原告が本件事故後に税理士業務を休業した事実が認められず、その他の収入(給与、役員報酬)の減少も認められないことなどから、休業損害の発生を否認した事例(控訴審係属中)
【事案の概要】
(1)交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 発生日時 平成27年1月6日午後6時頃
イ 発生場所 大阪府守口市内路上(以下「本件現場」という。)
ウ 原告車両 原告が運転する普通乗用自動車
エ 被告車両 被告会社が所有し被告乙山が運転する中型貨物自動車
オ 事故態様 被告車両が本件現場において直進走行する原告車両に追突した。同追突により、原告車両の後部には、全体的に押し込まれるような形で凹み損が生じた。
(2)原告(昭和31年8月生まれ。本件事故当時58歳)は、本件事故当時、税理士事務所(屋号はB税理士事務所)を開業する税理士として稼働していたほか、有限会社であるM社に勤務し、さらに、株式会社であるN社の代表取締役を務めていた(注:これらの所在地は、いずれも同一の場所である。)。
原告には、以下のとおり、本件事故以前からの既往症が存在する(別紙1参照)。
a)平成24年8月31日 心筋梗塞を発症してP病院に入院し、冠動脈バイパス手術を施された。
b)同年10月9日 治癒に近い状態になり退院した。「下肢筋力低下、冠動脈バイパス術後」を傷病名として、リハビリ目的で、Q病院に入院した。
c)同年12月3日 Q病院を退院した。
d)平成25年の前半 自宅で療養した。
e)同年の後半 職場に復帰し、税理士として再び稼働を始めた。
f)同年11月13日以降 E病院において、糖尿病及び狭心症等について治療等を施された。
g)平成26年10月2日 高血圧症、脂質異常症及び2型糖尿病を傷病名として、血糖コントロールを施す目的で、E病院に入院した。
h)同月30日 E病院を退院したが、その後も通院治療を継続した。
(3)原告は、少なくとも以下のとおり各医療機関に通院した。
ア C病院
通院 平成27年1月6日及び9日(実日数2日)
イ D整形外科
通院 平成27年1月8日から同年10月31日(実日数233日)
ウ E病院
通院 平成27年1月14日(実日数1日)
エ F病院
通院 平成27年4月3日から同年6月3日(実日数2日。D整形外科と1日重複)
オ G鍼灸院
通院 平成27年1月30日から同年10月31日(実日数172日。D整形外科の通院日と前日重複)
(4)D整形外科の担当医は、平成28年5月11日、原告の頚椎捻挫、腰椎捻挫、右手関節捻挫及び右鎖骨部捻挫等につき、平成27年10月31日を症状固定日とする後遺障害診断書を作成した(注:同整形外科の担当医は、同年6月22日、原告に対し、後遺障害診断を勧めた。(同整形外科の診療録中、同日の欄には、「あと3ヶ月長くしてもらえないか?という診断書は求められれば書きます。」との記載がある。)。そのため、後述のとおり、症状固定時期につき争いがある。)。
その後、自賠責保険会社は、原告の本件事故後の症状のうち、①頚椎捻挫後の頸部痛み等の症状については、自賠法施行例別表第二(以下、記載省略)第14級9号に該当するとし、②頚椎捻挫後の腰部の痛み、右下肢の痛み・痺れ・異常感覚(ピリピリする感じ)等の症状についても、第14級9号に該当するとし、原告の後遺障害につき併合第14級であると認定した。
【争点】
(1)原告の症状固定時期(争点1)
(2)原告の損害額(素因減額)(争点2)
以下、裁判所の判断の概要を示す。
なお、争点2のうち休業損害に関する原告の主張は、以下のとおりである。
ア 原告は、税理士事務所を開業する税理士であり、本件事故時の前年である平成26年の原告の所得金額及び固定経費(注:外注費を含む)の金額は、合計34,368,558円である。
また、原告は、同年、M社からの給与として年額3,000,000円を得たほか、N社の役員報酬として年額2,700,000円を得た。
しかし、原告は、本件事故により、平成27年1月6日から同年10月31日までの間、通院し(実日数237日)、休業を余儀なくされた。そこで、上記収入等を基礎として上記237日間の休業損害を算定すると、26,017,138円となる。
イ 本件事故があった平成27年とその前年の平成26年の税理士業務の売上金額及び所得金額を比較すると、売上金額が2,000,000円以上増加する一方、所得金額は200,000円以上減少している(別紙2参照)。これは、本件事故後に原告が稼働することができず、売上金額に占める人件費の額、特に、外注費が大幅に増加したことによるものである。
また、収入の減少を最小限に抑えることができたのは、本件事故後の原告の特別の努力及び妻の協力があったことによる。
【裁判所の判断】
(1)争点1(原告の症状固定時期)について
ア 原告は、本件事故によって受傷した頚椎捻挫、腰椎捻挫、右手関節捻挫及び右鎖骨部捻挫等の傷害の症状固定日は平成27年10月31日であると主張し、この主張に沿う内容のD整形外科の担当医の診断がある。
しかし、D整形外科の診療録の記載内容等に照らすと、以下の事実が認められる。
・担当医は、原告に対し、同年6月22日の時点で後遺障害診断を勧めたものの、原告は、担当医に対し、あと3ヶ月は治療期間を長くできないかという趣旨の発言をしていること
