【労働】東京地裁令和元年8月7日判決(判例タイムズ1478号187頁)

採用内定通知後に実施したバックグラウンド調査により判明した事情を主たる理由とする内定取消を違法・無効と判示した事例(控訴後和解)


【事案の概要】

(1)被告は、移動体通信事業、デジタルソリュージョン事業、旅行業法に基づく旅行等を行う株式会社である。
   原告は、平成8年3月に大学を卒業した後、同年4月にA社に入社し、平成26年8月まで同社において、団体旅行の企画・営業等に従事し、A社を退社後、平成26年9月から平成28年12月31日まで、B観光局に勤務した。同社における雇用形態は契約社員(1年毎の契約更新)であり、「セールスマネージャー」として、ハワイ渡航促進業務等に従事していた者である。原告は、総合旅行業務取扱主任者の資格を有している。

(2)被告は、平成28年10月頃、被告の旅行事業部に勤務していた従業員が近く退職することとなり、人材募集の必要性が生じたため、人材紹介会社に依頼し、新たな人材を募集した。
   原告は、被告の求人広告を見て、平成28年11月14日、被告に対して必要な応募書類を送付した。同月24日、原告は、被告の二次面接(注:最終面接)を受けた。同面接において、被告代表者は、原告に対し、前職であるB観光局での雇用形態について尋ねることはなく、原告からは契約社員であったことについて言及することもなかった。また、A社及びB観光局の退職理由について、原告は、被告代表者らに対し、職場環境の面で完全には満足できなかった等と説明した。
   被告は、平成28年12月2日、原告に対し、以下の条件で採用内定(以下「本件採用内定」という。)する旨記載された内定通知書を発送した(以下「本件採用内定通知」という。)。
 ア 入社日 平成29年1月1日
 イ 雇用期間 定めなし
 ウ 職務内容 旅行業務
 エ 賃金 月給35万円

(3)被告は、平成28年12月14日、原告の入社に当たり、懇親会を開催した。原告は、同月下旬、CRS(注:コンピュータ・リザベーション・システムのことであり、航空座席の手配に関わる様々な業務を電子化して処理するコンピュータ予約発券システムである。)の操作方法について、被告に対して、トレーニングを受けさせてほしい旨要望した。 
   被告としては、原告の採用・面接に当たっては、すでに人材紹介会社がバックグラウンド調査(注:採用選考時に、候補者の過去の経歴に虚偽や問題がないかについて予め調査をすることである。)を実施しているものと考えていたが、この頃、原告の業務遂行能力等について疑問が生じたため、バックグラウンド調査の実施の有無について、同月21日、人材紹介会社に問い合わせたところ、そのような調査は実施されていないことが判明した。
   被告は、同月27日、原告に対して、①被告が原告の新規採用前に係る経歴・性格素行・健康・勤怠・能力・退職理由等のチェックをすること、②調査の結果によっては内定取消に応じことを内容とするバックグラウンド調査を実施することについて、同意するよう求めたところ、原告はこれに応じた。被告は、原告に対し、バックグラウンド調査の結果が出るまでは出勤する必要がない旨を伝えた。

(4)原告についてのバックグラウンド調査結果は、平成29年1月10日付けで、以下のとおり、被告に報告された。
 ア A社での勤務状況に関する調査結果
   同社における出勤状況は「良好」、勤務態度は「良好」、職務能力は評価なし(回答なし)、人間関係は「普通」との各評価がなされており(注:評価の指標は「良好」「やや良好」「普通」「やや悪い」「悪い」の5段階。以下同じ。)、また、記述式の勤務評価欄には、同社の人事担当者が「アピールしている実績の事実関係を含めて、職務能力については個人情報につき回答しない。」「18年以上も勤務しながら役職に就くことなく一般社員に終始したとの経歴から、どの程度のスキルであるかは加味していただきたい」とコメントした旨記載されている。
   また、同社の退職理由については、一身上の都合で原告が依願退職したこと、同社から退職勧告をした事実はない旨記載されている。
 イ B観光局での勤務状況に関する調査結果
   同社における出勤状況は「良好」、勤務態度は「良好」、職務能力は「やや悪い」、人間関係は「普通」との各評価がなされており、また、記述式の勤務評価欄には、同社の人事担当者が「雇用形態は1年更新の契約社員」「業界のキャリアは長いがスキル不足である」「結論として当社が求めるレベルではなく戦力外と判断し、平成28年12月31日をもって契約を打ち切った」旨記載されている。
   また、同社の退職理由については、上記のとおり、戦力外と判断し、2度目の契約満了日をもって契約を打ち切った旨記載されている。

