【交通事故】東京地裁令和2年12月1日判決(自保ジャーナル2087号110頁)

被害者に存した多発助骨骨折が本件事故により生じたものと推認できず、本件事故を原因とする肺挫傷ないし血胸が生じたこと及びそれが貧血の原因であったことも認められないとして、同人の死亡と本件事故との間の相当因果関係を否認した事例(控訴審係属中)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成28年11月13午後6時30分頃
 イ 発生場所 千葉県柏市内の路上。本件事故の発生場所付近は丁字路交差点になっており、直進路は、片側1車線の道路であった。
 ウ 関係車両 被告a運転の電気自転車(以下「被告自転車」という。)
 エ 歩行者  亡A(1930年(昭和5年)7月生、2017年(平成29年)1月20日死亡。本件事故当時86歳)
 オ 事故態様 被告自転車は、直進路を進行していたところ、同一方向に手押し車を押して歩行中の亡Aに接触した。なお、接触の態様及びこれにより亡Aが転倒したか否かは争いがある。 

(2)亡Aの入通院等
 ア B病院
   平成28年11月16(注:本件事故の3日後)に受診し、両大腿から全身の筋肉痛、右肩打撲(外傷性肩関節周囲炎)、腰背部打撲傷、左側胸部打撲傷等と診断され、同年12月28日までの間、通院(実通院日数11日)して治療を受けた。
   なお、同日の亡Aの血中ヘモグロビン値は6.4g/dL基準値は11.3〜15.2 g/dL)、Feは10μg/dL基準値は40〜170μg/dL)であった。そのため、同病院医師は、貧血の精査が必要であると判断した。亡Aは、平成29年1月6日にもB病院の受診を予定していた。しかし、亡Aは、同日、来院しなかった。
 イ C病院
   亡Aは、平成29年1月15、外出中に路上で転倒しているところを通行人に発見され、C病院に救急搬送されて貧血検査のために入院することとなった。同日のC T検査の結果、右助骨のうち1本と左助骨のうち6本に骨折があり、骨癒合の進行前又は進行中であること、右肺に腫瘤影があることがそれぞれ認められた。
   亡Aは、同月20午前0時30分頃、呼吸状態が悪化し、気管挿管されたが、同日午前2時52分に死亡した。C病院の医師が作成した死亡診断書では、直接の死因慢性心不全であり、その原因心房細動であるとされた。死亡の種類は外因死ではなく病死であるとされた。

(3)本件訴訟の提起
   亡Aの子である原告は、本件訴訟を提起して、被告aに対し、民法709条に基づき、発生した損害4,267万0,852円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求め、被告aと対人賠償責任条項を含む保険契約を締結していた被告保険会社に対し、同保険契約に基づき、被告aが確定判決に基づき負担する損害賠償債務と同額の債務として、上記4,267万0,852円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた。


【争点】

(1)本件事故の態様(争点1)
(2)本件事故による亡Aの負傷内容及び本件事故と死亡との因果関係(争点2)
(3)損害(争点3)
   以下、上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、原告は、争点2について以下のとおり主張した。
   亡Aは、本件事故により転倒し、多発助骨骨折(左助骨のうち6本、右助骨のうち1本の骨折)の傷害を負った。そして、亡Aの慢性心不全による死亡は、本件事故で負った肺挫傷(肺が外力により損傷することをいう。)ないし血胸(助骨周辺の血管が外力により損傷することをいう。)によって生じた。すなわち、亡Aは、本件事故により相当な外力を受けて、肺挫傷ないし血胸となり、出血が続き貧血状態となって、体内の鉄分が漸次減少した結果、貧血となり、心臓に長期的な負荷がかかったために心房細動が生じ、慢性心不全により死亡した。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件事故の態様)について
 ア 亡Aは、本件事故の3 日後には、医療機関において、自転車にぶつけられてひっくり返った旨説明しており、実況見分においても同様の事実を指示説明している。
   同人が医療機関に対して訴えていた症状が特定部位に限定されていないこと、歩行者と後方からきた自転車の接触であるという事故態様、亡Aが事故当時高齢であったことに照らしても、同人の説明に特に不自然ないし不合理な点は見出せない。
   したがって、亡Aは、歩行中、被告自転車に後方から衝突されて転倒したものと認められる。
 イ これに対し、被告らは、亡Aは、実況見分において被告自転車が同人の左側を追い抜いて行った旨説明しているが、被告自転車の前輪左側に払拭痕があることと整合せず、むしろ被告aの指示説明(注:被告自転車が道路の左側を進行していたところ、同一方向の前方に手押し車を押して歩行中の亡Aを発見し、ブレーキをかけたものの、接触したというもの。)と整合する、被告自転車に損傷が認められないことも、転倒するほどの衝突ではなかったとの被告aの指示説明と整合する旨主張する。
 ウ 確かに、被告自転車にはタイヤ左側の新しい払拭痕が存在するだけである。
   しかしながら、本件全証拠によっても、亡Aと被告自転車の衝突時の速度、衝突位置及び角度は正確には特定できず、速度、部位、角度によっては払拭痕が生じないことも十分考えられる。また、被告ら主張の態様(注:被告自転車の前輪左側が亡Aと接触したものであるが、亡Aは、本件事故により転倒はしていないというもの。)からすれば、亡Aに生じる症状は右半身の背面部を中心としたものになるはずであるが、実際に亡AがB病院で訴えた症状は右半身の背面部に限られておらず(注:亡Aは、平成28年11月16日、①左側胸部、②右側上肢(肩から腕)、③背中、④両大腿〜下腿の痛みなどを訴えた。)、亡Aの愁訴の一部が本件事故以外に起因することをうかがわせる具体的事情もない。
 エ したがって、前記払拭痕の存在を持って上記認定が左右されるものではなく、被告らの主張は採用できない。

