【交通事故】名古屋地裁令和2年5月27日判決(自保ジャーナル2079号90頁)

原告が被告車との衝突を予測することは困難であり、かつ、本件事故により身体に受けた衝撃が軽度ではないことから、原告が本件事故により受傷したことを認めた事例(確定)


【事案の概要】

(1)次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
 ア 発生日時 平成28年1月30日午後0時50分頃
 イ 発生場所 愛知県江南市内路線上
 ウ 原告車  原告A(本件事故当時46歳の男性)が運転する自動車
 エ 被告車  被告Dが所有し、被告C(本件事故当時24歳の女性)が運転する自動車
 オ 事故現場 別紙図面のとおり、月極駐車場(以下「本件駐車場」という。)の北西角に、東西に延びる直進道路(以下「東西道路」という。)と南北に延びる突き当たり道路(以下「南北道路」という。)が交わる丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)
 カ 事故態様 原告Aが、原告車を運転して、東西道路を東から西に向かい、本件交差点を左折して南北道路を北から南に向かおうとしたところ、進行方向左側(東側)の本件駐車場から南北道路に左折進入してきた被告車の右前部分と、原告車の左側面が衝突した。

(2)原告Aは、B保険会社(以下「原告会社」という。)との間で、以下のとおりの内容の自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
 ア 保険種類 略
 イ 保険期間 平成27年8月22日から平成28年8月22日まで
 ウ 保険対象車 原告車
 エ 種目   人身傷害保険(保険金額5,000万円)

(3)原告会社は、本件保険契約に基づき、人身傷害保険金として合計212万6,439円(定額給付金を除く)を支払った。人身傷害保険金の最後の支払日は、平成29年10月17日である。

(4)原告Aと被告らとの間で、平成28年8月25日、本件事故の物的損害につき、本件事故の過失割合が、被告C95%、原告A5%であることを確認した上で、被告Cが、原告Aに対し、物的損害賠償金として23万3,795円を支払うことなどを内容とする示談(以下「本件示談」という。)が成立した。

(5)原告Aは、平成23年3月29日、交通事故(追突)に遭い、頸部捻挫(挫傷)の傷害を負った(以下「別件事故」という。)。原告Aは、別件事故により、頸部痛、両上腕~左肩痛の後遺障害が残り、上記後遺障害(注:症状固定日は、平成25年3月8日である。)について、「局部に神経症状を残すもの」として、自賠法施行令別表第二の第14級9号(以下、同表の後遺障害の等級を「○級○号」と表記する。)と認定された。