(5)被告は、平成29年1月11日、原告に対し、バックグラウンド調査の結果に基づき、本件採用内定を取り消した(以下「本件内定取消」という。)。その上で、被告は、同月12日、原告に対し、本件採用内定通知で示された原告の入社日を変更し、月額賃金を35万円から9万2,000円減額する内容の、新たな条件通知書を送付した(以下「新条件通知」という。)。
   原告は、代理人を通じて、本件内定取消が違法であり、原告が本件採用内定通知に記載されたとおりの労働契約上の地位にあることの確認及び未払賃金の支払を求めた。
   被告は、原告の上記要求を拒否した上、新条件通知についても、正式に内定を取り消す旨の通知をした。

【争点】

(1)本件採用内定が被告の錯誤により無効といえるか(争点1)
(2)本件内定取消の有効性(争点2)
(3)原告の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び原告の請求が権利濫用に当たるか(争点3)
(4)中間収入の控除額(争点4)
   以下、主に上記(2)についての裁判所の判断の概要を示す。

【裁判所の判断】

(1)本件内定取消の有効性(争点2)
   本件の事案に鑑み、まず、争点2について判断する。
 ア 採用内定期間中の解約権留保の行使は、試用期間における解約権留保と同様、労働契約の締結に際し、企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮し、採用決定の当初にはその者の資質・性格、能力などの適格性の有無に関連する事項に十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものという解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場にのみ許されるものであり、
    採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である(最高裁昭和54年7月20日判決、最高裁昭和55年5月30日判決参照)。
 イ そこで、このような解約権留保の趣旨に照らし、本件内定取消は、客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができる事由が存するか否かが問題となるので、以下、検討する。
  a)被告は、原告がA社における実績について、明らかに虚偽ないし誇張された内容を職務経歴書に記載したと主張し、これが経歴詐称や能力詐称に当たると主張する。
   しかしながら、同社における勤務状況に関するバックグラウンド調査を見ても、職務能力については個人情報につき回答しないとされ、職務能力の5段階評価において、「悪い」「やや悪い」など、特段の消極的な評価をされた事実はなく、その能力については「役職に就くことはなく一般社員に終始した経歴から、どの程度のスキルであるか加味して頂きたい」と記載されているのみであって、原告の業務実績自体を何ら否定するものではない。以上に加え、原告の供述(略)を踏まえると、原告の業務実績に関する被告への説明内容が明らかな虚偽であるとか、誇張された内容であることを認めるに足りる証拠はない。
  b)被告は、原告のB観光局での肩書を「セールスマネージャー」と記載したこと等経歴詐称に当たると主張する。
   しかしながら、同社における原告の肩書は「セールスマネージャー」であり、その点に虚偽は認められないから、これをもって経歴詐称などということはできない。
   また、同社での雇用形態が契約社員(1年毎の契約更新)であったことについても、原告は、被告代表者から二次面接において尋ねられたこともなく、一般に、採用試験や面接試験において、当該事項について、労働者に告知すべき信義則上の義務があるとも言い難いから、これを被告に伝えなかった原告の行為が、黙示の欺罔的行為に当たるということもできない。そして、結果的に、被告代表者が、原告は「セールスマネージャー」の肩書を持つ「正社員」であると誤信したことについて、原告に非難すべき点があるとも言えない。
