控訴人が出所を明示することなく被控訴人が著作権を有する本件各映像を本件映画に引用して利用したことは、その方法や態様において「公正な慣行」に合致しないから、著作権法32条1項が規定する適法な引用には当たらない旨判示した事例(上告棄却により確定)
【事案の概要】
(1)被控訴人(1審原告)は、テレビ番組、スポット販売、各種事業を業とする株式会社である。
控訴人(1審被告)は、映画の製作及び配給を業とする株式会社である。
(2)原判決別紙1著作物目録(略)記載1ないし4の各映像(以下、番号に対応して「本件映像1」などといい、併せて「本件各映像」という。)は、平成16年8月13日、O大学に米軍ヘリコプターが墜落した事故の後、その墜落現場の状況等を撮影した映像であり、被控訴人の従業員が、原告の発意に基づき職務上撮影し、被控訴人の名義の下に公表することを予定して作成した映像(動画及び音声)である。
原判決別紙3映画目録(略)記載の映画(以下「本件映画」という。)は、控訴人が被控訴人の許諾なく本件各映像を使用して製作した映画である。
(3)控訴人は、平成27年頃、「○○」と題する本編148分のドキュメンタリー映画である本件映画を製作し、同年6月20日から、全国各地の映画館において上映した。
本件映画は、プロローク、第1部、第2部及び第3部からなり、冒頭からの再生時間2分25秒から2分32秒までの間(注:7秒間)に本件映像1が、同3分27秒から3分43秒までの間(注:16秒間)に本件映像2が、同3分48秒から3分51秒までの間(注:3秒間)に本件映像3が、同3分43秒から3分48秒までの間(注:5秒間)に本件映像4が、それぞれ使用されている(以下、本件映画中の本件各映像が使用されている部分を併せて「本件使用部分」という。)。
本件映画には、本件使用部分及びエンドクレジット部分を含め、被控訴人の名称は表示されていない。
(4)被控訴人は、平成28年4月4日、本件訴訟を提起し、控訴人に対し、控訴人が本件映画を上映する行為は本件各映像につき被控訴人が有する上映権(著作権法22条の2)を侵害するなどと主張して、控訴人に対し、①著作権法112条1項に基づき、本件各映像を含む本件映画の上映等の差止めを、②同条2項に基づき、本件映画を記録した媒体及び本件各映像を記録した媒体からの本件各映像の削除を、③著作権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金111万0160円(注:著作権法114条3項により、11万0160円及び弁護士費用100万円)及びこれに対する遅延損害金の支払等を求めた。
(5)原判決(東京地裁平成30年2月21日)は、被控訴人の請求のうち、差止請求及び削除請求の全部と、損害賠償請求の一部を認容した。
これに対し、控訴人が本件控訴をした。
【争点】
主な争点は、著作権の行使に対する引用(著作権法32条1項)の抗弁は成立するかである。
以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。
なお、原判決は、上記の争点について、概要、以下のとおり判示した。
ア 著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定する。
ここで、単に「利用することができる。」ではなく、「引用して利用することができる。」と規定していることからすれば、著作物の利用行為が「引用」との語義から著しく外れるような態様でなされている場合、例えば、利用する側の表現と利用される側の著作物とが渾然一体となって全く区別されず、それぞれ別の者により表現されたことを認識し得ないような場合には、著作権法32条1項の適用を受け得ないと解される。
また、当該利用行為が「公正な慣行」合致し、また、「引用の目的上正当な範囲内」で行われたことについては、著作権法32条1項の適用を主張する者が立証責任を負担すると解されるが、その判断に際しては、他人の著作物を利用する側の利用目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の程度の有無・程度などを総合考慮すべきである。
イ 本件映画と本件各映像(本件使用部分)との関係についてこれをみると、本件映画は、資料映像・資料写真とインタビューとから構成されるドキュメンタリー映画であり、その中で資料映像として使用されている本件各映像は、テレビ局である原告の従業員が職務上撮影した報道映像である。
そして、本件映画のプロローグ部分のうち、被告(注:控訴人のこと。以下同じ。)が撮影し、制作した部分(以下「被告制作部分」という。)は、画面比が16:9の高画質なデジタル映像であり、他方、本件使用部分は、画面比が4:3であり、被告制作部分に比して画質の点で劣っているから、被告制作部分と本件使用部分はとは、一応区別されているとみる余地もある。
しかし、本件映画には、本件使用部分においても、エンドクレジットにおいても、本件各映像の著作権者である原告(注:被控訴人のこと。以下同じ。)の名称は表示されていない。