【争点】

(1)本件事故の態様、過失の有無及び過失割合(争点1)
(2)原告Aの受傷の有無(争点2)
(3)原告Aの損害額(争点3)
(4)原告会社が代位により取得した損害賠償請求権の額(争点4)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点1(本件事故の態様、過失の有無及び過失割合)について
 ア 本件事故の態様等は、以下のとおりであったと認められる。
  a)原告Aは、本件事故直前、原告車を運転して東西道路を西に向かい、本件交差点を左折して南北道路を西に向かい、本件道路を左折して南北道路を北から南に向かっていた。原告Aは、当時、原告車の後部座席にチャイルドシートを装着して、原告Aの子(当時4歳)を座らせていた。
  b)被告Cは、本件駐車場の別紙図面①地点(北西角から2台目の南北道路に面した駐車区画、以下「本件駐車区画」という。)に被告車を駐車していた。被告Cは、当時、被告車の助手席にチャイルドシートを装着して、被告Cの子(当時2歳)を座らせていた。
  c)被告Cは、本件事故直前、本件駐車区画から南北道路に左折進入しようとして、被告車を発進させた。被告Cは、発進後まもなく南北道路を右方から直進してくる原告車を発見し、危険を感じてブレーキをかけたが間に合わず、被告車の右前部と原告車の左側面が衝突した。
  d)本件事故により、原告車の左スライドドアから左クォーターパネル、左リアタイヤにかけて損傷が生じた。原告車の損傷の最初の着力箇所である左スライドドアの前部には押込み損傷があり、上記押込み損傷からリアタイヤにかけて連続した擦過傷が生じており、その中間の左クォーターパネルにも押込み損傷が生じている。左スライドドア前部の押込み損傷の入力角度は11時方向である。原告車の修理費用は24万6,100円であった。
    e)本件事故により、被告車の右前角に損傷が生じた。車体の表面の損傷は擦過傷であるが、車体内部のサイドメンバーには変形が生じている。被告車の修理費用は8万7,178円であった。
 イ 判断
  a)被告Cは、本人尋問において、本件事故の態様につき、被告車を発進させた直後に原告車を発見し、ブレーキをかけて停止したところ、停止した被告車の右前部を原告車の左側面がこすっていくようにして接触したと供述している。
   しかしながら、被告Cの上記供述は、本件事故による原告車の損傷状況と整合しない。前記アd)認定のとおり、原告車の左スライドドア前部に押込み損傷が生じ、そこから左リアタイヤにかけて連続した擦過傷が生じていることからすると、本件事故の態様は、南北道路を走行中の原告車の左側面に、本件駐車区画か南北道路に左折進入した原告車の右前角が衝突したものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
  b)一般に、車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、道路外の施設若しくは場所に出入りするための左折若しくは右折をし、横断をし、転回し、又は後退してはならないとされている(道路交通法25条の2第1項)。前記ア認定の事故態様によれば、被告Cは、被告車を運転して本件駐車区画から出るに際し、原告車の進行を妨害したといわざるを得ない。
   また、被告Cは、本件駐車区画から南北道路に左折進入するにあたり、右方の安全確認を怠ったものといえる。前記ア認定のとおり、被告車の右角部分が原告車の左スライドドアの前部に衝突していることからすると、被告Cの右方の安全確認義務違反の程度は著しいといわざるを得ない。
   そうすると、本件事故の主たる原因は、被告Cの過失にあるというべきである。
  c)他方で、本件事故現場の状況や被告車が駐車していた本件駐車区画の位置等に照らすと、本件交差点を左折して南北道路を直進していた原告Aにおいて、被告車が本件駐車区画から南北道路に進入してくることを予測することが不可能であったとまではいえない。原告Aにも、本件駐車区画に駐車中であった被告車の動静及び安全を確認すべき義務を怠った過失があることは否定できないというべきである。
  d)以上に認定したとおりの双方の過失の内容等を考慮すると、本件事故の過失割合は、原告A5%、被告C95%と認定するのが相当である。

(2)争点2(原告Aの受傷の有無)について
 ア 本件事故後の通院状況等は、以下のとおりであったと認められる。
  a)原告Aは、本件事故の翌日(平成28年1月31日)から頭痛、左を中心とした項部痛、頭頸部の締め付け感、左C5~6領域の疼痛としびれ感が出現し、同年2月1にE外科を受診した。
   原告Aは、頸部挫傷、外傷性頸肩腕症候群、左背筋筋膜炎との診断を受け、同日以降、同外科に通院して、トリガーポイント注射、神経ブロック、消炎鎮痛剤の内服と貼付等の治療を受け、同月8日からはマッサージ等の理学療法を受けるようになった。
  b)原告Aは、平成28年5月19、F病院で頸部MRI検査を受けたところ、C5/6に軽度の椎間板ヘルニアが認められた。
  c)原告Aは、平成28年12月下旬頃から自覚症状が落ち着き、平成29年1に実施されたレントゲン検査においても症状の悪化は認められなかったとして、同月30、E外科の医師により症状固定の診断を受けた。
  d)原告Aは、前記治療後も、左優位の項部・頸部・肩部・上腕痛、左C4,C5,C6領域のしびれ感、疼痛牽引感等の後遺障害が残ったとして、後遺障害等級認定を申請した。しかし、損害保険料率算出機構は、原告Aの主張する上記症状につき、自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断した。
 イ 前記(1)認定に係る本件事故の態様、前記ア認定に係る原告Aの本件事故後の通院状況及び医師の診断等を総合すると、原告Aは、本件事故により頸部挫傷の傷害を負ったと認められる。
   被告らは、本件事故の態様は軽微であって、原告Aが本件事故により受傷することはあり得ないと主張する。
   しかしながら、原告Aは、南北道路を進行中、路外の本件駐車場から南北道路に左折進入しようとした被告車に衝突されたものであり、被告車が衝突した箇所も原告車の左スライドドア前部(運転席よりも後方)であることからすると、原告Aにおいて被告車の衝突を予測してあらかじめ身構えることは困難であったと認められる。
   また、本件事故により、原告車の着力箇所である左スライドドア前部に押込み損傷があり、被告車のサイドメンバーにも変形が生じていることからすると、本件事故によって原告Aの身体に受けた衝撃が軽度であったとは認められない。
   さらに、本件事故によって、被告、被告車に同乗していた被告Cの子及び原告Aの子が受傷した事実は認められないが、本件事故の態様に照らし、被告は原告車との衝突を予測して身構えることができたこと、被告Cの子及び原告Aの子はチャイルドシートによって保護されていたことを考慮すると、被告、被告Cの子及び原告Aの子が本件事故によって受傷していないことをもって、本件事故によって原告Aが受けた衝撃が軽微であったとはいえない。
   原告Aの受傷を否定する被告らの前記主張は採用できない。

