【労働】最高裁令和2年10月13日判決(労働判例1229号77頁)

教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)第1審被告は、O医科大学(以下「本件大学」という。)、同大学附属病院等を運営している学校法人である。
   第1審原告は、平成25年1月29、第1審被告との間で契約期間を同年3月31日までとする有期労働契約を締結し、アルバイト職員として勤務した。その後、第1審原告は、契約期間を1年として上記契約を3度にわたって更新し、平成28年3月31日をもって退職した。なお、第1審原告は、平成27年3に適応障害と診断され、同月9日から上記の退職日まで出勤せず、同年4月から5月にかけての約1か月間年次有給休暇を取得した扱いとなり、その後は欠勤扱いとなった。

(2)第1審原告が在籍した当時、第1審被告には、事務系の職員として正社員、契約社員、アルバイト職員及び嘱託職員が存在したが、このうち無期労働契約を締結している職員は正社員のみであった。
   上記の当時、正社員には、学校法人O医科大学就業規則(以下「正職員就業規則」という。)のほか、就業規則の性質を有する学校法人O医科大学給与規則(以下「正職員給与規則」という。)及び学校法人O医科大学休職規程(以下「正職員休職規程」という。)が適用されていた。他方、アルバイト職員には、学校法人O医科大学アルバイト職員就業内規(以下「アルバイト職員就業内規」という。)が適用されていた。

(3)第1審被告においては、正職員に対し、年2回の賞与が支給されていた。その支給額は通年で基本給4.6か月分が一応の基準となっていた。また契約職員には正職員の80%の賞与が支給されていた。これに対し、アルバイト職員である第1審原告には賞与は支給されていなかった。なお、アルバイト職員である第1審原告に対する年間の支給額は、平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額の55%程度の水準であった。

(4)第1審被告においては、正職員が私傷病で欠勤した場合、正職員休職規程により、6か月間は給料月額の全額が支払われ、同経過後は休職が命ぜられた上で休職給として標準給与の2割が支払われていた。これに対し、アルバイト職員には欠勤中の補償や休職制度は存在しなかった。

(5)原審(大阪高裁平成31年2月15日判決(労働判例1199号5頁)は、要旨次のとおり判断し、第1審原告の賞与及び私傷病による欠勤中の賃金に係る損害賠償請求を一部認容した。
 ア 第1審被告の正職員に対する賞与は、その支給額が基本給にのみ連動し、正職員の年齢や成績のほか、第1審被告の業績にも連動していない。そうすると、上記賞与は、正職員としてその算定期間に在籍し、就労していたことの対価としての性質を有するから、同期間に在籍し、就労していたフルタイムのアルバイト職員に対し、賞与を全く支給しないことは不合理である。
   そして、正職員に対する賞与には付随的に長期就労への誘因という趣旨が含まれることや、アルバイト職員の功労は正職員に比して相対的に低いことが否めないことに加え、契約職員に約80%の賞与が支給されていることに照らすと、1審原告につき、平成25年4月に新規採用された正職員と比較し、その支給基準の60%を下回る部分の相違は不合理と認められるものに当たる。
 イ 第1審被告における私傷病による欠勤中の賃金は、正職員として長期にわたり継続して就労したことに対する評価又は将来にわたり継続して就労することに対する期待から、その生活保障を図る趣旨であると解される。そうすると、フルタイムで勤務し契約を更新したアルバイト職員については、職務に対する貢献の度合いも相応に存し、生活保障の必要があることも否定し難いから、欠勤中の賃金を一切支給しないことは不合理である。
   そして、アルバイト職員の契約期間は原則1年であり、当然に長期雇用が前提とされているものではないことに照らすと、第1審原告につき、欠勤中の賃金のうち給料1か月分休職給2か月分を下回る部分の相違は不合理と認められるものに当たる。


【争点】

(1)本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否か
(2)本件大学の教室事務員である正職員に対して私傷病による欠勤中の賃金を支給する一方で、アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否か
   以下、主に上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

