【交通事故】金沢地裁令和元年12月20日判決(自保ジャーナル2085号81頁)

原告(症状固定時38歳)に残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限は、後遺障害等級14級にとどまるとしつつ、原告の就労に与える影響を考慮して、67歳に達するまでの29年にわたり、後遺障害等級13級に相当する労働能力喪失率9%を認めた事例(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
 ア 発生日時 平成29年4月11日午前8時27分頃
 イ 発生場所 金沢市内路上(以下「本件事故現場」という。)。本件事故現場は、a方面からb方面に通じる片側2車線の道路(以下「本件道路」という。)の、信号機により交通整理の行われているC交差点(以下「本件交差点」という。)内である。
 ウ 原告車 原告(昭和54年11月生まれの男性)運転の普通自動二輪車(以下「原告二輪車」という。)
 エ 被告車 被告(平成6年9月生まれの女性)運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)
 オ 事故態様 被告が、本件交差点内に停止する被告車両を、本件道路の第1通行帯から第2通行帯に進路変更したところ、同通行帯を右後方から進行してきた原告二輪車の進路を塞ぐ形となり、原告が、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを右に切ったことによりバランスを崩して、原告二輪車と一緒に本件道路上に転倒した。

(2)原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害事前認定
 ア 原告は、平成29年4月11日(本件事故当日)、A病院に緊急搬送されて、右上腕骨近位端骨折と診断されて、同病院に入院し、同月14日、観血的骨接合術による手術を受け、同年5月3日、同病院を退院した(入院日数23日)。
 イ 原告は、平成29年5月3日にA病院を退院した後、同年11月30日まで約7ヶ月間、同病院に通院してリハビリテーションを受け、同日、症状固定と診断された。
 ウ 原告は、自賠責保険(共済)の後遺障害等級の事前認定において、平成30年4月17日、非該当の認定を受けたが、これに対して異議申立てをし、同年6月6日、原告に残存した右上腕骨近位端骨折後の右肩の痛み等の症状について、「局部に神経症状を残すもの」として、自賠法施行令別表第二14級9(以下「後遺障害等級14」という。)に該当するとの判断を受けた(なお、右肩関節の機能障害は、非該当の認定を受けた。)。


【争点】

(1)本件事故態様、被告の責任原因、過失相殺の当否(争点1)
(2)原告の損害(争点2)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


   なお、原告は、上記の各争点に関して、以下のとおり主張した。
 ア 過失相殺の当否について
   被告車両は、原告二輪車の直前に進路変更しており、原告が本件事故を回避することは不可能であったから、本件事故は、被告の一方的な過失により生じたものである。
 イ 逸失利益について
  ・原告は、本件事故により、重篤な右上腕骨近位端骨折の傷害を負っており、右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限が生ずる原因があること
  ・原告が手術後に継続して右肩の疼痛を訴え、症状固定時に右肩関節の可動域制限が残存したこと
  ・原告には、右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限により、従事する建物管理業務への就労や日常生活に支障が生じたこと
からすれば、原告に残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限は、他覚所見の有無に関わりなく、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、自賠法施行令別表第二12級13(以下「後遺障害等級12」という。)に該当する


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件事故態様、被告の責任原因、過失相殺の当否)について
 ア 被告の責任原因について
   道路交通法上、車両は、みだりにその進路を変更してはならず(同法26条の2第1項)、また、車両は、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならないとされている(同条2)。
   これらの法規を踏まえると、被告は、被告車両を本件道路の第1通行帯から第2通行帯に進路変更するに当たり、同通行帯を右後方から進行してくる車両の有無及びその安全を確認して進路変更をすべき注意義務を負うところ、同注意義務を怠り、同通行帯の右後方から進行してくる原告二輪車の存在に気付かず、被告車両を本件道路の第1通行帯から第2通行帯に進路変更させた過失がある。
   したがって、被告は、原告に対し、自賠法3条又は民法709条に基づき、原告に対し損害賠償義務を負う。
 イ 過失相殺の当否について
   本件事故当時の天候が雨で、本件道路の路面が湿潤であったところ、原告が原告二輪車を運転して本件道路の第2通行帯を進行するに当たり、本件交差点に進入する相当前の地点で、第1通行帯が本件交差点の手前まで渋滞していることを視認していたことからすれば、原告は、同通行帯を進行する車両が第2通行帯に進路変更することを予見し、四輪車に比べて走行時及び停止時(殊に路面が湿潤で滑りやすい状況のとき)に不安定になりやすい原告二輪車のバランスを崩すことのないように、適宜減速するなどの措置を講じることができたといえる。それにも関わらず、原告は、原告二輪車を減速することなく、時速約40㎞から50㎞で本件交差点に進入した点に落ち度があるから、過失相殺をすべきである。
 ウ 小括
   本件事故に関する原告と被告の過失割合は、全体を100として、原告が20、被告が80と認めるのが相当であり、後述する原告の損害から2割の過失相殺をするのが相当である。(注:なお、上記の原告主張については、被告車両が原告二輪車の直前に進路変更したことを認めるに足りる証拠はなく、本件事故を回避することは不可能であったとの原告主張事実は、その前提を欠くものであると判示した。)。

