【知的財産】知財高裁令和元年6月7日判決(判例秘書L07420144)

特許法102条3項に基づく損害は、当該特許権の実施許諾契約による通常の実施料率に比べて高額に算定される旨判示した事例(確定状況不明)


【事案の概要】

(1)被控訴人(1審原告)は、名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする発明に係る2件の特許権(特許第4659980号及び特許第4912492号。以下、それぞれ「本件特許権1」及び「本件特許権2」という。)を有している。

(2)被控訴人は、
   ①控訴人らが製造、販売する原判決別紙「被告製品目録」記載の炭酸パック化粧料(以下「被告各製品」という。)は、本件特許権1及び本件特許権2に係る発明(以下「本件核発明」という。)の技術範囲に属し、それらの製造、販売が上記各特許権の直接侵害行為に該当するとともに、
   ②控訴人Nが被告各製品の一部に使用する顆粒剤を製造、販売した行為は、上記各特許権の間接侵害行為(特許法101条1号及び2号)に該当する
などとして、控訴人らに対し、同法100条1項及び2項に基づく被告各製品及び顆粒剤の製造、販売等の差止め及び廃棄並びに、別紙「請求一覧」のとおり、特許登録日から各項記載の日までの期間の不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。

(3)原判決(注:大阪地方裁判所平成30年6月28日判決・判例秘書登載)は、被控訴人の控訴人らに対する差止め及び廃棄請求を認容するとともに、控訴人らに対する損害賠償請求の一部を認容し、その余の請求を棄却したため、控訴人らが控訴した。 被控訴人は、控訴審において、控訴人らに対する差止め及び廃棄請求を取り下げた。


【争点】

(1)被告各製品は本件各発明の技術範囲に属するか(構成要件1-1C及び2-1-Cの充足性)(争点1-1)
(2)被告各製品は本件各発明の技術範囲に属するか、間接侵害の成否(構成要件1-1A充足性等)(争点1-2)
(3)から(6)まで 争点2から5まで 略
(7)原告の損害(争点6)
 ア 特許法102条2項(争点6-1)
 イ 特許法102条3項(争点6-2)
   以下、争点6についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)特許法102条2項(争点6-1)
 ア 特許法102条2項について
  a)特許法102条2項は、「特許権者が…故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者…が受けた損害の額と推定する。」と規定する。 特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害との因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合生じることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その損害の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。 そして、特許権者に、侵害者による特許権侵害がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
  b)被控訴人は、平成11年9月以降、「○○」等の商品名でジェル罪と顆粒剤からなる2剤混合型の炭酸パック化粧料を製造、販売している。これらの製品(以下、併せて「原告製品」という。)は、本件発明1-1及び本件発明2-1の実施品である。 これによれば、本件において、被控訴人に、控訴人らによる特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在することが認められ、特許法102条2項の適用が認められる。
  c)そして、特許法102条2項の上記趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。
   もっとも、上記規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅されるものということができる。
 イ 侵害行為により侵害者が受けた利益の額
  a)利益の意義
   特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。 被控訴人は、被告各製品(以下、控訴人Nとの関係では顆粒剤を含む。)に係る、本件特許1の登録日である平成23年1月7日から、控訴人ごと及び製品ごとに別紙「請求一覧」各項記載の日までの期間(以下「本件損害期間」という。)の控訴人らの売上高及び経費は、別紙「売上高・経費一覧表」の「売上高」欄及び「争いのない経費」欄記載のとおりであるとして、同項所定の利益の額につき、別紙「損害額一覧表」の「被控訴人主張額」「2項による損害額」欄記載のとおり主張する。 b)売上額 被告各製品に係る本件損害期間の控訴人らの売上高が別紙「売上高・経費一覧表」の「売上高」欄記載のとおりであることについては、当事者間に争いはない。
  c)控除すべき経費
   前記のとおり、控除すべき経費は、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要になったものをいい、例えば、侵害品についての原材料費、仕入費用、運送費等がこれに当たる。これに対し、例えば、管理部門の人件費や交通・通信費等は、通常、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経緯費には当たらない。
   そして、被控訴人は、本件損害期間に係る上記原材料費、仕入費用及び運送費用等控除すべき経費として別紙「売上高・経費一覧表」の「争いのない経費」欄記載のとおり主張し、この額の限度では当事者間に争いがない。 控訴人らは、同別紙「控訴人らの主張する経費」欄記載のとおり、さらに控除すべき経費を主張するので、以下において判断する。
  ・控訴人KMの宣伝広告費(被告製品5)
   控訴人KMは、被告製品5についてのプロモーション代として108万9837円を支出したことが認められ、これは同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものといえるから、同製品の売上高から控除すべき経費に当たる。
  ・他の控訴人の他の経費
   いずれについても、控除すべき経費とみるのは相当でない。
  ・小括
   したがって、別紙「損害額一覧表」の「裁判所認定額」「2項による損害額」欄記載の額が、控訴人らの特許権侵害行為により被控訴人が被った損害の額と推定される。
 ウ 推定覆滅事由について
  a)推定覆滅の事情
   特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、 ①特許権者と侵害者の業務態様等に相違があること(市場の同一性) ②市場における競合品の存在 ③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告) ④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴) などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。 また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置づけ当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
  b)控訴人らは、被告各製品は原告製品に比べて顕著に優れた効能を有すると主張する。 侵害品が特許権者の製品に比べて優れた性能を有するとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、当該優れた効能が侵害者の売上げに貢献しているといった事情がなければならいというべきである。 被告各製品と原告製品は、いずれも本件発明1-1及び本件発明2-1の実施品であり、炭酸塩と酸を含水粘性組成物中で反応させて二酸化炭素を発生させ、得られた二酸化炭素含有粘性組成物に二酸化炭素を気泡状で保持させ、皮膚に適用して二酸化炭素を皮下組織等に供給することにより、美肌、部分肥満改善等に効果を有するものであると認められるのであり、被告各製品が原告製品に比して顕著に優れた効能を有し、これが控訴人らの売上げに貢献しているといった事情を認めるには足りず、ほかにこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
  c)被控訴人らの主張するその余の点についても、特許法102条2項の推定覆滅事由とはならないものであり、以上によれば、本件において同項の推定の覆滅は認められない。なお、本件特許権1及び本件特許権2の内容に照らし、一方のみを侵害していた期間と両方を侵害していた期間で損害額を異にするものではない。
 エ 以上より、本件各特許権侵害について、特許法102条2項により算定される損害額は、別紙「損害額一覧表」の「裁判所認定額」「2項による損害額」欄記載のとおりである。

