【知的財産】知財高裁平成22年10月13日判決(判例タイムズ1340号257頁)

著作権法32条1項の引用としての利用に当たるか否かは、①他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、②その方法や態様、③利用される著作物の種類や性質、④当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合的に考慮して判断すべき旨判示した事例(上告審係属中)


【事案の概要】

(1)被控訴人ら(一審原告ら)は、著名な女流画家出会った亡Aの長男の亡B、養子のC(亡Bの長男)である。なお、亡Bは、原審に本件訴訟が係属中に死亡し、同人の相続人であるC(以下「被控訴人」という。)が訴訟手続を受継した。
   控訴人(一審被告)は、美術品の鑑定等を目的とする株式会社である。

(2)控訴人は、原判決別紙絵画目録記載1および2(以下、これらを併せて「本件各絵画」という。)の各所有者である美術商からの依頼に基づき、本件各絵画について、本件鑑定証書1及び2(以下、これらを併せて「本件各鑑定証書」という。)を作成する際に、本件各鑑定証書に添付するため、本件各絵画の縮小カラーコピー(以下「本件各コピー」という。)を作製した。
   本件各鑑定書は、控訴人鑑定委員会委員等名義で、本件各絵画に係る「作品題名」、「作家名」、「寸法」等が記載されたホログラムシールを貼付した鑑定証書と、その裏面に本件各コピーを添付した上で、パウチラミネート加工されて製作されたものである。
   本件各コピーは、本件各絵画を写真撮影・現像した上で、プリントアウトされた写真をカラーコピーして作製されたものである。控訴人における絵画の鑑定業務においては、対象となる絵画の画題が「花」、「薔薇」、「風景」等共通するものが多いことから、鑑定対象の絵画を特定するために、また、これに加えて、鑑定証書の偽造のために、鑑定証書の裏面に鑑定対象の絵画の縮小カラーコピーを添付する扱いとしている。

(3)被控訴人ら(一審原告ら)は、本件訴訟を提起して、控訴人に対し、本件各絵画について、本件各鑑定証書を作成する際に、本件各鑑定証書に添付するため、本件各コピーを作製したことは、亡Aの著作権(複製権)を侵害するものであると主張し、同侵害に基づく損害賠償請求(著作権法114条2項又は3項)として、12万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。

(4)原判決(東京地裁平成22年5月19日判決)は、控訴人が、本件各コピーを作製したことは、亡Aが有し、亡B及び被控訴人が相続した著作権(複製権)を侵害するものであって、控訴人には、少なくとも過失が認められるとして、著作権法114条2項に基づき、その認定に係る被控訴人の損害額6万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を一部認容した。
   控訴人は、これを不服として本件控訴に及んだ。


【争点】

(1)複製権侵害の成否(争点1)
(2)引用の成否(争点2―本件各鑑定書に本件各絵画を複製した本件各コピーを添付したことが著作権法32条にいう引用としての利用として許されるか否か)
(3)権利の濫用・フェアユースの法理等の成否(争点3)
(4)故意過失の有無(争点4)
(5)損害金(争点5)
   以下、主に上記(1)及び(2)についての裁判所の判断の概要を示す。


   なお、上記(3)について、控訴人は、概要、以下のとおり主張した。
 ア 著作物を取り巻く急激な環境の変化に適切・迅速に対応し、利用の円滑化を図るためには、立法による解決を待つだけでは足りず、裁判所による積極的な司法判断が期待されるところであり、また、我が国の著作権法においても、その個別の権利制限規定としてフェア・ユースの法理は既に内在しているのであるから、我が国の現行の著作権法に一般的な権利制限規定としてフェア・ユースの法理を定めた規定がないことが同法理を適用できないことの理由にはならない。
   そして、本件において複製権侵害が認められると不当な結果が招来されることは明らかであって、本件のような場面でこそ、フェア・ユースの法理が適用される必要があるところ、①本件のような鑑定においては、鑑定物を特定するためには、対象としての複製物の画像を添付する以外に有効な手だてはなく、添付が必要不可欠であるところ、その利用は、まさに著作物の利用を主たる目的としない他の行為(鑑定)に伴い付随的に生ずる著作物の利用であって、その利用が質的又は量的に社会通念上軽微であると評価できる場合に該当すること、②本件の利用によって、絵画流通市場における絵画取引の安全が守られることからすると、まさにその態様に照らし、著作権者に特段の不利益を及ぼさないものと考えられるものである。
 イ 本件各鑑定書の作製が複製権侵害に当たるとされると、控訴人としては鑑定業務を行うことが困難となり、ひいては鑑定書の存在に支えられた我が国の絵画流通市場の安定性が失われるおそれが生ずるものであって、被控訴人の得る利益に比べ、控訴人の受ける不利益の方がはるかに大きく、その不利益は、控訴人にとどまらず、我が国の絵画流通市場全体に及ぶ。実際のところ、対象物の特定及び同一生確認のためには、鑑定証書にコピーを添付しないと鑑定証書が作れないところ、原判決に従うと、結果的に遺族にだけ鑑定業務の独占を許すという不合理な結果が招来されてしまう。


