【労働】京都地裁平成30年2月28日判決(労働判例1177号19頁)

本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠け、人事権の濫用として無効であり、原告に対する不法行為を構成する旨判示した事例(確定)


【事案の概要】

(1)被告は、海運航空貨物取扱業、通関業等を業とする株式会社であり、香港にある○○ CHINA CO. LTD(以下「○○チャイナ」という。)の100%親会社である。
   原告は、昭和53年から被告に勤務し、平成25年2月26日に60歳の定年を迎えた後、嘱託社員として再雇用された。原告の再雇用後の賃金は月額23万3684円であった。

(2)被告の嘱託就業規則には、以下の定めがある。
   第9条 会社は、業務上必要がある場合、嘱託社員に配置転換、勤務場所の変更を命じることがある。
     2 前項の命令を受けた嘱託社員は、正当な理由なく、これを拒むことができない。

(3)原告は、平成25年12月1日、経営管理本部A監査室室長に異動した。そして、A監査室室長の任が他の嘱託社員に比べると重いことから、原告と被告との間では、平成25年12月26日、以下のとおり、「60歳再雇用に関する特約」が締結された(以下、この特約を「本件特約」という。)。
   第1条 会社は、A監査室室長の職責に対する対価として、室長に在籍する間、第2条に定める額を補填する。
   第2条 補てん額は、以下の額とする。
   50,000円/月
   第3条 補てん額は、退職時に、補てん退職金として支給する。
   第4条 略
   第5条 補てんは、平成25年12月より開始する。

(4)原告は、平成27年1月6日、経理課のGが退社することになったことに関して、L経営管理本部長及びM関西営業本部長(注:これらの者は、被告の取締役らが、平成27年8月頃、○○チャイナの担当者であったIに指示して約1000万円を被告の取締役4名の個人口座に送金させたこと(以下「本件送金」という。)などに関して、原告と問題意識を共有していた。)に、「昨年H社(注:被告の重要顧客兼株主)に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足を指摘されたと聞いております。」などと記載された社内メールを送った。

(5)被告は、①平成27年1月14日、同月15日付けで原告を経営管理本部本部長付参事A監査室室長から、経営管理本部本部長付参事に異動させる配転命令をし、②同月26日、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をした(以下、これらの配転命令を「本件配転命令」という。)。


【争点】

(1)本件配転命令が違法無効なものか。
 ア 原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるか。
 イ 本件配転命令につき、原告の同意があるか。
 ウ 本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものか。
(2)原告の損害額
   以下、上記(1)についての裁判所の判断の概要を示す。


【裁判所の判断】

(1)原告と被告との労働契約では、職種限定の合意があるかについて
   被告の嘱託就業規則には配置転換を命じる規定があることからすると、原告と被告との間で配置転換のない職種限定としての労働契約が締結されたと認め得るためには、就業規則の例外が定められたと認め得るに足りる契約書の記載や客観的な事情が必要であると解される。
   この点、平成26年11月2日付けの嘱託雇用契約書では、「従事すべき業務の内容」として「経営管理本部(本部長付)・A監査室(室長)関連業務およびそれに付随する業務全般」と記載されている。
   しかし、職種限定合意がない場合でも、労働契約書や労働条件通知書において、当面従事すべき業務を記載することは、通常行われることである。
   よって、上記の記載をもって、直ちに職種を限定する趣旨であると認めることはできない。むしろ、平成25年12月26日の本件特約では、退職金の補てんは、「室長に在籍する間」との限定を付していることからしても、原告がA監査室室長を離れる場合を念頭に置いていたものと認められる。
   したがって、原告と被告との労働契約において職種限定の合意があったとは認められないから、本件配転命令が労働契約に違反するとは認められない。

(2)本件配転命令につき、原告の同意があるかについて
   原告は、平成27年1月16日にA監査室室長業務を外した嘱託契約書を、いったん持ち帰った後に署名捺印しており、同月26日には経営管理本部・本部長付としての業務の引継ぎもしている。
   しかし、被告では、既に既に同月14日付けで原告をA監査室室長から外す旨の配転命令を発しており、同月16日には原告が一度提出した始末書を書き直させることもしており、さらに原告は同月22日に労働組合に加入して本件配転命令の撤回を求めていることからすると、原告が同月16日に嘱託契約書に署名捺印したのは、本件配転命令に不服があったものの、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   また、被告では、同月26日に、同年2月1日付けで原告を関西営業本部B事業部参事に異動させる配転命令をしたのであるから、それに基づいて原告が引き継ぎをしたことについても、業務命令であるのでやむなく従ったにすぎず、自由な意思に基づく同意がされたと認めることはできない。
   そして、配転命令が、その本来の適法性いかんにかかわらず、労働者の同意によって有効とされるためには、配転命令が違法なものであってもその瑕疵を拭い去るほどの自由意思に基づく同意であることを要すると解するのが相当であるから、本件では、原告がこのような同意をしたとは認められない。
   したがって、本件配転命令が原告の同意を理由に有効であるとは認められない。

