【交通事故】福岡高裁令和元年11月27日判決(自保ジャーナル2074号143頁)

被保険者が訴訟を提起する必要性の程度等が低いことや訴訟の審理経過等を踏まえると、保険会社が被保険者による弁護士費用保険金の請求について同意をしないことが裁量権の逸脱又は濫用に当たらない旨判示した事例(上告不受理により確定)


【事案の概要】

(1)被控訴人(1審原告)は、損害保険事業等を目的とする株式会社である。
   控訴人(1審原告)は、被控訴人との間で、平成24年6月19日、控訴人を被保険者、被控訴人を保険者とする次の内容の総合バイク保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。
 ア 保険期間
   平成24年6月8日から平成25日6月8日
 イ 弁護士費用等保障特約(以下「本件弁護士費用特約」という。)
   被控訴人は、自動車被害事故によって、保険金請求者(被害を被った被保険者)が損害賠償請求を行う場合は、それによって被控訴人の同意を得て支出した損害賠償請求費用(弁護士報酬、訴訟費用等)を負担することによって被る損害に対して、弁護士費用保険金を支払う(約款・同特約3条1項)。
   弁護士費用保険金は1回の自動車被害事故につき3,000,000を限度とする(約款・同特約7条1項)。
 ウ 無保険車傷害特約 略

(2)控訴人は、平成25年4月10日午後5時45分頃、原動機付自転車で走行中、福岡市内の路上において、Cの運転する自動二輪車(以下「C車両」という。)に追突される事故(以下「本件事故」という。)に遭った。C車両には、自賠責保険及び任意保険のいずれも付されていなかった。

(3)控訴人は、平成25年5月24日、A弁護士との間で、委任事務を本件事故による後遺障害の認定に係る事務、着手金を105,000円とすることなどを内容とする委任契約(以下「本件委任契約1」という。)を締結した。
   控訴人は、平成25年5月27日、被控訴人に対し、本件弁護士費用特約に基づく弁護士費用保険金の請求として、本件委任契約1の着手金相当額である105,000円を請求し、同年8月26日、被控訴人から同額の支払を受けた。
   控訴人は、平成27年1月、労働者災害補償保険の後遺障害認定手続において、本件事故による腰部の神経症状が労災等級表の12級の12、頸部の神経症状が労災等級表の14級の9にそれぞれ該当し、併合12に該当する旨の認定を受けた。
   また、控訴人は、平成27年11月、政府の自動車損害賠償保障事業(以下「政府保障事業」という。)の後遺障害認定手続において、本件事故による腰部の神経症状及び頸部の神経症状がいずれも自賠責等級表(以下、労災等級表及び自賠責等級表を区別することなく「後遺障害等級」ということがある。)の14級9に該当する旨の認定を受けた。

(4)控訴人は、平成28年2月19日、A弁護士との間で、委任事務を本件事故についてのCに対する損害賠償請求事件(1審)、着手金を1,217,577円(消費税別)、報酬金を控訴人の得た経済的利益の12%(消費税別)とすることなどを内容とする委任契約を締結した(以下「本件委任契約2」といい、本件委任契約1と併せて「本件各委任契約」という。)。
   A弁護士の法律事務所に勤務するB弁護士(以下、A弁護士とB弁護士を区別することなく「控訴人代理人」ということもある。)は、控訴人の委任を受け、平成28年2月19日、福岡地方裁判所に対し、Cに本件事故による損害金21,474,865及び遅延損害金の支払を求める訴訟を提起した(以下「前件訴訟」という。)。
   A弁護士は、平成28年2月26日、被控訴人に対し、本件弁護士費用特約に基づく弁護士費用保険金の請求として、本件委任契約2の着手金相当額である1,314,983(消費税込み。以下同じ。)の支払を請求した。
   これに対し、被控訴人は、同年3月2日、弁護士費用保険金として支払うことができる金額が123,682である旨を回答した。

(5)Cは、前件訴訟の口頭弁論期日に出席せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかったため、福岡地方裁判所において、平成28年5月9日、控訴人の上記請求を全て認容する判決が言い渡された。
   A弁護士は、平成28年6月30日、被控訴人に対し、本件弁護士費用特約に基づく弁護士費用保険金の請求として、本件委任契約2の報酬金及び訴訟費用のうち1,685,017(注:本件委任契約2の本件委任契約2の着手金相当額である1,314,983円との合計額は、3,000,000である。)を請求した。
   これに対し、被控訴人は、同年7月7日、弁護士費用保険金(注:着手金及び報酬金を併せた額)として支払うことができる金額が778,105である旨を回答した。

