使用者において、労働者との定年後の再雇用に関する合意において定めた解除条件(就業規則の定めに抵触した場合)を充足したとして、上記合意を解除し、当該労働者を再雇用しないことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないから、上記解除は無効である旨判示した事例(本案係属中)。
【事案の概要】
(1)債務者は、各種山菜の缶詰製造、水煮加工、真空及び水物パック製造、その他味付け山菜等の製造、販売、輸入業務等を業とする株式会社である。
債権者(昭和35年7月○日生)は、平成24年3月21日、平成24年3月21日、債務者との間で雇用契約を締結して正社員として債務者に入社し、令和2年3月21日からA室係長として勤務していた。
(2)債権者は、令和2年7月20日、60歳に達した日の属する月の賃金締切日となり、就業規則(後記(3))に定める定年に達するところ、同年2月20日、債務者との間で、定年後の再雇用につき、概要、以下の内容の合意(以下「本件合意」という。)をした。
ア 債権者は、債務者を以下の条件(略)で再雇用する。
イ 前記アにかかわらず、本件合意締結時から令和2年7月20日までの間に、以下の事情が生じた場合には、本件合意を破棄し、再雇用の可否及び再雇用する場合には労働条件を再度検討するものとする。
a)就業規則の定めに抵触した場合(以下「本件就業規則抵触条項」という。b)以下の事情については、省略する。)。
債権者は、令和2年7月8日付けで、債権者に対し、債権者が就業規則に違反し(注:債務者は、令和2年4月7日、東京都ほか6府県に緊急事態宣言が出されたことを受け、従業員に対し、通常の勤務をしたものとみなす「自宅勤務」又は就業を免除する「自宅待機」としたことを定め、その旨周知した。しかし、債権者が、令和2年4月14日及び同月16日、自宅待機中に私用外出したため、債務者は、債権者の上記の行為が業務命令違反に当たるとした。)、同年4月27日に譴責の懲戒処分を受けたとして、本件就業規則抵触条項に基づき本件合意を解除し、債権者との間で定年後の嘱託雇用契約を締結しない旨通知し、同年7月21日以降、債権者を雇用しなかった。
債権者は、本件申立をして、このような合意の解除は、客観的に合理的な理由及び相当性に欠け、権利の濫用に当たり無効であると主張して、債権者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、賃金の仮払いを求めた。
(3)平成29年3月21日から実施されている債務者の就業規則には、定年に関し、以下の定め(同3-7)がある。
正社員の定年は満60歳とし、60歳に達した日の属する賃金締切日をもって退職とする。
ただし、本人が希望し、解雇事由に該当しない者については、高年法改正附則3項に基づき、別表1の年齢(平成31年3月21日から平成34年(注:令和4年)3月20日までの期間は63歳、同月21日から平成37年(注:令和7年)3月20日までの期間は64歳等)まで再雇用する。
なお効力を有するとされる平成24年改正前の高年法9条2項に基づく労使協定の定める再雇用基準(後記(5))を満たした者については、65歳まで再雇用する。ただし、労使協定の基準を満たさない者は、別表1の年齢まで再雇用する。
(4)債務者には、平成24年改正前の高年法9条2項に規定する継続雇用制度の対象となる高年齢者の基準等として、以下の内容の嘱託就業規則が定められている。
ア 2条(労働契約期間)
a)嘱託社員の1回ごとの労働契約期間は原則として1年以内とする。
b)嘱託社員を希望する者のうち、解雇事由又は退職事由に該当する者を除く社員を就業規則3-7別表1(前記(3))による基準年齢まで再雇用する。
c)基準年齢到達後、引き続き嘱託社員を希望する者のうち、契約期間満了の1か月前の時点で、労使協定による基準を満たした者を満65歳まで労働契約を更新する。
イ 3条(嘱託社員の要件)
嘱託社員になる者は次のいずれの要件も満たすこととする。
c)人事評価、昇給考課で普通水準(B判定。ただし、債務者は、本件に適用される評価制度においてはC判定となる旨主張している。以下「本件人事評価基準」という。その他の要件については、省略する。)。
ウ 11条(退職)
嘱託社員が、(中略)③満65歳に達したとき(中略)は、退職とする。
(5)債務者は、平成24年改正後の高年法施行に先立つ平成25年2月19日、従業員過半数代表者との間で、同改正前の高年法9条2項に基づき、継続雇用制度の対象となる高年齢者の基準として、前記(4)の嘱託就業規則と同内容の労使協定(以下「本件労使協定」という。)を書面により締結し、同年3月8日、高岡労働基準監督署に届け出ており、前記(4)の嘱託就業規則はこれに基づき定められたものである。
【争点】
(1)被保全権利の有無(債権者と債務者との間に、定年後の嘱託雇用契約が存在しているといえるか)(争点1)
(2)保全の必要性の有無(争点2)
以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。
【裁判所の判断】
(1)争点1(債権者と債務者との間に、定年後の嘱託雇用契約が存在しているといえるか)について
ア 債務者は、債権者との間で、令和2年7月21日を始期として債権者を再雇用する旨合意したが(本件合意)、就業規則に抵触したことを解除条件として本件合意を破棄する旨の条項(本件就業規則抵触条項)に基づき、本件合意を解除することの意思表示をしたことが認められるので、この解除の有効性について検討する。
イ 本件就業規則抵触条項の評価
a)平成24年改正前の高年法9条2項においては、労使協定により、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることが認められていたが、同改正により同項が削除され、事業主には、同改正附則3条の経過措置に定められた年齢(注:平成31年3月21日から平成34年(注:令和4年)3月20日までの期間は63歳以上)の者を対象とする場合を除き、継続雇用を希望する定年到達者全員を65歳まで継続雇用することが義務付けられたのであり、その趣旨は、老齢厚生年金の受給開始年齢までの収入を確保することにあると解される。
