【名誉毀損】大阪高裁令和元年5月24日決定(判例タイムズ1465号62頁)

名誉権に基づき検索事業者による検索結果の削除を求めることができるのは、検索結果の提供が専ら公益を図るものでないことが明らかであるか、当該検索結果に係る事実が真実でないことが明らかであって、かつ、被害者が重大にして回復困難な損害を被るおそれがあると認められる場合に限られ、その主張及び立証の責任は被害者が負うと判示した事例(上告・上告受理申立中)


【事案の概要】

(1)控訴人(1審原告)は、年間の売上高が約○円に及び著名○○を経営する会社(以下「本件会社」という。)の代表取締役であり、かつ、A法人(以下「本件A法人」という。)の理事長を務める者である。
   被控訴人(1審被告)は、インターネット上のウェブサイト検索結果情報を提供する事業を営む会社であり、検索サイトGoogleの日本向け検索サイト(http://www/google.co.jp)(以下「本件サイト」という。)を運営している。

(2)控訴人は、ここ10年程の間に、週刊誌記事及びその後の記事(以下「本件記事等」という。)において、控訴人が有名名企業の副社長を恐喝したという事件(以下「本件恐喝事件」という)や同和利権問題に関与していたことが掲載された。そのことが契機となって、SNS、ブログ又は掲示板などにおいて、控訴人が元暴力団構成員であるとの事実が取り上げられるようになった。

(3)控訴人は、本件サイトにおいて、控訴人の氏名を入力して検索を行うと、控訴人が、①元暴力団構成員であること、②本件恐喝事件に関与したこと、③同和利権問題により摘発された団体の理事を務めたことがあることが記載されたウェブサイトの、URL並びに各ウェブサイトの表題及び抜粋(以下「URL等情報」という。)が表示され(以下、これら表示される検索結果を「本件検索結果」という。)、控訴人の名誉権(本件恐喝事件及び同和利権問題に関与していたことに係る部分)及びプライバシー権(元暴力団構成員であったことに係る部分)が侵害されているとして、人格権に基づき、上記検索結果の削除を求めた。併せて、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為に基づき、損害賠償金2000万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。

(4)原判決(大阪地裁平成30年7月26日判決)は、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が原判決を不服として本件控訴を提起した。


【争点】

(1)被控訴人は、本検索結果を削除する義務負うか(争点①)
 ア プライバシー権に基づく削除請求の可否
 イ 名誉権に基づく削除請求の可否
(2)被控訴人が控訴人からの本件検索結果の削除義務に応じないことは不法行為を構成するか(争点②)
(3)控訴人の損害の発生及びその額(争点③)
   以下、裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)争点①ア(プライバシー権に基づく削除請求の可否)について
 ア プライバシー権に基づく削除請求をすることができる場合について
  a)検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁平成29年1月31日決定・判例タイムズ1434号48頁参照)。
  b)控訴人は、プライバシーに関わる事実に係る検索結果については、当該事実を公表されない法的利益とURL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量し、前者が優越する場合には、それが明らかな程度まで至っていなかったとしても当該検索結果は削除されるべきである旨主張する。
   しかし、検索事情者による検索結果の提供は、公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされるということは、検索事業者の表現行為の制約であることはもとより、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約であるともいえる(前記平成29年決定参照)。この趣旨からすれば、当該事実を公表されない法的利益がURL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を単に上回るのみならず、それが明らかな程度にまで至っていることが必要であるというべきである。このことは、仮処分事件であっても、本案事件であっても、異なるところはない。
 イ 控訴人が元暴力団構成員であったことに係る検索結果について
  a)元暴力団構成員であるとの事実は、過去の一経歴として、他人にみだりに公表されたくないプライバシーに係る事実であるといえる。
   しかし、暴力団構成員はもとより元暴力団構成員であっても、一般市民に比して、反社会的勢力と繋がりを有する可能性が高いといえることは否定できない。そして、暴力団を含む反社会的勢力に対して法令等による厳しい取り締まりがされ、反社会的勢力との繋がりを持つこと自体が個人や企業等の経済活動などにおいて規制されている現在の社会情勢(公知の事実)からすれば、自己と関係を持つ者が反社会的勢力に属する者かどうかを調べる必要となる場面が生じ得ることは否定できない。そのような場面において、当該人物が反社会的勢力との繋がりを有するかどうかを判断するために、現在のみならず過去においても暴力団構成員であったかどうかを調べることの必要性及び相当性を否定することはできない。
  b)控訴人は、全国に○の経営事業を展開する本件会社の代表取締役会長であるとともに、本件A法人の理事長を務める者であって、その氏名も公表されている。このような控訴人の社会的地位並びに社会的活動の範囲、規模及び性質に照らせば、控訴人の属性、経歴及び活動内容等が社会的な関心の対象となることには正当な理由があり、控訴人が公開を望まない控訴人の属性、経歴及び活動内容等に関する事実が公開されたとしても、一般人に比して受任すべき程度は高いといわざるを得ない。
  c)控訴人は、本件検索結果の表示により、本件会社が金融機関等から取引を拒絶されるようになり、会社の経営が危うくなり、控訴人自身の生活にも多大な不利益が生じている上、控訴人の親族にまで不利益が及んでおり、その被害の程度は大きい旨を主張する。
   しかし、金融機関等は、コンプライアンスの抵触又は業績不振を理由に本件会社との取引を拒絶しており(原判決の前提事実)、本件検索結果が取引拒絶の理由であったと認めることはできない(元暴力団構成員であったことが事実である以上、それが明らかになったことでコンプライアンス上問題とされたことがあったとしても、それを本件検索結果に起因するというのは異なる。)。また、原審証人Bは、ある取引先から本件検索結果が原因で、本件会社との取引を一度断ったとの話を聞いたことがある旨を供述するが、他の金融機関等が同様の理由で取引を拒絶したことを認めるに足りる証拠はない。上記取引先とは最終的に取引が成立したことが認められる(原審証人B)のであるから、本件会社に本件検索結果による損害が生じているとは認められない。そのほか、本件会社又は控訴人に本件検索結果による具体的損害が発生したとは認められない。
  d)これらの事情からすれば、本件検索結果のうち控訴人が元暴力団構成員であるとの時事実を公表されない法的利益が、上記事実が掲載されているウェブサイトのURL等情報を検索結果として提供する利益に優越することが明らかであるとまではいえない。
   したがって、控訴人は、本件検索結果のうち控訴人が元暴力団構成員であることに関するものついて削除を請求することができない。すなわち、被控訴人は削除する義務を負わないというべきである。

