【交通事故】東京高裁令和2年6月11日判決(自保ジャーナル2078号55頁)

控訴人車両が、被控訴人車両が交差点で大回り左折を開始した時点で、同車両から約100m後方の距離の地点にいたことから、同車両に控訴人車両が衝突した事故は、控訴人の一方的過失によって発生したものと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)控訴人(1審原告)は、昭和20 年9月生の女性(注:事故当時69歳)であり、平成26年10月当時、姉夫婦と同居していた。
   被控訴人(1審被告)は、平成26年当時、株式会社Aに勤務していた。

(2)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 日時 平成26年10月28日午後0時55分頃
 イ 場所 埼玉県狭山市内の国道a号線(以下「本件道路」という。)にある信号機による交通整理が行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)
 ウ 関係車両 控訴人の運転する原動機付自転車(以下「控訴人車両」という。)
        被控訴人の運転する中型貨物自動車(以下「被控訴人車両」という。)
 エ 態様 本件道路を走行してきて本件交差点を左折しようとしていた被控訴人車両に本件道路を後方から直進してきた控訴人車両が衝突した。
 オ 結果 控訴人は、少なくとも胸部打撲、右上肢打撲、右下肢打撲・挫創の傷害を負うとともに、控訴人車両については廃車処分にせざるを得なかった。

(3)控訴人は、平成26年10月28日から平成28年4月21日までの間、各医療機関に入通院し、同日、最終通院先の医師から、控訴人の症状(腰痛、体表上の変形残存、C T上の骨盤の変形残存、胸腰椎部の運動障害、股関節の機能障害)が固定したとの診断を受けた。しかし、自動車損害賠償責任共済は、平成30年9月6日、自賠責保険(共済)における後遺障害には該当しないとの判断をした。
   なお、本件事故については、捜査機関によって人身事故として捜査が行われたが、被控訴人は、書類送検されず、刑事責任を追求されなかった。

(4)控訴人は、本件訴訟を提起し、控訴人に対し、民法709条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3 条に基づき、2,502万8,205円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(5)原判決(さいたま地裁川越支部令和元年10月29日判決。自保ジャーナル2078頁59頁)は、被控訴人の請求を棄却した。
   これに対し、控訴人が本件控訴をした。


