仮に、無期転換後の無期契約社員に無期転換後の労働条件を無転換前のそれと同一とすることを定めた規定を適用することが合理性の要件(労契法7条)等に違反する場合でも、当該社員に正社員就業規則が適用されるものではない旨判示した事例(控訴審係属中)
【事案の概要】
(1)原告Aは、平成20年10月、原告Bは、平成22年9月、それぞれ被告と有期労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事しながら、以後更新を重ねた(注:最終の更新による契約期間の満了日は、平成30年9月30日)ものである。なお、上記労働契約は、後述のとおり、いずれも労働契約法(以下「労契法」という。)18条1項に基づき、期間の定めのない労働契約(以下「無期労働契約」という。)に転換した(以下「無期転換」という。)。
原告らは、平成23年以降、C組合(以下「本件組合」という。)に加入し、本件組合を通じて、被告に対し、正社員にすることを要求した。
被告は、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社である。
(2)被告は、平成25年4月1日から施行された労契法18条により平成30年4月1日には無期転換申込権の行使が可能となる有期の契約社員が現れること等を踏まえ、契約社員就業規則に、無期転換後の労働条件を無転換前のそれと同一とすることを定めた規定(同規則2条2号及び10条3号。以下「無期契約社員規定」という。)を追加する等の改定を行うことを予定し、平成29年9月8日、本件組合に対し、同改定について通知した。
被告と本件組合は、同月13日以降、団体交渉等を行ったが、被告は、本件組合の了解を得るに至らないまま、同年10月1日付けで、上記のとおりの改定を行った。
(3)ところで、平成29年10月1日時点で、被告には、①正社員就業規則(注:雇用当初から無期労働契約を締結している労働者(正社員)に適用される就業規則である。就業規則、職能資格規程、給与規程)と②契約社員就業規則(注:(a)雇用期間を定めた雇用契約を締結して雇い入れた者(有期の契約社員)、(b)有期の契約社員であって、同規則第10条の規定により、被告と期間の定めのない労働契約を締結した者(無期契約社員)に適用される就業規則である。があった。そして、正社員就業規則には、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金の定めがあるのに対し、契約社員就業規則には、これらの定めがない。
そこで、原告Aは、本件訴訟に先立ち、被告を相手方として訴訟を提起し(以下「前訴」という。)、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金の支給について正社員と扱いが異なることは労契法20条(平成30年号外法律第71号による改正前のもの。以下同じ。)に違反しているなどと主張して、被告に対し、①労働契約に基づき、原告Aが被告に対し、上記賃金の支給に関し、正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、②主位的に労働契約に基づき、予備的に不法行為に基づき、正社員に支給された諸手当との差額の支払を求めた。
最高裁は、前訴の上告審として、無事故手当、作業手当、給食手当及び平成25年12月以前の通勤手当の支給の相違は労契法20条に違反し不法行為が構成するとして原審の判断を是認しつつ、皆勤手当の支給の相違については、労契法20条に違反する者の、原告Aがその支給要件を満たしているか否か等について更に審理を尽くさせるため、同部分を原審に差し戻す旨の判決をし(最高裁平成30年6月1日判決・労働判例1179号20頁。以下「前訴裁判」という。)、差戻審は、皆勤手当についての原告Aの請求を認容する旨の判決をした(大阪高裁平成30年12月21日判決・労経速報2369巻18頁)。
(4)被告は、前訴判決を受けて、平成30年10月1日以降、無事故手当1万円、作業手当1万円及び食事手当3500円の合計2万3500円を月間所定時間169時間で除して時給換算した140円を処遇改善費として原告らの賃金に組み入れた(注:その結果、原告Aの基礎賃金及び手当の合計額並びに原告Bの基礎賃金及び手当の合計額は、それぞれ平成30年10月分の原告らと同等の正社員の71.60%、70.81%となった。)。
なお、被告は、前訴判決の差戻審判決を受けて、平成30年12月1日以降、皆勤手当について上記同様に時給換算した60円を処遇改善費として原告らの賃金に組み入れた。
(5)原告らは、平成30年4月1日、被告に対し、労契法18条1項に基づき、有期労働契約の契約期間満了日の翌日である同年10月1日を始期とする無期労働契約の締結を申し込み、被告は、同条項に基づき、これを承諾したものとみなされた。
本件組合は、平成30年6月12日、被告に対し、前訴判決を受けて、原告らを正社員として今後正社員と同じ手当を支払うこと等を要求事項として、団体交渉を申し入れた。被告と本件組合は、平成30年9月21日、団体交渉を行った。その際、被告は、本件組合に対し、前訴裁判が不合理と判断した部分については損害賠償として支払う旨、無期転換後の無期契約社員が正社員になるとは考えておらず、正社員就業規則が適用されるとは考えていない旨を回答した。その後の交渉においても、被告は、本件組合に対し、同様の回答をした。
(6)原告らは、平成30年10月1日をもって無期契約社員となった。原告らと被告は、無期パート雇用契約書を同年11月2日付けで交わした。同契約書には、雇用期間と基本給の額を除いて有期の契約社員当時と同じ労働条件が記載されており、その他の労働条件については契約社員就業規則による旨の記載がある。
(7)原告らは、本件訴訟を提起し、無期転換後の労働条件について、正社員就業規則によるべきであると主張して、被告に対し、正社員就業規則に基づく権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく賃金請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権として、無期労働契約に転換した後の平成30年10月分の賃金について正社員との賃金差額(原告Aにつき9万1012円、原告Bにつき9万3532円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
【争点】
(1)本訴前の答弁(本件訴えの提起は信義則に反するか)(争点1)
(2)無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意の有無(争点2)
(3)無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるか(争点3)
(4)原告らに正社員就業規則が適用される場合、正社員との賃金差額(争点4)
以下、主に上記(2)(3)についての裁判所の判断の概要を示す。
なお、上記(1)について、裁判所は、本件訴訟は、前訴と争点を異にするものであるから、本件訴訟が前訴における紛争の実質的な蒸し返しに当たるということはできないとして、原告らの訴えの却下を求める被告の主張を採用しない旨判示した。
【裁判所の判断】
(1)争点2(無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意の有無)について