・原告は、同年7月14日、担当医に対し、同年8月以降は自分の保険を使用して治療を継続し、その費用を請求しようと思っているという趣旨の発言をしていること
・担当医に対し、治療がまだ必要とのスタンスで後遺障害診断は2ヶ月後にできないかという趣旨の発言をしたこと
これらの事情に照らすと、担当医は同年6月22日の時点で原告の症状固定時期が間もないと判断していたと推認するのが自然である。このことは、その後の担当医の各所見、すなわち、同年7月4日の時点では原告の身体に多少の痛みや張り等はあるものの軽快しており、同月22日の時点で時々頸部痛や腰のだるさはあるものの顕著な変化がないといった趣旨の所見とも整合する。しかし、原告は、少しでも治療を続けたいとの考えから、担当医に対して種々の発言をしたことにより、担当医は、上記判断にかかわらず、症状固定時期について原告の意向に可及的に沿う内容で診断した蓋然性が高いというべきである。
したがって、後遺障害診断書の記載をもって直ちに原告の症状固定日を平成27年10月31日と認めることはできない。
イ むしろ、本件事故の態様、原告の傷害の内容、原告の通院の頻度、とりわけ、原告は、平成27年2月から同年7月までの間、D整形外科に各23日、23日、24日、26日、30日及び30日通院し、これと重複する形でG鍼灸院に各22日、23日、21日、21日、24及び27日通院し、濃厚ともいうべき治療や施術を継続的に受けたこと、その一方で治療や施術の内容に特段有意な変化は窺われないことや、同年1月から6月にかけての原告の頚椎の間接可動域に係る検査結果(注:時間の経過とともに可動域が狭まる傾向にある。)の推移等に加え、上記アの担当医の同年7月の時点での各所見の内容や、後遺障害診断書の内容(注:記載内容については、省略する。)等に照らせば、原告車両の損傷状況等からして原告が身体に受けた衝撃が軽微ではなかったことを考慮しても、原告の傷害については、遅くとも同月31日の時点で、医学上一般に承認された治療方法をもってしてもその効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したものと認められる。
したがって、本件事故による原告の傷害については、平成27年7月31日に症状固定したものと認めるのが相当である(原告がその後に訴える種々の痛みは、原告の身体に残存した後遺障害として位置付けるのが相当である。)。
(2)争点2(原告の損害額(素因減額))について
ア 各費目について
a)治療費等 3,184,368円
原告の傷害は遅くとも平成27年7月31日には症状固定したものと認められる。
よって、それよりも後の治療費等については、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
b)通院交通費 156,527円
c)休業損害 0円(注:請求額は、26,017,138円)
①原告は、本件事故後、確定申告の時期が重なったことなどもあり、休みたくても休まずに税理士業務に従事し、税理士事務所まで赴かない日であっても、パソコンを使用するなどして、自宅から、スタッフに指示を出す、スタッフから結果をもらう、その内容をチェックしたりするなどしていたこと、原告には本件事故前から自宅で仕事をする習慣があったことなどが認められ、他方、原告が税理士業務を一時的に停止したり税理士事務所を閉めたりした形跡は窺われない。そうすると、原告が本件事故後に税理士業務を休業した事実を認めるには足りないというべきである。
②原告は、平成27年1月から6月までの間、N社から役員報酬として月額300,000円の支払を受けていたが、同年7月以降は月額10万円の支払を受けるに至っており、また、平成28年1月以降、M社から給料の支払を受けていない。しかし、このような収入の状況の変化が本件事故日から相当程度後になって生じたものであることからすれば(注:いずれも原告の主張する症状固定日である平成27年10月31日よりも後である。別紙1参照)、これを本件事故後によって生じた休業損害と認めることはできないというべきである。
③原告は、上記①に関連し、本件事故によって税理士業務における外注費が大幅に増加したことにより原告の収入(所得)が減少したと主張する。
しかし、平成24年分ないし平成30年分の外注費の推移等(別紙2参照)に照らすと、年の前半を自宅療養にて過ごしたことにより外注費が相当程度必要であったと考えられる平成25年よりも、わずかに1ヶ月程度入院したにすぎない平成26年の外注費の方が多く計上されており、原告の税理士業務における外注費は、原告の症状経過とは必ずしも関係のないその他の要因によって増加し得ることが認められる。
また、外注費は、平成26年から平成27年にかけて約5,000,000円、同年から平成28年にかけて約18,000,000円増加しているが、本件事故による原告の傷害の内容及び程度並びに症状固定時期に照らすと、本件事故によって上記程度にまで外注費を増額させる必要が生じたものとは直ちに認め難い。
さらに、原告は、本件事故前の心筋梗塞や糖尿病等での入院や本件事故後の腰椎椎間板ヘルニアでの入院を理由とするなどして、税務支援従事業務の免除を受け続けているというのであり、そこで理由として掲げられた諸事情もまた外注費の増額の大きな要因となっている蓋然性を否定することができない。
