【労働】最高裁平成28年2月19日判決(労働判例1136号6頁)

労働者と使用者との個別の合意によって労働条件を変更することができることを前提としつつ、変更の対象となる労働条件が賃金や退職金に関するものである場合には、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべき旨判示した事例(原判決破棄・差戻し)


【事案の概要】

(1)A信用組合は、平成13年頃、経営破綻が懸念される状況となったことから、その破綻を回避するために、被上告人(注:当時の名称は、B信用組合である。)に対して合併を申し入れた。そして、平成14年6月29日、両者の間で合併契約が締結され(以下、同契約に基づく合併を「本件合併」という。)、同契約において、
 ア 本件合併によりA信用組合は解散し、被上告人が存続すること、
 イ 本件合併時にA信用組合に在職する職員に係る労働契約上の地位は、被上告人が承継すること、
 ウ 上記の職員に係る退職金は、本件合併の際には支給せず、合併後に退職する際に、合併の前後の勤続年数を通算して被上告人の退職給与規定により支給すること
などが合意された。また、本件合併の準備を進めるため、両者の理事により構成される合併協議会が発足した。

(2)合併協議会の依頼を受けて、A信用組合の職員に係る本件合併後の労働条件について検討した社会保険労務士は、平成14年11月、本件合併後の労働条件に対する職員の同意を取り付けるための同意書案を作成した。この同意書案には、本件合併時にA信用組合に在職する職員に支給される具体的な退職金額について、本件合併前から被上告人の職員である者に係る退職金の支給基準に合わせてこれと同一水準とすることを保障する旨が記載されていた。しかし、その後、この点に関しては被上告人側から問題が提起され、更に検討が続けられた。

(3)平成14年12月19日の合併協議会において、A信用組合の職員に係る本件合併後の退職金の支給基準につき、A信用組合の本件合併当時の職員退職給与規程(以下「旧規定」という。)の支給基準の一部を変更した退職給与規定(以下「新規定」という。)を支給基準とすることが承認された。上記の変更により、
 ア 退職金額の計算の基礎となる給与額(以下「基礎給与額」という。)につき、旧規定では退職時の本俸の月額でとされていたのに対し、新規定では退職時の本俸の月額を2分の1に減じた額とされ、
 イ 基礎給与額に乗じられる支給倍数勤続年数に、定年等の事由による普通退職又は自己都合退職に応じた所定の係数を乗じて得られる数。以下同じ。)につき、旧規定では上限が定められていなかったのに対し、新規定では上限が55.5とされた
(以下、上記ア及びイの退職金の支給基準の変更を「本件基準変更」という。)。
   一方、旧規定では、全国信用組合厚生年金規約に定める加算金又は加算一時金の給付を受ける者につき、退職金総額基礎給付額に支給倍数を乗じて得られる金額。以下同じ。)から年金現価相当額又は一時金(以下「厚生年金給付額」という。)を控除して支給するものとされていた(以下、このような控除による支給の方式を「内枠方式」という。)ところ、被上告人の従前からの職員に係る支給基準では内枠方式は採用されていなかったにもかかわらず、新規定では、旧規定の内枠方式が維持された。また、A信用組合が加入していた企業年金保険が本件合併時に解約されることにより職員に還付される一時金の金額(以下「企業年金還付額」という。)についても、退職金総額から控除するものとされた(これに対し、被上告人においては、企業年金保険に加入していなかった。)。
   このように、本件基準変更後の新規定の支給基準の内容は、退職金総額を従前の2分の1以下とする一方で、内枠方式については従前のとおりとして退職金総額から厚生年金給付額を控除し、更に企業年金還付額も控除するというものであり、これらの結果として、新規定により支給される退職金額は、旧規定により支給される退職金額と比べて著しく低いものとなった。

(4)平成14年12月13日にA信用組合で開催された職員説明会では、同組合の常務理事が、前記(2)の同意書案を各職員に配布した上、上記(3)のような本件基準変更後の退職金額の計算方法について説明した。
   また、上記常務理事は、上記説明の後、上告人らのうちA信用組合の当時の管理職員であった者8(以下「管理職上告人ら」という。)に対し、自ら作成した退職金一覧表(以下「本件退職金一覧表」という。)を個別に示し、希望者にはその写しを交付した。本件退職金一覧表は、本件合併時に準備されるべき退職金の引当金額の算出を目的として作成されたものであり、ここに記載された引当金額は、本件基準変更後の退職金額の計算方法に基づき、平成1412月末日現在の退職金額を、普通退職であることを前提として算出したものであった。