(3)争点3(原告Aの損害額)について
 ア 治療費 122万8,878円
 イ 通院交通費 75円
 ウ 傷害慰謝料 120万円
 エ 過失相殺後の損害額 230万7,505円
   (計算式)過失相殺前の損害額242万8,953円×0.95=230万7,505円
 オ 素因減額について
   原告Aは、別件事故により頸部挫傷(捻挫)の傷害を負い、14級9号の後遺障害認定を受けている。
   しかしながら、
  ・別件事故後の頸部MRI検査で認められたヘルニアは、自賠責保険における後遺障害認定において、外傷性のものではなく経年性変化と捉えられている。
  ・別件事故の症状固定日(平成25年3月8日)から本件事故日(平成28年1月30日)まで、約2年10ヶ月が経過しており、この間、原告Aが医療機関等で頸部の治療を受けるなどした形跡はうかがわれない。
  ・原告Aは、本件事故後の頸部MRI検査においても、C5/6に椎間板ヘルニアが認められているが、その程度は軽度である。
   これらの事情に、本件事故によって原告Aが身体に受けた衝撃は軽度とはいえず、原告Aは、本件事故後、担当医の診断・指示に従って通院治療を継続していたものであることを併せ考慮すると、本件において、当事者間の公平を図るため、素因減額が必要であるとまでは認められない。
   被告らの素因減額の主張は採用できない。
 カ 原告会社は、本件保険契約に基づく人身傷害保険金として212万6,493円を支払っているから、原告会社は、上記保険金額(212万6,493円)と過失相殺後の損害額(230万7,505円)との合計額(443万8,953円)が過失相殺前の損害額(242万8,953円)を上回る部分に相当する額(200万5,045円)の範囲で、原告Aの被告らに対する損害賠償請求権を代位取得する(最高裁平成24年2月20日判決参照)。
   したがって、原告Aの損害額は、過失相殺後の損害額である230万7,505円から、上記200万5,045円を控除した30万2,460円となる。
 キ 弁護士費用 3万円
 ク 合計 33万2,460円

(4)争点4(原告会社が代位により取得した損害賠償請求権の額)
   前記(3)カのとおり、原告会社は、人身傷害保険を支払ったことにより、原告Aの被告らに対する200万5,045円の損害賠償請求権を取得したものと認められる。
   原告会社は、自賠責保険金120万円を回収しているから、原告会社は、被告らに対して、80万5,045円の限度で、代位取得した損害賠償請求権を行使できることになる。

(5)結論
   原告Aらの被告らに対する請求は、33万2,460円及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある(一部認容)。
   原告会社の被告らに対する請求は全部理由がある(全部認容)。


【コメント】

   本件では、後遺障害の有無は争われておらず、本件事故による傷害の有無が争われていることが特徴です。裁判所の認定した事故態様等からは、原告が本件事故により受傷したことを認めた結論は妥当と考えられます。
   また、14級9号の後遺障害認定を受けた別件事故の症状固定日から本件事故日まで、約2年10ヶ月が経過していることなどから、素因減額を否定した点も注目に値します。

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