そして、「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(平成24年厚生労働省告示第560号)(注:同指針の中で、継続雇用制度を導入する場合には、希望者全員を対象とする制度とすること、心身の故障のために業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、継続雇用しないことができることとされるとともに、解雇事由又は退職事由とは異なる運営基準を設けることは平成24年改正法の趣旨を没却するおそれがあること、及び継続雇用しないことについては客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えらえることに留意すること等とされた。)の内容をも踏まえると、
心身の故障のため業務に堪えられないと認められることや、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等の就業規則に定める解雇事由又は退職事由(定年に係るものを除く。)に該当する場合に限り、例外的に継続雇用しないことができるが、労使協定又は就業規則において、これと異なる基準を設けることは、平成24年改正法の趣旨を没却するものとして、許されないと解するのが相当である。
以上に検討したところによれば、債務者における継続雇用制度は、平成24年改正の趣旨を踏まえ、就業規則3-7別表1に定める基準年齢に達するまでは、本件労使協定に定める基準を適用することなく、解雇事由又は退職事由に該当する事由がない限り再雇用し、上記基準年齢に達した後は、本件労使協定に定める基準を満たす者に限って65歳まで再雇用する旨定めるものと解釈すべきである。
b)債権者は、定年に達した令和2年7月20日時点において、60歳であり、就業規則3-7別表1の基準年齢(当時は63歳)には達していなかったから、同月21日以降も債務者に再雇用されるために、本件労使協定に定める基準の適用はなく、解雇事由又は退職事由に該当する事由がないと認められる必要があったにすぎないと解すべきである。
そうすると、本件就業規則抵触条項についても、解雇事由又は退職事由に該当するような就業規則違反があった場合に限定して、本件合意を解除し、再雇用の可否や雇用条件を再検討する趣旨であると解釈すべきである。
ウ 本件就業規則抵触条項に基づく本件合意の解除の有効性
a)債務者は、債権者が就業規則違反を繰り返していた旨主張する。
確かに、債権者は、少なくとも2日にわたり、自宅待機命令に違反して外出に及んでおり、やむを得ない事情があったとも認められないから、業務命令に違反したことが一応認められる。また、債権者がその際に合計80Lもの除菌水を持ち帰った行為についても、従業員全員で利用するため一度に大量の持ち帰りを遠慮するようにとの注意文書が出されていたことにも照らすと、配慮を欠いていたとはいえる。
しかし、債権者が、債務者の面談において概ね事実を認めて反省の弁を述べ、始末書を提出しており、その後同様の行為に及んだことも認められないこと、債務者においても譴責処分にとどめていること、除菌水の持ち帰りについては、一定量を上限とするような明確な基準まではなかった上、一応事前にC(注:当時、除菌水の管理をしていた債務者の関連会社Bの副代表)に話を通していたこと等を踏まえると、当時の債務者における新型コロナウィルス対策の重要性や債権者の立場及び担当業務(注:債権者は、当時、B C P(事業継続計画)の策定等を担当していた。)等の債務者が指摘する事情を考慮しても、債権者の上記行為が、職場の秩序を乱したとか情状が悪質であるなどの就業規則に定める解雇事由(略)に該当する程の事情であるとはいえない。
b)次に、債務者は、債権者が、人事評価において普通水準(C判定。60点以上70点未満)を満たしておらず、本来は継続雇用制度の対象となる資格を有していなかったのであり、特例として、本件就業規則抵触条項を含む解除条件を付すことを前提に本件合意を締結したにすぎない旨主張する。
しかし、前記イで説示したところによれば、そもそも債権者が令和2年7月21日から債務者に再雇用されるために、本件人事評価基準を充足する必要があったとは認められない。
このことを前提に債権者の人事評価の結果を検討しても、定年前2年間における債権者の人事評価の結果を全体としてみると、債務者の人事評価制度やそれに基づく査定を前提としても、せいぜい標準をやや下回っているという程度であり、解雇事由や退職事由に相当するほど著しく不良であるとはいえない。
c)以上によれば、債権者は、高年法及び債務者の継続雇用制度に基づき、年齢を除く解雇事由又は退職事由に該当する事情がない限り、令和2年7月20日の定年退職後も債務者に再雇用される立場にあり、現に本件合意が締結され、年齢を除く解雇事由又は退職事由に該当する事情も認められなかったのであるから、
本件合意に定められた条件で再雇用されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方、
債務者において、本件就業規則抵触条項に定める解除条件を充足したとして本件合意を解除し、債権者を再雇用しないことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないから、債務者による上記解除は無効である。
したがって、債権者と債務者との間には、同月21日から、本件合意に定められた条件で嘱託雇用契約が存在しているものと認められる。
(2)争点2(保全の必要性の有無)について 略
(3)結論
本件申立ては、債権者が、債務者に対し、令和2年8月から、本案の第1審判決の言渡しの日の属する月まで、毎月末日限り、○○円を仮に支払うことを求める限度で理由がある。(一部認容)。
【コメント】
本裁判例は、本件合意所定の本件就業規則抵触条項(就業規則の定めに抵触した場合)を、平成24年改正法の趣旨(老齢厚生年金の受給開始年齢までの収入を確保すること)を踏まえ、改正「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(平成24年厚生労働省告示第560号)に沿って限定解釈したものです。事業者において、継続雇用制度を設計・運用するに当たっては、上記指針に示された平成24年改正法の趣旨を反映したものとなることが肝要です。