【争点】

   主な争点は、被控訴人の責任原因の有無である。
   以下、上記の争点についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、原審は、上記の争点について、概要、以下のとおり判示した(ただし、以下においては、原告を「控訴人」、被告を「被控訴人」と称する。)。
 ア 別紙図面(略)被控訴人車両は、本件道路をb方面に向かうため、「c駅入口」と称する信号機の設置された丁字路交差点の先頭で赤信号に従って停止していた(ア地点)後、青信号に従って右折した。
   控訴人車両も、被控訴人車両に遅れて上記交差点を右折し、本件道路に進入した。
 イ 別紙図面のとおり、被控訴人車両は、上記アの交差点を右折した後、本件道路の第1通行帯(注:本件道路の車道は、片側2車線である。)を走行していた(イ地点)が、本件交差点において本件道路にほぼ直角に接する道路(以下「本件狭路」という。)の幅員(注:約3m)と被告車両の長さとの関係で、車体の前方を第2通行帯にはみ出す態様でなければ、本件道路を左折することができなかったため、本件交差点の約30m手前の地点で左折の合図を出して一旦第2通行帯に進路を変更した(ウ地点〜エ地点)後、時速約5ないし10kmで本件狭路に向かって左折を開始した。被控訴人は、被控訴人車両がオ地点に来た時点で、左サイドミラーで約100m後方のA地点を走行している控訴人車両を初めて認識した。
   他方、控訴人車両は、上記アの交差点を右折した後、b方面に向かって本件道路の左端を時速約20kmで走行していた。控訴人は、右折後しばらくして、約100m前方を走行する被控訴人車両を発見したが、被控訴人車両が直進するものと思い込んで、その後は被控訴人車両の動静を見ていなかった。
 ウ 被控訴人車両は、本件交差点を左折しようとしていたが、本件狭路の幅員が狭かったため、左側面が本件交差点の南側(c方面)の角にある建物に衝突するおそれがあったことや、右側面が本件交差点の北側(b方面)の角にあるカーブミラー及び電柱に衝突するおそれがあったことから、別紙図面のとおり、カ地点で一時停止した
   他方、控訴人は、被控訴人車両が上記イのような走行(大回り左折)をしていることを見ないまま、直前になって被控訴人車両を発見し、危険を感じたため、ブレーキをかける間もなく、思わず両手を肩の辺りまで上げて頭部が被控訴人車両に衝突しそうになるのを回避する行動に出た。控訴人車両は、カ地点で停止していた控訴人車両の左後輪付近にめり込むようにして衝突し、控訴人は被控訴人車両に身体のどこかをぶつけると、その反動で控訴人車両から左側の路面に転倒した。
 エ 上記の事実によれば、被控訴人車両が本件交差点での左折を開始した時点では、控訴人車両との距離は約100m であったところ、控訴人車両は時速約20kmで走行していたのであるから、控訴人が前方を注視し、被控訴人車両の動静を認識していれば、被控訴人車両が本件交差点を左折しようとしていることを認識し得たということができ、そうであるとすれば、速度を落として被控訴人車両と衝突するのを回避することが容易であったということができる。
   したがって、本件事故は、控訴人の一方的過失によって発生したものであって、被控訴人に何ら過失はないといわざるを得ない。
   また、被控訴人車両に構造上の欠陥も機能の障害もあったことを窺わせる事情は見受けられないから、被控訴人は、自賠法3条ただし書により、控訴人に対し、運行供用者としての責任を負うということもできない。


【裁判所の判断】

(1)被控訴人の責任原因の有無について
 ア 控訴人は、被控訴人が控訴人車両を確認した原判決別紙図面のオ地点から控訴人車両と衝突したカ地点までの移動の間は3〜5秒であったと供述しているところ、控訴人は時速約20kmで走行しており、被控訴人車両がオ地点で左折を開始した時に控訴人車両は被控訴人車両の後方30m以内にいたと認められるから、被控訴人には過失があると主張する。
 イ しかし、被控訴人は、オ地点で控訴人車両を確認した時に控訴人車両がいた地点までの距離については感覚的なものであり、正確な距離は分からないと供述しており、オ地点からカ地点までの時間も感覚的なものであって必ずしも正確なものではないことがうかがわれるところ、本件狭路への左折が困難なものであったことからすれば、オ地点からカ地点まで進行するのにそれなりの時間を要したと推認することができ、5秒にとどまらなかった可能性は少なくない。
   また、被控訴人は、上記のとおり正確な距離は分からないとしながらも、オ地点にいる時に「c駅入口」と称する信号機の設置された丁字路交差点を右折してきた控訴人車両を確認した旨供述していることからすると、被控訴人車両がオ地点にいた時に控訴人車両は上記「c駅入口」の交差点を右折して間がない地点であったと認められるから、控訴人車両は、被控訴人車両がオ地点で左折を開始した時に正確に約100mであるかどうかはともかくとしても、それに大きく相異しない距離の地点にいたものと認められる。そうすると、被控訴人に過失があるということはできないから、控訴人の上記主張は採用できない。

(2)結論
   本件控訴は理由がない(控訴棄却)。


【コメント】

   本件では、控訴人車両が時速約20km(秒速約5.56m)で控訴人車両の後方から進行してきたことを前提に、被控訴人車両が左折を開始した時点で、控訴人車両が被控訴人車両から何メートル後方の地点にいたかが争われています。
           本裁判例は、被控訴人が、「正確な距離は分からない」と供述する一方、オ地点にいた時に「c駅入口」の交差点を右折してきた控訴人車両を確認した旨供述していることなどから、被控訴人車両が左折を開始した時点で、同車両が被控訴人車両から100m程度後方の地点にいた旨認めています。

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