使用者責任を負う使用者には、被用者との関係において、報償責任及び危険責任の原理から、実質的な使用者の負担部分の存在を認めることができるから、被用者が、このような使用者の負担部分についてまで賠償義務を履行した場合には、使用者に対し求償することができると判示した事例(上告審にて高裁に差戻し)
【事案の概要】
(1)被告は、2トントラック等の運送用車両を使用した貨物運送業を営む株式会社であり、その資本金は300億円以上である。被告は、多数の関連会社を擁する上、全国に多数の店舗を設置しており、年間売上額は約2200億円、経常利益は93億円を超えており、売上高及び経常利益ともに、日本の輸送業界において○位に位置する規模である。
なお、被告は、業務に使用する車両の全てについて任意保険に加入していなかった。
原告(女性)は、平成12年にD株式会社において運転手として勤務するようになり、平成17年5月、普通貨物自動車運転手として被告に入社し、平成22年7月当時、被告E支店において勤務していた。原告は、平成22年7月当時で月額22万円から23円の給与を得ていたが、固定給は6万円程度でその余は歩合給や残業代であった。原告の勤務態度は真面目であり、遅刻や欠勤はなく、下記の交通事故までに問題を起こしたことはなかった。
(2)原告は、平成22年7月○日、被告の業務として、被告所有の事業用貨物普通自動車(2トントラック)を運転して、大阪府吹田市内の東西に走る道路(以下「F道路」という。)を東方向に走行していた。F道路は幅員が13.9mで中央線が設置された優先道路であり、吹田氏G付近において、北方向道路(幅員3m)、南方向道路(幅員8.8m)、及び南東方向道路(道路4.4m)と交差する五叉路変則交差点(以下「本件交差点」という。)となっていたが、本件交差点に信号機は設置されていなかった。
原告は、同日午後2時43分頃、本件交差点において、F道路から南東方向道路に進入すべく、右点滅ランプで合図しながら、時速約20㎞で右折した際、F道路前方から走行してくる車両の有無の確認に注意を奪われ、南東方向道路から本件交差点に進入してきたA運転の自転車を見落とし、同交差点内でA運転の自転車と接触し、転倒させた(以下「本件事故」という。)。
Aは、本件事故により、脳挫傷兼外傷性硬膜下血腫、後頭骨骨折等の傷害を負い、同日午後10時頃、死亡した。
原告は、本件事故に関し正式起訴され、禁錮1年、執行猶予3年の判決を受けた。
(3)Aの相続人は、同人の長男であるB及び二男であるCであった。
Cは、平成24年10月1日、福岡地方裁判所に対し、被告を相手方として、民法709条、715条1項及び自動車損害賠償保障法3条等に基づき、損害賠償請求訴訟を提起し、平成25年9月13日、被告が1300万円を支払うとの訴訟上の和解が成立した。被告は、同月30日、Cに対し1300万円を支払った。なお、被告は、上記の支払とは別に、Aの治療費合計47万5860円を支払った。
Bは、平成24年12月23日、大阪地方裁判所に対し、原告を相手方として、損害賠償請求を提起し、平成26年2月20日、46万8441円及びこれに対する遅延損害金の請求を認容する判決が言い渡された。原告は、同年3月18日、Bに対し、同判決が認容した52万7909円を弁済した。
Bは、上記の判決に対し控訴を提起し、平成27年9月11日、1383万9170円及びこれに対する遅延損害金の請求を認容する判決が言い渡された。同判決は、平成28年3月18日、Bの上告が棄却されたことにより確定した。なお、第1審判決は、Aの過失を認めて過失相殺を行ったが、控訴審判決は、Aの過失を認めなかった。
原告は、平成28年6月22日、大阪法務局北大阪支局において、Bを被供託者として、控訴審判決が認容した金員合計1552万2962円を供託した(以下「本件供託」という。)。
原告は、被告に対し、被告の決定した罰則金(負担金)40万円を支払った後、本件事故を主要な契機として、被告を退職した。その際、原告は、退職金として約3万5000円を受領した。
(4)原告は、本訴を提起して、被告に対し、主位的に、本件事故によって生じた被害者の損害全額を被告が負担するとの合意が成立したと主張して、同合意に基づき、予備的に、被用者の使用者に対するいわゆる逆求償権に基づき、原告が本件供託により支払った賠償金相当額1552万2962円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
被告は、反訴を提起して、原告に対し、民法715条3項、自動車損害賠償保障法4条に基づき、求償金1300万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
【争点】
(1)本件供託の有効性(争点1)
(2)原告と被告との間で、本件事故によって発生した被害者の損害全額を被告が負担するとの合意が成立したか(争点2)
(3)原告の被告に対する求償の可否及びその範囲(争点3)
(4)被告の原告に対する求償権の行使が制限されるか及びその範囲(争点4)
以下、上記の争点のうち争点3及び4についての裁判所の判断を示す。