(2)争点2(原告の損害)について
 ア 入院雑費、通院交通費、文書料及び休業損害(注:金額省略。なお、原告は、治療費及び年次有給休暇取得分の休業損害について労災保険給付を受給したので、これを除く一部の損害につき賠償請求した。)
   いずれも本件事故と相当因果関係のある損害であることにつき、当事者間に争いがない。
 イ 逸失利益
  a)認定事実
   原告は、本件事故により、原告二輪車と一緒に本件道路上に転倒して右肩を路面に強打し、A病院に救急搬送され、右上腕骨近位端骨折と診断され、同病院に入院した。原告の主治医である同病院整形外科のB医師の右肩関節の状態につき、「(前略)小結節〜関節面前方の骨折の前内側への転位は大きく、多数の骨折片に分かれている。」との記載がある。
   原告は、平成29年4月14日、A病院で、右肩に金属のプレート及びボルトを挿入する観血的骨接合術による手術を受けた。上記の金属プレート及びボルトは、現在も原告の右肩に残置されている。
   原告は、平成29年11月30日、B医師により、症状固定と診断された。同医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、概要、次の記載がある。
  ・自覚症状 
   肩をよく使った日は痛みが出る。動かしたときもまだ痛い。右肩の痛みは継続してある。
  ・精神・神経の障害 
   右肩可動域制限、右肩痛 X P・C T骨癒合完了
  ・上肢(中略)の障害 
   関節名 肩関節(注:以下他動値のみ)
   屈曲 他動 右150度 左180(注:右/左≒0.83>0.75
   外転 他動 右150度 左180(注:右/左≒0.83>0.75
   伸展 他動 右  50度  左70度(注:右/左≒0.71)
   (以下略)
  ・徐々に拘縮は改善傾向にあるが、現在も残存している。