(2)損害(特許法102条3項)(争点6-2)
 ア 特許法102条3項について
  a)被控訴人は、選択的に、別紙「損害額一覧表」の「被控訴人主張額」「3項による損害額」欄記載のとおり、特許法102条3項により算定される損害額も主張している。特許法102条3項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定したものである。
  b)特許法102条3項は、「特許権者…は、故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」旨規定する。そうすると、同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
 イ その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
  a)特許法102条3項所定の「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」については、平成10年法律第51号による改正前は「その特許発明により通常受けるべき金銭の額に相当する額」と定められていたところ、「通常受けるべき金銭の額」では侵害のし得になってしまうとして、同改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。 特許発明の実施許諾契約においては、技術的範囲の属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で、被許諾者が最低保証額を支払い、当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し、技術的範囲に属し当該特許が無効とされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には、侵害者が上記のような制約を負うものではない。    
   そして、上記のような特許法改正の経緯に照らせば、同項に基づく損害の算定に当たっては、必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。 したがって、実施に対し受けるべき料率は、 ①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率、それが明らかでない場合に業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、 ②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性 ③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様 ④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針 等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。
  b)本件訴訟において本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は、本件訴訟に現れていないところ、 ①本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が、国内企業のアンケート結果では5.3%で、司法決定では6.1%であること 及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること ②本件発明1-1-及び本件発明2-1は相応の重要性を有し、代替技術があるものではないこと ③本件発明1-1-及び本件発明2-1の実施は被告各製品の売上げ及び利益に貢献するものといえること ④被控訴人と控訴人らは競業関係にあること など、本件訴訟に現れた事情を考慮すると、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、本件での実施に対し受けるべき料率10%を下らないものと認めるのが相当である。なお、本件特許権1及び本件特許権2の内容に照らし、一方のみの場合と両方を合わせた場合でその料率は異ならないものと解すべきである。
 ウ 以上より、本件各特許権侵害について、特許法102条3項により算定される損害額は、別紙「損害額一覧表」の「裁判所認定額」「3項による損害額」欄記載のとおりである。

(3)結論
   控訴人KM(被告製品5)については、前記(2)で認定した特許法102条3項に係る損害額が、前記(1)で認定した同条2項に係る損害額よりも高いから、同条3項に係る損害額(及び弁護士費用)をもって被控訴人の損害額と認めるべきことになる。
   他方、その余の控訴人らについては、いずれも前記(1)で認定した同条2項に係る損害額の方が高いから、この金額(及び弁護士費用)をもって被控訴人の損害額と認めるべきことになる。

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