(5)平成14年12月20日、A信用組合の常務理事や監事らは、管理職上告人らを含む20名の管理職員に対し、同日付けの同意書(以下「本件同意書」という。)を示し、これに同意しないと本件合併を実現することができないなどと告げて本件同意書への署名押印を求め、上記の管理職員全員がこれに応じて署名押印をした。本件同意書には、前記(3)の合併協議会において承認された本件基準変更後の内容及び新規定の支給基準の概要が記載されるとともに、本件合併後の労働条件がそのとおりになることに同意する旨の文言が記載されていた。
   また、同日、A信用組合の代表理事と、その職員組合(以下「本件職員組合」という。)の執行委員長は、本件合併後の退職金の支給基準を新規定の支給基準とする旨の記載のある労働協約書(以下「本件労働協約書」といい、これに基づく労働協約を「本件労働協約」という。)に署名又は記名をし、押印をした。なお、本件職務組合の規約によれば、その機関として大会及び執行委員会が置かれるとともに、執行委員長は、本件職員組合を代表し、その業務を統括するものとされている。
(6)本件合併は、平成15年1月14日をもってその効力を生じ、同日から新規定が実施された。
(7)その後、被上告人は、平成16年2月16日、更に山梨県内の三つの信用協同組合と合併し(以下、この合併を「平成16年合併」という。)、現在の名称に変更した。
   平成16年合併に先立ち、合併後の労働条件について職員に説明するための「合併に伴う新労働条件の職員説明について(指示書)」と題する文書(以下「本件指示説明書」という。)が作成された。この文書には、
 ア 上記合併前の在職期間に係る退職金については、合併前に適用されていた退職金給与規定に基づいて計算された金額を、合併後に退職するときに支給する、
 イ 上記合併後の在職期間に係る退職金については、合併後3年以内をめどに制定される新退職金制度によるものとする、
 ウ ただし、上記合併前の在職期間に係る退職金につき、退職金額の計算上、基礎給与額に乗じられる所定の係数が退職理由に応じて異なる場合には、自己都合退職の係数を用いるものとする、
 エ また、上記合併後の在職期間に係る退職金につき、新退職金制度の制定前に自己都合退職により退職する者についてはこれを支給しないものとする
旨が記載されていた(以下、上記ウ及びエの退職金の支給基準の変更を「平成16年基準変更」という。)。
   被上告人の代表理事は、各支店長及びA地区統括本部の審査部長に対し、本件説明指示書に記載された労働条件の変更の内容を各所属の職員に対し口頭で説明し周知することを指示した。これを受けて、上記各支店長等は、平成16年2月2日頃、各所属の職員に対し、本件説明指示書のうち労働条件の変更について記載された部分を読み上げ、上記各支店長等及び上記各所属の職員(上告人らもこれらに含まれる。)は、「合併に伴う新労働条件の職員説明について(報告書)」と題する文書(以下「本件報告書」という。)中の「新労働条件による就労に同意した者の氏名」欄に、それぞれ署名した。

(8)被上告人は、平成21年4月1日から、平成16年合併後の新退職金制度を定める職員退職金規定(以下「平成21年規程」という。)を実施した。上告人らのうち5名は平成21年規定の実施前に退職し、その余の7名はその実施後に退職した。
   平成16年合併前の在職期間に係る退職金については、上告人らのいずれについても、本件基準変更及び平成16年基準変更よる変更後の支給基準が適用された結果、退職時の本俸の月額を2分の1に減じた額に勤続年数及び自己都合退職の係数を乗じて得られる退職金総額よりも、厚生年金給付額及び企業年金還付額による控除額の方が高くなり、支給される退職金額は0円となった。
   また、上記合併後の在職期間に係る退職金については、上告人らのうち平成21年規定の実施前に自己都合により退職した者には、平成16年基準変更による変更後の支給基準が適用された結果、退職金が支給されなかった。

(9)上告人らは、本件訴訟を提起して、被上告人に対し、旧規定における退職金の支給基準により算定した金額の退職金の支払を求めた。これに対し、日上告人は、上告人らに係る退職金の支給基準については、個別の合意又は労働協約の締結により、新規定における退職金の支給基準に変更されたなどと主張して争った。

(10)原判決(東京高裁平成25年8月29日判決・労働判例1136号15頁)は、要旨次のとおり判断し、上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。
 ア 管理職上告人らは、本件退職金一覧表の提示を受けて、本件合併後に被上告人に残った場合の当面の退職金額とその計算方法を具体的に知ったものであり、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印をしたのであるから、本件同意書への署名押印により本件基準変更に同意したものということができる。したがって、管理職上告人らについては、合意による本件基準変更の効力が生じている。
   また、上告人らの本件報告書への署名の上告人らの意思に基づくものである以上、上告人らは平成16年基準変更に同意したものということができる。したがって、管理職上告人らについては、合意による平成16年基準変更の効力が生じている。
 イ 本件労働協約の締結については、本件職員組合の規約により執行委員長に包括的な代表権限が付与されている以上、大会又は執行委員会による決定等を経ていなかったとしても、そのことから直ちに、権限を有しない者によりされたものとはいえない。したがって、上告人らのうち本件職員組合の組合員であった者4上告人らのうち管理職上告人ら以外の者。以下「組合員上告人ら」という。)については、本件労働協約の締結による本件基準変更の効力が生じている。