(2)争点2(本件事故による亡Aの負傷内容及び本件事故と死亡との因果関係)について
 ア 亡Aの本件事故時点の身体状態
  a)高血圧症・糖尿病
   亡Aは、平成14年頃高血圧症平成20年頃糖尿病と診断された。これらの疾病は、本件事故当時も残存していた。
  b)下肢の疾患等
   亡Aは、平成10年頃変形性膝関節症と診断された。その後、平成16年頃には多発性脳梗塞を発症したこともあり、同年10月頃の時点では、両膝の変形と痛み、脳梗塞によるバランス不良のため歩行が制限されており、日常生活に介助が必要な状態であった。
   亡Aは、平成20年5には、歩行中に転倒して左大腿骨転子部の骨折、同年9月頃には、閉経後骨粗鬆症と診断され、その後も、平成25年12月頃には、多発性脊椎圧迫骨折平成26年6には12胸椎圧迫骨折と診断された。平成27年11には、階段を踏み外して落ち、右足関節偽痛風等と診断されて入院し、関節鏡下関節滑膜切除術の手術を受けた。
   亡Aは、平成28年2月16日から4日間のうちにシルバーカーを用いて歩行中に2回転倒し、痛くて動けなくなったところ、右大腿骨頸部骨折等と診断されて、同月19日から同年5月13日までの間、D病院に入院した。
   亡Aは、本件事故当時、介護保険制度上の要介護度4の認定を受け、デイサービスとヘルパーを利用していた。
   なお、要介護度4は、要介護状態の区分の中で2番目に重い区分であり、座位保持、両足での立位、移乗、移動、洗顔、整髪といった能力が低下している状態が相当する。
  c)心臓の疾患等
   亡Aは、平成25年1閉塞性動脈硬化同年10心不全と診断された。また、平成22年8には心胸比53%平成27年1には心胸比68%と診断された。なお、心胸比心臓の横径と胸郭の横径の比をいい、50%以上は病的意義を持つとされる。
   さらに、亡Aは、平成28年2月20に心臓超音波検査を受けた際には、左室肥大(中程度)があること、心室中隔の収縮軽度低下があること、心室拡張機能障害があること、大動脈弁狭窄症(軽度)があること、僧帽弁閉鎖不全症があること、三尖弁閉鎖不全症があること、左房の拡大があること、慢性拡張性心不全症連合弁膜症であることなどが指摘された。
   亡Aは、平成28年7に、E病院において心臓超音波検査を受け、軽度の僧帽弁閉鎖不全症と左房、右房の拡張が認められ、慢性心不全と診断された。また、同月25血中ヘモグロビン値は12.4g/dL基準値は11.3〜15.2 g/dL)であった。
 イ 検討 
  a)原告の主張の概要
   原告は、亡Aは本件事故で多発助骨骨折及び肺挫傷ないし血胸の傷害を負い、この肺挫傷ないし血胸が平成28年12月28日当時の貧血の原因である旨主張するため、以下、検討する。
  b)多発助骨骨折の有無
   本件事故の3日後の時点で撮影されたレントゲン写真では、多発助骨骨折の所見はない。
   また、症状の経過をみても、亡Aは、本件事故後最初に通院した際には、せきをして痛いと訴えたものの、それ以降は、くしゃみやせきの際の痛みは訴えておらず、右胸部の痛みについては訴えもなく、平成28年12月28日の時点で、左胸の圧痛もなくなったことが認められる。
   確かに、原告が指摘するように、証拠(略)によれば、平成29年1月15以前に助骨の多発骨折の負傷をし、同日の時点では骨癒合の進行前ないし進行中の状況下であったと認められる。
   しかしながら、上記画像所見及び治療経過(略)に加え、Aは、歩行が不安定であり転倒の危険をたびたび指摘され、実際に平成28年2月には4日間で2回転倒し骨折の診断を受けており、骨粗鬆症の疾病もあることなどからすると、本件事故後に転倒等を契機として助骨の多発骨折が生じた可能性も否定できないのであって、これらの事情を総合すると、Aに平成29年1月15日時点に存した多発助骨骨折が本件事故により生じたものであると推認できない。
  c)貧血の原因
   前記b)のとおり、亡Aが本件事故で多発助骨骨折を負ったものとは認められず、本件事故で肺挫傷ないし血胸を生じさせるような外力を受けたとは認められない。
   また、本件事故の3日後の時点で撮影されたレントゲン写真では、肺挫傷ないし血胸の所見はなく、C病院においても、肺挫傷ないし血胸との確定診断は受けていない。
   他方、亡Aは、平成28年12月28日、黒いものの嘔吐を繰り返したと訴えており、胃や小腸から出血していた可能性がある。
   この点について、原告は、亡Aが腹痛などの小腸由来の出血を示唆する所見がないと主張し、それに沿う証拠(略)を提出するが、B病院の医師は、亡Aの上記主訴内容等から消化管内視鏡検査の必要を認めており、C病院の医師も同様の精査の必要性を認めているのであって、上記可能性を否定することはできず、原告の主張は採用できない。
   また、C病院では、大腸の内視鏡検査が行われているが、前処置不良であり、通常の検査ができなかったのであるから、大腸から出血があった可能性も否定できない
   これらに加え、亡Aは、平成28年12月28当時、86歳と高齢であり、上記アのとおり、高血圧症や糖尿病、心臓疾患等の多数の既往の疾患があって、同年7には、慢性心不全であると診断されているのであって、これらを原因とする可能性も否定できない。
   以上の事実を総合すると、本件事故を原因とする肺挫傷ないし血胸が生じたこと及びそれが貧血の原因であったと推認することはできない。
  d)以上のとおり、亡Aに本件事故による多発助骨骨折が生じたこと、並びに本件事故を原因とする肺挫傷ないし血胸が生じたこと及びそれが貧血の原因であったことは、いずれも認められない。
   よって、その余を検討するまでもなく、Aの死亡と本件事故との間に相当因果関係は認められない。