これらの事情に照らすと、原告の税理士業務における外注費の増額が本件事故によって生じたものとは認められず、その他、本件全証拠を総合しても、外注費の増額が本件事故によって生じたものと認めるには足りない。
④したがって、本件事故によって原告に休業損害が生じたものとは認められない。
d)通院慰謝料 850,000円
e)後遺障害逸失利益 1,559,668円(注:請求額は、17,756,395円)
①原告は、本件事故により、身体に併合第14級に該当する後遺障害が残存し、その労働能力を5年間にわたり、5%喪失したものと認められる。
②基礎収入について
ⅰ 本件事故前の平成26年分の原告の税理士業務に係る青色申告特別控除前所得は7,205,008円である(別紙2参照)。原告は、これに加え、固定経費として、租税公課、損害保険料、減価償却費、地代家賃、給料賃金及び外注費を計上すべきと主張する。
しかし、前記c)①で説示したとおり、原告が本件事故後に税理士業務を休業した事実を認めるには足りない。そうすると、原告が休業期間中に将来の事業継続のために従前通り上記各費用を支払い続けなければならなかったといった事情を認めるには足りないから、これらの費用を原告の収入として考慮するのは相当ではない。
ⅱ 原告は、M社から前年の収益に対する貢献度に応じた給与を支払われていたと供述し、同社からの給与を原告の収入として考慮すべきと主張する。
しかし、本件事故前の各種疾病に係る治療経過等に照らすと、原告は、平成24年8月以降には心筋梗塞や手術後のリハビリのために入院し、平成25年には年の前半を自宅療養にて過ごすなどしたが、平成26年については1ヶ月程度入院したにすぎない。他方、支給額の推移等に照らすと、原告は、平成25年から平成27年にかけてM社から概ね同水準の給料の支払を受けている(別紙1参照)。このような事情に照らすと、原告がM社から給与の名目で支払を受けていた金員が労務の対価として得たものであったとは認め難いというべきである。
また、M社の代表取締役である丁山は、平成28年3月、同社の本店所在地及び税理士事務所と同一の場所において、同社と目的が殆ど同一の株式会社であるR社を設立し、平成30年10月に原告がその代表取締役に就任したことが認められる。このような事実関係に照らすと、平成28年から平成30年にかけて、丁山により、種々の事情を総合的に考慮した上での経営判断に基づく業務の刷新等が実施され、その過程でM社からの給与が支払われなくなった蓋然性が高いというべきであり、平成28年以降給与が支払われなくなったことと本件事故との間に相当因果関係があるとは認められない。
したがって、後遺障害逸失利益を算定するに当たり、M社からの給与を原告の収入として考慮するのは相当ではない。
ⅲ 原告は、N社からの役員報酬を原告の収入として考慮すべきと主張する。
しかし、本件事故前の各種疾病に係る治療経過等に加えて、平成23年度から平成25年度までの支給額の推移等に照らすと、N社からの役員報酬は原告の症状経過とは関係なく支給されていたものと認められる(別紙1参照)。
原告が、平成23年度及び平成24年度は月額平均120,000円の支給を受けていたところ、平成27年7月以降もそれと概ね同水準の月額100,000円の支給を受けていたことなどを併せ考慮すると、本件事故によってN社からの役員報酬の支給額が減少したとは認められないというべきである。
したがって、後遺障害逸失利益を算定するに当たり、N社からの役員報酬を原告の収入として考慮するのは相当ではない。
③原告の後遺障害逸失利益は、前記7,205,008円を基礎として、5年間にわたる中間利息をライプニッツ方式で控除した(ライプニッツ係数3294)、1,559,668円を持って相当と認める。
f)後遺障害慰謝料 1,100,000円
g)その他 25,920円
h)小計 6,876,483円
イ 素因減額の可否
本件事故と原告の罹患していた疾患がともに原因となって損害が発生したものとは認められないから、素因減額をするのは相当ではない。
ウ 既払金
a)被告会社が加入するH共済組合からの共済金 3,226,768円
上記金額を元本に充当することについては、当事者間に争いがない。
よって、共済金の充当後の残高は、3,649,715円となる。
b)自賠責保険金 750,000円
本件事故日である平成27年1月6日から自賠責保険金の受領日である平成29年2月24日までに発生した遅延損害金は、389,969円である。
よって、自賠責保険金を確定遅延損害金に充当し、その余を元本に充当すると、元本残高は3,289,684円となる。
エ 弁護士費用 320,000円
弁護士費用加算後の総計は、3,609,684円となる。
(3)結論
以上によれば、原告の請求は、被告らに対し、3,609,684円(注:請求額は55,897,102円)及びこれに対する遅延損害金の限度で理由がある(一部認容)。
【コメント】
原告は、症状固定日まで頻繁に通院をしていましたが、業務を休業せず、かつ売上も落ちていないのなら、休業損害の賠償請求をすることは困難です。