(6)控訴人は、前件訴訟の判決確定後も、Cから判決で認容された金員の支払を全く受けることができず、平成29年、控訴人代理人に委任して、被控訴人に対し、本件事故により受けた損害につき、本件保険契約の無保険車傷害保険特約に基づく保険金の支払を求める訴訟を提起した。
   そして、控訴人は、同年12月27日、被控訴人に対し、本件弁護士費用特約に基づき、弁護士費用保険金の支払を求める本件訴訟を提起した。
   なお、福岡地方裁判所は、令和元年8月20日、控訴人の前記無保険車傷害保険特約に基づく保険金請求について、3,833,400及び遅延損害金の支払を求める限度で認容した。

(7)原審(福岡地方裁判所令和元年6月18日判決・自保ジャーナル2074号158頁)は、控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。


 【争点】

(1)被控訴人が同意のないことを理由に控訴人の弁護士費用保険金の請求を拒むことができるか
(2)控訴人による弁護士費用の支出の有無
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

 (1)被控訴人が同意のないことを理由に控訴人の弁護士費用保険金の請求を拒むことができるか
 ア 本件弁護士費用特約の解釈
   本件弁護士費用特約については、その約款において、被保険者が保険会社である被控訴人の同意を得て支出した損害賠償請求費用を負担することによって被る損害を弁護士費用保険金の支払対象とする旨が明示されていることからすると、本件弁護士費用保険金の請求が認められるためには、①被保険者が負担する損害賠償請求費用について保険会社である被控訴人の同意があること、②被保険者が当該損害賠償請求費用を現実に支出したことが必要であると解される。
   もっとも、本件弁護士費用特約において保険会社である被控訴人の同意を要件とした趣旨は、被控訴人が損害賠償請求費用として適正妥当な範囲を確認することで保険金支払の適正を図るためであると解されるから、明らかに適正妥当な範囲を金額であるにもかかわらず同意をしないなど、上記趣旨に照らして同意をしないことが不合理であって裁量権の逸脱又は濫用と認められる場合には、被控訴人の同意がなくとも適正妥当と認められる弁護士費用保険金を請求することができるものと解するのが相当である。
 イ 以下、被控訴人が本件における控訴人の弁護士費用保険金の請求について同意しないことが、裁量権の逸脱又は濫用と認められるか否かについて検討する。
  a)控訴人の請求する弁護士費用保険金は、控訴人が控訴人代理人に前件訴訟を委任したことにより負担する弁護士費用に係るものであるところ、控訴人は、本件各委任契約に基づいて負担する弁護士費用が旧日弁連報酬等基準やLAC基準の範囲内であって客観的に適正妥当なものであるとして、被控訴人が控訴人の弁護士費用保険金の請求について同意ないことが裁量権の逸脱又は濫用に当たると主張する。
   しかしながら、旧日弁連報酬等基準が現在においても多くの弁護士が弁護士費用を定める際に参考にしている基準であるとしても、上記のとおり、本件弁護士費用特約が保険会社である被控訴人の同意を要件とした趣旨は、損害賠償請求費用として適正妥当な範囲を確認することで保険金支払の適正を図るためであと解されるから、被控訴人が被保険者の請求する訴訟にかかる弁護士費用について同意を検討するに当たっては、当該訴訟を提起することが被保険者の損害の回復のために必要なものであるのか、必要性はどの程度のものであるといった実質的利益の有無等が重要な考慮要素となるものであり、当該訴訟の請求額及び認容額を経済的利益として旧日弁連報酬等基準を形式的に当てはめて算定される着手金及び報酬金の範囲内であるか否かというだけで、同意の有無を決すべきであるということはできない。
   なお、弁護士の報酬に関する規程2条は、弁護士の報酬は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして適正かつ妥当なものでなければならないと定め、弁護士職務基本規程24条は、弁護士は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして、適正かつ妥当な弁護士報酬を提示しなければならないと定めているところ、上記各規程も、民事訴訟事件の場合に請求額や認容額だけを経済的利益の額として弁護士費用を算定するのではなく、依頼者の受けるべき実質的利益等も考慮して適正かつ妥当な弁護士費用を定めることを要求する趣旨と解される。