なお、裁判所は、争点1については、本件供託は弁済供託として有効であると認め、争点2については、被告との合意を理由に、被告に対し、原告がBに支払った金員相当額の支払いを求める原告の請求は理由がなく、同合意を理由に被告がCに支払った金員の求償を免れることもできないと判示した。
【裁判所の判断】
(1)判断基準
ア 使用者の被用者に対する求償請求に対する制限について
民法715条3項は、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加えた場合に、当該損害の賠償責任を履行した使用者が被用者に対し求償権を行使することを妨げないと規定する。もっとも、その求償権の行使は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されるというべきである(最高裁昭和51年7月8日判決)。
上記のように使用者の被用者に対する求償権を制限すべき根拠は、使用者が自己の業務のために被用者を用いることにより事業活動上の利益を上げている以上、被用者による事業活動の危険も負担すべきであるという報償責任の原理及び使用者が被用者を用いることで新たな危険を創造したり、拡大したりしている以上、被用者による危険の実現について責任を負担すべきであるとの危険責任の原理から、使用者に一定の損害を負担させるべきであるからであると解される。
このように、信義則により使用者の被用者に対する求償を制限することは、実質的には、使用者の被用者に対する求償関係において、使用者の負担部分の存在を認めるのと同様となる。
イ 被用者の使用者に対する逆求償の可否について 被用者が民法709条に基づき不法行為に基づく損害賠償責任を負い、使用者が民法715条1項但し書きにより免責されず、同項本文に基づく損害賠償責任を負う場合、両者の損害賠償債務は不真正連帯債務であると解される。不真正連帯債務の債務者の一方が自己の負担部分を超えて賠償債務を履行した場合には、その部分について、他方に求償することができると解すべきであるところ、前記アで論じたように、使用者責任を負う使用者には、被用者との関係において、報償責任及び危険責任の原理から、実質的な使用者の負担部分の存在を認めることができるというべきである。そうすると、被用者が、このような使用者の負担部分についてまで賠償義務を履行した場合には、使用者に対し求償することができることとなる。
なお、不法行為責任を負う被用者に対し、被害者が損害賠償請求することを、権利濫用等により制限することは困難であると想定されることからすれば、被用者から使用者への逆求償を認めないと、被害者が使用者に対し請求するか、被用者に対し請求するかの偶然の要素により、使用者と被用者との間の損害の公平な分担が阻害されることになり、相当ではないというべきである。
上述したところからすれば、被用者から使用者に対する逆求償をする場合の使用者の負担部分の範囲は、使用者の被用者に対する求償の範囲を信義則に基づき制限する場合に考慮すべき要素と同様の要素を考慮して定めるのが相当である。以下、この点について、検討する。
(2)検討
ア 本件事故の原因となった原告の過失は軽いものであるとはいえず、職業として自動車を運転する者として、その責任は重いものであると評価できる。他方、本件事故の発生原因として、被告が業務上の配慮を欠いた等の事情は存在しない。
もっとも、自動車、特にトラックの運転業務には、高額となり得る対人的な損害の発生に関し、常に一定の危険を伴うものであるところ、被告は資力を有する大規模事業者として、任意保険に加入しておらず、本件事故以前に被用者が起こした交通事故に関しては、被害者に対する賠償を行い、それを被用者に求償してこなかったものである。
そして、原告は、上記のような一定の危険を伴うトラックの運転業務に従事するに際し、自ら対人賠償保険に加入するなどして、当該危険の現実化に対処することは容易ではないと解される。
これらを含む各事実を総合考慮すると、損害の公平な分担という見地からは、本件事故により生じた損害については、被用者である原告がその25%を、使用者である被告がその75%を負担するとするのが相当である。
イ 本件において、原告は、内金請求として、原告がBに支払った52万7909円及び本件供託に係る1552万2962円のうち、本件供託に係る金額のみについて逆求償をしている。また、被告は、反訴請求として、Cに支払った1300万円のみの求償を請求している。
そこで、両者の合計2852万2962円について、原告あるいは被告が上記アで認定した負担割合を超えて支払ったかを検討するに、原告は自己が負担すべき713万0740円を超える1552万2962円を支払っているから、その差額である839万2222円を被告に請求し得る。他方、被告の支払額は被告が負担すべき金額を超えていないから、被告の原告に対する求償権の行使は信義則により全額制限される。
(3)結論
原告の請求は、839万2222円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。被告の反訴請求は、理由がない(請求棄却)。
“【民事】大阪地裁平成29年9月29日判決(労働判例1224号15頁)” への1件の返信
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