ア 原告らは、遅くとも平成30年10月26日の団体交渉時までに、無期転換後の無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則のうち無期契約社員規定が無効となる場合には無期転換後の原告らに正社員就業規則が適用されることについて、被告との間で黙示の合意があった旨主張する。
しかし、被告は、一貫して、無期転換後の無期契約社員が正社員になるとは考えておらず、正社員就業規則が適用されるものではない旨回答しているのであって、無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則のうち無期契約社員規定が無効となる場合には正社員就業規則が適用されるといった原告らの考えを被告が了解したと認めるに足る事情は何ら存在しない。
イ かえって、原告らは、被告の回答が上記のとおりであることを認識した上で、無期転換後の労働条件は契約就業規則による旨が明記された無期パート雇用契約書に署名押印して被告に提出しており、原告らとの被告との間には、無期転換後も契約社員就業規則が適用されることについて明示の合意があるというべきである。
ウ 以上によれば、無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意があったとする原告らの主張は採用できない。
(2)争点3(無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるか)について
ア 原告らは、無期転換後の無期パート雇用契約書に基づく意思表示及び無期契約社員規定を追加した契約社員就業規則は無効であるから、残る正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たる旨主張する。
しかし、上記雇用契約書に基づく意思表示が無効でないことは、争点2で認定・説示したとおりである。
イ 原告らは、契約社員就業規則を無期転換後の原告らに適用することは合意原則(労契法1条、3条1項、6条)に違反する旨主張する。
しかし、無期転換後に契約社員就業規則が適用されることについて合意があったと認められることは、争点2で認定・説示したとおりである。
ウ 原告らは、無期転換後の契約社員就業規則を適用することは、正社員より明らかに不利な労働条件を設定するものとして、均衡考慮の原則(労契法3条2項)及び信義則(同条4項)に違反し、合理性の要件(同法7条)を欠く旨主張する。
しかし、被告において、有期の契約社員と正社員とで職務の内容に違いはないものの、職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては、正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来、被告の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し、有期の契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来、そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあることが認められる。
そして、無期転換の前と後で原告らの勤務場所や賃金の定めについて変わるところはないことが認められ、他方で本件全証拠によっても、被告が無期転換後の原告らに正社員と同様の就業場所の変更や出向及び人材登用を予定していると認めるに足りない。
したがって、無期転換後の原告ら正社員との間にも、職務の内容及び配置の変更の範囲に関し、有期の契約社員と正社員との間と同様の違いあるということができる。
そして、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違も、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り、労契法7条の合理性の要件を満たしているということができる。
この点、原告らは、無期転換後の原告らと正社員との間に職務内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に関して違いがないことを前提に、無期転換後の原告らに契約社員就業規則を適用することの違法をいうが、前提を異にするものとして採用できない。
なお、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠き労契法3条2項、4項、7条に違反すると解された場合であっても、契約社員就業規則の上記各条項に違反する部分が原告らに適用されないというにすぎず、原告らに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。すなわち、上記部分の契約解釈として正社員就業規則が参照されることがありうるとしても、上記各条項の文言及び被告において正社員就業規則が別個独立のものとして作成されていることを踏まえると、上記各条項の効果として、原告らに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。
エ 原告らは、無期契約社員規定の追加により無期転換後の原告らに契約社員就業規則を適用することは、無期転換後は正社員としての地位を得るとの原告らの合理的期待を侵害し、労働条件の実質的な不利益変更に当たるから、労契法10条の類推適用(なお、無期契約社員規定は、原告らの無期転換前から実施されている。)により無効である旨主張する。
しかしながら、そもそも労契法18条は、期間の定めのある労働契約を締結している労働者の雇用の安定化を図るべく、無期転換により契約期間の定めをなくすことができる旨を定めたものであって、無期転換後の契約内容を正社員と同一にすることを当然に想定したものではない。
そして、無期契約社員規定は、労契法18条1項第2文と同旨のことを定めたにすぎ図、無期転換後の原告らに転換前と同じく契約社員就業規則が適用されることによって、無期転換の前後を通じて期間の定めを除き原告らの労働条件に変わりはないから、無期契約社員規定の追加は何ら不利益変更に当たらない。
よって、原告らの上記主張は、採用できない。
オ 以上のとおり、(無期転換後の無期パート雇用契約書に基づく意思表示及び無期契約社員規定を追加した契約社員就業規則は無効でないから)社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるとの原告らの主張は、いずれも理由がない。
(3)結論
以上によれば、争点4について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない(請求棄却)。
【コメント】
本裁判例では、争点3において、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違も、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り、労契法7条の合理性の要件を満たしていると判示しましたが、仮に、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠き労契法3条2項、4項、7条に違反すると解された場合であっても、契約社員就業規則の上記各条項に違反する部分が原告らに適用されないというにすぎず、原告らに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない旨判示した点が注目されます。