  b)そこで、前件訴訟の必要性等について検討する。前件訴訟は、控訴人が本件事故により受けた損害の賠償を加害者であるCに求めた訴訟であるところ、
  ・Cが本件事故時に運転していたC車両には自賠責保険及び任意保険のいずれも付されていなかったこと
  ・控訴人代理人であるB弁護士がCとの連絡を試みたが連絡が取れない状況が続いたこと
  ・Cの住所地の不動産の登記簿を取り寄せても他人名義であり、Cの勤務先も判明しないなど、執行できるCの財産も把握できていなかったこと
  ・B弁護士自身、Cに対する訴訟をしても支払を受けるのが難しいと考え、その旨を控訴人に説明していたこと
からすると、Cに対する訴訟を提起して認容判決を得ても現実的な回収が見込めない状況にあったことは明らかであり、現に前件訴訟の判決後にCから全く支払を受けることができていない。このように、本件では、前件訴訟提起前の段階で既に、加害者から現実的な回収が見込めなかったという特殊性があるものといえる。
   そして、控訴人は、被控訴人との間で無保険車傷害特約の付された本件保険契約を締結しており、同特約に基づく保険金を請求すれば、控訴人が本件事故によって被った損害に対してCが法律上負担すべき損害賠償責任の額の支払を受けることができるのであるから、現実的な回収が見込めないCに対する前件訴訟を提起するよりは、無保険車傷害特約に基づく保険金請求をすることが現実的な損害の回復に資するものであり、このことは、前件訴訟の判決後に控訴人が被控訴人に対し同保険金を請求する訴訟を提起していることからも明らかである。
  c)以上を踏まえて被控訴人の対応について見ると、被控訴人は、本件における控訴人からの弁護士費用保険金の請求に対して、同意することができる金額が778,105円である旨の回答をしているところ、これは前件訴訟の判決の認容額を前提とするものではないが、前件訴訟はCが応訴しなかったため欠席判決により控訴人の請求額がそのまま認容されたものであって、実質的な審理を経て認定された損害額を前提とするものではなく、Cから現実的な回収を図ることが見込めない状況であることからしても、被控訴人が弁護士費用保険金の算定に当たって前件訴訟の判決における認容額を基礎としないことが不合理であるということはできない。
   そして、被控訴人の上記提示額は、政府保障事業の後遺障害認定手続において控訴人の後遺障害が自賠責等級表で併合14に該当する旨の認定がされているにもかかわらず、控訴人の後遺障害を後遺障害等級12として逸失利益及び後遺障害慰謝料を算定して控訴人の損害残金を9,646,182円と算定し、これを前提に旧日弁連報酬等基準に基づいて算定した着手金の額を3割増しにした金額であり、上記のとおり前件訴訟を提起する必要性の程度及び控訴人の実質的利益の程度が低いことや、前件訴訟の審理経過からうかがえる控訴人代理人の訴訟活動等を踏まえると、控訴人に相当の配慮をして提案であるということができる。
   ところが、控訴人が被控訴人による上記提示額を受け入れずに本件弁護士費用特約の保険金の上限額である3,000,000円の請求を維持したため、控訴人と被控訴人の協議が調わずに合意が成立しなかったのであるから、かかる被控訴人の対応が不合理なものであるということはできない。
  d)したがって、被控訴人が控訴人による本件の弁護士費用保険金の請求について同意をしないことが不合理であって裁量権の逸脱又は濫用に当たるということはできない。
   なお、本件訴訟において、控訴人の請求が棄却されるのは、飽くまでも当審口頭弁論終結時点で被控訴人の同意がないことが理由であり、仮に本件請求を棄却する判決が確定したとしても、被控訴人は、同意可能な金額の限度では、事後的に同意し、本件弁護士費用特約に基づく保険金支払に応じすると考えられる(当審の答弁書参照)のであって、控訴人が被控訴人から上記保険金の支払を一切受けることができないということにはならない。

(2)結論
   以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきである(控訴棄却)。


【コメント】

   裁判で請求認容の判決を得ても、結果的に被告から債権を回収できないことがあります。本件は保険会社との間で弁護士費用保険金の支払に関して問題となった事例ですが、客観的状況からもともと回収困難と判断された上に、訴訟以外の現実的な選択肢が存在した点に特徴があります。

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