   加えて、B観光局の退職理由について、同社の認識として、原告について戦力外と判断し、二度目の契約満了日をもって契約を打ち切ったという経緯があることは一応うかがわれるものの、原告としては、すでに同社を退職することを決意し、平成28年10月下旬、その意思を同社に伝えていたところに、同年11月に入ってから、同社より契約の更新がない旨を告げられた、その理由としては、「ビジョンが合わない」という程度の説明を受けた、退職の理由は人間関係の問題にあったというのであって(原告本人)、このような原告の認識に照らし、原告が前職の退職理由について被告に説明したことが、故意に事実を隠蔽したとか事実を虚構したなどということはできない。
  c)被告は、原告が旅行業界における基本的な業務能力であるCRSの操作方法が分からないため、トレーニングに行かせてほしいと要望したことなどから、基本的な業務能力を欠いていたと主張する。
   しかしながら、原告が端末を使ってみせたことを裏付ける証拠はなく(被告代表者)、トレーニングに行かせてほしいと原告が述べたとの点についても、そもそもCRSには多くの種類があり、主要なものだけでも世界に9社のCRSが存在することに加え、原告は、これら複数あるCRSのうち、A社において「アクセス」「インフィニ」「アポロ」などのCRSを使用した経験があり、これらの操作については熟知しているが、前職で2年以上旅行業界から離れていたこともあり、機会があればトレーニングに行かせて欲しいと希望した旨述べていることに照らせば(原告本人)、原告が旅行業界における基本的な業務能力であるCRSの操作能力を欠く状態にあったとは認められない。
  d)以上のとおり、本件全証拠に照らしても、原告が、被告に対し、経歴詐称や能力詐称に当たる行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
   そして、被告は、原告の採用に当たり、人材紹介会社においてすでにバックグラウンド調査が実施されたものと考えていたところ、原告に対する本件採用内定通知を発した後に、原告の業務能力や採用の可否について疑問が生じたことから、A社やB観光局における原告の勤務状況についてのバックグラウンド調査を実施し、その結果、後日判明した事情を本件内定取消の主たる理由として主張しているのであって、そもそも、本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取消を行ったものと評価されてもやむを得ないところである。
   そうすると、被告が主張する上記事情は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるもとはいえないから、本件内定取消は違法である。

(2)本件採用内定が被告の錯誤により無効といえるか(争点1)
   本件全証拠に照らしても、原告が被告に対し、その経歴や能力を詐称したこと(原告による欺罔行為)を認定することはできない(詳細については、省略する。以下同じ。)。

(3)原告の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び原告の請求が権利濫用に当たるか(争点3)
   本件訴えのうち、原告の被告に対する労働契約上の地位確認を求める部分(請求1)については、もはや訴えの利益がなく、却下を免れないが、本件採用内定通知に定められた労働契約の始期(平成29年1月1日)から同年7月9日(注:原告が、平成29年4月10日に就労を開始したD社との労働契約における試用期間満了日)までの賃金(バックペイ)請求については、使用者たる被告の責めに帰すべき事由により、原告が労務の提供ができなかった期間に当たり、原告はその間の賃金請求権を失わないから(民法536条2項)、その限度において理由があるというべきである。

(4)中間収入の控除額(争点4) 略

(5)結論
   原告の請求は、未払賃金の一部(注:平成29年1月1日から同年4月9日までについては、35万円、②同月10日から同年7月9日までについては、平均賃金額35万円から4割に当たる14万円を控除した残額である月額21万円(6割相当額)の日割計算。ただし、同年4、7月については、日割計算)及び遅延損害金の限度で理由がある(一部認容)。


【コメント】

   採用に際しては、採用内定通知後に前勤務先による求職者に対する評価が低かったことが判明したとしても、容易に内定を取り消せないことに注意が必要です。

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