   原審の判断はいずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)賞与について
 ア 労働契約法20条は、有期労働契約を締結した労働者と無期労働契約を締結した労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期労働契約を締結した労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり、両者の間の労働条件の相違が賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。
   もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。
 イa)第1審被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的
   第1審被告の正職員に対する賞与は、正職員給与規則において必要と認めたときに支給すると定められているのみであり、基本給とは別に支給される一時金として、その算定期間における財務状況等を踏まえつつ、その都度、第1審被告により支給の有無や支給基準が決定されるものである。
   また、上記賞与は、通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっており、その支給基準に照らすと、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報酬、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。
   そして、正職員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職務給の性格を有する上、おおむね、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。
   このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば、第1審被告は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとしたものといえる。
  b)教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等の比較
  ①)第1審原告により比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員である第1審原告の労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると、両者の業務の内容は共通する部分はあるものの、1審原告の業務は、その具体的な内容や、第1審原告が欠勤した後の人員の配置に関する事情(注:第1審被告は、第1審原告が多忙であると強調していたことから、第1審原告が欠勤した際の後任として、フルタイムの職員1名とパートタイムの職員1名を配置したが、恒常的に手が余っている状態が続いたため、1年ほどのうちにフルタイムの職員1名のみを配置することとした。)からすると、相当に軽易であることがうかがわれるのに対し、
   教室事務員である正職員は、これに加えて、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。
  ②また、教室事務員である正職員については、正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違があったことも否定できない。
  ③第1審被告においては、全ての正職員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同一の就業規則等の適用を受けており、その労働条件はこれらの正職員の職務の内容や変更の範囲等を踏まえて設定されたものといえるところ、1審被告は、教室事務員の業務の内容の過半が定型的で簡便な作業等であったため、平成13年頃から、一定の業務等が存在する教室を除いてアルバイト職員に置き換えてきたものである。
   その結果、1審原告が勤務していた当時、教室事務員である正職員は、僅か4名にまで減少することとなり、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人事異動も行われていた他の大多数の正職員と比較して極めて少数となっていたものである。
   このように、教室事務員である正職員が他の大多数の正職員と職務の内応及び変更の範囲を異にするに至ったことについては、教室事務員の業務の内容や第1審被告が行なってきた人員配置の見直し等に起因する事情が存在したものといえる。
   また、アルバイト職員については、契約職員及び正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。
   これらの事情については、教室事務員である正職員と第1審原告との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり、労働契約法20条所定の「その他の事情」(以下、職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)として考慮するのが相当である。
  c)小括
   第1審被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて、教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば、
  ・正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり、そこに労務の対価の後払いや一律の功労報酬の趣旨が含まれること
  ・正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと
  ・アルバイト職員である第1審原告に対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまること
をしんしゃくしても、教室事務員である正職員と第1審原告との間に賞与の支給に係る労働条件の相違があることは、不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。
 ウ 以上によれば、本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(2)私傷病による欠勤中の賃金について
   件大学の教室事務員である正職員に対して私傷病による欠勤中の賃金を支給する一方で、アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが妥当である(注:詳細については、省略する。)。

(3)結論
   第1審原告の賞与及び私傷病による欠勤中の賃金に関する損害賠償請求は理由がない。同請求に関する部分以外については、夏期特別有給休暇の日数分の賃金に相当する損害金5万0,110円及び弁護士費用相当額5,000円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある(第1審原告の上告:棄却、第1審被告の上告:破棄自判)


【コメント】

   直近の法改正(平成30年法律第71号)により、労働契約法20条は削除され、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に統合され、これに伴い「期間の定めがあることにより」、「締結している」の削除等の変更がなされましたが、本判決等に示された不合理性の判断枠組み自体が変更されたものではないとされています(判例タイムズ1481号198頁参照)。

Verified by MonsterInsights