(3)本件配転命令が、人事権を濫用した違法なものかについて
 ア 使用者の就業規則に従業員を配置転換させることができる旨の規定がある場合、使用者は、職種や勤務場所の限定がない限り、業務上の必要に応じ、個別同意なしに労働者の業務内容や勤務場所を決定する権限を有するが、配転命令につき業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合には、配転命令は権利の濫用になると解され、その場合の業務上の必要性については、企業の合理的運営に寄与する点があれば、業務上の必要性が肯定されると解される(最高裁昭和61年7月14日判決・東亜ペイント事件・労働判例477号6頁参照)。
 イ まず、原告は、本件配転命令は、原告がA監査室室長として被告の取締役らの不正を調査することを妨害する目的でされたものであると主張する。
   しかし、被告は、原告がA監査室室長に就任する以前に、顧問会計士や社外監査役からの指摘をきっかけに、顧問の会計士とも相談して、本件送金をめぐる税務会計上の処理と役員個人の税務申告を終え、それが反映された株主総会決議を経ているのであるし、原告の調査が特段進展していたわけでもないから、被告の役員らの主観として、原告の調査を妨害する必要を感じていたとは考えがたいところである。
   したがって、本件配転命令が不当な目的によるものとは認められない。
 ウ 次に、本件配転命令の業務上の必要性について検討する。
  a)この点、被告は、以下の事実を挙げて、原告がA監査室室長としては不適格であると判断したと主張する。
  ・原告は、平成25年3月頃、根拠不明の役員批判の電子メールを社内で送信したことで、始末書を提出した。
  ・原告は、同年12月頃、Fとの間で業務時間中に業務と直接関係のない私用メールをくり返しやりとりしていた。
  ・原告は、平成27年1月6日頃、他の従業員に対し、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から、現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けた旨の、被告の財政不安を煽る虚偽の内容の電子メールを就業時間中に送信していた.。
  b)しかし、まず、平成25年3月頃の役員批判の電子メールの送信は、それにもかかわらず、被告は原告をA監査室室長の地位に就けているのであるから、A監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものではなかったと認められる。
   また、同年12月頃のFとの私用メールのやりとりについても、その内容は不明であるから、それがA監査室室長としての適格性に影響を及ぼすものとは認められない。
  c)そこで、平成27年1月頃の社内メールの件について検討する。 この社内メールでは、「昨年H社に決算報告に行った際に、あちらの役員から現金の不足をしてきされたと聞いております。」と記載されており、その趣旨は、被告が重要顧客であり株主でもあるH社の役員から現金不足で資金繰りに問題が生じているとの指摘を受けたというものであると認められる。
   しかし、被告は役員賞与が支給できない状況ではあったものの、資金繰りに問題が生じるほどの状況であったことをうかがわせる証拠はない。また、原告本人は、このような発言をH社の社員から聞いたと供述するが、その氏名も明らかでなく、それを否認する被告代表者の供述からすると、そのような事実はなかったと認められる。そうすると、原告の上記社内メールの内容は、根拠のないものであったと認められる。
   しかし、原告がこの社内メールを送信した相手は、元経営管理本部長のLと元関西営業本部本部長のMといった元上級幹部2名のみであり、社内事情にも相応に通じていると考えられる者のみであるし、被告の手持ち現金の多寡は、決算書を見れば容易に判明するのであるから、この社内メールで原告が被告の財務事情が悪いとの噂を社内に広めたとは認められない。
   確かに、この社内メールは業務時間中に作成されているものではあるが、根拠を欠くとはいえ、社内状況を憂える内容でもあるから、直ちに私用とも言い難いものである。
   そうすると、A監査室室長の地位が、被告の業務の内部監査と社員の研修を行う立場にあることを考慮しても、この社内メールをもって原告がA監査室室長として不適格であると認定することは、いささか早計に過ぎるというべきである。
   そして、原告をA監査室室長から外すことにより、原告が本件特約による退職金の補てん措置の対象外となることを考慮すると、本件配転命令は実質的に減給措置を伴うものといえ、原告に経済的な不利益を及ぼすものでもある。
   これらの点を考慮すると、本件配転命令は、原告に経済的な不利益を及ぼしてまで行う業務上の必要性に欠けるというべきである。
 エ したがって、本件配転命令は、人事権の濫用として無効であり、被告がそれを強行したことは、原告に対する不法行為を構成すると認めるのが相当である。

(4)結論
   原告の本件請求は、不法行為に基づき214万5000円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(一部認容)。

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