評価しているのであるから、利害関係参加人の指摘する各事情が直ちに上記の鑑定人の評価を否定するものとはいえないというべきである。
   以上からすれば、鑑定人が50%の債務免除に対する期待利益を本件株式の負債の時価評価に当たり反映させることができると判断したことは、専門的知見を有する鑑定人の判断として不合理であるとはいえず、採用できるというべきである。
 エ 利害関係参加人の上場廃止前の株価の考慮について
   鑑定人は、前記(1)カのとおり、本件株式取得の日における利害関係参加人の資産価値及び収益価値から算定した1株当たり28.471円は、利害関係参加人の上場廃止前の5日間の株価の終値が25円から35円の範囲で推移していたことからすると、投資家の立場に立ってみた場合に利害関係参加人の資産内容、財務状況、収益力及び将来の業績に見通しを適切に反映したものであるから、公正な価格として採用できるとして、利害関係参加人の取得価格は1株当たり25円採用であると結論付けた。
   そこで検討するに、利害関係参加人の上場廃止直前の市場価格は1株当たり25円であり、鑑定人が本件鑑定の結果算定した本件株式の1株当たりの企業価値28.471円であるから、その差異は、1株当たり3.471円である。しかし、これを利害関係参加人の自己株式を除く発行済株式総数を乗じた企業価値の総額を基準として比較すれば、利害関係参加人の上場廃止直前と本件株式取得の日との間では、6752万6010円もの差異が存在することとなるから、利害関係参加人の上場廃止の日における終値を形成した企業価値の構成要素と、本件株式取得の日における企業価値の構成要素が同一であるか又は近似していると評価することは困難であるといわざるを得ない。
   したがって、本件株式取得の日における本件株式の取得価格として利害関係参加人の上場廃止の日における終値を採用した点の鑑定人の判断には、相当とはいえない事情があるといわざるを得ないから、採用できないというべきである。

(4)強制的な株式の取得により失われる今後の株価の上昇に対する期待を評価した部分について
   本件株式の公正な価格の算定に当たり、本件株式取得によりシナジーが生じることなどによって増大が期待される価値のうち、既存株主が享受してしかるべき部分を考慮することは相当であることは、前記(2)記載のとおりである。
   しかしながら、(株)Aは、利害関係参加人を含む子会社管理等を目的とする株式会社であり、本件株式取得の日において利害関係参加人の発行済株式総数の78.12%の株式を有している筆頭株主であったことからすると、新たなシナジーが生じると認めることはできず、その他の証拠を検討しても、本件株式取得により上記のシナジーが生じると認めるに足りる証拠もないから、本件株式取得によりシナジーが生じることなどによって増大が期待される価値のうち、既存株主が享受してしかるべき部分は存在しないといわざるを得ない。

(5)小括
   利害関係参加人の本件株式取得の日における公正な取得価格は、1株当たり28(小数点以下切り捨て)である。

(6)結論
   利害関係参加人発行に係る全部取得条項付種類株式のうち、申立人が保有していた5万5000株の取得価格は、1株当たり28円とする。


【コメント】

   鑑定人は、本件株式取得の日における本件株式の1株当たりの企業価値を28.471円と評価しましたが、債務免除に対する期待利益27.218円は、その約96%を占めます。
   なお、本件の抗告審である東京高裁令和2年10月6日決定は、本件株式の取得価格を本件株式の上場廃止直前の市場価格と同額の25円と算定した本件鑑定の結果を妥当と判示しました。ただし、同決定は、利害関係参加人の抗告、附帯抗告がなかったため、結論としては、抗告棄却としています。

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