【争点】

(1)本件基準変更及び平成16年基準変更に係る合意の有無(争点1)
(2)本件職員組合の執行委員長における本件基準変更に係る労働協約の締結権限の有無(争点2)
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件基準変更及び平成16年基準変更に係る合意の有無)について
 ア 判断枠組み
   労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。
   もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為を持って直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。
   そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和48年1月19日判決、最高裁平成2年11月26日判決等参照)。
 イ 本件基準変更の有効性
  a)これを本件基準変更に対する管理職上告人らの同意の有無についてみると、本件基準変更は、A信用組合の経営破綻を回避するために行われた本件合併に際し、その職員に係る退職金の支給基準につき、旧規定の一部を変更するものであり、管理職上告人らは、本件基準変更への同意が本件合併の実現のために必要である旨の説明を受けて、本件基準変更に同意する旨の記載のある本件同意書に署名押印をしたものである。そして、この署名押印に先立ち開催された職員説明会で各職員に配布された前記【事案の概要】(2)の同意書案には、被上告人の従前からの職員に対する支給基準と同一水準の退職金額を保障する旨が記載されていたのである。
   ところが、本件基準変更後の新規定の支給基準の内容は、退職金総額を従前の2分の1以下とする一方で、内枠方式については従前の通りとして退職金総額から厚生年金給付額を控除し、更に企業年金還付額も控除するというものであって、前記【事案の概要】(8)のとおり、上告人らの退職時において平成16年合併前の在職期間に係る退職金として支給される退職金額がその計算に自己都合退職の係数が用いられた結果、いずれも0円となったことに鑑みると、退職金額の計算に自己都合退職の係数が用いられる場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高いものであったということができ、また、内枠方式を採用していなかった被上告人の従前からの職員に係る支給基準との関係でも、上記の同意書案の記載と異なり、著しく均衡を欠くものであったということができる。
   上記のような本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等を踏まえると、管理職上告人らが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、同人らに対し、旧規定の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされるだけでは足りず、
  ・自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなること
  ・被上告人の従前からの職員に係る支給基準との関係でも上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となること
など、本件基準変更により管理職上告人らに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされる必要があったというべきである。
  b)しかしながら、原審は、管理職上告人らが本件退職金一覧表の提示により本件合併後の当面の退職金額とその計算方法を知り、本件同意書の内容を理解した上でこれに署名押印したことをもって、本件基準変更に対する同人らの同意があったとしており、その判断に当たり、上記a)のような本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等について十分に考慮せず、その結果、その署名押印に先立つ同人らへの情報提供等に関しても、職員説明会で本件基準変更後の退職金額の計算方法の説明がされたことや、普通退職金であることを前提として退職金の引当金額を記載した本件退職金一覧表の提示があったことなどを認定したにとどまり、上記a)のような点に関する情報提供や説明がされたか否かについての十分な認定、考慮をしていない。
  c)したがって、本件基準変更に対する管理職上告人らの同意の有無につき、上記a)のような事情に照らして、本件同意書への同人らの署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くすことなく、同人らが本件退職金一覧表の提示を受けていたことなどから直ちに、上記署名押印をもって同人らの同意があるものとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。
 ウ 平成16年基準変更に係る合意の有効性
   平成16年基準変更に対する上告人らの同意の有無については、上告人らが本件報告書に署名をしたことにつき、上告人らに新規定が適用されることを前提として更にその退職金額の計算に自己都合退職の係数を用いることなどを内容とする平成16年基準変更に同意したものか否かが問題とされているところ、原審は、上記イと同様に、前記イa)のような観点から審理を尽くすことなく、直ちに上記署名をもって上告人らの同意があるものとしたのであるから、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある(なお、平成16年基準変更に際して就業規則の変更がされていないのであれば、平成16年基準変更に対する上告人らの同意の有無につき審理判断するまでもなく、平成19年法律第128号による改正前の労働基準法93条により、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める合意として無効となるものと解される。)。

(2)争点2(本件職員組合の執行委員長における本件基準変更に係る労働協約の締結権限の有無)について
   本件労働協約書に署名押印をした執行委員長が本件労働協約を締結する権限を有していたというためには、本件職員組合の機関である大会又は執行委員会により上記の権限が付与されていたことが必要であると解される。しかしながら、原審は、このような権限の付与の有無について、何ら審理判断していない。したがって、組合員上告人らにつき本件労働協約の締結による本件基準変更の効力が生じているとした原審の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法がある。

(3)結論
   以上のとおり、原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(原判決破棄・差戻し)。


【コメント】

   本裁判例(山梨県民信用組合事件)は、労働者と使用者との個別の合意によって、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件を労働者の不利益に変更する場合、労働者の同意の有無については、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべき旨判示したものです。
   上記の判断枠組みは、その後の裁判例において、期間の定めがない労働契約から期間の定めのある労働契約への変更についての労働者の同意の有無を判断する際にも、用いられています(京都地裁平成29年3月30日判決・福祉事業者A苑事件・労働判例1164号44頁、熊本地裁平成30年2月20日判決・社会福祉法人佳徳会事件・労働判例1193号52頁、東京高裁令和元年11月28日判決・ジャパンビジネスラボ事件・労働判例1215号5頁参照)。

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