【裁判所の判断】

(1)争点1(複製権侵害の成否)について
   著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製するものをいうところ(最高裁昭和53年9月7日判決参照)、本件各コピーは、本件各絵画に、それぞれ依拠して作製されたものであり、その作製された画面の大きさは、それぞれ縮小カラーコピーというように、本件各絵画の大きさとは自ずと異なるが、本件各絵画と同一性の確認ができるものであり、本件各コピーの作製方法及び形式からして、本件各絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるから、このような本件各絵画の再製は、本件各絵画の著作権法上の「複製」に該当することが明らかである。

(2)争点2(引用の成否―本件各鑑定書に本件各絵画を複製した本件各コピーを添付したことが著作権法32条にいう引用としての利用として許されるか否か)について
 ア 引用の適法性の要件
   著作権法は、著作物等の文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とするものであるが(同法1条)、その目的から、著作者の権利の内容として、著作者人格権(同法第2章第3節第2款)、著作権(同第3款)などについて規定するだけでなく、著作権の制限(同第5款)について規定する。
   その制限の1つとして、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができると規定されているところ(同法32条1項)、
   他人の著作物を引用して利用することが許されるためには、
  ・引用して利用する方法や態様公正な慣行に合致したものであり、かつ、
  ・引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであること
が必要であり、著作権法の上記目的をも念頭に置くと、引用としての利用に当たるか否かの判断においては、
  ・他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、
  ・その方法や態様
  ・利用される著作物の種類や性質
  ・当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度
などが総合的に考慮されなければならない。
   しかるところ、控訴人は、その作製した本件各鑑定証書に添付するために本件各絵画の縮小カラーコピーを作製して、それを複製したものであるから、その複製が引用として著作権法上で適法とされるためには、控訴人が本件各絵画を複製してこれを利用した方法や態様について、上記の諸点が検討されなければならない。
 イ 要件の充足性の有無
  a)本件各鑑定証書は、そこに本件各コピーが添付されている本件各絵画が真作であることを証する鑑定書であって、本件各鑑定証書に本件各コピーを添付したのは、その鑑定対象である絵画を特定し、かつ、当該鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ、
   そのためには、一般的にみても、鑑定対象である絵画のコピーを添付することが確実であって、添付の必要性・有用性も認められることに加え、
   著作物の鑑定業務が適正に行われることは、贋作の存在を排除し、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであること
を併せ考慮すると、
   著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは、著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。
   そして、本件各コピーは、いずれもホログラムシートを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され、表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており、本件各コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと、本件各鑑定証書は、本件各絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり、本件絵画と所在を共にすることが想定されており、本件絵画を複製した本件各コピーを添付することは、その方法ないし態様として見ても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまるものということができる。
   しかも、以上の方法ないし態様であれば、本件各絵画の著作権を相続している被控訴人等の許諾なく本件各絵画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり、被控訴人等が本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難いのであって、
   以上を総合考慮すれば、控訴人が、本件各鑑定証書を作成するに際して、その裏面に本件各コピーを添付したことは、著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において、その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ、かつ、その引用の目的上も、正当な範囲内のものであるということができるというべきである。
  b)著作権法32条1項における引用として適法とされるためには、利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でないと解されるべきものであって、本件各鑑定証書それ自体が著作物でないとしても、そのことから本件各鑑定証書に本件各コピーを添付してこれを利用したことが引用に当たるとした前記判断が妨げられるものではない。
  c)なお、控訴人が本件各絵画の鑑定業務を行うこと自体は、何ら被控訴人の複製権を侵害するものではないから、本件各絵画の鑑定業務を行なっている被控訴人がこれを独占できないことをもって、著作権者の正当な利益が害されたということができるものでないことはいうまでもない。
 ウ 小括
   したがって、控訴人が本件各鑑定証書を作製するに際してこれに添付するため本件各コピーを作製したことは、これが本件絵画の複製に当たるとしても、著作権法32条1項に規定する引用として許されるものであったといわなければならない。

(2)結論
   その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は全部棄却されるべきものであって、これを一部認容した原判決は取り消しを免れない(原判決取消し・自判)。


【コメント】

 本裁判例は、著作権法32条1項の引用の適法性の要件について、従来の支配的見解のように明瞭区別性及び主従関係の2要件が充足されているか否かを検討することなく、同条項の文言に従って、引用して利用する方法や態様公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであるか否かを、①他人の著作物を利用する側の利用の目的、②その方法や態様、③利用される著作物の種類や性質、④当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などを総合的に考慮して判断すべきことを判示しています。
   ただし、上記の考慮要素の検討過程は必ずしも明瞭ではありません。そのため、他の事案における判断の予測は困難であると考えられます。

“【知的財産】知財高裁平成22年10月13日判決(判例タイムズ1340号257頁)” への1件の返信

コメントは受け付けていません。

Verified by MonsterInsights