   原告(症状固定時38歳)は、平成18年4月に、株式会社Cに正社員として入社し、それ以降本件事故に遭うまで、ビルの管理業務に従事していた。原告は、本件事故後に、右腕を上げようとすると右肩に痛みを感じるようになり、建物の高い場所に設置された照明の電球や蛍光灯の交換作業を行う場面等で、上記の業務に支障を生じ、同僚の手助けを必要とすることも少なくない状況にある。
  b)後遺障害の内容、程度について
   原告は、症状固定時に残存する原告の右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限は、他覚所見の有無に関わりなく、後遺障害等級12級に該当する旨主張し、
・原告が本件事故により、右上腕骨近位端骨折の傷害を負い、その程度は、右肩に金属のプレート及びボルトを挿入する観血的骨接合術による手術を必要とする程度の重篤なものであったこと
  ・原告が手術後に継続して右肩の疼痛を訴え、症状固定時に右肩関節の可動域制限が残存し、右腕を上げようとすると右肩に痛みを感じるようになったことが認められる。
   しかし、他方で、
  ・原告の症状固定時において、右上腕の骨折部の骨癒合が完了し、右肩関節の拘縮も改善傾向にあったこと
  ・A病院の診療記録上、原告の右上腕骨近位端骨折の骨折部位の癒合・整復に問題があったことをうかがわせる記載を認めることができないこと
を併せ考えると、原告に残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限が後遺障害等級12級に該当すると認めることはできず、後遺障害等級14級にとどまると認めるほかない。
   もっとも、自賠責保険(共済)の後遺障害等級の認定基準が労災保険における障害等級認定基準に準拠していることからすれば、原告の後遺障害の内容・程度の評価は、原告の就労に与える影響の有無という観点を踏まえてされるべきものである。
   そして、原告には、後遺障害等級14級に該当する右肩の疼痛に加えて、この症状に由来すると認められる右肩関節の可動域制限が残存しているところ、原告の右肩関節の可動域制限は、患側(右側)肩関節の可動域角度が健側(左側)肩関節の可動域角度の4分の3以下に制限されていないことから、自賠責保険(共済)の後遺障害等級の事前認定上、非該当とされたものの、原告の就労上、看過することができない程度のものである。また、原告は、残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限により、従事するビル管理業務に支障を生じ、同僚の手助けを必要とすることも少なくない状況にある。加えて、原告の右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限が本件事故後2年半余りを経過して軽減されたことはうかがわれない。
   これらの点を総合考慮すると、原告に残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限は、後遺障害等級14級にとどまるとしても、症状固定時38歳の原告は、67歳に達するまでの29年にわたり、労働能力喪失率9%(自責法施行令別表第二における神経症状の後遺障害等級に該当する等級はないが、後遺障害等級13級に相当するものと評価する。)の労働能力を喪失したと認めるのが相当であり、この認定を左右する証拠はない。
  c)基礎収入について
   原告の後遺障害の内容・程度に加えて、原告が従事する業務内容及び同業務への影響を総合すると、原告は、本件事故に残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限を抱えつつ、その努力により就労を継続しているものと認められ、原告が本人尋問において、本件事故後に減収がないことを供述したことを踏まえても、逸失利益の発生が認められる。
   原告の基礎収入についてみると、原告は、本件事故直前の平成29年1月から同年3月までの3ヶ月間に、合計96万3,476円(本給70万8,390円及び付加給25万5,086円)の給与の支給を受けたことが認められる。そして、原告が本件事故に遭うまで、全国展開するビル管理会社に11年余り正社員として勤務しており、今後も同社での就労が見込まれることに加え、月例の給与の他に賞与を受給していることが推認されることを踏まえると、原告は、平成29年賃金センサス企業計・学歴計・男子の平均賃金年額551万7,400円の8割に相当する441万3,920の収入を得ることができる蓋然性があると認められるから、同額を原告の基礎収入と認めるのが相当である。
  d)逸失利益の計算について
   原告の基礎収入を年額441万3,920円とし、原告の労働能力喪失率9%、原告の労働能力喪失期間29年に対応するライプニッツ係数15.1411を用いて算出される逸失利益は601万4,844円となる(計算式:441万3,920円*0.09*15.1411=601万4,844円。小数点以下四捨五入)。
 ウ 入通院慰謝料 155万円
 エ 後遺障害慰謝料 180万円
 オ 損害小計 963万1,859円
 カ 過失相殺
   原告は、本件訴訟において、本件事故により生じた損害の一部につき賠償請求をするところ、前記説示のとおり、原告に過失相殺すべき事由があるから、原告が本件訴訟で請求していない損害を含めた本件事故により生じた原告の損害の全額に対し、過失相殺をすべきである(最高裁昭和48年4月5日判決参照)。(注:以下省略)。
 キ 損益相殺
   原告は、本件事故により給付を受けた労災給付額を、これと同質性のある過失相殺後の原告の損害から控除して、損益相殺的な調整を図るべきである(注:以下省略)。
 ク 弁護士費用 略
 ケ 損害合計 838万5,765円

(3)結論
   原告の請求は、被告に対し、838万5,765円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   本裁判例は、原告に残存した右肩の疼痛及び右肩関節の可動域制限は、自賠責で認定された後遺障害等級14級にとどまるとしつつ、原告の業務に支障を生ずる場面を具体的に認定した上で、自賠責では非該当とされた右肩関節の可動域制限を、原告の就労上、看過することができない程度のものと評価して、後遺障害等級13級に相当する労働能力喪失率9%を認定したものです。
   本件事故後に減収がないのにもかかわらず、本件事故直前の3か月間の給与(本給・付加給)の支給額のほか賞与を受給していることが推認されることを考慮して、原告の基礎収入額を認定した点も注目されます。

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