被告は、上記のとおり本件映画において原告の名称を表示しない理由について、映像の出所は劇場用映画などからの引用の場合以外は表記しないとか、資料写真の出所は写真家の名前を伝える必要がある場合に限って表記するなど、制作上の方針を主張するにとどまり、本件映画のようなドキュメンタリー映画の資料映像として報道用映像を使用するに際し、当該使用部分においても、映画のエンドクレジットにおいても著作権者の名称を表示しないことが、「公正な慣行」に合致することを認めるに足りる社会的事実関係を何ら具体的に主張、立証しない。
被告が提出する乙第17号証は、「公正な使用(フェア・ユース)の最善の適用(ベスト・プラクティス)についてのドキュメンタリー映画作家の声明」であり、フェアユースに関する規定を有する米国著作権法を念頭に置いたものであるが、同声明においても、「歴史的シークエンスにおける著作物の利用」に関し、「この種の利用が公正であるという主張を支持するためには、ドキュメンタリー作家は以下の点を示すことができねばならない。」として、「素材の著作権者が適切に明確化されている。」とされており、何らかの方法により素材の著作権者を明確化することを求めているのである。
実質的にみても、資料映像・資料写真を用いたドキュメンタリー映画において、使用される資料映像・資料写真自体の質は、資料の選択や映画全体の構成等と相俟って、当該ドキュメンタリー映画自体の価値を左右する重要な要素というべきであるし、テレビ局その他の報道事業者にとって、事件映像等の報道映像は、その編集や報道手法とともに、報道の質を左右する重要な要素であり、著作権法上も相応に価値が認められてしかるべきものであるから(著作権法10条2項が、報道映像につき著作物性を否定する趣旨でないことは、その規定上明らかである。)、ドキュメンタリー映画において資料映像を使用する場合に、そのエンドクレジットにすら映像の著作権者を表示しないことが、公正な慣行として承認されているとは認め難いというべきである。
そうすると、総再生時間が2時間を超える本件映画において、本件各映像を使用する部分(本件使用部分)が合計34秒にとどまることを考慮してもなお、本件映画における本件各映像の利用は、「公正な慣行」に合致して行われたものとは認められない。
ウ したがって、著作権の行使に対する引用(著作権法32条1項)の抗弁は成立しない。
【裁判所の判断】
(1)著作権の行使に対する引用(著作権法32条1項)の抗弁は成立するかについて
ア 本件映画において、被控訴人が報道用として編集管理する本件各映像がその著作権者である被控訴人の名称を全く表示することなく、無許諾で複製して使用されている事実は当事者間に争いがないところ、もともと出所の明示は引用者に課された著作権法上の義務(著作権法48条1項)である上に、本件の場合、本件映画中の控訴人制作部分(注:原判決の被告制作部分のこと。)と本件使用部分とは、原判決が指摘するとおり、画面比や画質の点において一応区別がされているとみる余地もあり得るとはいえ、映画の中で、これらの部分が明瞭に区別されているわけではなく、その区別性は弱いものであるといわざるを得ないから、本件使用部分が引用であることを明らかにするという意味でも、その出所を明示する必要性は高いものというべきである。
また、本件のようなドキュメンタリー映画の場合、その素材として何が用いられているのか(その正確性や客観性の程度はどのようなものであるか)は、映画の質を左右する重要な要素であるといえるから、この観点からしても、素材が引用である場合には、その出所を明示する必要性が高いものと考えられる。
他方、本件においては、引用する側(本件映画)も引用される側(本件各映像)も共に視覚によって認識可能な映像であって、字幕表示等によって出所を明示することは十分に可能であり、かつ、そのことによって引用する側(本件映画)の表現としての価値を特に損なうものとは認められない。
これらのことに、原判決が指摘する「公正な使用(フェア・ユース)の最善の運用(ベスト・プラクティス)ついてのドキュメンタリー映画作家の声明」(乙17)の内容等を併せ考えると、適法引用として認められる要件という観点からも、本件映画において本件各映像を引用して利用する場合には、その出所を明示すべきであったといえ、出所を明示することが公正な慣行に合致し、あるいは、条理に適うものといえる。
そして、このことは、本件映画の総再生時間が2時間を超えるのに対し、本件各映像を使用する部分(本件使用部分)が合計34秒にとどまるといった事情や、本件各映像が番組として編集される前の映像であるといった事情によっては左右されない。
したがって、控訴人が何ら出所を明示することなく被控訴人が著作権を有する本件各映像を本件映画に引用して利用したことについては、(単に著作権法48条1項1号違反になるというにとどまらず)その方法や態様において「公正な慣行」に合致しないとみるのが相当であり、かかる引用は著作権法32条1項が規定する適法な引用には当たらない。よって、これと同旨をいう原判決の認定判断に誤りがあるとは認められない。
イ 以上のとおりであるから、引用の抗弁に関する控訴人の主張は採用できない。
(2)結論
本件控訴は理由がない(控訴棄却)。
【コメント】
本裁判例は、出所の明示について、適法引用(著作権法32条1項)の考慮要素の一つである「その方法や態様」の枠組みの中で検討しています。
なお、本件の上告審(最高裁令和元年6月27日決定)は、控訴人の上告を棄却し、上告受理申立てについても受理しませんでした。