(2)争点①イ(名誉権に基づく削除請求の可否)について
 ア 名誉権に基づく削除請求をすることができる場合について
  a)最高裁昭和41年6月23日判決・判例タイムズ194号83頁は、不法行為に基づく損害賠償請求の事案であるが、名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実にかかり専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、違法性がなく、不法行為は成立しないとする(注:この立場に立つと、表現行為を行っている検索事業者が違法性阻却事由を抗弁として立証すべきことになると解される。)。しかし、損害賠償請求の要件とその表現行為の差止請求の要件は、一致するとは限らない。
  b)最高裁昭和61年6月11日判決・判例タイムズ605号42頁は、公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関する出版物の販売等の事前差止めを求めた事案において、表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして回復困難な損害を被るおそれがあると認められる場合には、名誉権に基づき差止めをすることができると判示した。昭和61年判決は、当該事案における表現行為が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等という表現の自由の根幹に関わる類型のものであり、かつ、出版物の事前差止めという極めて強度の制約を求めるものであったため、厳格な差止要件を定立したものと解されるものの、表現の自由につき、その内容によって差がつけられるのかも疑問である。
  c)アb)でみたとおり、検索事情者による検索結果の提供は、利用者がインターネットを通じて情報発信をしたり情報収集をしたりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤としての役割を果たしているから、検索事業者による検索結果の提供行為が違法とされ、その削除を余儀なくされることとなれば、検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約となる。
  d)弁論の全趣旨によれば、本件検索結果の表示は、既存の記事等についての検索結果を表示するものであって、本件検索結果の基準日である平成30年12月7日よりも前にも同様の検索をしていれば同様の検索結果が得られていたと推認することができるから、本件検索結果の削除は事前差止めには該当しないというべきである。しかし、本件検索結果の削除が認められれば、今後は同様の検索結果を得られなくなるから、事前差止めほどではなくとも相当程度に強度な制約を表現行為に対いて及ぼすこととなり、その限度で、インターネット情報流通の基盤としての情報検索に対する制限を及ぼすこととなる。
  e)そうすると、人格権としての名誉権に基づき検索事業者による検索結果の削除を求めることができるのは、前記昭和61年判決に準じて、検索結果の提供が専ら公益を図るものでないことが明らかであるか、当該検索結果に係る事実が真実でないことが明らかであって、かつ、被害者が重大にして回復困難な損害を被るおそれがあると認められる場合に限られるというべきであり、その主張及び立証の責任は被害者が負うというべきである。
 イ 本件恐喝事件に係る検索結果及び同和利権問題に係る検索結果について
   本件検索結果のうち本件恐喝事件に係る検索結果及び同和利権問題に係る検索結果は、一般人の普通の注意と読み方を基準にすると、そのURL等情報から、控訴人が本件恐喝事件や同和利権問題に関与していたと読み取ることができ、控訴人の社会的評価を低下させるものといい得る。
   しかし、甲12(Bの陳述書)には、反社会的勢力との関係を疑われたことによる不利益のみが述べられている。
   したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人は、本件検索結果のうち本件恐喝事件及び同和利権問題に係るものについて削除を請求することができない。すなわち、被控訴人は削除義務を負わないというべきである。

(3)争点②及び③について
   前記(3)のとおり、被控訴人は本件検索結果の削除義務を負わないから、控訴人からの本件検索結果の削除請求に応じないことが不法行為を構成するものではない。

(4)結論
   以上のとおりであるから、被控訴人の請求はいずれも理由がない(控訴棄却)。

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