(3)損害 
   亡Aは、本件事故により腰背部打撲傷、右肩打撲(外傷性肩関節周囲炎)、全身筋肉痛、左側胸部打撲傷等の傷害を負った。その後、B病院に通院して治療を受け、平成28年12月28日頃には、腰の痛みや両大腿の痛みについては、湿布を塗ると楽になり、左胸部の圧痛消失した。
   亡Aは、以後、平成29年1月15日までの間も含めB病院に通院しなかったことからすると、本件事故による負傷は、平成28年12月28日に症状固定に至ったものと認められる。その後のC病院における治療や、死亡については、本件事故との間には因果関係は認められない(以下略)。

(4)結論
   以上によれば、原告の請求は、被告aに対し、民法709条に基づき、33万4,460円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、また、被告保険会社に対し、保険契約に基づき、被告aに対する本判決が確定したときに、被告aに対するものと同一の支払を求める範囲で理由がある(一部認容)。


【コメント】

 本裁判例は、亡Aが、歩行中、被告自転車に後方から衝突されて転倒したものと認めたものの、亡Aの既往の疾患や傷病歴から、本件事故後に転倒等を契機として助骨の多発骨折が生じた可能性も否定できないとして、亡Aの死亡と本件事故との間の相当因果関係を否認した判示した事例です。
 亡Aの既往の疾患や傷病歴を考慮すると、仮に、亡Aの死亡と本件事故との間の相当因果関係が認められたとしても、大幅な素因減額がなされた可能性があったものと考えます。

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